終わりと始まり
目の前に広がるのは戦いとも言えない虐殺の跡だった。私を信じてついてきてくれた数少ない仲間たちが斬られ血を流しながら地へと倒れ伏してこと切れていた。その顔は悔しさに歪んだままだった。私に対して恨み言の1つでも言ってくれればどんなに楽だっただろうか。どんなに救われただろうか。
私は間に合わなかった、彼らを止めることが出来なかった。
「貴様ら!」
「もうやめてください、スカーレットさん。争いは何も生みません」
「貴様が、貴様がそれを言うのか! 私から仲間を、親友を、婚約者をそして今、私を最後まで信じてくれた者達まで奪った貴様がそれを言うのか!!」
この場に似つかわしくない聖母のような笑みを浮かべこちらを見ている金髪の女を私が睨みつける。視線で人が殺せるのならば既に幾度も殺しているだろう。聖女と呼ばれ今も人々に囲まれている女は私にとっては悪魔でしかなかった。
私の視線を遮るように1人の男が女の前に立つ。
「レオン……」
「スカーレット、勘違いするな。彼女は奪っていない。君に皆が愛想を尽かしただけだ。そして私もね」
「うわぁああー!!」
そう言って女と口づけを交わすレオンハルトの姿に最後の一線が切れて泣き叫ぶ私を侮蔑に満ちたまなざしで皆が見つめた。婚約者であったはずのレオンハルトは言うに及ばず、かつての友が、幼馴染がまるで醜いものを見るかのように表情を歪めていた。
聖女の周りには人が集まり、私は1人だった。最後まで私を信じてくれた仲間は既にいない。本当に1人になってしまった。
「捕まえろ。聖女を害する反逆者だ」
レオンハルトの言葉に周囲を取り囲んでいた兵士たちが私を捕まえるために包囲を狭めてくる。捕まえられれば反逆者として断罪されるのだろう。
私は絶望した。今まで貴族としての努力を怠ったことは無かった。民の先頭に立つ者としてふさわしい振る舞いをと教育され、その通りに過ごしてきたのだ。だからこそ聖女と対立したが罪は犯していなかった。しかし最後には反逆者として処刑される。
自分の人生は一体なんだったのか。私の心が暗い闇に引きずりこまれ沈んでいく。
「フ、フフフフ、ハハハハハ」
私の笑い声に兵士たちがビクッと足を止めた。私は狂ったように笑い続ける。流れる涙を拭うことなく天を仰ぎながらただ笑う。
「何をしている、さっさと捕まえろ」
「「「ハッ」」」
兵士たちが再び包囲を狭めてくる。笑い続ける私へと恐怖の浮かべながら。くだらない、本当にくだらない。そして私は笑いを止め、ゆっくりとあの女の方を見た。
「皆、死ねばいいんだ」
「何かしようとしているぞ、止めろ!」
私は身に着けていた短剣を抜く。兵士たちがそれを見て殺到する前にそれをくるりと持ち変え自分の心臓めがけて突き入れた。肺と心臓に穴が開いたのか私の口からごぷっと血が流れだす。私の意識が徐々に薄れていく。
あぁ、優しい私。最後の最後まで自分を貫いてしまった私。もう大丈夫。私はもう休んでいていいよ。ここからは化け物が後を継ぐから。私の無念はワタシが晴らしてあげるから。
「ガアアアアアア!!」
短剣が脈動し、私の体が変わっていく。努力によって維持されていたその美しい体は腫瘍のような肉が盛りあがり見る影もなく、自慢の赤い髪はぱらぱらと抜け落ちていった。
「ば、化け物」
恐れおののきながらそう言った兵士をぎょろりと睨む。彼の顔は一瞬にして青ざめガタガタと震えだした。そんな態度に心の中で笑う。罪のない私を孤立させ断罪しようとしたお前たちの方がよほど化け物ではないかと。
邪魔な虫を追い払うように手を振るう。
「ぐぺっ」
たったそれだけでその兵士はひしゃげ地面を転がっていった。唖然としたままの他の兵士たちも正気に戻る前に吹き飛ばしていく。洗練された戦いを好んだ私とは似ても似つかない戦い方だ。しかしそれで良い。
ここからは化け物の時間だ。化け物と化け物たちが食いあう狂気の時間だ。
「邪神に心を売ったか、反逆者め!」
レオンハルトの言葉に周囲にいた裏切り者どもがワタシに対して戦闘態勢に入った。火が、水が、風が、雷が私へと向かって飛んでくる。一切遠慮などないワタシを殺すための魔法たちだ。それを見てニターっと笑みを浮かべる。さあ殺し合いの時間を始めよう。
私の悲しみを裏切り者どもに教えよう。
私の苦しみを裏切り者どもに教えよう。
私の絶望を裏切り者どもに教えよう。
その全てをその身に刻め!!
「ガアアアアア!」
地面に転がる私を最後まで信じてくれた仲間の持っていた武器を拾い、最速で構築した魔法陣を両手に持った漆黒の戦斧に付与させてその魔法を切り払う。漆黒の戦斧に触れた魔法はまるでそこには何もなかったかのように消え去っていった。
そうだ、消えれば良いんだ。魔法も私を裏切った者どもも。
両手にそれぞれ持った戦斧を地面に向かって合わせるようにして振り下ろす。
「正面、避けて!」
戦斧を叩き下ろした地面からあの女へと向かっていく黒い衝撃波は直前に告げられたその言葉とあの女の光の膜によって防がれた。私の戦い方を知っているような対応だ。本当に忌々しい。
しかしこれで道が出来た。他の裏切り者などどうでも良い。ワタシが狙うのはあの女だ。
黒い衝撃波の跡を追うようにして走る。慌てて左右から迫ってくる剣や槍を戦斧ではじき返し人波を切り払いながら。
あぁ、醜い。何と醜い戦い方なのだろう。ワタシがしているのはただの力押し。技術も何もない力による蹂躙だ。実にワタシらしい。
私だったらどうしただろうか? きっと私がなりふり構わずその知力と武力を振るっていればこの場には誰もいなかっただろうに。私の優しさに生かされた自身の幸運も知らずワタシに歯向かい倒れていくこいつらは本当に醜い。
あぁ、だからワタシと同じなのか。だからワタシと戦っているんだった。
「グガアアアアア!」
「くそっ、誰かそいつを止めろ!」
爪を立てながら向かってくる元クラスメイトの留学生の顔を蹴り飛ばし、踏みつけ前へと進んでいく。
「グッ、ガアアア!」
「こいつ、矢や魔法が効かないのか!?」
他の魔法や矢とタイミングをずらし針の糸を通すような繊細さで私を射抜いたエルフの男が驚愕に目を見開く。むろんそんなはずがない。ただ止まるという選択肢がワタシにはないだけだ。
エルフの男の矢だけでなく既に何本かの矢が肩や腹へと刺さっており、脇腹には深い切り傷が、右足の半分はエルフの近くにいた優男の魔法でえぐり取られてしまっている。
痛い。だがこの程度の痛みがワタシを止めることなどない。もうすぐ届くのだから。私を絶望へと追い込んだ悪魔の元へと。
切り結んでいたかつての友人と幼馴染を、戦斧を半ば投げ捨てるようにして弾き飛ばし左足へと力を入れて前方へ跳ぶ。奴の細い首を折るなどこの手のみで十分。
あの女の顔が迫る。こんな状況だと言うのにうっすらと笑みを浮かべている。それが気に食わない。お前も同じ化け物だろうに。
腕を振り上げその顔面に拳を叩きこもうとしたその時あの女の顔が嫌らしく歪んだのが見え、そしてその顔が見えなくなった。代わりに見えたのは女をかばうようにしてその前に立つレオンハルトの姿。
ならばこのまま打ち抜いてしまえば良い。
拳を振り下ろす
……ことは出来なかった。
ワタシの意思に反するようにワタシの拳はレオンハルトに当たる直前で動きを止めていた。そしてワタシの体も硬直する。それは決定的な隙だった。
レオンハルトの剣がワタシの胸を貫いていく。ワタシの背後からいくつもの刃が体を抜けていく。赤黒い血液が地面へと流れ落ち血だまりを作っていった。そして光の玉が迫りワタシの顔の半分を吹き飛ばした。
まるで木の葉のように吹き飛ばされ崩れ落ちる。片方になってしまった視界は歓喜に沸く悪魔と裏切り者たちを映していた。誰もがあの女を讃えている。やはり聖女を化け物が攻撃することなど出来ないのだとうそぶいている。そんな訳がないのに、本当に醜い奴らだ。
視界が霞んでいき何も見えなくなっていく。ああ、これで終わりか。
ごめんね、私。今回もダメだったよ。
次は勝てるかな。どうだろう。
優しい君が邪魔をしなければ勝てるかもね。
本当はそんなことにならないのが1番なんだけれど、ワタシにはどうしようもないから。
じゃあそろそろワタシは眠りにつくよ。
さようなら、私。
大丈夫。皆が君の元からいなくなってもワタシはずっとそばに居るから。
それを覚えていてくれたら嬉しいな。無理だとわかっているけれど。
じゃあね、7度目の人生でまた会おうね、私。
本当は会わない方が幸せかもしれないけれど。
お読みいただきありがとうございます。
本日3話投稿します。次話は昼の12時半ごろ投稿予定です。よろしくお願いします。