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シンデレラになった化け物は灰かぶりの道を歩む  作者: ジルコ
第一章 シンデレラになった化け物は悪役令嬢と再会する
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第10話 査察と誘い

 査察する資料は指定させてもらったがそれにしても1人で詳細を見るのは不可能な量だ。だからこそ事前に報告書で確認し気になった年月は重点的に見るがそれ以外は大まかなチェックにする予定だ。


 資料をチェックしていくとおそらく記入者とチェックする者が違うのだろう、所々に筆跡の違う者による修正の跡が散見された。こちらへの報告書にはそういったものはなかったのでやはり清書したものなのだろう。

 侯爵であるスカーレット家のクリスが領主としての勉強のために見た財務関係の資料には誤りを修正したままのものもあったことを考えればかなり気を使っていることがわかる対応だ。


 ページをめくり見るべき点を探し、必要なら数値を控え、そしてたまに計算を確かめる。ただひたすらにそのことに集中していく。

 元々の間違い自体も少ないのはおそらく教育が行き届いているということもあるがこの最後のチェックをしている者の性格を皆が知っているからだろう。書面しか見たことはなく会ったこともないがその性格を好ましく感じる。私の顔には自然と笑みが浮かんでいた。

 およそ1時間で1月分のチェックが終わった。特に疑問点のない月を選んだこともあり問題はない。


「んっ?」


 書面から顔を上げると扉の前で先ほどの男がトレンチにポットとカップを乗せてそれを持ったままこちらを見て惚けていた。カップが2つあることから考えて私をもてなそうとしてくれていたようだ。申し訳ないことをしたな。


「すみません。気がつきませんで」

「いえ、それは良いのですがまさか資料を読むことが出来るのですか?」

「はい。現在のトレメイン家に関する報告書などの処理は私がしておりますので」

「その年齢で、ですか。そちらの記入されたものを見せていただいても?」

「どうぞ」


 男がトレンチを机の端に置き私が資料を見ながら記入していた紙を目で追っていく。特に項目などは書いていない数字の羅列の私だけにわかるようなメモ書きであるにも関わらず男はそれを資料と比較することなくじっと見ていた。

 手持ち無沙汰になった私は男が持ってきたポットからカップへと紅茶を注いでいく。温度が落ちてしまったようで良い茶葉であるようなのに香りがあまり広がらないことを残念に思いながらそれを男の前へと差し出した。それとほぼ同時に男がその紙から目を離し、ふぅと小さく息を吐く。


「ありがとうございます。お茶の用意までさせてしまい申し訳ありません」

「いえ、お待たせしてしまったのはこちらですので」


 男が紅茶を口に含んだのを見て私もそれに口をつける。ないとは思うが毒でも入っていたらと考えてだ。男が先に紅茶に口をつけたのもそのためかもしれない。

 味はやはり渋みが出てしまっているし、温度も温く素直に美味しいとは言えないものだ。用意されてからかなりの時間が経ってしまっていたのだろう。良い茶葉だからこそまだこの程度で済んでいるのだ。

 少々歪みそうになる顔をなんでもないようにとりつくろう。男が苦笑いしているのはその味に対してか私の態度に対してかどちらだろうな。


「お茶を淹れ直してきます」

「ありがとうございます」


 トレンチにポットとカップを乗せ男が出ていった。その表情に当初のような私をいぶかしむような感情は浮かんでいなかった。本当に査察するために来たことがわかったのだろう。

 しかし……


「資料も見ずに判断するとはな。ふふっ、ふざけた男だ」


 面白い男がフレッドの部下にはいるものだ。そんなことを考えながら新しい資料の束へと手を伸ばすのだった。





 3月分の資料を確認し、日も暮れてきたので店を辞去しようかと思ったのだが……


「ところで宿は既に手配されていらっしゃいますか?」

「いえ。これからです。兵士の方に紹介していただいた宿に泊まろうかと……確か青のカモメ亭という宿なのですが」

「青のカモメ亭ですか。確かにあそこであれば安全ですし値段も手頃ですね。ただトレメイン家の方が泊まると考えると少々グレードが落ちますよ。どうでしょう、もしよろしければ私の家にいらっしゃいませんか。使用人もいますし部屋も余っていますので」


 男からそんな誘いを受けてしばし考えを巡らせる。

 ここで男の提案を断ってしまっても特に問題はない。査察自体の要領は掴めたので明日1日あればおおよそ知りたいことは知ることができるだろう。それから動いたとしても大丈夫だ。


 ただ……


 私を見ながらにこやかに笑っている、と見せてどう私が対応するのかしっかりと観察しているそんな男の態度に心が騒ぎ、笑いが漏れそうになるのを堪えた。

 ふふっ、ここまであからさまに誘われたのだ。誘いに乗ってやろうじゃないか。


「では、喜んで」

「それではお手をどうぞ、お嬢様(・・・)


 手を差し出し恭しく頭を垂れる男のその手へと手を乗せ、私は男の家へと案内されるのだった。





 案内された男の家は大通りから少し離れたトレイシーの町の中でも閑静な住宅街に存在していた。この辺りの家は門から店までの間に見てきた家などと違いしっかりと庭も存在している。

 男の家は屋敷と呼ぶほど大きくはないが10数人はゆうに住むことが出来るだろう大きさの家だ。緑の芝生が綺麗に刈りそろえられた庭は他の花々が咲き乱れる家々のものと比べれば一見劣っているようにも見えるが、その奥に佇む白を基調とした家と絶妙にマッチしている。センスの良い庭師と知り合いなのだろう。


「お帰りなさいませ、ご主人様。……お客様でしょうか?」

「あぁ、彼女はトレメイン家からのお客様だ。今日はここに泊まってもらう予定だから丁重にもてなしてくれ」

「かしこまりました」


 出迎えたメイドのいぶかしむ視線を感じながら家の中をざっと見回す。派手さはないが落ち着きがあり掃除も行き届いているようだ。

 メイドが私をそのような視線で見るのは当たり前だ。私の格好は使用人のものであるし、なにより幼く見える。新しい使用人と間違わなかっただけマシだな。


 手荷物の入ったカバンを渡し、メイドに案内されるままについていく。着いたのは1階奥にあった来客用の客室と思われる部屋だ。

 「お茶を持ってまいります」と言って去っていったメイドの姿を見送り部屋をぐるりと一周する。見た感じ不審な場所は無さそうだが魔力を放出できない今の私ではそういった場所がないか把握のしようがない。


「仕方ないな。しかし事前に知らせることなく客室が準備できているとは……うちの使用人たちにも見習ってほしいところだ」


 ふっとそんな考えが浮かんで少し笑うと、今日ここで泊まるために荷物の整理を始めた。





「食事の準備が整いましたのでご案内させていただきます。遅くなり申し訳ございません」

「こちらこそ突然伺ってしまい申し訳ありませんでした」

「いえ、ご主人様の意向ですので謝っていただく必要はございません」


 この部屋に案内してくれたメイドの後を再びついて行き十数人は座れるであろう長机のある広い部屋へと案内された。壁にかかっている絵画やシックでありながら細やかな細工の施された品々、そして部屋の造りからしておそらく迎賓用の部屋だろう。


 既に男はテーブル傍へと立っており、その反対側へと座るように促される。メイドに補助されながら少し足の高い椅子へと座ると男もその反対の席へと腰を下ろした。男は相変わらずの愛想のよい笑顔でこちらを見ている。そこにメイドたちによって食事が運ばれてきた。


 薄い透明なグラスに黄金に輝くシャンパンが注がれていく。グラスの中で穏やかに波打ち、黄金に染まった泡をはじけさせていくその音と香りを楽しむ。久しぶりの感覚だ。

 目の前に置かれた大きな白磁の皿には港町ならではの茹でたエビとトマト、そして葉物野菜にドレッシングをかけたものが乗っていた。前菜だな、たしかコクテイユだったか?

 それ以上料理が運ばれる様子がないことから考えるとコース料理のようだ。


「では神に祈ろう。商売の神ラインバッハよ。その聡明な知識を持って我らに豊かな恵みを……」

「んっ?」


 祈りの言葉が止まったことをいぶかしみ、視線を向けると男がニコリと微笑み返してきた。そしてその口が再び開かれる。


「そして運命の女神エーデラントよ。今宵懐かしき友の愛娘と食事を共にできる幸運に導いていただけたことを感謝します」

お読みいただきありがとうございます。

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わりとゆるゆるな現代ダンジョンマスター物です。殺伐とはほぼ縁のないボケとツッコミのあるダンジョンの日常を描いています。

「攻略できない初心者ダンジョン」
https://ncode.syosetu.com/n4296fq/

少しでも気になった方は読んでみてください。

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