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とある高校の恒例行事

「おいトリ頭! うちの兄ちゃんを性懲りなく拉致りやがって!」

「おお来たなゴリラ! 今日こそ決着だ!」

「まさかお前……うちの兄ちゃんを今度こそ嫁にする気で……」

「違うわ! お前の兄貴も俺も正真正銘男で、俺は男に興味なんてない!」

「うちの兄ちゃん、そんじゃそこらの女なんて目にならないほど可愛いもんな……。お前が惚れる理由も分からなくもない。だが私よりも弱いようじゃ兄ちゃんを嫁にはやれん!」

「だから話聞けよ! ってまぁいいや、ホントはよくはないけど説明すんのも面戸くせぇ。とりあえず勝負だ!」

「兄ちゃんをかけて!」

「だから違うって言ってんだろ!」



 この地域では10年ほど昔まで不良が昼夜問わずのさばっていた。

 学生たちが不良ならばその親も祖父母も元不良で、子どものうちはのびのびと過ごすべきだというのがその地域の大人たちの考えだった。

 だが10年前、国から監査が入ったことにより多くのものたちは警察にお世話になってしまった。それを機にこの地域は大きく変わることになったのだが、そう簡単に信念を変えられないものたちも少なからずいた。

 その筆頭となるのが私立桜木学園の桜木要と私立梅澤工業高校の梅澤隆だった。


 要は幼少期より『守りたいものがあるなら全力でその拳を振るえ』との教育を受けていた。

 そして隆は『惚れた女は何が何でも捕まえろ』と。




「これで全部か?」

「うん、これで全部。ありがとう、京君」

「それじゃあ早速アナウンスかけるぞ」

「うん!」


『梅澤工業高校の全校生徒に告ぐ。今週一度でも善行をした者は校庭に来るように。なお今回の報酬はクッキー。また頑張った大賞を授与された者にはチョコチップ、ジンジャー、紅茶の三種クッキーの詰め合わせが贈られる。繰り返し告ぐ。今週一度でも善行をした者は校庭に来るように。なお今回の報酬はクッキー。また頑張った大賞を授与された者にはチョコチップ、ジンジャー、紅茶の三種クッキーの詰め合わせが贈られる』


 朝礼台の横に陣取った桜木要の兄、桜木十六夜と梅澤隆の従兄、梅澤京はクッキーの入った段ボールから綺麗にラッピングした袋を並べながら特等席で校庭の真ん中で決闘を繰り広げている要と隆を眺めていた。


「今日も二人は元気だね〜。隆君、足鍛えた?」

「ああこの前、足を責められたのが堪えたらしくて、この一週間はずっと足を鍛えっぱなしだ」

「そっか〜。でもね、要ちゃんも頑張ったんだよ」

「だろうな。また一段と強くなってる。あれはまた独学で武術でも学んだのか?」

「そういえば火曜日に図書館でいっぱい本借りてたからそうかも? それにしても俺、最近たまに心配になるんだ……」

「何が?」

「元気なのはいいんだけどあんなに強くなっちゃって、これ以上強くなったらさすがの隆君ももう要ちゃんのこと諦めちゃうんじゃないかって……」

「そりゃないだろ。隆は初志貫徹するタイプだ。途中で信念は決して曲げない。……まぁ、だからいつまで経ってもあの二人、平行線のままなんだけどな」

「要ちゃんに怒られちゃうからあんまり大きな声では言えないけど、隆君には早く勝ってほしいな〜」

「隆も努力はしてるんだけどな……」

「十六夜さん!」

 二人の会話はアナウンスを聞いてやって来た一人の少年の声に遮られる。

 この会話はあくまで恒例の暇つぶしの一環であり、結論などではしないことは分かりきっているためさっさと切り上げることにした。


 十六夜はパイプ椅子に座ったまま、まるで協会の神父のように目の前の少年に問う。

「では君の今週の行いを聞こうか」

 十六夜の背後には梅澤工業高校の実質的なトップ2、役職的には生徒会副会長を務める京がその生まれ持った強面な顔を生かして嘘偽りを許さない閻魔様のように少年を見つめている。

 少年は緊張しながらも十六夜に自分のしてきた行いを告白する。


「俺は……俺は今週、野良の子猫の里親探しに励みました!」

「里親さんは見つかった?」

「五匹中四匹は見つかったのですが、一匹がまだ……」

「そかそか。頑張ったんだね〜。はい、これあげる」

「後でその子猫の写真を生徒会室に持ってこい。校内放送で里親を募集しよう」

「ありがとうございます!」

 気の弱そうな少年は手の上に乗せられたクッキーを大事そうに抱えて早歩きで去っていった。


「意外だな。京君、飼わないの?」

「うちはこの前4匹産まれたばっかりだからな……」

「そっか〜。後で写真見せてね」

「ああ」

 猫好きの京は自慢の我が子たちを週末にやってくる十六夜に見せるために昨晩、色んなアングルでの撮影会を開いていた。彼のスマートフォンのフォルダには昨晩撮ったものだけでも1000枚にも渡る猫たちの写真が保管されているのだった。

 同じく猫好きもとい動物全般が好きな十六夜にとって京のうちの子自慢会は全くもって苦痛にならないのだが、京はなかなか十六夜のような同類には出会えずにいた。

 十六夜がこの高校に誘拐されるようになってから時間を気にせずに話を交わせる仲間が出来たことに少なからず頑固なのにどこかシャイな従弟に感謝をしていた。

 その頑固さが裏目に出た結果が今尚目の前で繰り返される光景であり、隆にとっては一刻も早く収集をつけたい案件であるのだろうが京としてはこの時間が長く続けばいいと考えていた。


 そうこう京が考えに耽っているうちに十六夜は次々にやってくる学生たちから話を聞いてはクッキーを渡していく。

 ふと意識を戻すと次の学生がやってきていた。

 今度は先ほどの少年とは違い、ガッチリとした体格で身長は大柄な京よりも頭一つ分ほど大きな、京のクラスメイトの汐見だ。

 相変わらず汐見は詰め襟の学生制服は着用していない。高校一年生の夏に一気に背が伸びてしまった彼は一年次の一学期しか袖を通すことはなかった。今では彼の後輩の誰かが着用していることだろう。風紀が緩いこの学校では式典の時ですら学校指定の作業服に身を包み参加する彼を咎める教師はいない。

 そんな汐見は元来情に厚く、恒例となったミサまがいの集まりが始まる前から地元の人との交流はあった。彼にとって人助けというのは生活の一部なのだ。

 そんな汐見がわざわざこの場所に足を運ぶのは他の生徒と同じように十六夜の作るお菓子の味を覚えてしまったからだ。

 洋菓子よりも和菓子を好む彼が進んで洋菓子を手に取るのは決まって誰かからのお礼か十六夜の作るお菓子なのだ。


「十六夜さん、次は俺です」

「で、君は何したの?」

 もうお馴染みの汐見への十六夜の態度は少しばかり投げやりだ。それは十六夜が彼を信頼している証拠でもある。彼もわかっているからこそ、わざわざ抗議することなどないのだ。


「俺はですね、近藤のばあさんの家の電球を替えてやりました!」

「ああそういえば最近腰が痛くて替えられないってボヤいてたっけ?」

「そうっす。んでどうやら近藤のばあさんだけじゃなくて、他にも困ってる人、多いらしんで、しばらくは町内のじいさんばあさんのとこ回ってみようかなと」

「あ、偉い偉い」

 机から身を乗り出して十六夜は目の前の大柄の男の頭を撫でる。

 近藤のおばあさんといえばこの辺りの子どもがこぞってお世話になったおばあさんである。

 今でこそ歳のせいか腰が痛いと嘆いているものの、教師の職を定年退職してから近所の子どもに柔道や剣道、はたまた花道に茶道と教えて過ごしたものだった。

 汐見も幼い頃に世話になった子どものうちの一人で、近藤さんの一人息子が海外に出向してからはしょっちゅう一人暮らしになった近藤のおばあさんを心配しては顔を見せにいっていた。


「とりあえず今日は佐伯のじいさんのとこの木の剪定っすかね」

 近藤のおばあさんの隣に住む佐伯のおじいさんは汐見のお茶飲み友だちだ。以前お茶した時にでも聞いたのだろう。通りでいつもの作業服にプラスして頭にはタオル、手には高枝バサミが装備されているわけだ。

「二つあげるから佐伯さんによろしく」

「うす」

 大きな手のひらにビニールを引っ掛けて手を振りながら去っていく汐見に十六夜と京は手を振り返す。


「高校全体でご近所を回ってみるってのも手だよな……」

「みんな元気だけど、もう結構歳だもんね。一人暮らしは近藤のおばあちゃんだけじゃないしね~」

「今度の会議で議題に出してみる」

「決まったら俺、何か持って応援に駆けつけるよ。何がいい?」

「豚汁」

「寒くなってきたもんね〜。っとそろそろ終わりにしよっか。今週の頑張った対象は汐見君かな? 明日にでもこれ渡しといて〜」

「ああ」

「要ちゃん、隆君、そろそろ終わりにしてお茶しようよ」

 要が隆の足元に渾身の一発を入れ込んだのをしっかりと確認した十六夜は、立つことの出来ない隆とその場で彼を見下ろす要に声をかける。


「兄ちゃん、こんなトリ頭誘うことないって」

「んだとゴリラ!」

「はいはい、喧嘩は終わり!」

「兄ちゃんはこんなやつにも優しくするから惚れられちゃうんだよ!」

「惚れられてるのは俺じゃないんだけどなぁ……」

「ほら隆、立てるか?」

「次こそは絶対に勝つ!」

「おお。頑張れ頑張れ」



 これはブラコンの妹、要が兄の十六夜が不良に惚れられてしまったと勘違いをし、兄を不良の魔の手から救うという名目のもと拳を振るい、そして惚れた女を呼び出すために何度も十六夜を餌として誘拐するところから始まった話。

 ……なのだが今ではすっかり梅澤工業高校の校庭で毎週金曜日に行われる恒例行事となっている。


 隆の想いが届く日が来るのか。

 そして要の勘違いが治る日が来るのか。



 それは神のみぞ知るのだった。


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