第97話 町の外での接触
防壁に設置された門から外へ出て徐々に迫ってくるバジーレ王国の軍隊をじっと眺める。私の隣にいるのはアレックスだ。私と同じ赤い騎士服を着て前を見据えている。その表情は真剣で強い意志を感じられるものの緊張している様子はない。
「では行くか」
「はい」
用意しておいた馬へと乗り、そしてこちらから進軍してくる集団に向かって駆けていく。そして町からおよそ500メートルほど離れた地点で馬を降りると30メートルほど先で行軍していた集団がその歩みを止めた。命令以外の余計な声は聞こえず、そして波のように遅滞なく止まっていくその姿はその練度の高さをうかがわせた。
その集団の中から2人の男がこちらへと向かってやってくる。1人は歴戦の勇者とでも言うべき雰囲気をまとった50がらみの男で、その横にはまだ30周辺と思わしき笑顔を浮かべた優男が従っている。他の兵士とは装備も雰囲気も全く違うため2人ともある程度地位の高い者なのだろうな。
「お嬢様、あちらはおそらくイオス将軍です」
「鬼神イオスか。小さいころに噂に聞いたバジーレ王国の切り札と自分が戦うことになるとはな」
小さな声で情報を伝えてきたアレックスに苦笑を返す。
鬼神イオスとして知られるイオス将軍はバジーレ王国の歴史の中で唯一たたき上げの兵士から将軍位までに上り詰めた存在だ。バジーレ王国が陸地で接しているのは友好国のカラトリア王国なので軍が戦うのは基本的に海戦、そして相手は商船などを狙う海賊が多かった。
イオス将軍は率いていた3隻の船だけで10隻以上の海賊団をせん滅したり、上陸して無法を尽くしていた海賊たちを見つけて単身で壊滅させたという伝説などを残している。まあそれも私がいた9年ほど前の話だが、いわばバジーレ王国の民衆にとっては英雄のような存在だ。アレックスも憧れていたようだしな。
そして5メートルほど離れたところで2人が止まった。5メートルか、微妙な距離だな。
「ようこそカラトリア王国へ。私はスカーレット領の騎士、名誉赤女男爵のシエラ・トレメインと申します」
「同じく名誉男爵のアレックス・トレメインと申します」
「これはどうも。私はバジーレ王国第2軍将軍補佐をしているルードと申します。で、こちらは……」
「イオスだ」
「第2軍のイオス将軍ですね。すみません。少々武骨者でして。わざわざお出迎えいただきましたのに申し訳ありません」
「いえ、出迎えではありませんのでお気になさらず」
謝ってくるルードへと返した私の言葉に、ピクッとイオスの眉が動く。まだまだこちらに対して圧をかけているでもないのに全身から発せられるオーラからその強さが否が応でも感じられてしまう。思わずバトルアックスを持っている手に力が入るほどに。
ルードがにこやかだった表情を少しだけ落とし、そしてこちらを見ながら口を開く。
「お出迎えでないとするとなぜここにいらっしゃるのでしょうか?」
「もちろん入国を拒否させていただくためです。理由は言わなくても理解していらっしゃるかと思いますが」
「いえ、わかりませんね。お聞かせ願います。わざわざ友好国の王子とその妃の率いる軍を名誉男爵程度が追い返すということの意味が我々にも理解できるように」
笑みを消したルードがこちらをにらみつける。最初の友好的な仮面があっさりとはがれたな。確かに自国の王子とその妃が率いる軍を他国のしかも下級貴族が追い返すとなればそんな態度になるのはわからなくもない。しかし遠回しに嫌味を言ってくる奴だ。私の嫌いなタイプだな。
「はっきりとこんなことをすればお前らは死罪になる、むしろ不敬として今ここで切り殺しても問題ないんだぞと言えばどうでしょうか? それとも不意打ちするつもりでしたか? そんなにバレバレの重心移動では何がしたいのか一目瞭然ですので脅しのつもりかと思ったのですが、まさか本気でしたか?」
「き、貴様!」
ルードの手が腰の剣へとのびようとしたのを隣に立っていたイオスが掴んで止める。ルードは顔を赤くして力を込めているのが丸わかりだがイオスは平然とした顔のままだ。ちっ手を出してくれた方が楽だったんだがな。
「挑発に乗るな。これだから貴族の補佐などいらんのだ。上っ面だけの小僧が多すぎる」
「ぐぇ」
イオスが未だにあきらめようとしないルードの脇腹へと蹴りを入れると、そのままごろごろと転がっていき白目をむいたまま動かなくなった。
イオスは視線をこちらへと戻すと明らかに今までとは全く違う覇気のこもった眼差しでこちらを見つめてきた。下手に動くことさえできない、普通ならそう感じさせるだけの圧だ。とは言えまだ殺気もこもっていないしな。
「改めて理由を聞こうか」
「事前に通告もなく、友好国とは言えこれだけの大軍を国の中へ入れるわけにはいきません。国を守る者として当たり前の判断だと思いますが」
「しかしこちらも戦争に協力するだけでなく王子と妃を守るための軍でもある。それにカラトリア王国からの許可ももらっている」
「こちらにそんな連絡は来ていませんが」
「情報が届いていないだけではないのか? スカーレット侯爵も知っているはずだぞ」
「侯爵も、ね」
確かに普通であれば情報のすれ違いが起きるという可能性がないわけではない。モンスターの襲撃などで伝令役がやられてしまうという事態が起きないとは言えないからな。だからこそ大切な手紙や伝令を送るときは複数送るのが基本になっているのだし。
もし許可証を見せられれば拒否する理由がなくなる。主の命には逆らえないからな。それが偽造されたものであったとしても、計画的に用意したのであれば簡単には見破るのは難しい。少なくとも私やアレックスには無理だ。
普通であればな。
「アレックス」
「はい」
ルードが許可証を持っていたのかそちらへと歩を向けるイオスの姿に私はニヤリと笑い、小さくアレックスに指示を出す。そしてアレックスがほぼ一瞬のうちに魔法陣を書き上げそれを上空へと放つと赤い一筋の軌跡を残しながら上空で破裂し大きな音を立てる。
魔法が放たれる瞬間、一瞬で剣を抜き放ちこちらへと本気の殺気を飛ばしてきたイオスへバトルアックスでけん制しながら魔力を黒く、より黒く纏っていく。こいつを本気で相手にするなら生半可な状態では無理だ。
「なんのつもりだ?」
「いや、お前の嘘を証明してやろうと思ってな」
「どういう……」
イオスの言葉を遮るようにパンッ、パンッと言うだんだんと小さくなる音が聞こえてくる。私は視線をこいつから外すことが出来ないのでわからないが、イオスの視線の先には次々と立ちのぼっていく赤い光が見えていることだろう。
イオスの顔が苦々しく歪む。あれが何かわかっているのだろうな。
「言うまでもないがあれはお前達バジーレ王国軍がやって来たことをコーラルに知らせる合図だ。逆にこの町への伝令があれば向こうからも合図があるのだが、そんな合図は来ていないな。ちなみに拠点ごとに1日に1度は人員を交換するように指示を出しているから途切れている可能性も無いのになぜだろうな?」
「……」
「では逆に聞こうか。あるはずのない許可証がなぜあるのかを?」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「怖い話をしてやろう」
(╹ω╹) 「唐突ですね。まあ聞きますけど」
(●人●) 「うむ。これは実際にあった話なのだがな……」
(╹ω╹) 「あっ、なんというかありがちな導入ですね」
(●人●) 「ある男の元へと一通のメールが届くことから始まるのだ」
(╹ω╹) 「ふむふむ」
(●人●) 「それからなんやかんやあって最終的には詐欺師を撃退したというわけだ」
(╹ω╹) 「肝心の中身か不明ですって!」
(●人●) 「皆も詐欺メールに気をつけるのだぞ」