第108話 クリスへの伝言
3人が反対側の門へと着いたのは、スカーレット領軍の兵士たちの顔がはっきりと認識できる程度まで近づいてきたころだった。
3人は馬を降り、帰還してきた兵士たちを道の脇で出迎える。騎士服を着たアレックスにおやっとした顔をする者や親し気な視線を送る者などもいたが、兵士たちは隊列を崩さず街の中へと入っていった。そして……
「アレックスか?」
「はい。エクスハティオ様のご無事でのお戻り、喜ばしく」
通りかかったエクスハティオが馬上から声をかける。目立った汚れや傷のようなものはなく、長い遠征による多少の疲れは見えるもののその姿から戦いがこちらの勝利に終わったであろうことは察することが出来た。
「そちらも大変だったと聞いている。この領都を守り切ることが出来たのはお前と……んっ、シエラは一緒ではないのか?」
「シエラお嬢様は……」
「いや、詳しい話は城で聞こう。そちらはバジーレ王国の王太子ハーバードだな。捕虜として連れてきたということで良いのか?」
「はい」
エクスハティオが指示を飛ばし、傍に控えていた騎士がハーバードを連れて街の中へと入っていく。それを見送り、そしてエクスハティオの視線が残ったシンディへと向かった。
「そちらの女性は誰だ? どこかで見たような気もするのだが」
「シンディと申します。詳しいことは後で説明させていただきますのでご同行させていただいてもよろしいでしょうか?」
「アレックス?」
「シンディ様は問題ありません。詳細は今は話せませんが、スカーレット領に害を及ぼすことは絶対にありません」
「アレックスがそこまで言うのであれば良いだろう」
エクスハティオの許可を受け、アレックスとシンディは隊列の最後尾に同行して領都コーラルへ、そしてスカーレット城へと入っていくのだった。
スカーレット城へと入り、身なりを整えたシンディとアレックスは軍議などを行う広い会議室へと向かっていた。アレックスがバジーレ軍との戦いと現在の国境の町ラクスルの現状についての大まかな報告を家令にした結果、早急に詳細をエクスハティオに報告し、今後の動きを決める必要があると判断されたせいだ。
会議室に揃っているのはエクスハティオを始め、このスカーレット領の将軍や大臣などの重鎮たちだった。その中には少々顔をやつれさせたクリスティの姿もあった。そんな彼女は入って来たアレックスの姿に顔を少しほころばせ、そして何かを探すようにその側へと視線を彷徨わせる。しかしそこに彼女の求める姿はなかった。
「遅れてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、ラクスルから5日、昼夜問わずに駆けてきたと聞く。気にする必要はない。状況を説明してくれ」
「わかりました」
アレックスが淡々とバジーレ軍との戦いについて語っていく。圧倒的に不利な戦況、そしてその中で辛うじて均衡を保ってきた数日間。事実を並べているだけで何も脚色していないからこそその言葉には重みがあった。
そして……
「王太子妃にとりついていた魔女との戦いにおいて、シエラ・トレメイン名誉女男爵は……命を落としました」
今まで静かにアレックスの報告を聞いていた面々からざわっとした声があがる。シエラとアレックスはいつも一緒にいた。だからそういったことなのかもしれないと誰しもが考えてはいたのだ。だからこそその驚くべき報告に少しざわつく程度で済んだとも言える。
「う、嘘……」
「戦況は決していました。私たちは毒に侵され動けず蹂躙されるのを待つだけでした。そんな中でシエラ名誉女男爵は1人、敵陣へと突貫し……」
「嘘よ! シエラが死ぬはずなんてない!」
「クリス……」
「嘘って……言ってよ……」
勢いをなくし、ぽろぽろと涙を流すクリスティの姿にアレックスが言葉を詰まらせる。そんなクリスティをエクスハティオがそっと抱きしめた。暗く重い空気が会議室の中に広がっていく。
アレックスは言葉を続けることが出来なかった。踏ん切りをつけたつもりではいた。しかしそれでもクリスティという近しい人物がシエラの死を嘆く姿を目の当たりにし、抑えつけていた感情が溢れてきたのだ。今、声をあげれば何を言ってしまうか自分自身にもわからなかった。
「ここからは私が話をさせていただきます」
そんなアレックスに変わって声をあげたのはシンディだった。お前は誰だとでも言わんばかりの視線が集まるのを気にもせず、シンディは堂々とした態度で口を開いた。
「まずは自己紹介を。私の名前はシンディと申します。私は……そうですね。簡単に言ってしまえば生まれ変わった、もしくはもう1人のシエラ・トレメインだと考えてください」
「どういうことだ?」
シンディが自分の存在を語っていく。シエラの心の中でずっと生きてきたこと。そしてシエラの願いを叶えるために自分自身が外へ出たこと。そしてその影響でシエラが消えてしまったことを。
「信じられんな。確かに面影はあるが」
「それはそうでしょうね。別に信じていただかなくても結構です。でも私が魔女を滅ぼし、ラクスルの町を救ったのは事実です。そうですね、アレックス」
「はい。魔女を倒したシンディ様のおかげでバジーレ軍は正気に戻りました」
淀みなく答えるアレックスの姿に、会議室にいた面々が一定の理解を示す。これまでのアレックスのスカーレット家とシエラに対する実直な貢献とその善良な性格はこの城に勤める者ならば知らぬものはいなかった。
そんなアレックスが認めているのだからそれは事実なのだろうと言う信頼関係を築いていたのだ。
シンディがその後の話を続け、そしてそれが終わると会議室は沈黙に包まれた。そしてその沈黙をエクスハティオが破る。
「では、今後の対応だ。最終的には王家の指示を仰がねばならないが、まずはそれまでの対応について意見を出してくれ」
その言葉に会議室は大臣や将軍の言葉が飛び交う討議の場となった。その様子をシンディとアレックスは静かに見守るのだった。
会議が終わり、各人がこれからの仕事に忙しく出ていく中、シンディとアレックスはじっと椅子に座ったままのクリスティの元へとやってきていた。憔悴した痛々しいその姿に、アレックスの眉が下がる。
傍へとやってきた2人へとゆっくりとクリスティの視線が向けられる。しかしその口から言葉が発せられることはなく、ただじっと2人を眺めるだけだった。そんな彼女と視線を合わせるようにシンディが片膝をつく。
「クリス。シエラからの伝言があります」
「シエラから!?」
生気を取り戻していくクリスティの目を見ながら、ゆっくりとシンディが首を縦に振った。
「私はクリスの幸せを願っている。これからは傍で守れなくなってしまうが、アレックスにお願いしておいたから大丈夫だ。クリスとクリスの子供はアレックスが守ってくれる。だから元気な子を産んでくれ。あと約束も守ることが出来たぞ。馬鹿の治療方法を見つけたから、馬鹿とも末永く幸せにな、だそうです」
「レオンハルトの治療法が?」
「私なら」
「そう。ありがとう。でも、シエラ。約束はそれだけじゃなかったでしょ。すぐに戻ってくるって一番大切な約束を守れてないじゃない」
天井を見上げ、ここにはいない誰かに届けるようにクリスティが呟く。その瞳から一粒の涙が零れ落ちていった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「チャーミング……」
(╹ω╹) 「へっ? お嬢様に似合わない言葉が聞こえた気がしたんですが」
(●人●) 「しえらぱーんち!」
(╹ω╹) 「ぐふっ」
(●人●) 「ふっ、しばらく使ってなかったから油断したな」
(╹ω╹) 「……いや、その前に殴らないでください。それよりどうしたんですか?」
(●人●) 「いや、ハーバードの名前なのだが元々はチャーミング王子だったのだ。元の名前の方が良かったかと思ってな」
(╹ω╹) 「いや、流石にその名はツッコミが入ると思います。でもじゃあなんてハーバードになったんですか?」
(●人●) 「うむ。元の名前がアレだったから反対に賢そうな名前にしたのだ」
(╹ω╹) 「何というかその由来がバカっぽいですね」