第93話 ソドスの見送り
その後私はエクスハティオと面会し、ユーファ大森林の増援が裏切る可能性があること、そしてバジーレ王国がこの機に乗じて攻めてくる可能性があることを伝えた。レオンハルトが倒れたのと同時に宣戦布告が行われたことを根拠として、あくまで最悪の想定として一考に入れておいてほしい程度でしかないが。さすがにフロウラが転生者であることを根拠になど出来ないからな。
一笑に付されるどころか下手をすれば処罰を受ける可能性もあったはずだが、エクスハティオは「頭に入れておこう」と静かに受け止めてくれた。
今回の戦争においてエクスハティオはスカーレット領軍の頭として戦場へと向かうことになる。本来であれば領主自らではなく娘のクリスか息子のカリエンテが行くことになるのだが、クリスはあの状態だし、カリエンテはまだ幼すぎる。
ユーファ大森林は7大氏族の族長が必ず戦争時に矢面に立つため、それなりの立場の者が戦場へと立たなければならないのだ。そうでなければユーファ大森林と友好的な関係を築くことなど出来ない。頼りになる存在ではあるのだが同時に厄介な存在でもあるのだ。もし本当に裏切るのであれば尚更な。
クリスの護衛騎士である私やアレックス、そして客分に近いフロウラなどは戦争へは向かわない。だから私に出来るのはこれまでだ。あとはアレックスがエンリケをうまく説得してくれるように祈るくらいしかないな。
「しかし本当に裏切るのか?」
自分で言っておいてどうかと思うが、私自身ユーファ大森林がカラトリア王国を裏切るとは思えないのだ。人間至上主義のイムル聖国は言うに及ばず、ローラン帝国も長年に渡ってユーファ大森林と敵対してきた間柄だ。そんな国とわざわざ同盟を組むだろうか。それに……
「あの馬鹿が裏切るとは思えないんだがな」
ついこの間、クリスの妊娠を祝うためにロザリーを引き連れてやってきたランディの姿が思い浮かぶ。あいつの性格から言って、もしそんなことを知っているのだとしたら態度に出ただろうし、それ以前にここに来ることはなかったはずだ。偵察と称してという可能性が無いわけではないがあいつの性格上、そういうことをするとは考えにくい。
つまりあいつは知らなかった、もしくはその予想自体が誤りということになるのだが。
「考えても仕方がないか。とりあえず自宅で準備を始めなければ」
もやつく気持ちを振り切り皆の待つ家へと向かう。戦争には行かないがこれから戦わなくてはならないしな。しかも実際に起こってしまったなら絶望的な戦いになるはずだ。準備をし過ぎるということはないはずだからな。
スカーレット城を出てしばらく歩き、私たちの家というかソドスの屋敷へとたどり着くと、ちょうど戦装束に身を包んだソドスと行き会った。戦争が始まるというこんな時でさえソドスの表情にはまだまだ余裕があった。
「珍しく余裕のない顔してんな」
「師匠はいつもどおりだな」
「まあな。戦争に参戦するのはこれが初めてじゃねえし、元々はこういうので食ってたしよ」
そういえばソドスは若かりし頃に傭兵として戦争に参戦し、敵の奇襲によってあわや命を落としそうになったエクスハティオを助けた功績によってこのスカーレット領へと仕えるようになったんだったな。
そう考えると昔は本当に飯の種だったわけだ。スカーレット領に仕えるようになってからも戦争には参戦しているだろうし、この余裕も当たり前か。しかし今回は違う可能性がある。
「師匠、気をつけてな。今回の戦争は嫌な予感がする」
「お前がそういうことを言うのは珍しいな。まっ、忠告はありがたく受け取っとくぜ」
「ああ、帰ってきたらまた稽古をつけてくれ」
これ以上の言葉は必要ないだろうと家に入ろうとした私の肩をソドスが掴んで止める。不思議に思い振り返ると、なぜか困ったような顔をしながらソドスが頭をかきながらこちらを見ていた。
そして頭をかいていた手がおもむろにソドス自身の腰へとのび、そして何をするでもなく再び頭へと戻った。何がしたいんだ?
「あー、まあいいや。今更渡す必要もねえし。引き留めて悪かったな」
「よくわからんが、良いのか?」
「おう。また帰ったら遊んでやるから楽しみにしとけ。あとマーカスがお前を探していたぞ。客が来ているらしい。じゃあな」
そう言ってこちらを見もせず手を振ってソドスは城へと向かって歩いて行った。不自然なその行動に首を傾げながらも見送り、マーカスの元へと向かわなければと体勢を変えようとしたところでふと気づいた。ソドスの後ろ腰にあった短剣に見覚えがあったことに。
あれは……
「シエラお嬢様、ここにいらっしゃいましたか!?」
今まで聞いたことのない音量のマーカスの声に思考を中断させられる。これほどまでに取り乱したマーカスの姿などこれまで見たことがない。それほどのこと、いやそれほどの訪問者がいるということか。しかし心当たりがないな。
「落ち着け。先ほどソドスから客が来ていると聞いたがその件か?」
「申し訳ありません。その通りです」
ふぅ、と大きく息を吐いたことで少し落ち着きを取り戻したマーカスが、それでもいつもより紅潮した顔で私をじっと見つめる。そしてその口から発せられた言葉は私の想定をはるかに超えていた。
「レイモンドが来ています。フレッド様を連れて」
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き’】
(●人●) 「色々な伏線の回収が始ま……」
(╹ω╹) 「いやいや、なんで普通に始めてるんですか、お嬢様!?」
(●人●) 「んっ、何のことだ?」
(╹ω╹) 「だって前回このコーナーは終わりだって……」
(●人●) 「そうだな」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「終わって新たに始まったのだ」
(╹ω╹) 「それにしては変わっていない気がしますけど」
(●人●) 「よく見ろ」
(╹ω╹) 「あっもしかして’ですか?」
(●人●) 「その通りだ。と言うか驚いているのはたぶんお前だけだぞ」
(╹ω╹) 「えっ?」
(●人●) 「たぶん皆、だろうなぁと思っていただろうからな」