第12話 あるべき場所へ
王城での舞踏会がある日はおりしも私の誕生日と同じ日だった。偶然とはいえ非常に好都合だ。
「行ってらっしゃいませ」
「行ってくるわ。私たちが居ない間にしっかりと屋敷の掃除をしておきなさい。塵一つでも残っていれば……わかっているわね、シンデレラ」
「はい」
馬車へと乗り込んでいく義母を笑顔で見送る。最近厚くなっていた化粧が今日はさらに厚く塗られておりひび割れるのではないかと思うほどだ。お気に入りの匂いのきつい香水も嗅ぐのは今日が最後だと思えば良い香りに思えてくるから不思議だ。
そうだな、しっかりと掃除をさせてもらおう。
「ほら見て、シンデレラの顔。自分も行きたいのを無理やり我慢してるのよ」
「あんなブサイクが行っても王子様のハートを射止めることなんて出来ないのにね」
「「キャハハハハ!」」
そんなあざけりの言葉と笑い声を残しながら義姉たちが馬車に乗り、馬車が王城へと向けて出発していく。
相も変わらずうるさい声で鳴いていたがこれも聞くのは最後だと思うと感慨深くなるな。まあ帰って来た時にあげるであろう絶望の声を聞くことが出来ないのは少々残念ではあるが……いや、あの3人なら罵倒するかもしれないな。それは面倒そうだ。
まあどちらにせよ私が聞くことはないからどうでも良い。御者に鞭打たれた馬が3人を乗せた馬車をひき、ガタゴトと走らせていく。そして曲がり角でその姿は見えなくなった。
さて始めようか、大掃除を。
「ちょっと待て」
屋敷へと戻ろうとしている見送りに来ていた使用人たちに声をかける。約3年前、私が起きた当初は20人ほどいた使用人たちも王城について行った3名を除けば8名しか残っていない。
全員が私を小ばかにしたような視線で見ている。慣れているし怒りを覚えることは無いがやはり気持ちの良いものではない。
「屋敷には入らないでもらおうか。アレは私のものだ」
「何言ってんだ、シンデレラ。お前なんか掃除してればいいんだよ!」
警備を担当している使用人の男が私の胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてきたので逆にその手を掴みギリギリと力を入れていく。男は情けない悲鳴を上げながら地面に膝から崩れ落ちたが私が手を掴んでいるため中途半端な体勢で止まっていた。
今まで反抗することなど全くなかった私の変わり様に皆戸惑っているようで誰も男を助けようとはしない。薄情な奴らだ。
「こいつを助けんのか? ふんっ、その程度の気概も無いのか。いまいち事情がわかっていないようだから無知蒙昧なお前らに教えてやろう。この国の法律では遺産を受け継ぐ順位と言うのがあるのだ。ちなみにこの家の場合は私が第一継承権者だ」
「嘘だ!」
「嘘なものか。ただこれには条件があってな。継承するためには成人している必要があるのだよ。成人するまではその保護者に一時的に遺産を使用する権利が付されるのだ。昨日までの私のようにな。さあ状況は飲みこめたか?」
そう言って一睨みすると、私の言葉が真実だとわかったのか数人の使用人たちは地面に膝をついて天を見上げていた。今後どうなるかわかったのだろう。その察しの良さを別の事に生かせれば良かったのだがな。まあ今更と言えば今更か。
その時、門の方からガタゴトと音を立てながら馬車が入ってきた。義母たちが帰って来たとでも思ったのだろう。数人の使用人たちが希望に満ちた目でその馬車を眺めたがその馬車から降りてきた面々を見て再び崩れ落ちた。
馬車から出てきたのはアレックスをはじめとした私の信頼する使用人4人とレイモンドを始めとした数人のトレメイン商会の従業員たちだった。
「遅れましたか?」
「いや、これ以上ない最高のタイミングだった。一瞬希望を持たせて絶望に落とすなんて性格が悪いな、マーカス」
「主人に似たのでしょうな」
「はっ」
マーカスの軽口を笑って受け流しているうちにも他の面々は屋敷の中へと入っていきそれぞれの場所で既に仕事を始めていた。その中心となっているのはアレックスだ。とは言えアレックスがここにいたのも2年以上前の話だ。
事前におおよその配置や方針は話し合っているが、もう一度再確認だけはしておこう。実際に来てみて思い出す、という事もあるだろうしな。
「マーカス、アレックス来てくれ。念のため予定を再確認したい」
「「はい」」
2人が集まったところで予定を話し合っていく。とは言えそこまで難しいことは出来ないしするつもりもない。
王城での舞踏会は夜の12時までの予定であり3人は王室が用意した宿へと一泊して帰ってくる予定なので明日の朝までは猶予があるはずだがこの町で日をまたぐつもりはないのだ。
午前中に不用品(主に3人が所持していた無駄な物)を屋敷から出し、その中で私の所有権が認められる分だけをレイモンドに売却する。レイモンドには旅に必要な馬車や食料などの物品からちょっと変わったものまでそろえてもらったのでそこに補てんする形だな。
午後はすっきりとしただろう屋敷をできうる限り元の状態へと戻して夕方にはこの町から出ていく予定だ。
トレメイン商店をレイモンドに譲り渡す条件としてこの家の保全とできうる限りのフレッドの捜索を依頼している。契約も交わしたしレイモンドが約束を違えることはないだろう。
もしフレッドが見つかった場合に備えて伝言といくつかの条件も付けさせてもらったが、こちらはそう大したことではないはずだ。レイモンドも本当にこれだけで良いのかと聞いてきたくらいだしな。
午前中に行った3人の荷物の搬出は思った通り面倒だった。こんなに必要かと思うほど多い服や宝飾品の数々、よくわからない芸術作品と思われる謎の物体などとにかく量が多いのだ。
私が魔力をまとって一度にたくさん運ぶことが出来なかったら午前中に終わらなかったのではないかと思うほどの量だった。それらを庭に敷かれた布の上へと置いていくのだがドレスなど山になっていたしな。分散されていると少なく思えるものなのだなと妙なところで感心した。
レイモンドと従業員たちは順次、品を見ながら見積もりをしていっていたがとても夕方までには終わるとは思えない量だった。ちなみに私の所有権として認められたのは元々あった物とフレッドが行方不明になった以降に3人が購入した品々についてだ。この選別はマーカスが庭で呆けていた執事を捕まえて2人で行っていた。
そして午後、屋敷を元に戻す作業だ。アレックスやヘレンには休んでいてくださいと言われたが力仕事は明らかに私の方が早いし、何より思い出深い屋敷へと自らの手で戻したいと伝えるとしぶしぶながら納得してくれた。幸せなことだ。
ここ1か月ほどはかなり本気で掃除をしていたので屋敷はそこまで汚れてはいなかったがやはり物を動かした分だけ汚れは残っていた。それを綺麗にしながら部屋を昔懐かしい姿へと戻していく。シャルルが笑っていたあの頃へと。
そんなことをしていたら思いのほか時間が経っており、見積もりが終わったとマーカスに呼ばれて庭へと向かえばそこにうず高く積まれていたはずの不用品たちは馬車一台に収まるほどの量へと変貌していた。おそらくこの残った物があの3人の所有物という事だろう。
「購入した物品の代金を差し引いてこの程度になります」
レイモンドが提示した金額は3人が購入した金額と比較すれば5分の1以下の金額だろう。
「良いのか? 明らかに赤字だろう」
「まあ親友のお嬢様の門出ですからね。ご祝儀代わりだと思ってください」
「それではありがたく受け取っておく。マーカス、管理を頼む」
「わかりました」
5分の1以下の金額と言えどクリスの元へと向かうまでの旅費と考えればかなり余裕のある金額だ。適正価格でレイモンドが買い取っていたらおそらく今の金額の6から7割程度になったはずだ。購入した物品の金額と同じか少し黒字程度で余裕のある旅などできなかっただろう。
もしかしたらレイモンドは事前にこの金額で買い取ると決めていたのかもしれないな。
マーカスとレイモンドが去っていき、庭には私1人が残された。元の姿に近くなった庭をぐるりと見渡し、そして吹き抜けてきた一陣の風に軽く目をつむる。
そして目を開けた私の前には三角の帽子をかぶった怪しげな老婆が立っていた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(●人●) 「熊の子見ていたかくれんぼ、おし……」
(╹ω╹) 「あの、お嬢様。なんでいきなり歌っているのですか?」
(●人●) 「知らんのか? 童話のエンディングにはつきものなのだぞ」
(╹ω╹) 「はぁ。ところでここは何処なんでしょう?」
(●人●) 「ここは後書きだ」
(╹ω╹) 「はぁ」
(●人●) 「作者が作品を書くのにあたって最も悩む場所だ」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「ちなみに今回は設定の裏話とか質問お答えコーナーにするそうだ。質問が来ないとネタが尽きるかもと内心ガクブルらしいぞ」
(╹ω╹) 「えーっと……」
(●人●) 「と言う訳で次回から本格的に始まるからな。アレックス準備しておけよ」
(╹ω╹) 「えっとよくわからないけど頑張ります」
(●人●) 「では歌の練習だ。行くぞ!」
(╹ω╹) 「準備って歌の準備なんですか!?」