第102話 黒と白のシエラ
シャルルに手を引かれ、暗闇の中で唯一明るいその場所へと歩いていく。手から伝わるその感触は本物のように柔らかく、そして暖かく、遥か昔、家の庭を2人で歩いた思い出がよみがえってきた。もしかして本当に?
「お母さまは本当にお母さまなのですか?」
「ふふっ、私は私よ。おかしなことを言うのね、シエラちゃんは」
笑いながらこちらを見るシャルルの姿は本当に生きているかのようだった。わからない。これが私が作り出した妄想なのか、本当にシャルルなのか私には判断が出来ない。でもどちらにしてもシャルルに導かれるのであれば悪いことにはならないだろうとなぜか確信が持てた。
10分程度歩いただろうか、目的の場所へとだいぶ近づいたおかげでその場所の様子がよく見えるようになってきた。とは言え卵のように楕円形の白い球があるだけで中の様子をうかがうことは出来ない。
「こっちよ」
シャルルがその白い球へと手を伸ばし、そしてそこには何もないかのように光の壁を手がすり抜けていく。そしてシャルルが光の中へと完全に姿を消し、そして手を引かれるままに私もその中へと入っていった。ピリッとした痛みが全身を襲うが、我慢できないほどではない。
完全に中へと入るとそこは半径5メートルほど円状の大地があり、球の内側のような白い天井がそれを覆っていた。そしてその大地の中央には、どこか見覚えのある20歳前後の真っ白な女が何もない天井を眺めていた。
「シエラちゃん」
「「はい」」
シャルルの呼びかけに私と女の声が重なる。女がシャルルの方を向いたことでその顔がはっきりと見えた。光を反射しそのものが光っているように見える真っ白な髪に、同じく色素が抜け落ちてしまったかのような白い肌。黒真珠のような光沢を放つ瞳と、ぷっくりとした唇の赤が白との対比で際立っている。その整った顔立ちにはフレッドとシャルルの面影がはっきりと見て取れた。
あぁ、これが本当の、本来この体の主であったシエラなんだろう。そのことが自然と理解できた。
「あなたが本当のシエラ?」
「あなたも本当のシエラよ」
お互いに目を見合わせる。真っ白な大人の姿のシエラの瞳には真っ黒な姿をした子供の姿の私が写っていた。何もかもが違うのに、同じだとわかった。そして相手もそうなのだろう。
「シエラちゃん、どうやったらシエラちゃんを助けられるかな? 何か方法はない?」
シャルルが白いシエラへと問いかける。白いシエラは私の方を見つめて何かを話そうとし、一瞬躊躇した後再び口を開いた。
「助けるためには体を返してもらうしか方法はありません」
「そんなことで大丈夫なのか? かなり危険な状況だぞ」
はっきりと言って現状は絶望的だ。周囲は敵兵に囲まれているし、私自身体を酷使しすぎているうえに右手も失っている。とてもどうにかなる状況だとは思えないのだが、白いシエラの瞳には少しの迷いも感じられなかった。本当に大丈夫だと思わせるほどの強い力がその瞳からは感じられた。
「あなたが天の回廊で戦い続けたおかげで私は強くなっています。体の欠損さえも問題なく治療できるほどに。あの魔女が相手でも今なら負けはしないでしょう」
「そうか、なら頼む。元々は私が借りていた体だからな。本来の持ち主へと返す時が来たというだけ……」
「でも、もし私に体を返したらあなたは消えてしまいます。その覚悟はありますか?」
「どういうことなのシエラちゃん!」
白いシエラの発言にシャルルが慌てて食って掛かっている。シャルルは今の白のシエラのように私が中にずっと残ることになると思っていたのかもしれないな。
私にとっては死刑宣告に近い言葉ではあるが、これは半ば予想していたことだったのでそこまで驚きはない。なぜならこの空間に入った段階で私の体が少しずつ薄くなっていくのを感じでいたからだ。そして今もなおそれは進んでいる。
「体のあるお母さまや体と紐づいている私と違い、シエラは精神だけの存在です。もし私へと体を返せばこの場所は逆転し私の光がシエラの闇を塗りつぶしてしまいます」
「加減してあげれば……」
「差がありすぎます。シエラは戦い続けてきましたが、その成長はすべて本来の体の持ち主である私へと流れ込んでいます。いくら私が加減したとしても数瞬も耐えられないはずです」
「でも……」
「ありがとう、お母さま。でも良いんです。私の大切な人たちを守ることが出来るなら私は消えても」
シャルルが悲し気にこちらを見つめる。その奥で白いシエラはじっと私を見ていた。表情は崩していないが、私にはわかる。白いシエラが申し訳ないと思ってくれていることが。
だって、きっと白いシエラは私の許可を得なくても自分の体を取り戻すことが出来たはずだ。それなのにそんなこともせず、むしろ私に影響が出ないようにこんな小さな空間でじっと我慢し続けてくれていたのだ。
シャルルの今の元気な様子を見ると治療をしてくれたのもきっと白のシエラなのだろう。なら安心して皆のことを託すことが出来る。
「伝えたい言葉はありますか?」
「そうだな。本来伝えるべき人も伝えるべき言葉も数え切れないほどあるが、クリスとアレックスだけにしておこう。後の皆には適当に言っておいてくれ」
「わかりました」
白のシエラに2人への別れの言葉を伝え終え、そしてゆっくりと床へと座る。私と言う存在がどんどんと薄くなっていくのがわかるが何故か恐ろしさはない。私に出来ることは全てやった。心残りがないと言えば嘘になるが、それでも未来を託せる存在に最後の最後で出会えた幸運に感謝するだけだ。
白のシエラが輝きを放ち、そして半径5メートルほどだった空間がどんどん広がっていく。白に埋め尽くされていくその風景は幻想的で、とてもきれいだった。
「さようなら、シエラ。私の運命を変えてくれたあなたに最大級の感謝を」
「後は頼む。皆の未来を守ってくれ。そしてお母さま。泣かないでください。私はあなたの子として過ごせて幸せでした。だから最後は、笑って……いつもの……」
「シエラちゃん!」
言葉が続けられなくなった私を、涙を流していたシャルルが抱きしめる。あぁ、結局最後は泣き顔になってしまったな。でもとても温かい。とても安心する。
今までの7度の人生で最も幸せな終わり方だ。大好きな人の胸の中で死ぬことが出来たのだから。
「私の中でシエラちゃんは生き続けるんだから!」
シャルルがきつく私を抱きしめる。シャルルはきっと覚え続けてくれるだろう。それはとても幸せなことだ。
「大好きだよ」
最後に何とかそれだけ言い残し、私は温かい光の中へ溶けて消えていった。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「…………」
(╹ω╹) 「あれっ、始めないんですか?」
(●人●) 「…………」
(╹ω╹) 「もしかして本編の影響がここまで!?」
(●人●) 「そんなわけないだろう。むしろこちらが本編に影響を与える存在なのだぞ」
(╹ω╹) 「あっ、いつも通りのお嬢様ですね。良かった。でもなんで黙ってたんですか?」
(●人●) 「残りの回数を数えていたのだ。ちなみに後……」
(╹ω╹) 「わー、わー。なんてことを言おうとしてるんですか?」
(●人●) 「言っただろう。こちらが影響を与える存在だと」