第18話 拘束と引渡し
日が昇ってすぐにマーカスが馬に乗って一番近場の街へと行き、そして衛兵を引き連れて戻ってきたころには再び日が落ち始めていた。その間に私達がしたことと言えば男たちが装備していた武器や防具を取り上げ、アレックスの【土の五式】で拘束して男たちが逃げないように見張っていただけだ。
一応盗賊たちのアジトを聞きだしてそこを抑えてしまえばこいつらがため込んだ宝の半分は私たちの物になる。こいつらの実力と慎重さを鑑みればそれなりにため込んでいそうな気もするがはっきり言って時間がもったいない。金が欲しいわけでも無いしな。
それに魔法使いまでいる盗賊団だ。宝を溜めこんだアジトに何らかの奥の手を隠している可能性もある。皆を危険にさらす必要は無いと判断したのだ。
捕まえた盗賊11名はアレックスによって両手両足を四角い土の塊に拘束され、口に布を詰め込まれて地面に転がっている。一応今のところ全員生きている。なるべく殺さないように手加減したからな。まあ少々力が入りすぎて想定よりは重傷の者も多いが。
盗賊たちを殺さなかった表向きの理由はその方が報奨金が高くなるからだ。生きていれば公開処刑なり、奴隷にするなり使い道がいろいろあるしな。
ただそれとは別に裏の理由もある。クリスとして生きていた頃にもこういった盗賊の被害はもちろん起こったのだがそれは簡単には解決しなかった。その理由として最も挙げられるのが盗賊を生かして捕らえるという難しさがあった。
基本的に兵士なども巡回して盗賊を警戒しているが、どちらかと言えば盗賊を倒すより街道の安全を守ると言う意味合いの方が強い。なぜなら兵士を襲うような間抜けな盗賊はほぼいないからだ。
つまり今回の私たちと同じように襲われた旅の者や商人一行などが撃退すると言うことが多いのだが旅をする者にとって盗賊と言うのは天敵だ。襲われて被害が出ないということはほぼありえないし、自分が被害にあっていなくても仲間や知り合いが盗賊に殺されたという者は決して少なくない。
だからこそその復讐心を満たすために襲われた者は盗賊を殺す。生かしておいては身の危険があるという大義名分もあるしな。ただそうすると盗賊を根絶やしにするというのが難しいのだ。
取り締まる側としては生かして捕らえてもらいたいが心情を慮れば殺すなと規制することは出来ない。まあそんなこともあってなかなか解決しない頭の痛い問題というわけだ。
最寄りの町であるラクスルからやってきた衛兵の数は総勢11名。クリスの記憶と事前情報から考慮してもそこまで大きな町とは言えないはずだがこの人数が来てくれたということはマーカスがうまく話してくれたのだろう。盗賊たちを運ぶための幌のない荷馬車も用意してきているしな。
兵士たちは手足を拘束されて地面に転がっている盗賊たちの姿にしばらくぎょっとしていたが1人だけ他の兵士と違って馬に乗り、使い込まれているが丈夫そうなプレートメイルを身に着けた兵士が指示を出すと、他の兵士たちも自分の仕事を思い出したようで手際よく盗賊たちを荷馬車に積んでいく。多少扱いが荒々しいがそれは仕方がないだろう。
ぼんやりとその作業を眺めていると馬から降りた兵士とマーカスがこちらにやってくるのが見え、少し居住まいを正して2人を待った。
「シエラお嬢様、こちらはラクスルの町の警ら部で分隊長をしていらっしゃいますボーエン様です」
「シエラ・トレメインと申します。ご足労いただきありがとうございます、ボーエン様」
「いや、こちらこそ盗賊の捕縛の協力感謝する。そして危険な目に遭わせてしまい大変申し訳なかった」
カーテシーして挨拶をすると、ボーエンが胸に右手の拳をあてる敬礼で返してきた。一般人に対する敬礼としては最上位のものだ。それだけ感謝しているということだろう。
「気になさらないでください。これからこの国でお世話になろうとしているのです。そのお返しが少しでも出来ればと思っていましたから」
そう言って柔らかく微笑むと申し訳なさそうにしていたボーエンも笑みを浮かべた。実際、今回盗賊を生かして捕らえた最も大きな理由はスカーレット家のためだ。あれだけ慎重で魔法使いのいるような盗賊団がのさばれば被害は計り知れないだろう。
「そう言ってもらえると助かる。それにしてもこれだけの盗賊団を無傷で捕らえるとはすご腕の護衛だな。ぜひ兵士として勧誘したいくらいだ」
「ええ、頼もしい仲間がいて私も安心しています」
露骨な勧誘に苦笑しそうになりながらもただ仲間を褒められて喜ぶ少女のように振る舞う。まあ言い方からして本気で言っているわけではないだろう。
盗賊たちの拘束のされ方からして魔法使いがこちらにいることは一目瞭然だし、さらに言えば腕の良い魔法使いはどこも不足しているからな。気持ちがわからないでもない。
私の返事にボーエンがふっと力を抜いて笑った。そして再び私へと向けて敬礼の姿勢をとる。
「約束の報奨金については街に着き次第払えるように準備しておこう。門のすぐそばにある詰所にこの札を渡してくれ。それでは失礼する」
「道中、お気をつけください」
「ああ」
そう言ってボーエンはくるりと身を翻して馬に乗ると、兵士たちに指示を出して荷馬車を引き連れ町へと戻っていった。おそらく夜通し歩くつもりだろう。残党を捕縛できるかどうかは時間との勝負だからな。スカーレット領の治安維持のためにも頑張ってもらいたいものだ。
私たちもその後についていくということも考えたがマーカスを乗せて町まで往復してきた馬を休ませるためにも再びここで一泊することにした。早く着いたとしても報奨金の支払いに少し時間がかかるので意味がほとんどないからな。
アレックスの魔力による探知で周囲に不審な者がいないことを確認しているので昨日とは違いゆっくりと皆で食事を囲む。まあダンが見張りとして周囲の警戒をしてくれているがおそらく危険はないだろう。
ダンに感謝しつつその料理に舌鼓をうっていると私に向けられる視線を感じた。顔を上げるとアレックスが何か言いたげにこちらを見ているところだった。私と視線が合い、アレックスが慌てて食事をかきこみ始める。そしてのどに詰まらせて盛大にむせた。
「ごほっ、ごほっ!!」
「何やってんだい。馬鹿な子だね」
ヘレンがアレックスの背中をさすってやるのを眺めながらしばらく待つ。そしてアレックスが落ち着いたところで声をかけることにした。
「それでどうしたんだ? 何か言いたいことがあるんだろう?」
「いえ、そんな……」
「自分でしっかり考えてわからないのならば聞くべきですよ。主の考えを十二分に理解してこそ満足のいく働きが出来るのですから」
言いよどむアレックスにマーカスが言葉をかけて話すようにと促す。ふむ、どうやらマーカスはアレックスが何を聞きたいのか知っているようだな。少々仲間はずれのようで寂しい気もするが使用人同士の繋がりだから仕方がない。主人には言えないこともあるだろうしな。
マーカスに優しく背中を叩かれたアレックスがこちらを見つめる。その視線をしっかりと受け止めてやるとアレックスが真剣な表情のまま口を開いた。
「あの、なんでお嬢様自身が倒したことを言わなかったんですか? それに報奨金にしても最低価格で良いって。マーカスさんが道中で聞いた話では最近旅人の数が減って盗賊がいるかもしれないと調査していたのに形跡さえも発見できなかったそうなのに」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことじゃないです。お嬢様が正当な評価を受けていないのが嫌なんです」
悔しそうに顔を歪め、拳を握り締めるアレックスの姿はその言葉が本心だと如実に表していた。そこまで私のことを想ってくれるアレックスの気持ちが嬉しく、私は顔をほころばせた。
「ありがとう。その気持ちは本当に嬉しい。だが私の目的は覚えているな」
「死神の薔薇の治療法を探すこと、です」
「そうだ。そのためにもこの大陸で最も強大なこのカラトリア王国に来たんだ。この国の王都ジェンナの大図書館には古今東西の本や文献、資料といったものが集まっていると聞く。ただしこの大図書館には資格を持った者しか入れない。いくら金を積もうとも、名声があろうとも関係なくな。だからこそ今はこの国に恩を売るのが重要なんだ」
私がカラトリア王国に来たのはクリスを助けるためではあるが、それと同時にシャルルを救うという目的もある。クリスの人生の中では死神の薔薇の治療法について書かれた本などは見たことがない。しかしそれはクリスがそのことについて集中的に調べていなかったからであり、治療法の書かれた物が存在する可能性は0ではないのだ。
しかし調べるにしても大図書館へ入る資格を得るには生半可なことでは無理なのだ。盗賊を退治した程度では足しにもならないほどのことが。しかし幸いにも私はその資格を得る機会があることを知っている。そしてそれはクリスを助けることにも繋がっているのだ。
だからこそ私はお金も名声も望まない。今は他国から来た旅人である私たちがこの国にとって良き旅人であるということ、それだけを知ってもらえば良いのだ。
アレックスは腑に落ちないといった顔をしたままだ。確かに先のことを知っていなければ私の行動は不可解に映るだろうから当然だろう。しかしそれでも……
アレックスを見ながらニヤリとした笑みを浮かべる。
「いずれわかる。それともアレックスは私のことを信じていないのか?」
「その言い方はずるいですよ………わかりました。何をしようとしているのかはわかりませんがお嬢様を信じます」
「そうか。私は良い従者をもった」
立ち上がりアレックスの頭をぐしぐしと撫でてやる。アレックスは微妙な顔をしていたがその手から逃れようとはしなかったので問題はないだろう。
食事を終え、私が仮眠を取るために馬車の荷台へと向かっているとアレックスとマーカスの話し声が何とはなしに聞こえてきた。
「そういえばマーカスさんはお嬢様の考えがわかるんですか?」
「いえ、全く」
「……」
マーカスのあんまりな言葉に唖然として言葉が続けられないアレックスの様子が振り返りもしないのにわかり、苦笑しながら私は荷台へと登った。
本当に私は良い従者をもったものだ。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「オジュウのなぜなに質問コーナー!」
(╹ω╹) 「うわっ、本当に突然ですね」
(●人●) 「言っただろう私の気分次第だと。さあ、アレックス質問しろ」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「さぁ早く言え」
(╹ω╹) 「僕が質問するんですか!?」
(●人●) 「他に誰がいるんだ」
(╹ω╹) 「確かにそうですけど……じゃあお嬢様のプロフィールなんてどうでしょう?」
(●人●) 「プロフィールか。身長120センチ、体重23キロ、スリーサイズは上から……」
(╹ω╹) 「あぁ! 時間です。それではまた次回に」