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砂の城  作者: はるの優雨
8/10

かの男を

 今宵の月は、憎らしい程に美しい。


 雷寿は空に手をかざして、月を潰すように堅く拳を握った。


 ついに月をその手で消し去った雷寿は、海鶴の城がいやに暗く冷たく広く感じた。そんな感情はこれで二度目だ。


 自分のもとを離れ、城を出て行ってしまったかの男を想う。あの時も、この城がとてつもなく広く、空虚に思えた。かつて焦がれたあの砂丘のように。


 ただ、ここには胸を熱くする、あの圧倒的な魅力は無かった。海が見たいと恋い焦がれ、この土地に越してきたというのに、ここから見る海は切り取られた無機質なものだった。


「嗚呼、そうか。ここは砂の中に築いた砂の城だ。見える景色も張りぼてに過ぎない。」


 砂丘にも海にも焦がれていたのではなかったのだと、雷寿はこの時初めて気づいた。


 何もない淋しい場所で、何もない自分の孤独を紛れ込ませてしまいたかっただけなのだと。出来るだけ海の傍にと作った城は、月の力で満ち引く波に攫われていく。


「剛砂……お前はこの城をそんなに出て行きたかったのか……」


 あの男がせめて女であれば、傍に留め置く事が出来たのだろうか。


 あの男に想いの全てを吐き出していれば、傍を離れなかっただろうか。


 一層、あの男を殺してしまえば、この胸の穴は塞ぐ事が出来ただろうか。


 あの男はともに溺れてはくれなかった。


 家族を愛していた。父を尊敬していた。弟を愛しく思っていた。そして、羨ましく思っていた。


 月は自分から全てを奪うようで怖かった。愛する父も弟も。なのに、あの月は視界の端から消えてはくれなかった。


 違う。月を追うのは自分の目だった。


 余りに美し過ぎて、近づけば光を失う気がした。


 陽は気負う事なく、それがまた人を惹きつけていた。


 気づけば己の手には何もない。ただ欲しかった。唯一の何か。


 陽に寄り添う者を奪っては見たものの、やはりそれは陽を懐かしんでいた。


 月の代わりに掴んだものは、薄汚れた死に損ない。何でも良かった。何だって良かったのだ。


 だけど、いつの間にやら執着していた。きっと、あの男の熱に侵された。傍に置いているだけで、冷えた胸が熱くなった。


 あの時、欲しいと叫べば応えたろうか。


 失う気がしたのだ。弱みを見せれば、あの男の熱は冷める気がしたのだ。強くあらねばならぬ。あの熱を感じていたいのなら。


 結局、強くあり続けて失った。


 所詮、誰にも届かない。全ての音は砂に吸い取られる。言葉など無力なのだ。


 足下から沈んでいく。飲み込んだ砂を吐き出せず、いつかきっと息も止まってしまうのだろう。


 その時まで。ただその時まで。この世の全てを掌握し続ける。塞がらない穴に、さらさらと流し込むこの行為が、その場凌ぎに過ぎないとしても。

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