第96話 戦争の予兆
ラクスルについてすでに10日。私たちは出来うる限りのことをしながら待機を続けていた。私たちがこのラクスルに来るまでの時間を合わせればもう20日経過していることになる。エクスハティオもとっくにコーラルを出立し、今頃は国境線でイムル聖国の軍隊とにらみ合っていることだろう。
宣戦布告があったという情報はこのラクスルにも入ってきたがその後の推移などは全くわからない。まあどんなに急いだとしても領の北端にいる私たちに南端の戦争の情報が入ってくるまでには20日以上かかるだろうから当たり前ではあるのだが。
今のところラクスルの町は平穏そのものだ。いや私たちが散財しているためどちらかと言えば景気が良いかもしれないな。天の回廊を攻略することで個人的にかなりの財産を私は得たわけだが、そのほとんどを使い果たす勢いで対策をしているからな。まあ金などまた稼げば良いだけなので惜しむ必要もない。使う予定もほぼないしな。
細かい対応はアレックスやフロウラがしてくれるので私自身はほとんどすることがない。だから私は防壁の上に座りながら日がな一日バジーレ王国方面を監視するのが日課になっていた。
下賜された漆黒のバトルアックスを傍らに置き、何の変化もない景色を見続ける。この苦労が徒労に終わるのならばどんなに良いだろうか。
「お嬢様、お昼をお持ちしました」
「アレックスか。悪いな」
「いえ」
バスケットに食事を入れたアレックスがやってきて、隣で昼食の準備を始める。辺りに良いにおいが漂っていくのを嗅ぎながら準備を続けるアレックスへと視線を向けた。その見慣れたてきぱきとした動きは、アレックスの今の立場にふさわしくないほど従者として洗練されていた。
「なあ、アレックス。聞いてもいいか?」
「なんでしょう?」
「なぜアレックスは私の従者を続けているんだ? もう貴族なんだしその必要はないんだぞ」
私の質問をきょとんとした顔でアレックスは聞いていた。
もちろん私としてもアレックスがいなくなるのは痛い。幼いころから、というより生まれたころからほぼずっと一緒にいた間柄だけあって私の考えを良くくみ取って動いてくれるし、非常に優秀だ。天の回廊で鍛えたこともあり既に魔法の分野においてはこの国の中でも5指には入るであろう実力者だしな。
しかしだからこそアレックスをこのままにしておいてよいのかという思いが消えないのだ。アレックスも私と同じですでに19歳になっている。一般的には既に結婚の適齢期と言えるし、そういった申し込みもかなり来ているようだ。まあ学園でもかなり人気があったようだしな。
そろそろアレックスも私の従者としてではなく自分の幸せについても考えるべきなのではないか。そんな思いが沸き上がってきてしまうのだ。特に私のわがままを聞いてもらっている今のような時には。
そんな思いが顔に出てしまったのか、少しだけアレックスが困ったような表情をし、そして私を安心させるかのように笑いかけてきた。
「お嬢様の隣が僕の居場所だと決めていますから。今は従者でしかありませんけどいつかは……」
「いつかは?」
「いえ、なんでもありません。それより食事の準備が出来ましたよ」
頬を赤く染めながらごまかすように食事を勧めてくるアレックスの姿にそれ以上の追及をやめる。アレックスのことだ。私が知るべき時になったらきっと教えてくれるだろう。だからそれまで待てば良い。それが主としての私がすべきことだろう。
そんなことを考えながら私はアレックスの用意した昼食へと手を伸ばした。
昼食を食べ終え、アレックスも元の作業へと戻っていき少し経ったころその変化は起こった。はるか遠く、視線の先に動く集団が現れたのだ。その数は優に千を越えている。万には届かない数だとは思うが遠くでまだ小さくしか見えないため判然とはしない。
こちらに近寄ってくるスピードはそこまで早くはない。おそらくこの場所へ到着するのは2、3時間後といったところか。
「報告に来るまでも無かったか?」
その声に振り向くと、そこには戦装束に身を包んだボーエンが立っていた。警ら部の隊長になったと言っていたはずだが以前使用していたのと同じ鎧に見える。隊長用の装備もあるだろうにわざわざ使い続けてきたであろう鎧を着てきたと言うことからもボーエンの本気と言うことか。
「いえ。聞かせてください」
「戻ってきた部下の報告では聖国との戦争に際して友好国としての増援を送るということらしい。バジーレ王国の次世を担う第1王子とその妃が軍を率いているそうだ。ちょうど良い機会だからカラトリア王国への顔見せという意味合いも兼ねてだそうだ」
「建前を並べるのがうまいですね。あの軍勢の数の言い訳にはいささか不足していると思いますが」
「それだけ助力を惜しまないと言うことを見せるためにあの数を揃えた、とケイン様なら判断すると考えたのかもしれないな」
「あぁ、確かに」
あのバジーレ王国を信じ切った男ならその可能性もあるか。ここで首尾よく入国を許可されれば後の町もほぼ素通りできるだろうし、街の中に入ってしまえばコーラルでさえ内部から崩すことが出来るだろう。
フロウラはコーラルが落とされた経緯などは知らなかったがまともに戦ったとは思えないからな。
そんなことを考えながら徐々に近づいてくる軍勢を眺めているとトントンと階段を駆け上がってくる音が近づいてきた。この足音は……
「お嬢様」
「シエラちゃん」
「首尾はどうだ?」
「出来る限りはしました。外で作業していた皆さんにも町へ戻ってもらっています」
「冒険者ギルドにも知らせたよ」
「そうか、では行くか。ボーエン様、後は頼みます」
アレックスとフロウラを引き連れ防壁を降りて行く。そんな私達をボーエンは敬礼したまま見送った。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(╹ω╹) 「あのー、なんで女装させられているんでしょうか?」
(●人●) 「意外に冷静だな」
(╹ω╹) 「いえ、もうここで何があってもおかしくないなって……」
(●人●) 「ようやく悟りを開いたか」
(╹ω╹) 「悟りと言うより諦めですけどね。それでどうしたんですか?」
(●人●) 「うむ。今日、10/4は女子会の日らしいからな。これは女子会をせねばと思ったのだ」
(╹ω╹) 「えっとふろうらさんを呼べば良かったのでは?」
(●人●) 「お前の方が女子力が高いからな」