第92話 うちあけた秘密
現状ではレオンハルトを下手に屋敷へと連れていくよりもスカーレット城にいたほうが看病などをするにしても適しているということで、クリスが城で過ごすことになった。とはいえ元々はクリスが暮らしていたのだから大した準備なども必要ない。クリスが住んでいた部屋はそのまま残っていたし、必要な着替えなどを屋敷から持って来れば良いだけだからな。
最初のショックを越えてクリスも少し落ち着いたようでレオンハルトのベッドのそばでじっとその容態を見守っている。私たちがここにいてもこれ以上出来ることはない。クリスにはメリッサがついている。なら私たちがするべきことはただ見ていることではない。
「フロウラ、アレックス。情報の確認に行くぞ」
「はい」
「うん」
私と同じようにこの部屋に残っていた2人に声をかける。そして最後にクリスへと視線を向ける。クリスは私の方をいつものような力が感じられない瞳でじっと見ていた。
「クリス。厄介ごとを片付けてすぐに戻ってくる。ついでにその馬鹿の治療法も見つけてきてやるから安心しろ」
「シエラ。私の旦那様を馬鹿呼ばわりはだめよ」
私の物言いに少しだけクリスが笑みをこぼす。私の意図を察し、そして少しだけでも笑えるのならクリスはまだ大丈夫だ。
「クリスを悲しませる奴を私は馬鹿と呼ぶことに決めている。だからそいつは大馬鹿だ。そんな大馬鹿は思いっきり殴ってやらないとな。だから私が帰るまでそいつのことを頼んだ」
「わかったわ。だから早く帰ってきて」
「ああ」
クリスと言葉を交わし、そしてフロウラとアレックスを引き連れて部屋を出る。私たちが再びこの部屋を訪れるときは戦争を終結させた後だ。おそらくそのくらい残っている時間は少ないはずだ。
「フロウラ、アレックスにも秘密を話すが問題ないな」
「うーん、仕方ないね。アレックス君に話さないと戦力的に不安だし」
「えっ、えっ? 何の話ですか?」
混乱するアレックスを空いている部屋へと引きずり込んでフロウラと私が転生者であることを伝えていく。まあ実際私は転生と言って良いのかはわからないがな。
そして学園3年で起きるはずだった戦争が、今起ころうとしているかもしれないということについて憶測を加えながら話し終えた。アレックスはじっと私の目を見つめていた。幼いころから見慣れたその瞳は疑いの色さえ浮かべず、今も澄んだままだった。
「わかりました。お嬢様がそういった冗談を言う方ではないのは承知していますから信じます。でもどうされるおつもりですか?」
「そこが難しいところなのだがな」
フロウラに聞いた戦争時のスカーレット家の状況はこうだ。イムル聖国と国境でのにらみ合いの最中、増援としてやってきたと思われていたユーファ大森林の部隊から攻撃を受け、混乱しながらも対応をしているうちにイムル聖国の部隊が動き出して挟撃されて敗走。そしてコーラルへと逃げ帰った部隊が見たのは同盟国であるはずのバジーレ王国軍によって蹂躙されたコーラルの姿だった。逃げ場を失ったエクスハティオは領都奪還のために無謀な戦いを挑み命を落とす。実質この時点でスカーレット領は占領されたも同然だ。
スカーレット領だけでなく、セルリアン領、サルファー領も落とされ、3枚の盾を失い絶体絶命の状況から戦いを重ね、それを奪い返し、そして対カラトリア連合との決着をつけるというのがフロウラに聞いた大まかな流れだ。
まるで奇跡のような逆転劇だが、逆転劇ということはそれだけの死者が出るということでもあるからな。防ぐに越したことはないのだが。
「これがいつもの戦争と同じ可能性がないわけではない。だがあまりにも時期が合致しすぎている。杞憂に終わる可能性もあるが備えはしておきたい」
「手が足りませんね。それにスカーレット領なら僕たちも多少影響力がありますけれど、さすがに他領は無理です」
うーんとアレックスと2人で頭を悩ませていると、フロウラが「あっ!」と声を出しながら勢いよく手を挙げた。
「えっと全ての領に影響を与えられて、さらに私たちの言うことを聞いてくれそうな人に心当たりがあるんだけど」
「んっ? そんな都合の良い知り合いなんていたか?」
フロウラの発言に該当しそうな人物に頭を巡らすが、全ての領に影響力を持っているなんて王家ぐらいしかない。レオンハルトが倒れていなければまだその伝手から王家へと進言も出来たかもしれないが現状では無理だ。
ヴィンセントならば私たちの言葉に耳を傾けてくれるかもしれないがさすがに次期国王であるヴィンセントが下級貴族からの不確定な情報を元に指示を出すのは難しいだろう。下手をすれば同盟にひびを入れかねないのだからな。それ以外にそんな影響力のある奴……
「あぁ、アンドレアのことか?」
「そうそう。アンドレア様ならそういった謀略とか得意そうだし、それにかなりシエラちゃんのことを気にかけてたから無下にはしないと思うんだけど」
「そうか? アンドレアに売った恩はもう返してもらっているから特に何もないはずだぞ」
「えっ、だってあんなあからさまにシエラちゃんのことを……」
「フロウラさん。とりあえずその話は置いておきましょう。確かにアンドレア様なら何か手立てを打ってくださるかもしれません。最低でもクリスティ様と共に天の回廊で戦った仲間たちに連絡をするくらいはしてくれるでしょうし」
「痛い、痛い。アレックス君。手に力が入ってるから!」
言葉を続けようとしたフロウラを遮って、笑顔でその肩に手を置きながらアレックスが話し始める。フロウラが何やら痛がっているが、確かにアレックスの言うことももっともだな。
クリスと共に天の回廊へと挑んだ仲間たちは中央に残った者もいるがもちろん各領へと帰った者も少なくない。天の回廊で鍛えられた仲間たちなら地元でも重宝されているはずだ。注意を促すだけでも意味はあるだろう。
「わかった。とりあえずアンドレアに手紙を書く。気に食わない奴だが、こういった調整はうまかったしな。他領のことは任せるしかない」
「スカーレット領はどうされますか? 先ほどの話からすると僕たちはバジーレ王国側の対応に当たるんですよね」
「そうだな。戻ってきている奴で戦場へと向かい、なおかつ信頼が出来そうだとすると……エンリケか」
面倒な相手を思い出し顔をしかめる。未だになんだかんだで私たちに接触してくるのだが、なんというかうざったいのだ。パーティの誘いなども頻繁にされるし、仕事を理由に断ってもどうやって知ったのかはわからないが私の休みの日まで知っているしな。
一応あいつの生家はスカーレット領最大の商会であるクルーズ商会なので断り続けることも出来ずに出席すれば、歯の浮くようなセリフで私に話しかけてきたりと正直言って気持ち悪い。
だが私たちの言葉を信用はしてくれるだろうし、こいつも天の回廊に入っていたから実力はある。それだけであれば最適な人材なんだがな。
「シエラちゃんってエンリケ様が嫌いだよね」
「ああ。生理的に受け付けないな」
「それ、本人には言わないほうが良いよ。さすがに可哀想だから。でもエンリケ様ならシエラちゃんがデートでもするって言えば何でも……」
「エンリケには僕から言っておきましょう。主家のためですから彼もきっと喜んで協力してくれるはずです」
「悪いな、アレックス」
「いえいえ、気にしないでください」
私が躊躇しているのを感じたのか、アレックスが厄介な仕事を肩代わりすることを申し出てくれた。確かにアレックスともエンリケは交流がある。たまに2人で試合形式の訓練をしているくらいだからな。アレックスに任せても問題ないだろう。
なぜかフロウラが足を抱えながらピョンピョンと跳ねているがどこかでぶつけたのか? アレックスが近づいてきたので視線から外れたので見えなかったのだが。まあ大したことはなさそうなので問題はないだろう。
「よし、それでは動くぞ」
「「はい」」
視線を交わし、私たちはそれぞれ出来ることをするためにバラバラに別れた。
この後書きは本編のイメージを壊す恐れがあります。そういう事が嫌いな方は飛ばして下さい。
【お嬢様と従者による華麗なる後書き】
(╹ω╹) 「本編では僕に重大な秘密が明かされた訳ですが、ここは相変わらずの無法地帯てお送りを……」
(●人●) 「しえらパーンチ」
(╹ω╹) 「はっ!」
(●人●) 「ふむ、ようやく避けられるようになったか」
(╹ω╹) 「まあいい加減慣れますよね。だってもう閑話も含めれば100話ですし」
(●人●) 「よし、では免許皆伝ついでに重大な発表だ。このコーナーは今回をもって終了だ!」
(╹ω╹) 「えっ、嘘ですよね」
(●人●) 「そんなわけ無いだろう。私が冗談を言ったことがあるか?」
(╹ω╹) 「このコーナーに関しては冗談が8割超えていたような」
(●人●) 「まあ、100話だしな。いい区切りだろう。それではまたいつか会おう」
(╹ω╹) 「これまでありがとうございました」