第105話 シエラと王子妃
投稿再開します。かなりの期間空いてしまい申し訳ありませんでした。
「これは!」
光の奔流とでも言うかのような圧に思わずアレックスが手をかざす。そして徐々にその圧は弱まっていき、アレックスが少し眩んでしまった目をしかめながらその手をどけた。
その視線の先に写ったのは2人の女性の背中だった。そしてアレックスの目はその二人の内の1人に惹きつけられた。いや、アレックスというのは正確ではない。この場にいる全ての者の目はその1人の女性へと注がれていたのだから。
衣服を纏っていないため、その170センチほどのすらりとした体形ははっきりと見えてしまっている。その体に巻き付くように張り付いた地面にも届くような長い白髪が要所を隠し、まるで一枚の絵画を見ているかのような美しさだった。
呼吸することさえためらうようなその場で、ゆっくりとその女性が振り返りアレックスを見つめた。
「アレックス、シャルルを頼みます」
「えっ?」
声をかけられたアレックスが間抜けな声をあげる。そんなアレックスに小さく微笑んで女性が視線を戻した。その後ろ姿を薄い光に包まれながらアレックスが呆然とした顔で見つめる。
「お嬢様、なのですか?」
自分自身に問いかけるようなアレックスの言葉に女性は答えなかった。ただ手をまっすぐに伸ばし、眼前へと飛んできた黒紫の霧を光で包み浄化していく。その鋭い視線の先には杖を構えこちらを忌々しげに睨み付ける王子妃の姿があった。
「おやおや、少しは出来るようになったようだね。だがこれを防ぐことが出来るかい?」
「あなたの魔法は私には通じません」
その言葉を合図に魔方陣が、詠唱が、そしてあらゆる魔法の応酬が2人の間で始まった。それはアレックスにさえ理解できないほどの高度な魔法技術であった。そんな光景を目のあたりにしながらアレックスは混乱していた。
眼前の女性からかけられた声はシエラのものだった。そしてその立ち姿はシエラの面影を残している。これまでずっと共に過ごしてきたアレックスには目の前で戦う女性がシエラだと理解できた。しかしその一方で目の前のシエラが自分の愛したシエラではないという確信があった。その矛盾がアレックスの動きを止めていたのだ。
「アレックス!」
「はい!」
アレックスの方を見ずに再びかかった聞きなれた声に反射的にアレックスが返事を返す。そして自分が何を言われたかにやっと思考が向かった。
「シャルル……シャルル様!?」
アレックスの視線がもう1人の女性へと向かい目を見開く。自分の体をぎゅっと抱きしめるようにして座り込んでいるその白髪の女性をアレックスが見間違えるはずがなかった。最後に見てから既に10年以上経っていようとも、仕える主であるにもかかわらずまるで第2の母のように自分に接し、暖かな優しさを与えてくれたそんな人を忘れるはずがなかった。
「シャルル様!」
先ほどまでの動かなかった体が嘘のように軽く動き、アレックスは立ち上がりシャルルの元へと駆け寄ろうとして動きを止めた。そして顔をしかめながら下着とズボンだけを履くと今度こそシャルルの元へと駆け寄った。
「シャルル様、本当にシャルル様なのですよね?」
「……アレックス君」
アレックスの呼びかけにうつむいていたシャルルが顔を上げる。その顔は涙でくしゃくしゃになっており、そして今なおその涙は止まってはいなかった。そしてそのまま倒れこみそうになったシャルルをアレックスが慌てて支える。
「シエラちゃんが、シエラちゃんが……」
「お嬢様がどうされたんですか!?」
胸の中で泣き続けるシャルルのその言葉にアレックスの嫌な予感が膨らんでいく。聞きたくないという気持ちを必死に抑え、アレックスはシャルルの震える肩を抱きしめながらその返事を待った。
魔法による爆音が響く間、ほんのつかの間の静寂が訪れた。
「シエラちゃんが消えちゃった」
そのシャルルの言葉に、自分の心の中の何かが崩れていく音をアレックスは確かに聞いたのだった。
王子妃とシエラの魔法の応酬は時間を経るごとに激しさを増していた。すでにその周囲にはほぼ人がいなくなっている。王子妃の放つ魔法の間接的な影響だけでも人を葬るのに十分すぎるほどの威力を持っているため、既に避難したか死んだかのどちらかだからだ。
2人の表情は対照的だった。王子妃は楽しくて仕方がないといったように笑みを浮かべ、シエラはそんな王子妃へと鋭い視線を送っている。どちらの表情にもまだまだ焦りのようなものは見えず、2人とも余力を残していることは明白だった。
そして王子妃がゆっくりと振るっていた杖を止める。吹き荒れていた圧がなくなり、戦場に少しだけ落ち着いた空気が流れ始める。
「くっくっく。見たことのない魔法を使うじゃないか。それにまだまだ余裕がありそうだ。やはりその体を乗っ取るべきだったかね」
「あなたに乗っ取られるなんて死んでもご免ですね」
「そうかい? とっても面白いものを見ることが出来たと思うけどねえ」
「あなたが見せるのは地獄以外の何物でもないでしょうに」
王子妃とシエラが言葉を交わしていく。どこまでも平行線な会話、無意味な会話を交わしているとしか2人のやり取りを聞いていた者には思えなかった。既に言葉で解決できる段階を越えているのだから。
そしてしばらくそんな会話を2人は続け、そして王子妃が小さく笑った。
「理解しあうことは出来ないようだね」
「自らの欲望のために戦争を起こそうとするあなたを理解などしたくありません」
「そうかい、そうかい。じゃあお別れだ」
その言葉をキーにして突然現れた青紫の球体がシエラの全身を覆いその姿が見えなくなる。
「なっ!?」
驚きの声を上げるアレックスの方へとちらっと視線を向け、そして怪しく蠢くその球体の表面を眺めながら王子妃は口が裂けんばかりの笑みを浮かべた。
「会話の端々に詠唱を混ぜるなんてことも出来るのさ。あんたも魔法の神髄を学びたくなっただろう? もう出来ないけどね」
王子妃の笑い声が戦場へと響いていった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「このコーナーもずいぶん久しぶりな気がするな」
(╹ω╹) 「大体3か月くらいですしね」
(●人●) 「落とし前はしっかりつけておいたから安心してくれ」
(╹ω╹) 「ああー、リアル見せられないよ! 状態の物体Xになったアレですね。まあ今回ばかりは仕方ありません」
(●人●) 「しかし問題もあるのだ。特に我々にとって由々しき問題が!」
(╹ω╹) 「放っておけば勝手に復活するし別に問題ないのでは?」
(●人●) 「それではない。我々の品格に関わる問題だ!」
(╹ω╹) 「品格?」
(●人●) 「うむ。前回の後書きを思い出してみろ。あんな内容が3か月も最終ページになっていたのだぞ。正気を疑われられんだろうが」
(╹ω╹) 「ええっと、あまり関係ないと思います」