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砂の城  作者: はるの優雨
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結び

 咲垣城を制圧した麟之介は、雷寿の沙汰を待っていた。その間、飢えによる多くの亡骸の処理の労を取った。


 長きに渡る兵糧攻めによる死は、下の者から順に迎えることとなったようだった。それでも、山尾の当主は自分の分まで家臣達に与えようとしたらしかった。それを家臣達が喜んで受け取れるはずもないだろう。残された食糧は女達に優先的に分けられたそうだ。弱きを守り、忠義に果てる山尾の敬うべき最期だった。


 愛する妻を殺したも同然の麟之介は、これに激しく胸を打たれた。身を引き裂かれるような思いすらした。


 麟之介自身にも訳が解らぬ涙が、暫く止まらなかった姿を、家臣の一人は後生忘れなかった。


 捕虜の多くは女だった。侍女と山尾当主の正妻とその娘。娘はもうじき何処かに嫁ぐ年頃だった。


 麟之介は無意識に、この者達を助けたいと心が動いていた。


 守れなかった妻の代わりだったのか、はたまた償いであったのか、誰にも、麟之介自身にも解らなかっただろう。そして、心と身体がごく自然と動いたのだ。


 麟之介の一存で、海鶴からの使者を待たずして、女達を全て城から出した。


「勝手な言い分だとは承知しているが、そなた等の心が赦すなら、誰も恨んで欲しくはない。恨むならば、私一人を恨んで頂きたい。恨みは新たな争いしか生まない。」


 これが麟之介の最期の言葉となった。


 山尾の娘が、甲冑を纏わぬ麟之介を懐刀で背後から刺した。助けたいと思う心が隙を作り、甘さを生んでいた。


 家臣の手当も虚しく、間もなく大道家当主は息を引き取った。


 愛する妻の名を漏らした気がしたが、ただ開いた口から肺に残った空気が吐き出されただけだった。






 海鶴城に朝廷より左大臣が御自ら登城していた。雷寿は堂々たる態度で上座に座り、高見より見下ろしていた。


 左大臣の恭しい態度は、最早誰の目にも雷寿の天下を映していた。


 朝廷からの使者である左大臣は、雷寿へ太政大臣の拝官を申し出た。


 左大臣を囲むように左右に控える重臣達は高揚する胸を抑えながら、雷寿の口から出る言葉を待っている。


「な、なりません!今は朝廷より……」


 その時だった。静まり返ったその場所に、酷く汚れた風市が兜も甲冑も脱ぎ捨て、髷も結わぬ姿で現れたのだ。


 室内は動揺してざわめいたが、雷寿だけは一切動じなかった。


「勝ったか?」


 軽々しく言う雷寿は、とても戦から帰った者へ訊く態度ではなかった。まるで鷹狩りで獲物を仕留めたのかと訊いているように。


 何も言わず、ゆっくり歩を進める風市が手にしているものに気づいたのは、その直ぐ後だった。


「それは……」


 畳の上を重いものが転がる鈍い音が、雷寿の五感の全てを支配した。


 無残に転がったそれは、真っ直ぐ雷寿を見ていた。閉じられる事のなかった目が、熱を持たないその目が、ただただ雷寿だけを見つめていた。


 左大臣は、目の前に転がった生首に悲鳴を上げて後退り、風市は暫く雷寿を見つめて、そのまま何も言わずに城を出た。この後、風市は直ぐに宣教師とともに異国に渡り、二度と祖国の土を踏む事はなかった。


 目を見開いて動かなかった雷寿は、風市がその場を去ってから、漸く口を開いた。


「帝に伝えよ。その様な頭ばかりがでかい形ばかりの役職など、わしには役不足だ。神の座を譲位なさるのなら、考えてやらなくもない、とな。」







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