表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂の城  作者: はるの優雨
6/10

その男に

 天江雷寿は恐ろしい男だ。


 自分よりも年若い武将の残酷さを知りながら、その男に屈しないと決めた男が居た。


 多々良岩蝉(タタラガンゼン)。百二十万石を有する土着の武家で、由緒正しい血筋とその厚情から朝廷や傘下の武家、更には民からも厚い信頼を得ている。


 その当主である岩蝉に朗報が届いたのは、十日前だった。


 使者として天江の海鶴城に向かわせ、連絡が途絶えていた重臣の十坂剛砂が、傘下の山尾家の咲垣城(サキガキジョウ)に現れたのだ。それも酷い姿だったと言う。剛砂の行方を探って海鶴城下に忍ばせた家臣等に支えられ、なんとか辿り着いたようだった。


 しかし、酷く汚れて見窄らしい姿をしていても、身体の具合はそれ程悪くはなかったらしい。ぎりぎり食う物はあったのかもしれない。


 正直、岩蝉は全く疑心を抱かなかった訳ではない。海鶴への使者に自ら手を挙げた剛砂を、僅かばかり疑った事は否めない。何しろ十坂を名乗る前は、天江の家臣であった玉井出を名乗っていた男なのだから。それも、噂では天江雷寿の信頼を一身に受けていたようだった。


 十坂家に入ってからは、しかと十坂の為に、延いては十坂の主家の為に尽くしてきた事はよく解っていたし、十坂家が多々良家に召し抱えられた後も、多々良の為にその知略を活かしてよく働いてくれていた。


 ただ、初めて会った時から、岩蝉には剛砂という男が死人に見えた。一心不乱に我が身に尽くす姿と裏腹に、その目は岩蝉を見ていないようだったのである。


 それでも武勲を立てる剛砂に、信頼を寄せた事も否定はしない。半信半疑だった。連絡が途絶えたのは、もしや天江に寝返ったのではなかろうかと。


 だが、剛砂は戻った。疑ってしまった事に、岩蝉は少なからず胸を痛めていた。家臣との絆を己が手で裂こうとしていた事に。


 暫く咲垣城で療養していた剛砂が、もう直ぐ多々良の城、芳松城(ヨシマツジョウ)に到着する。そこから本格的に戦の準備を始めなければならないだろう。


 天江風市の軍が、敵味方の境界線となる国境(クニザカイ)付近に進軍している。これに対し、国境の城の殆どが既に兵糧を蓄え、武装化を始めていた。籠城戦を見越しての事だ。


 しかし、国境ではこの期に及んで天江雷寿を恐れる者達が現れた。多々良に従属すると誓ったというのに、今更どちらに付くべきか、再び思案し始めたのである。今や兵力の差は明々白々。これらの国々が天江に付けば、砦を崩された多々良の勝利はまず有り得ないものとなる。


 この国境の城の一つに、咲垣城も含まれる。山尾家の忠心は深く強いものであったので、反旗を翻す可能性は低い。天江から逃げてきたという事情を知って尚、剛砂を手厚く迎えた事が何よりの証拠だ。


 立地的に考えると、咲垣城は開戦の地となり、要となるだろう。ここが簡単に寝返ってしまえば、多々良は一層窮地に追い込まれる。逆を言えば、ここでの時間稼ぎが上手くいけば、その間に西南の国々と手を組み、援軍を期待できるかもしれない。


 大変心苦しく、山尾には申し訳ない事だが、咲垣城は捨て石となってもらうより他はないと岩蝉は考えていた。そして、山尾もそれを解っている。それでも尚、多々良に味方する姿勢なのだ。


 実に惜しい事だと岩蝉は嘆く。その様な忠義者を易々と失うしか道がないなどとは。何しろ、西南の国々を説き伏せるのに、多大な時間と労力を費やしてしまっていたのだ。それさえもう少し早くなんとか出来ていれば、或いは戦にまで発展する事はなかったのかもしれない。


 もう遅い。何もかもが手遅れだ。


 己の采配を見誤った末の覚悟を決めなければならない。だが、自分以外の多くの命を最期まで守らなければならない。出来る事を最期までやり抜くのだ。


 人知れず、決意を胸に抱いて剛砂を待つ岩蝉のもとに、天江の動向を探らせている者より連絡があった。


 昨日、天江家重臣の大道麟之介の正室が、御成敗と相成ったと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ