第109話 終息のきざし
クリスティに連れられ、シンディとアレックスはレオンハルトの眠る元クリスティの居室へとやってきていた。
「では、始めます」
ベッドへと横になるレオンハルトの傍に立ったシンディの体が黄金に包まれ、そしてその光がいくつもの魔方陣となってレオンハルトの周りへと浮かんでいく。そしてその全身が魔法陣に覆いつくされるとその魔方陣がレオンハルトの体へと吸い込まれていった。
レオンハルトの体がぼんやりと黄金に染まり、そしてそれが落ち着く。クリスティはじっとその姿を眺めていた。レオンハルトは目を覚まさない。しかし……
「動いた」
まるで良くできているだけの人形のように全く身動きしていなかったレオンハルトの体が身じろぎしていた。その姿にクリスティの瞳から涙が流れ、その顔が歓喜に染まる。
「経過を見る必要はあるとおもいますが、おそらく大丈夫なはずです」
「ありがとう。本当にありがとう」
そう告げたシンディの手をクリスティが握り何度も感謝を伝える。少し照れくさそうに笑みを浮かべるシンディとクリスティの姿をアレックスが穏やかな表情で眺めていた。
治療も済み、ゆったりとした空気が部屋の中に流れる。そして部屋に待機していたメイドが3人にお茶を用意し始めたその時、部屋の外から喧騒が聞こえてきた。
「……ちください。これより先はレオンハルト様とクリスティ様の私室で……」
「そいつらに用があるんだよ。どけっ!」
どんっ、と何かを突き飛ばすような音と共に荒々しく扉が開け放たれる。そこにいたのは3人が見知った人物だった。
「ランディ?」
「おう、クリス。レオンハルトの馬鹿の治療方法を持ってきてやったぜ」
軽い口調でそう言ってランディが部屋の中へと何かを放り投げる。ドスンと音を立てながら部屋の床へと転がったのは縄でぐるぐる巻きにされた女性のエルフだった。
「えっと確かこちらはロザリーさんでは?」
「ああ。こいつがレオンハルトに毒を盛ったらしい。すまねえな、俺が気づかなかったせいでこいつをお前らに近づけちまった」
そういってランディが頭を下げる。さるぐつわをされたまま「むーむー」と唸っているロザリーとあたまを下げたままのランディの姿を3人がなんとも言えない表情で眺める。
「レオンの治療は先ほどしてもらったわ。ランディには連れてきてもらって申し訳ないけど」
「おっ、そうだったのか。特殊な毒だから専用の治療薬以外は治らないなんて言っていたから生かしておいたが……これで心置きなく処刑できるな」
「むー、むー」
涙を流しながら必死に首を横に振るロザリーをランディが殴って気絶させ、ひょいと荷物を担ぐようにして持ち上げる。そして部屋を去ろうとしたランディだったがその視線がアレックスを捉えた。そしてキョロキョロと部屋を見回す。
「シエラがいねえな。何か用事か?」
「シエラは……」
言いにくそうに言葉を濁したクリスティの様子に少し訝し気にしていたランディだったが、アレックスの表情で状況を理解する。そして……
ドスッ、ガシャガシャガシャン
一瞬で距離を詰め、アレックスの頬へと振るわれたランディの拳により、その体か吹き飛ぶ。そして床を転がるだけでなく家財をなぎ倒してやっとアレックスは止まった。メイドが悲鳴を上げ、クリスティとシンディが驚きの表情でランディを見つめる。
「てめえがついていながらなぜ死なせた!?」
血を吐きながらゆっくりと立ち上がろうとするアレックスに向けてランディが鋭い視線を飛ばす。鋭い爪が伸び、その返答次第ではそれが振り下ろされるであろうことが誰の目にもはっきりとわかった。
よろよろと立ち上がったアレックスは何も言わずにじっとランディを見返す。しばらく見つめあった2人だったが、先に視線を逸らしたのは意外にもランディだった。
「チッ。そんな顔すんじゃねえよ」
「どんな顔をしていましたか?」
「知りたきゃ自分で鏡でも見ろ。くそっ、良い女だったが死んだんじゃ仕方ねえ。族長として一族をあいつと一緒に立て直したかったんだがな」
舌打ちをしながらランディが爪をおさめる。そして自分の頬をアレックスに向けて差し出した。不思議そうにアレックスがそれを見つめると、イラついた様子を見せながらランディが鋭い犬歯を見せた。
「殴れよ。無抵抗の獅子族の族長を殴れる最初で最後の機会だぞ」
「族長?」
「ああ。親父がカラトリア王国に攻め入るなんてとち狂ったことをしようとしたからな。一族を巻き込む前に殺した。今は俺が獅子族の族長だ」
「そうですか」
後悔など全くしていないような態度のランディを見ながら、アレックスが心を決める。そして拳を握りしめ、力の限りランディの頬へと拳を放った。普通の騎士であれば吹き飛ばされるような威力のその拳を平然とした顔で受け止め、ランディはニヤリと笑った。
「弱いな」
「そうですね。魔法が主体なので」
「だな。じゃあ俺は帰る」
ランディがくるりと振り返って扉へと向かって歩き出し、途中で落ちていたロザリーをゴミでも拾うかのように掴んで持ち上げる。その拍子に意識を通り戻したのか再び唸りだしたロザリーへと拳を落として静かにしながらランディが顔をアレックスへと向けた。
「今までで一番気持ちのこもった拳だったぜ。またな」
そう言い残してランディは部屋から出ていった。3人はしばらくその閉まった扉を眺め続けていた。
そしてしばらくして視線を合わせた3人は部屋の惨状に苦笑する。当事者は何事もなかったかのように出て行ってしまったが、これを片付けるのは大変そうだ。そんなことを考えていると3人の耳に聞きなれた声が届いた。
「クリス?」
「……っつ、レオン!!」
皆が視線をベッドへと向ける。そこに横になっているレオンハルトがうっすらとその目を開けていた。しかしまだ意識がはっきりとしないようでどこか夢うつつな表情をしている。ゆっくりとクリスティに向かって伸びるレオンハルトの手をクリスティが大切に胸に抱く。
カラトリア王国を巡る一連の騒動は終息を迎えつつあった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「そういえば知っているか、本編で予定より一番出番が増えたのはランディなのだ」
(╹ω╹) 「そうなんですか?」
(●人●) 「うむ。当初は近接キャラで私と殴り合って終了だったのだ」
(╹ω╹) 「そう考えると本当に増えてますね」
(●人●) 「気に入ったので出番が増えたらしい。まあ逆に言えばその割を食った奴がいるわけだ」
(╹ω╹) 「えーっと、僕じゃないですよね」
(●人●) 「当たり前だろう」
(╹ω╹) 「だとすると、あっ、なんとなく予想がつきました。最初に出てきたのにその後全く活躍しないあの人ですね」
(●人●) 「代わりにこっちには来たけどな」
( ゜д゜) 「まさか僕の事じゃないだろうな。僕をクルーズ商会のえんり……」
パシュン
_(。_°/ 「……」
(╹ω╹) 「やかん、沸かして来ますね」