第17話 強襲
本当なら足音を立てないようにそっと近づくのが良いのかもしれない。でも私はそんな訓練を受けた経験はない。クリスは正々堂々真正面からの戦いを好んでいたのでそう言ったものを学ぶ機会がなかったのだ。
素人なりに注意することは出来るかもしれない。だが今の私ならそんなことを気にせず思いのままに突っ込むのが最良の一手だ。
「何の音……ぐはぁ!」
私の近づく音に気づいた男の腹を殴り飛ばす。ガンッと鈍い音を立てて気持ち良いくらいに吹き飛んで行った男は木の幹に当たってずるずると地面へと落ちた。
「んっ?」
「なんだ、お前は!?」
一瞬浮かんだ違和感を振り払い、驚いた表情でこちらを見ながらも抜き放った剣をそのまま振り下ろしてくる男へと対処する。
遅い。いや、盗賊にしてはなかなかの腕だ。剣筋も通っているし、その速度も決して遅くない。ただクリスとしてこれ以上の剣の使い手と対峙したことなどいくらでもある。比較にならないほどの化け物じみた者とも。それに比べればこんな剣は……
「はっ!」
振り下ろされている剣の腹部分を横から殴りつける。横から無理やり力のかかった剣を留めきれずに男の手から剣が抜け飛んでいく。驚愕の表情で手から離れていく剣を目で追っていた男の足へと蹴りを叩きこみ、不自然な方向へと曲がった足を確認して男を放置して次の獲物を探す。
「ぐ、ぐわぁー!!」
「敵襲だ! 対処しろ!」
痛みが遅れてやって来たのか男のあげた大声に反応し、奥の方から低い迫力のある声が響いてきた。そしてその声に反応した男たちが即座に武器を構え、こちらへと近づいてくる。
あぁ、やはり練度が高いな。練度が高い盗賊と言うのもおかしい話だが。
2人1組での行動が基本なのか同時にやってくる男たちを相手取っていく。男たちの武器は様々だ。剣、槍、弓などを巧みに扱い、普段から2人で行動しているからかお互いの隙をフォローし合うようなその動きは並みの実力では対処できないだろう。
だが私は違う。
戦うたびに、相手が強ければ強いほどに私の心は喜びに踊っていく。私の中の化け物が顔を出して言うのだ。
もっと、もっと戦いたいと。
装備も比較的良いものをしているのだろう。始めに殴った男から感じた感触は今まで経験したことが無いほど硬い感触だった。だがそれも問題ない。魔力をもっと込めればそんなものは意味がないのだから。
「フフ、フフフフフフ」
遂にこらえきれずに笑い声が漏れる。
迫りくる槍を、飛んでくる矢を、避け、時に掴んで握りつぶす。驚き恐怖しながらも向かってくるこいつらは格好の獲物だ。奴らは無意識のうちにわかっているのだ。背中を見せたらすぐに狩られることに。賢い獲物だ。
そんな獲物の足を一蹴りで折り、地面に叩きつけ動けなくしていく。あぁ、これで10人目だ。もうすぐこのタノシイ時間は終わりなのか。ザンネンだ。
腹を殴り、私の拳の上でくの字に折り曲がったまま泡を噴いている男を放り投げてひたひたと歩き始める。残るは指示を出していた男ともう1人だけのはずだ。今まで以上の相手であることを期待したいところだが。
しばらく歩き2人の姿を視認する。森の中でも少し開けた場所に位置取り、こちらへと鋭い視線を向けている。手前に居る戦斧を構えた大柄な傷だらけの男が先ほど指示を出していた男だろうか。歴戦と言わんばかりの凄味を感じさせるその姿に口の端が上がるのを止められない。
もう一人の男についてはその陰に隠れるような位置取りをしているため良くわからないが手前の男と比べるといささか期待はもてそうにも……
「行けっ!」
「ほう」
後ろにいた男の目の前に青く輝く魔法陣が浮かび上がっていき、そして掛け声とともに完成したそこから1メートルはあろうかと言う氷柱が3つこちらへと向かってかなりの速度で飛んでくる。そしてそれに合わせるように戦斧を構えた男がこちらに向かって走りこんできていた。
「【水の四式】か。使えるのは褒めてやるが……甘い!」
飛んできた氷柱へ向けて拳を叩きこみ、粉々に砕かれた氷が月明かりを反射しながら走りこんできた男へと向かって飛んでいく。既に距離は詰まっており回避は不可能なタイミングだ。私の拳の威力を加えた氷の塊はまともにくらえばそれだけで終わってしまうだろう威力がある。
後ろの男は魔法を使えるようだが、魔法陣の構成速度は並みと言ったところだしその正確性もそこまでのものでは無い。対処するのは簡単だ。
はぁ、これで終わりかとため息を吐いた私を見て戦斧を持った男が憤怒の表情をする。
「うおぉぉおお!」
雄たけびを上げた男はまるで戦斧を扇子で風を送るように振るった。そしてそれは男へと向かって飛んでいた氷の塊の幾分かを叩き落とし、その隙間をぬうようにして男はそれをすり抜ける。
むろん男の体は無傷ではない。叩き落としきれなかった氷の塊が男の全身へとぶつかり赤く腫れ、まぶたの上を切ったのか血がそこから噴き出している。しかし男の速度は落ちることなく、むしろその速度を増してその勢いのまま私を両断するようにその戦斧が振るわれた。
その姿に素直に感激する。あぁ、ワタシは君を甘く見ていたようだ。すまない。
「何だと!!」
振るわれた戦斧の内側へと入り、その斧部分に近い柄を片手で受け止める。これまでに感じたことのない質量、気迫、そして技術が乗った素晴らしい一撃だ。スバラシイ。
「ミゴトダ」
驚きに一瞬動きを止めた男の懐へと素早く潜り込み、そう伝えるとともに最大の返礼として拳を男の腹へと突き刺す。
ズサササ、と地面を数メートル背後に引きずられるようにして下がりながらも男は倒れることは無くそしてその戦斧を手放すことも無かった。
ほう、これを耐えるか。本当に想像以上だ、
背後の男が駆け寄ろうとするのを手で制し、そして男が私に向けて戦斧を構えた。決死と言う言葉しか当てはまらないような悲壮な顔をしながら。
「逃げろ」
「しかし……」
「俺が時間を稼ぐ。だからお前は逃げろ! うおぉぉぉ!」
背後の男の言葉を振り払うように戦斧を振り上げて向かってくる。そのスピードは先ほどとは比べるべくもない。良く見ると口の端から血が伝っている。内臓へのダメージが大きいのだろう。良くここまで動けるものだ。
感心する。感心はするがこいつに付き合うつもりはもうない。今は気力で動いているようだがすぐに動けなくなるのは明白だ。それよりも魔法使いの盗賊を取り逃がす方が問題だ。取り逃せば大きな被害が出る可能性も高い。
戦いと呼べるものがもう終わったからか頭も冷えてきた。今は今後の被害を減らすと言う意味でも全員を捕まえる方を優先しなくては。
追いすがろうとする戦斧の男をかわして魔法使いへと迫る。そして私の拳が突き刺さるその直前、男がローブの内側から取り出した何かを掲げるとそれがまばゆいほどの光を発しそして私の拳が空を切った。
くらむ視界で周囲を探ってみたがそこに居たはずの魔法使いの姿はどこにもなかった。そしてゆっくりと暗闇が見えるように戻ったが近くにいるのは戦斧を抱いたまま倒れ伏した男の姿だけだ。
「逃げられたか。転移翼まで用意しているとは想定以上だったな」
「へへっ、ざまあ……見やがれ。化け物め」
「ふはっ、そう呼ばれるのは久しぶりだな」
男の言葉に思わず吹き出す。本当に化け物なんて呼ばれるのはいつ振りだろう。おそらく最後にそう呼ばれたのは前回クリスの代わりに戦った時以来だろうからおよそ10年も前か。そうだな。こんな姿をアレックスたちに見せるわけにはいかんか。
完全に頭が冷え、そして全身にまとわりついていた魔力が元へと戻っていく。そして大きく息を吐き気持ちを切り替える。今の私はワタシじゃないのだから。
「何なんだ……お前は? 人間だったのか?」
信じられないと言った表情をしながらこちらを見上げる男へと顔を近づけそして囁く。
「私はシエラ。ただの人間だよ。お前たちにとっては災厄の化け物かも知れないが、な!」
男の顎へと拳を振るい、男の意識を刈りとる。
さてアレックスたちに早く無事だと伝えなければな。今もきっと心配してくれているだろうから。そう考えて私は馬車の見える森の外へと向けて歩き始めるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「さて、やっと戦闘らしい戦闘が始まったな」
(╹ω╹) 「あれっ、質問コーナーじゃないんですか?」
(●人●) 「シエラぱーんち」
(╹ω╹) 「ぐふぅ。何するんですか!?」
(●人●) 「ふむ、復活が早くなったな」
(╹ω╹) 「これだけ頻繁に殴られれば早くもなりますよ。それより質問コーナーはどうしたんですか?」
(●人●) 「前に言ったことを忘れたか。質問コーナーはレア物だ。そんなに頻繁にあるわけがないだろう」
(╹ω╹) 「次回の予定なんかは……」
(●人●) 「わからん、と言うか気分次第だから明日かもしれんしそうでないかもしれん」
(╹ω╹) 「気分なんですね……」