第100話 決死の末の邂逅
「アレックス!」
描かれていた魔方陣が途中で消え、そしてそれを作成していた魔法球も消えていく。それはまるでアレックス自身の命が消えていくかのようだった。魔方陣が消えたことで兵士たちが近づいてくる足音を聞きながら、それを一瞥もせずアレックスのもとへと向かいそしてたどり着いた。
アレックスは青い顔で口から血を流しながら浅い呼吸を繰り返していた。壁に寄りかかっていた体をずらし、座った私の膝の上にその頭を乗せる。
アレックスはまだ死んでいない。その口へと持ってきたハイポーションを流し込もうとしたが右手を失った自分では容易に出来ないことに気付いた。
「チッ」
軽く舌打ちし、左手に持ったハイポーションの蓋を噛んで引き抜き、そのままハイポーションを口に含んでいく。そして飲み終えた瓶を適当に放り投げるとアレックスの口を左手で少し開き、口伝えでゆっくり、ゆっくりとハイポーションを流し込んでいく。こく、こくと動くのどが少しだけ私に安心感を与え、私の鼻に届く血の匂いが逆に不安を与えた。
ドン、ドンと門が攻撃されている音が響き渡る中、アレックスの容態をじっと見守る。少しだけ穏やかに呼吸していたアレックスがゆっくりと目を開き、そして私に向かって手を伸ばした。その手が私の頬を優しく撫でる。
「……泣かないでください、お嬢様」
「すまない。お前なら何があっても大丈夫だと勘違いしていた」
「ははっ、光栄ですけど僕はクリスティ様じゃありませんよ。あの方ならきっとどんなことがあっても大丈夫でしょうけれど」
薄く笑うアレックスの顔に力はない。ハイポーションのおかげで体力的に少しは回復したようだがそれも一時的なものだ。毒にかかっているのであればそれを根本的に治療する必要がある。
「毒消しの種類はわかっているのか?」
戦いに備えてある程度の毒に対抗する薬は用意しておいた。この症状に当てはまるような物ではないが試してみる価値はある。そう考えて聞いたのだが、アレックスはただ首を横に振った。
「用意した毒消しは試しましたが効果はありませんでした。フロウラさんでも無理でしたから治癒方法はないかと」
「くそっ」
思わず地面を殴りつけようとしたが、腕の先が無かったため音も出ずに終わる。アレックスが右手のない私を見て驚きの表情を浮かべたが、結局そのことに触れることはなかった。
「お嬢様、もしこの場に留まるのであれば王子妃に注意してください。この惨状はすべて王子妃の魔法によるものです。あいつは多重式の魔方陣を展開していました。それに口が動いていたのでもしかしたら他の術式との組み合わせている可能性もあります」
「そんなバカな話が……」
思わず否定しようとして、言葉を止める。魔法に精通し、さらに実際に見たアレックスが言うのだからそれは正しいはずということに加えて、私自身も同じような魔法を1度だけだが見た経験があったからだ。
それは私がまだバジーレ王国にいた時、王城への舞踏会へ馬鹿義母どもが向かい、それは国を出るための準備を進めていた途中で現れた不審な魔法使いの老女が使った、物を別の物へと変化させる奇跡のような魔法。本当にあれと同じような魔法であればこの惨状にも説明がつく。
「そうか……そんな化け物を相手によく頑張ったな。アレックス。褒美を与えたいところだが今は何もないからこれで勘弁してくれ」
そういってアレックスの口へとゆっくりキスをした。ハイポーションの苦みとアレックスの血の鉄臭さが口に広がる。アレックスが力の限り戦ってくれたその証拠だ。思わず笑みが浮かび、そして涙があふれた。
暖かく安心で幸福なほんの少しの時間を過ごし、そしてそっとその頭を膝からよけて立ち上がる。
「お、お嬢様?」
「お前をこんな目にあわせてしまいすまなかった。お前と共にこの先も生きたかったんだが、一足先に退場することになりそうだ」
「待ってください。なにをするつもりですか?」
焦った顔をしながら私を引き留めようと手を伸ばしているアレックスに笑いかけ、そしてその昔に比べはるかに大きくなった安心する手を握り、そして胸へと抱きしめる。
「今までありがとう。大好きだったぞ、アレックス。気づくのが少し遅すぎたがな」
「やめてください、そんな今生の別れのような言葉……」
昔の面影を残す泣き顔にふっ、と笑いながら力強く握り返してくるアレックスの手をほどいて防壁から身を躍らせる。視線の先には私を貫くいくつもの瞳があった。
「シエラ!」
アレックスの涙交じりの絶叫が耳に届く。名前を呼び捨てにされたのは初めてかもしれない。そんな場違いなことを考えながら私は敵兵士のひしめく門前に着地した。
こちらの南門に来るのは私は初めてだ。だからということもあったのだろう。突然防壁から落ちてきた私に兵士たちは戸惑っていた。これが今までいた北門であればこんなことは起きなかったのだろうが、それは私にとっては非常に都合の良い間隙だった。
「オォオオー!!」
最初から全力で魔力を、黒をまとう。もう後のことなど考える必要はない。することはただ1つ。あの複合魔法を使う王子妃を殺すだけ。他の奴らはどうでも良い。
叫び声をあげ、兵士をはね飛ばしながら一直線にバジーレ軍の奥へと突き進んでいく。
バジーレ王国が裏切ったことを伝えた段階で私たちの仕事はほぼ終わっていたはずだった。それさえ伝えれば道中の町も敵対するため軍を消耗せずに進めるということは出来ないし、なによりコーラルを落とすことなど簡単には出来なくなるからだ。
だが状況が変わった。あの複合魔法は危険だ。あれは戦況を一変させる力を持っている。それを使える者がいる限り安心は出来ない。しかしそれ故に習得は難しくあの魔法を使える者が他にいるとは思えなかった。
兵士の壁を予備のハンドアックス1本で切り裂いていく。最初はたやすいことだったが、奥に行くにつれて実力者が増え、その速度が徐々に落ちていく。だが止まることはない。まともに切り結ぶ必要はないのだから。
ソドスに習った逃げるための戦い方がこんな場所で役立つとは思わなかった。本来の使い方ではないが。
人の壁を潜り抜け続け、そしてなんとか張られた陣のすぐそばまでたどり着くことが出来た。視線の先には明らかにものが違う鎧を着た王子らしき男と、その横で場に似つかわしくない澄んだ海のような青色のドレスに身を包んだ女がいた。正気かと疑いたくなる姿だが間違いない。あいつだ。
すでに私は満身創痍だ。戦い続けた疲労だけでなく、全力で魔力をまとい続け、その限界時間もとうの昔に過ぎている。血も流しすぎたし、なんとか気力だけで立って維持をし続けているが少しでも気を抜けば崩れ落ちるだろう。
王子と王子妃を守るのは精鋭の騎士たちなのだろう。1人1人から感じるその威圧感はこれまで潜り抜けてきた者たちとは一線を画していた。こいつらを相手にする余力はないがこのまま進むのを許してくれるはずもない。
チッ、届かんか。いや、それでも!
私がハンドアックスを構えると護衛の騎士たちの圧が高まり、そして溢れ出る殺気とともにその足が踏み出された。
「お待ちなさい!」
聞こえた女の声に先程まであれほど高まっていた騎士たちの殺気が消え失せる。私も機先を外され動きが止まってしまった。
「あなた達、そこの者と話があります。引きなさい」
「「「はっ!」」」
そして王子妃の言葉通り騎士たちが引いていく。ありえない。いくら王子妃の命令だからといって刺客と護衛対象の間に誰一人として立たないなんて。
それほどまでにこいつが強いと言うのか? そんな風には見えないが。それとも王子がなのか?
ブラウンの髪をきっちりとまとめ、整った顔立ちで特に武器を構えるでもなくこちらを平然と見つめる王子からは特に強者の香りはしない。バジーレ王国にいた頃もその容姿を称える噂は何度も聞いたことがあるが武勇に関しては全く耳に入っていない。体つきからも武の匂いはしないしな。
一方、背中にかかるほどのブロンドの髪をなびかせる王子妃にも武の匂いはない。だが美しいその顔から私は言いしれぬ気持ち悪さを感じていた。
そんな王子妃が一歩前へ出てこちらへと微笑んだ。
「良い姿ですね、シンデレラ」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(╹ω╹) 「…………」
(●人●) 「…………」
(╹ω╹) 「…………」
(●人●) 「…………」
(╹ω╹) 「…………」
(●人●) 「…………」
(╹ω╹) 「…………何か言ってください」
(●人●) 「…………尺稼ぎと思った奴、あとで覚えてろよ」