第14話 旅立ち
全力で再び後ろを向き、自分の上着を脱いでこちら見ないようにして差し出しているアレックスの姿を訝しみながら自分の体を見下ろす。ショーツと薄手の肌シャツという下着姿からは自分の体の貧弱さが良くわかる。
家で出されていた食事は粗末なものばかりで、たまに夜にダンに食べさせてもらうようになって多少改善されてはいるがそこから伸びる手足は細く頼りない。無駄な贅肉がないと言えば聞こえは良いかもしれないが以前のような健康的な体型に戻るには少々時間がかかるだろう。
まあ、これから旅の最中とは言え毎日ダンの食事を食べることが出来るのだから遠くない未来の事なのかもしれないが。
しかしアレックスの行動を鑑みるにそんなことではないだろう。下着姿で服を着ていない私を見ないようにしているということから考えれば婦女子に対する扱いをアレックスは私にしていると考えるべきだ。
しかし5歳の子供の体型で止まってしまった私にはもちろん胸のふくらみなど無いに等しいし、クリスの均整の取れた女性らしいプロポーションを知っている私からすれば色気どころか女らしささえ自分でも感じられないのだが……
ああ、そういう事か。
差し出されていた上着を羽織る。既に10歳になり成長したアレックスの上着は私の膝上あたりまであり、そのほのかに残ったぬくもりと共にアレックスの優しさと成長を感じさせた。
「着たから振り返っても大丈夫だぞ」
「ふう。お嬢様、あのですね……」
こちらを振り返って何かを言おうとしたアレックスが私の姿を見て再び固まる。アレックスの上着を羽織っているがどうしてもサイズが合わないためぶかぶかの私を見て。その様子に確信を深める。
そうだな、こういうことは早めに伝えた方が良いだろう。
未だに固まっているアレックスの元へと歩み寄りその肩をボンと叩きその新緑の青葉のような瞳をじっと見つめる。
「アレックス、小児性愛をこじらせると犯罪に繋がりかねん。早めに直しておくか心の中で折り合いをつけろよ」
「なっ、違います!」
焦った顔で否定するアレックスへと何も言わずに微笑んでわかっているから心配するなと伝えてやる。
小児性愛のような特殊な性癖の者は決して少なくない。クリスと共に生きた中でも見聞きしたことはあるし、何よりアレックスはまだ10歳だ。これから好みが変わる可能性は大いにあるし、その性格からいって分別を失う可能性は低いだろう。
主人としてアレックスが過ちを起こさないように見守ってやる。私がすべきことはそれだけだ。もう一度アレックスの肩を叩き、そしてその横をすり抜けて私たちの馬車へと歩いていく。
背後でズサッと地面に何かが崩れ落ちるような音がしたが振り返りはしなかった。今は1人にしてやるのが優しさだろうからな。
馬車の近くで話していたマーカスとレイモンドに少し驚かれながらも用意しておいた旅装へと着替え、ついでに事情を説明しながら魔女とやらが魔法をかけた品々を見せるために2人を連れていく。
半信半疑の様子だった2人だが実際の品を目の前にし目を丸くして驚いていた。しかしアレックスとは年季が違うためそんな表情をしたのは一瞬の事であり、すぐに品定めを始めた。頼もしいことだ。
そういえばアレックスはどこへ行ったんだ?
「とても魔法で変わったとは思えませんな」
「んっ? ああ、そうだな」
キョロキョロと視線をさまよわせてアレックスを探していたのだが見つけることが出来なかった。そしてしげしげとガラスの靴を手に持ちながらそう言ったマーカスに同意する。
しかし靴もあったのだな。私の靴はそのままだったからあの魔女が用意したのだろうが。たしかにドレスだけ豪華でも靴が貧相では恋も冷めるだろう。
「馬車に馬に御者、ドレスとガラスの靴ですか。本当に必要ないのですか?」
「ああ。これからの旅には不要だ。それに先ほども話したが魔法で変わったものだ。不確かなものを旅には持っていけんさ」
「では見積もりを取らせていただこうと思いますが、これらの品に合う代金をお支払いできるか……」
眉を寄せ言葉を濁すレイモンドに笑いかける。
「そうだな。見積もりはカボチャ1つにネズミ6匹、トカゲが2匹に私が着ていた使用人の服1着で頼む」
「えっ、しかしそれでははした金にすらなりませんよ」
「いいさ。元々それだったんだ。ご祝儀ももらったしな。そのお返しとして受け取ってくれ。いや……むしろ処分を任せてしまって悪いな。売るのであれば早急にそしてしっかりと話をして納得させたうえで契約をしておけよ。看板に傷がつく可能性があるからな」
「それは十分承知しています。お嬢様、ありがとうございます」
頭を下げ礼を言ったレイモンドが戻ってきた従業員に何事か話すと、従業員が馬車にドレスとガラスの靴を積みそしてトカゲだった2人の男を乗せて馬車を発進させた。滑るようにして進んでいく魔法の馬車を3人で見送る。
まああれらがどうなるかはわからないが多少でもレイモンドたちの利になれば良いと思う。レイモンドには面倒ごとを押し付けてばかりだからな。
空が赤く染まる少し前の時間、私たちは予定よりも少し早く屋敷の掃除と整備、そして旅立ちの準備を終えた。
「では行ってらっしゃいませ」
「ああ、トレメイン商会を存分に盛り立ててくれ。そしてフレッドのことを頼む」
「わかりました」
「あと、もろもろの面倒ごともな」
レイモンドが私の言葉に苦笑する。私の言わんとすることがわかっている証左だ。そして笑みを交わし差し出された手を握り返してレイモンドに別れを告げ、アレックスの手を借りて幌付きの荷馬車の荷台へと乗り込んだ。
荷馬車の中には笑顔のヘレンとダンがおり、そしてこれからの旅の荷物が所狭しと並んでいる。
始まるのだ。クリスを助けるための旅が。
「準備はよろしいですか? それでは出発します」
ガタゴトと走り出す馬車の御者台に乗ったマーカスとアレックスの背中を見ながら私は旅路へと思いを馳せるのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「……」
(●人●) 「……」
(╹ω╹) 「……」
(●人●) 「……」
(╹ω╹) 「……」
(●人●) 「……歌わないのか?」
(╹ω╹) 「歌いませんよ。だってお嬢様パンチしてきますし」
(●人●) 「はぁ、これだから最近の若者は。天丼と言う言葉を知らんのか」
(╹ω╹) 「最近の若者ってお嬢様も僕と同じ年じゃあ……」
(●人●) 「シエラぱーんち」
(╹ω╹) 「ぐふぅ。何で殴ったんですか!?」
(●人●) 「これが天丼だ。お前も関西人なら覚えておけ!」
(╹ω╹) 「僕はバジーレ国人ですが……」
(●人●) 「……」
(╹ω╹) 「……」
(●人●) 「……シエラぱーんち」
(╹ω╹) 「ぐふぅ!」