第107話 コーラルへの帰還
声をころし静かに涙を流しているアレックスをじっとシエラが眺めていた。心の内からではあるがずっとアレックスの姿を見てきたシエラにとって、どれほどアレックスがシエラのことを想っているのか、それはわかりきったことだった。そして小さなシエラの想いも。だからこそ……
(はぁ、シエラも最後まで素直じゃないんですから。最後の言葉くらい自分に素直になっても良いのに)
小さなシエラが最後にアレックスへと残した言葉は本当は「クリスお嬢様を頼む」の一言だけだった。その後ろに秘めた想いを伝えようともしなかったのだ。おそらく残されるアレックスのことを考えてのことだとシエラにも理解できている。もう自分のことを気にせずアレックスには自由に生きて欲しいと願ったのだろう。しかし……
(想いを残されない方が辛いんですよ、シエラ。そしてそれは心を縛り、前に進めなくなってしまう)
だからこそシエラは小さなシエラの隠された想いを伝えた。それがこれから先、アレックスの幸せに繋がっていくと考えたから。その幸せが10年以上先になろうとも、シエラを、アレックスの幸せを願ったシエラの想いを叶えるために。
「あの……」
声をかけられ、シエラが背後を振り返る。そこには剣も供も携えずに立つ一人の男がいた。サラサラの金髪に青い目をしたまさに貴公子という言葉が似合うその男はシエラと目が合うと片膝をつき、まるで臣下のごとき振る舞いで頭を垂れた。
「バジーレ王国、王太子ハーバード・ル・バジーレと申します。この度のこと真に申し訳ありません。魔女に操られていたとはいえそれを許したのは我が国の失策。ただ無能な王家に従うしかなかった兵士たちには温情をいただきたい。この責任は我が首をもって償う……」
「それを決めるのは私ではありません。王家が無能というのは否定しませんが、あの魔女では仕方がないでしょう。無能だというのは否定しませんがね」
「ずいぶんとはっきりと仰るのですね」
2度も無能と繰り返したシエラの言葉にハーバードが呆気にとられたような顔でシエラを見つめる。シエラはハァと小さく息を吐き、そして告げた。
「あなたをコーラルへと連れていきます。そこで沙汰を待つことになるでしょう。兵士たちについては武装解除させたうえで将官は捕虜として、その他の兵士は帰国させるというのが我が国にも負担なく、そちらの要望も満たせると思うのですが……」
「が?」
「魔女の影響が残っているバジーレ王国に戻した兵士たちがどうなるか心配です。そうですね。兵糧もかなり残っているようですし武装解除後に兵士たちはここで野営するように。その管理のため最低限の将官は捕虜とせずにこの場に残すことを許します」
「おおっ、ありがたい。やはりあなたは聖女だ。さっそく準備に取り掛かります」
一礼し、安堵した様子に自陣へと戻っていくハーバードを見送り、そして疲れたように大きく息を吐きシエラが振り返る。そこには立ち上がり傍に控えるように立つアレックスの姿があった。その目はまだ赤く腫れているものの涙が零れ落ちている様子はない。
「もういいの?」
「はい。シエラの願いを叶えるためにも泣いてばかりではいられませんから」
「そう。偉いわね。でもシエラか……あなたにとってのシエラはあの子だものね」
そんなアレックスの姿に微笑みながらシエラは物思いにふける。そして
「わかったわ。これからは私のことはシンディと呼んで。シエラはあの子の名前だものね」
「えっ、でも……」
「いいのよ。私にとってもシエラはとても大切な存在だもの。シンディとシエラ。シンデレラと呼ばれていた私たちにとても合うと思わない?」
「はい。……ありがとうございます。シンディ様」
にこっとした笑顔を向けるシンディにアレックスが頭を下げる。そんな彼の肩をポンポンと叩き、シンディはやるべきことをやるためにラクスルの町へと戻っていくのだった。
負傷や毒に侵された兵士たちの治療を終え、その後の処理をラクスルの領主であるケインに任せてシンディ、アレックス、ハーバードの3人は一路コーラルへの道をひた走っていた。
フロウラは心労で伏せてしまったシンシアの看護のために町へと残り、シンシアの体調が戻り次第コーラルへと戻る予定になっていた。
馬を乗り継ぎ、シンディの回復魔法で無理を効かせ、半ば不眠不休で走り続けたおかげで行きに10日掛かった距離を3人はわずか5日で走破した。
天の回廊でレベルを上げた2人にとっても楽ではない旅程であったが、そこまで鍛えていないハーバードにとってはかなり無茶なものであったが、半ばゾンビのような姿になりながらも彼は何とかついてきていた。
「コーラルは……無事のようですね」
「はい」
「……」
視線の先に広がる領都コーラルは戦時中ということもあり物々しい雰囲気ではあるものの、煙が立ち上っていたり防壁が破壊されているなどの被害も見られなかった。そのことに2人が胸をなで下ろす。
「まずはハーバード様を引き渡し、その後レオンハルト様の治療に向かいましょう。シンディ様なら治療が可能なのですよね」
「そうね」
「……」
一応「様」と敬称はつけているもののアレックスのハーバードへの扱いは軽いものだった。この男さえいなければシエラが消えることはなかったかもしれないという思いが少なからずあったからだ。でなければ今のハーバードの物言わぬ屍のような姿をもう少し哀れと思っただろう。
3人がコーラルへと近づいていく。すると街の反対側の方から大きな鐘の音が3度聞こえてきた。防壁に備え付けられた鐘が3度打ち鳴らされる。それが意味するのはこの領都の領主であるエクスハティオの帰還を知らせるものだった。
「丁度良いタイミングですね。出迎えに行きましょう」
「はい」
「……」
3人は馬の腹を蹴り、鐘のなった反対側の門へと向かうのだった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「出番がない……」
(╹ω╹) 「今出てるじゃないですか」
(●人●) 「違う、本編の話だ!」
(╹ω╹) 「いや、それは無理ですよ」
(●人●) 「なぜだ。死んだ程度なんだと言うのだ。根性みせろ! もっと熱くなれよ!」
(╹ω╹) 「熱くなっても無理ですって」
(●人●) 「うぬう、かくなる上はあの男を呼ぶしかない。来い! 松○しゅうぞ……」
(╹ω╹) 「本当にやめてください!」