第11話 クリスへの手がかり
「申し遅れました。フレッドの代行で現在トレメイン商会を仕切らせて頂いていますレイモンドと申します。紹介が遅れたこと、そして騙すような真似をして申し訳ありません」
そう言ってレイモンドが深々と頭を下げる。しかしその顔は申し訳なさそうと言うよりは好奇の色がいささか強かった。
「やはり知っていらっしゃったようですね」
「いえ。知りませんでしたよ。予想はしていましたが。それに私も正式な自己紹介はしていませんでしたから騙したなんて気にしないでください。フレッドとシャルルの娘のシエラ・トレメインです」
言葉を返した私にレイモンドが笑みを浮かべた。
私が最初に会った男がレイモンドではないかと考え出したのは私の書いていた資料を確認した時だ。あの数値だけを見て判断ができるとすればそれは経営に深くかかわっていないと無理だからな。まあ確信したのは家に誘われ、お嬢様と呼ばれたからだが。
「フレッドから話は聞いていたのですがお目にかかるのは初めてですね」
「ちなみにどんな話を?」
「そうですね。天才だ、とか天使だとかどれだけ親ばかなんだろうと考えるくらいの話でしたね。まああながち嘘ではなかったようですが」
フレッドがウキウキとした笑顔でレイモンドに話しかけ、それをうんざりとしながらもレイモンドが聞く。そんな様子が容易に想像出来て自然と笑みが浮かんだ。私の知らないフレッドの姿をレイモンドは知っている。それをもっと聞いてみたかった。
「お父様がお店でどんな感じだったか話していただけませんか?」
「ええ、それではマナーには少々反しますが食事を食べながら話しましょうか。何から話したものか迷いますが、まずは私がフレッドと出会った所から話しましょうか。私は王都の学園を卒業してこの町へと……」
レイモンドが楽しげに、時折冗談を交えながらフレッドとの思い出話を話していく。私に甘々な父親としての姿だけでなく、商人としての姿、そして上司として、良い姿も悪い姿もあった。そして私には見せなかった弱い姿も。
きっとレイモンドに出会わなければ私が知ることさえ出来なかったフレッドの話を心へと刻み付けるようにじっと聞き入る。自分の心が満たされていくのを感じる。そして同時にここにフレッドがいないと言う寂しさも感じた。
話しは尽きることなく、デザートまで食べ終え紅茶を口に含んだところで一旦話が止まった。まだまだフレッドの話を聞いていたいところだがレイモンドとわかったからには話しておきたいことがいくつかある。時間はあまりないからな。
「1つ聞きたいのですが、報告書を確認していて利益が極端に落ちたことがこの3年ほどで5回ありました。父が行方不明になった事故を除いても4回です。この理由はなんでしょうか?」
「それは……」
レイモンドが言いよどむ。
報告書の内容からも今日の査察の結果や先ほどまでのフレッドの話などを楽しげに話す様子からしてもレイモンドが好人物であることは疑いようがない。不自然な4回を除けばずっと黒字を叩きだしているのだ。経営手腕が悪いと言う訳ではないだろう。
言葉を続けるようにこくりとうなずくとレイモンドが言いにくそうにしながらも口を開いた。
「新しいトレメイン夫人とそのお2人の子供が経営に口を出されまして」
「やはりそうですか」
大きくため息を吐きそうになるのを目を閉じて堪える。これはある意味で予想していたことだ。
あれだけ浪費する割に金にがめつい奴らの事だ。もっと利益を上げれば入って来るお金も増えると画策したのだろう。そんな素人の考えがうまくいくはずなく結局は経営を圧迫した訳だ。ロクなことをしないな、奴らは。
むしろ奴らのチャチャ入れを受けながらも商会を維持できたレイモンドの努力を褒めるべきだろう。
「商会をここまで維持してくれてありがとうございます。あと2か月ほどの我慢ですので辛抱してください」
「2か月ですか……王妃に選ばれる自信がおありですか?」
「何の話ですか?」
話しの繋がりがわからず聞き返すと、レイモンドも意味が分からなかったのかきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「いえ2か月後に第1王子の妃を選ぶ舞踏会が開かれる予定で、各地の貴族や主要な商人の娘あてに招待状が送られたのですが。トレメイン家にも当然届いているはずですが」
「いや、そんな招待状は……」
そう言われて考えてみると1か月ほど前に見るからに高そうな封筒がトレメイン家あてに届いていたはずだ。私宛の封筒など届いたことは無かったし、中身の確認まではしていないがきっとあれがそうだったのだろう。
そこまで考えて頭に電流が走ったかのように記憶が繋がった。バジーレ王国、舞踏会、捨てられた招待状、義母に2人の義姉、そしてシンデレラと言う呼び名。
シンデレラという名に聞き覚えがあるのは当たり前だった。そうか、そうなのか。ならば間に合うはずだ。体中に歓喜が駆け巡る。それと共にすぐに動けと言う焦燥も。
「レイモンド、今はカラトリア王国歴だと何年だ?」
「……白王歴243年ですがそれが何か?」
その言葉に思わず口を手で隠す。私の変貌に驚いているレイモンドにこの笑みを見せるわけにはいかない。きっと私は悪魔のようなひどい笑顔をしているはずだ。
しかしそれも仕方がないことだ。だって間に合うのだ。クリスの運命が大きく変わるのは白王歴244年のことだ。2か月すれば私は10歳になり出国することが出来るようになる。友好国であるカラトリア王国ならば特に検閲や面倒な手続きなども無い。
十分に間に合う。そしてその悲劇からクリスを救う術を私は知っているのだ。
「ふふっ、ふふふふふ」
「シエラ様?」
駄目だ。笑いが止まらない。あぁ、今日はなんて良い日なんだろう。今まで色々と考えて行動していたことがほとんどひっくり返ってしまったがそんなものはもはやどうでも良い。それよりも優先すべきことが出来たのだから。
レイモンドの不思議そうな視線を受け、心を落ち着けて笑いを止める。そうだな、こちらも方針転換をせねばなるまい。
「レイモンド、トレメイン商会を引き継いでみないか?」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。トレメイン家は商会から手を引く。まあ譲るにあたっていくつかの条件は付けさせてもらうがな。了承してもらえれば今後お金を納める必要もないし、誰にも口出しはさせない」
私の変わり様に驚きつつもレイモンドは冷静に考えを巡らせているようだった。じっくりと私の言葉をかみ砕いていたレイモンドだったが、ふっと軽く息を吐くと真剣な表情で私を見つめてきた。
「条件を伺いましょう」
「そうこなくてはな」
レイモンドの言葉ににやりと笑い、私は今後の予定と商会の譲渡の条件について話を進めていくのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回からあとがきで何かが始まるかも?




