落ちる。
意味不明です、すいません・・・・・・
―――今日もまた落ちてきた。
そして、また一人休んだ。
現在の人数、二九人。
これは、異常だ。
一一人の生徒はどこへ行ったんだ?
彼女達は、一体どこへ?
ただ、体の一部だけを残して去って行くなんて。
髪、眼球、骨の欠片、爪、血液、指の一部・・・・・・などなど。
気味が悪い。
爪はまだしも、眼球などを見てしまうと、あの生徒は死んだ、もしくは傷つけられた可能性があるのだ。
警察にも言った。
けれど、
何も分からない。
―――この現象は、止まらない
♦
わたしは、教師だ。
教科は社会科、特に世界史。
とはいえ、わたしは新任教師の分際だもんだから、授業は・・・・・・まだ、あんまりしたことがない。試験とか、教育実習とか・・・・・・まぁ、いろいろ。
そんなわたしは、晴れて某女子校の教師となった。
新任教師として体育館で紹介されたときは、嬉しかった。
と同時に、気味が悪かった。
というのも、黒いセーラー服とその胸元に生える赤いリボンが・・・・・・統一され、まるで、クローンかなにかのように思えて仕方がないのだ。顔も、同じに見える。まだ、なにもいじっていない顔。白い肌、少し赤く染まった唇、大きな目とその目の周りを覆う長いまつ毛。前髪は眉毛ぐらいで丁度、切りそろえられ、長い黒髪は三つ編み。
全員が全員、そんなふうに見える。
しかし、他の新任教師たちは別に、普通だった。緊張に顔をこわばらせ、口を固く結んでいる。隣の体育会系の男のひとなんか、震えている。緊張しすぎだろ、と言ってみたくなったが我慢。我慢だ。
けれど、だれもこの現象に首を傾げる者はいなかった。
どうやら、わたしだけのようだった。
そして、新任教師の発表は幕を閉じた。
「んで、君」
「あ、はい?」
後ろを振り向くと、先ほどの体育会系の男のひとがいた。りりしい眉毛、ゴリラだなぁとわたしは心の中で笑ったりした。
「見た、だろ」
「はぁ?」
「お、俺の武者震いをっ・・・・・・」
武者震い・・・・・・って、あの情けなく震えていたアレ?なんて思考が行き着いたけれど・・・・・・あれしかないだろう。情けない武者震いだなぁ、とクスっとわたしは笑う。
「わ、笑うな」
「笑っていませんよ。ただの、思い出し笑いです」
「そ、それが、お、俺の・・・・・・」
「武者震い、だと?」
「まぁ、そうだ」
へぇ、とわたしは呟くと足音を立てて歩き出す。
「ま、待ってくれ」
「はいはい、誰にも言いませんよ」
安堵、そう言った空気が耳をかすめ、流れ込んできた。
クス、わたしはまた、笑った。
♦
新任のわたし、は担任を持った。
この学校ではさほど珍しいことではないらしい。
まぁ、そんなことはどうでもいいとして、わたしが一年間受け持つクラスは一年B組。つまり、一年生だ。それも、中学生。世界史の授業で高校に数回、教えに行くことになるらしいが、ほとんどはこの中学校で教える。
気持ちの高ぶり、そして、緊張。
そんな感情がわたしの今のすべてを支配していた。
わたしは、そんな感情を消すかのように足音をわざと響かせた。そして、デキる女を見せつけようとモデル歩きをしてみる。
「先生、緊張しすぎです。あ、こけますよ」
隣にいた事務のおじさんが心やさしく、注意してくれた。しかし、もう、遅い。
こけた。
なれない歩き方をしたからだ、と自分を罵ってみる。罵倒してみる。
馬鹿だな、わたし。
ひざが擦りむけたが、あいにく、血は出ていない。
「大丈夫ですか?」
おじさんが手を差し伸べてくれる。
「あ、ありがとうございます」
わたしはおじさんの手を借りて立ちあがると、スカートを払った。そして、普段どうりの歩き方―――若干、がに股で歩き出した。
「気をつけてやぁ、新任さん」
おじさんが、心配そうにわたしを見ていた。
はい、ごめんなさい。わたし、心配されました。新任さんのなかで、はじめて、転びました。そして、おじさんありがとう。
なんて、回想が頭の中が繰り広げられたけれど、そんなことはどうでもいい。とりあえず、教室へ行こう。
そして、わたしは足を速めた。
教室に入ると、まだ幼い顔立ちのパッツン三つ編み少女たちがわたしを出迎えた。まだ、戸惑いや不安が残る、真っ黒の大きな目でわたしを見、そして、体を少しこわばらせていた。
「えーっと、はじめまして。わたしが、このクラスの担任となった、土巳舞香です。どうぞ、よろしく。教科は社会。今年、この学校に入ったばかりの新任教師です。だから、皆さんと同じ一年生です。分からないこと、まだ、沢山ありますが、どうぞ、よろしく。た、楽しい一年間にしましょうっ」
拍手。
しかし、その拍手には音が―――なかった
いや、たしかに音はある。ただ、まるで、それは録音しておいたなにかを流しているようにしか聞こえてはこなかった。
音が、音が同じなのだ。
リズム、息遣い、単調で感情のこもらない―――アレ
わたしは、その拍手をかき消そうと口を開いた。
「えと、じゃあ、まずはじめに必要な書類の回収。そして、自己紹介を始めましょうか。名前、番号、出身小学校、好きな教科、嫌いな教科、好きな食べ物など・・・・・・一人一分程度でお願いします」
「先生」
わたしがしゃべり終わった瞬間、ある生徒がわたしに話しかけてきた。
「はい?」
「小学校名、絶対、言わなきゃいけないですか?」
「どっちでもいですよ。それは個人の自由です。拘束的権利はありません」
その時、何故か、安堵のため息が漏れた。
―――どうしてだろう
しかし、わたしにはまだ、分からなかった。
自己紹介の最中、わたしは教室を見まわした。
たしかに、よく見ると生徒一人一人に個性がある。たしかに、それは普通のことだ。けれど、わたしにはどうしても理解できなかった。クローンじゃないか、そんな考えだって生まれた訳だし。
けれど、三つ編みを全員しているわけでもないし、全員が全員、髪が黒い訳でもない。目が細い子もいるし、前髪を後ろに上げている子もいる。
普通だ。
しかし、けれど、やっぱり、わたしはあの現象が気になってならなかった。
その時だった。
「―――蝮小学校」
その少女、倉橋七生が大きな黒い目をこちらに向け、赤く染まった柔らかそうな唇をそう、動かした。白い肌、紅をさしたかのようなふっくらとした赤い唇。眉毛上で切りそろえられた前髪と、腰まで垂れる長い三つ編み。先端は赤いリボンが結われており、まるで、さきほどのような、この学校の見本のような生徒だった。いや、見本ではない。顔、だ。
わたしは今まで、彼女、倉橋七生を見ていたのだ。
合点がいった。
しかし、どういう現象でこうなったかは分からなかったが。
「蝮っていったら、あの山荘の?」
誰か、まぁ生徒の一人が倉橋に向かって疑問を投げかける。
「・・・・・・そや」
「ほぉ」
ニヤと、誰かが意地悪く笑う。そして、続けた。
「いつ、体売るのぉ?蝮の女って、体売るんでしょう?どうなん、知らん男に股まさぐられるの。楽しいぃ?気持いぃのぉ?アンタも、もう経験済みぃ?」
えっ、とわたしは固まる。
―――何だ、それは
「どんなプレイすんのぉ?加齢臭するオジサンたちに囲まれて輪姦?それとも、縄で吊るされてヤる?」
「や・・・・・・」
わたしは止めようと、その会話を止めようと声を発そうとした。しかし、
「そんなん、やってない。蝮を馬鹿にするな。蝮は健全じゃき」
「それは、アンタがお譲さんだからじゃないのぉ?」
「や、やめなさい」
思わず、わたしは声を張り上げた。しかし、だれもわたしの声を聞こうとはしなかった。全員が全員、あの話に夢中だった。
そして、わたしは止められなかった。
―――蝮狩りを
小学校名を言いたくない、それはこれだったんだ、と今頃合点がついた。蝮、小学校。そこは、この町の奥、山荘にある小さな集落の名前だった。そこは、蝮を祀るという独特の信仰をしている集落らしく、一五の夜に性交をするという決まりもあるらしい。しかし、そんなのは昔の事。今は、至って普通のただの村みたいなものだ。
いまどきそんな信仰集落なんてあるはずがない、それがわたしの推論だった。
ちなみに、一年B組には一〇人もの蝮出身者がいる。この学校内で総体すると、二〇〇人弱。約三割を占めているということになる。
この学校、女子校とはいえ普通の公立なのだ。珍しいといえば珍しい。いや、違法だ。しかし、男女別教育がこの町の主流らしく、こうなっているらしい。よって、国の許可も得ている。
そもそもこの町、周りには蝮のような小さな集落を持ち、その集落が集まってやっと町になったみたいなそんな感じが見受けられた。人口は東京の半分、どころか、六分の一にも満たない。わたしも、この町の存在を知ったのがこの学校に赴任した時だった。
不思議な町。
木々が青々と生い茂り、そこそこ人もいる。意外と若者も多く、カラオケも数店だが、ある。コンビニもあり、スーパーもある。
最低限のものは揃っていた。
そして、なにより大事なもの―――本。
本屋と図書館、それは重要なものだ。わたしの命・・・・・・とまではいかないが、重要なもの。それは、町の中心に君臨していた。
この情報も、図書館で調べたものでまだ浅いものだが、今のところはざっとそんな感じでいいだろう。軽く、分かればいい。
そう、今の問題は蝮狩り。
いわゆる、差別だ。
それが始まったのはゴールデンウィークークが開けた五月の中旬だった。
「先生、土巳先生」
「はい?」
職員室。
わたしが座る隣の席にいる、例の体育会系の男の先生、名前を右治と言うらしいが、彼がわたしに話しかけてきた。
彼は、わたしと同様、一年生の担任を持っていた。一年C組だったはずだ。一体何の用だろう、と顔を上げると彼は低い声でこう言った。
「蝮、狩り・・・・・・はじまりますよ。お互い、頑張りましょう」
「蝮狩り?」
わたしが疑問の色を表すと、右治は驚いたかのように目を見開いた。
「知らないんです、先生?蝮狩りというのは、蝮小学校出身の生徒の差別です。去年の二年生、今は三年生ですか・・・・・・彼らは、蝮出身者を全員、裸にして写真を撮り、インターネットに流したっていう事件があったじゃないですか。たしかに、去年はひどかったですが、毎年、結構蝮出身者はああいったことをされてます。先生、勉強不足ですよ」
「え、でも」
「止めてはいけません。止めるのは、規則違反ですから」
「そ、それは・・・・・・」
「わたしたち教師は、蝮の彼らを見ているだけでいいんです。干渉してはいけない。昔からの掟です。傍観者となるのが我々の務めなのですから」
右治は鼻息を荒くしてそう言った。
「いいの、気にしなくて」
聞き覚えのある声が耳元で聞こえてきた。
何故か、そこには―――倉橋七生がいた。
大きな黒い瞳、白い肌、紅をさしたかのようなふっくらとした唇に漆黒の髪。それを三つ編みにし、腰まで垂らしている。
そんな彼女が何故かそこにいた。
「今年は、蝮が勝つから」
そう言って彼女は去って行った。
♦
「今日、雨月さん欠席です」
正委員の少女がわたしに告げる。茶色がかった髪を肩まで伸ばした少女だ。狐のように目が細く、まるで、倉橋とは容姿が正反対のような生徒。
「そう」
―――そして今日、始めて欠席者が出た
蝮の者ではない。
事件が起こったのは丁度、帰りのホームルーム中だった。
わたしが教室に入ると、なんだかざわついていた。悲鳴を上げているのも聞こえる。急いで行ってみると、そこには人だかりができていた。
「つ、土巳先生・・・・・・これは、どういうことですか?」
血相を変えた教頭がわたしに話しかけてくる。
「いえ、分かりません。わたし、今来たばかりなので」
「そ、そうだな。わ。分かるわけがない。いや、すまん」
「何か、あったんですか」
そうわたしが尋ねると、教頭は教室の中を指差した。
しかし、それ以上何も言わないのでわたしは、仕方なくその密集された人の合間をすり抜け、教室に入って行った。
そこには、指があった。
蠢く指共。
血ぬられ、今でも血を噴き出し続ける指達が蠢いていた。
そして、その蠢く指を恐れず、ただ立ち続ける少女―――倉橋七生がいた
大きな黒い目を爛々と光らせ、赤い唇は笑っている。白い肌は少し火照っていた。そして、倉橋は吐く。
「―――制裁を受けろ、蝮の怨霊ぞ。鋭くとがった刃をむき出し、喰らえ。舌で血を嘗めりとり、我に分け与えよ」
と。
現に指達は、まるで蛇のように地面を這いずりまわっている。
「こ、これは・・・・・・」
「あ、先生」
わたしが言葉を発したと同時に倉橋はその、黒い瞳でわたしを捕えた。
「蝮、勝ちましたき。今回は」
「へ・・・・・・」
黒い三つ編みが面白そうに揺れた。
その時、白いやわ肌に赤い鮮血が飛び散った。
♦
蝮様、蝮様
我に力をください
蝮様
我、蝮様に生涯お使いする身でございますゆえ
御恩として承りたく
その強靭な刃と、毒がみなぎるその血液を
分けてください
我に
忠誠を誓ったこの身に
植えつけてください
蝮様
とぐろを巻くそのお姿
美しい
白い鱗が、輝いて見えまする
蝮様
どうか、御慈悲を
♦
次の日、眼球が暴れ出した。
どうもこの動く体の一部は天井から降って来るらしい。
というが、この上は三年生の教室だ。
わたしも目にしたことがあるが、たしかに天井から降ってきた。
赤い血を撒き散らし、それらは降ってきた。
ただ、なぜかその何かが振って来る時、生徒が一人休み、来なくなる。それも、休む生徒は全て、蝮以外の生徒。よって、自然的に蝮の彼らが疑われ始めた。
あたりまえといえば当たり前。
けれど、わたしにはどうすることもできなかった。
この学校には掟がある。
一、生徒の行う行為に対し、教師は口出しをするな
一、教師は常に傍観者
一、不可解こそが、この学校の全て
以上。
守らなければ、即退職が条件とされている。
学校教育法に違反していないか、とわたしは思ったが、それはどうも禁句らしい。
不思議だった。
教師はただの道化でいろ、そういうことなのだ。
生徒が死んでも平常心が普通。血ぐらいたいしたことはない。狂おうがそんなのは生徒の責任。教師は、ただの傍観者。
わたしも、それにならって突き通そうとした。
しかし、無理だ。
常識的に、無理なのだ。
「蝮」
赤い唇がそう、吐いた。
丁度、わたしは倉橋と面談の途中だった。その時、彼女はそう吐いたのだ、「蝮」と。
「蝮?」
「そう、蝮。この謎を解きたいのなら、蝮様に合えばいい。気になるんでしょう、先生?この、落ちる現象が。そして、全員がわたしに見えた現象。そうやろう?まぁ、そうすると、先生は干渉したことになるけどな」
面白そうに倉橋は笑う。
「我慢、するから」
「そういや、先生」
下を向いたわたしに、倉橋から話を切り出す。
「はい?」
「この町、来たの始めてでしょう?どう、観光でもしてみたら。この町を。そして、」
黒い瞳が意地悪っぽく光った。
「蝮に来て。明日の太陽が一番高く上る頃にね」
そう言って、倉橋は席を立つとわたしの前から去って行った。
次の日、午後一四時一八分。
わたしは、蝮にいた。
一見、寂れた村みたいに見えたが、そうでもない。
子供が以外と多く、奇声を上げて遊んでいる。こんな暑いのに元気なことで、とわたしはぼうっとそれを眺めていたが、ふいに肩に手が置かれたことでその待ち合わせ時刻が来たことを意味した。
「先生、こんばんわ」
そこには、倉橋がいた。
彼女はなぜか、制服だった。真っ黒の、セーラーと赤いリボン。学校と格好は変わっていなかった。三つ編みを揺らし、彼女は少し笑った。
暑くないのかな、と思ったがこのさいどうでもいい。個人の自由だ。
「こんばんわ」
「本当に、来たんだねぇ。わたし、あんまり期待していなかったけれど・・・・・・まぁ、わたしの見込み通りになったか」
そう言うと、倉橋は歩き出した。
地面にこれでもかと攻撃する日光は、五月とは思わせないほど痛かった。日傘を持ってきて正解だったな、とわたしは日傘を回しながらそう思った。
「先生、意外とおしゃれなんですね」
黒くて大きな目がわたしが持っている日傘を見つめながら話しかける。
「え、まぁ・・・・・・淑女のたしなみとして」
「へえ」
倉橋はあまり興味がなさそうに呟いた。だから、わたしはそれ以上続けるのもやめる。一人で暴走するのは歴史だけだ。歴史の話しは別ですよ、暴走は普通です。
なんて、キメ顔で言ってみたいけれどひかれるだけだと思って何も言わない。あ、ちなみに言うなら効果音付きを希望します・・・・・・って、ないか。
まぁ、そんなこんなでわたしと倉橋は蝮様が居ると言う場所、洞に向かった。
洞は奥にあるらしい。少し山道を登った、その上にある。要は、日本古来の宗教的なものだろう。そんな想像がわたしの頭の中を駆け巡る。
しかし、その予想は覆された。
たしかに、そこは洞だった。しかし、その洞の中には蝮はいなかった。蝮らしき蛇も、いない。ただ、一〇歳ぐらいの少女が赤い着物を着て上品に正座していたくらいだった。
大きな目、それを縁取る長いまつ毛、紅をさしたかのような赤いふっくらとした唇と、白い肌。髪は黒髪で長く、地面にまで流れている。そして、顔の双方には赤いリボンを結っていた。
―――倉橋七生とそっくりだった
そう、その少女は倉橋七生の生き写しのような姿を持っていた。
兄弟かなにかかな、と思えるほどに二人は似ていた。
「蝮様」
倉橋が深く頭を下げた。長い三つ編みが白いその肌をかすめる。
「お久しぶりです、先代殿」
幼い、まだ高い声が洞に響く。
しかし、わたしはそんなことより、今、この少女が発した先代というワードが気になった。先代、何の先代かは少し考えれば分かること。そう、蝮の先代なのだろう。こんなによく似ているのだ、あり得る話だろう。
「そう硬くならなくても・・・・・・我は、貴殿の妹ですき」
「しかし、今、貴女は神ですから。神の蝮様」
こく、と少女は頷く。
そして、その大きな黒い瞳をゆっくりとわたしに向けた。
「こちらは?」
「先生」
「いつも、姉さまがお話してくれる・・・・・・」
「そう、その先生」
「はじめまして、先生。いつも、姉がお世話になっています」
少女は、黒い瞳を輝かすとゆっくりと軽く頭を下げた。赤いリボンが垂れる。そして、少女は続けた。
「不可解な事件起きているでしょう、先生。あれ、我のせいなんです。蝮の力が制御できなくて、先代、姉がいるところで暴れるんです・・・・・・蝮が」
「え」
わたしはこの少女が言っている意味がいまいちわからない・・・・・・蝮、あばれる?理解不明だ。
「蝮は人肉を欲するんです。我達、蝮様の号を貰う者は蝮を体内に寄生させ、名を返上すると同時に蝮を、体の中にいる蝮を殺すのです。ただ、姉の蝮は死ななかった。そして、我の蝮と共鳴し暴れるんです。だから、毎日生徒が一人、消えるんです。あれは、失踪なんかじゃない。蝮が食らうんです」
「止められない、だから諦めろ。これで分かったでしょう、先生。干渉、しないで」
「姉ちゃん」
「しょうがないから、そんなこと。言っとかないと、先生が死ぬ」
その死ぬという言葉は残酷だった。平気でそう放つ倉橋、そしてその妹。彼らは彼らで苦しんでいるのだろう。わたしは、そんな彼らの気遣いをありがたく受けるしかなかった。わたしだって、自分は可愛いものである。他人に干渉して死にたくはない。
「分かった」
この一言はある意味、残酷宣言だったのかもしれない。けれど、その時、わたしはそれが妥当だと、思っていた。
「てことでお願いします」
と、倉橋七生は丸く収めてきた。
♦
次の日、また一人休んだ。
そして、今日は眼球が宙を舞った。
まるで、スーパーボールのようなそれはリズミカルに宙を跳ね、生きているかのように生徒を何度か攻撃した。おかげで血が、あたりに飛び散り残酷な風景となったが、それはもう毎度のことで誰も何も言わなくなった。
現在の人数、二七人。
すでに、一三人が消えていた。
消えた、というよりむしろ、死んだという表現が適切かもしれない。
しかし、この人数はたしかに異常だったらしい。そのせいか、学校側は動き始めたようだった。といっても、掟に触れない程度の内部調査であり、この不可解な現象が解決するとは考えられなかった。
おかげで、六月に入る頃にはクラスの人数は半分に減少していた。
蝮が半分とその他。
丁度、そのころ、この現象は一端だが止んだ。
急に・・・・・・。
と同じ時期に事件が起こった。
「ねえ、倉橋さん。貴女、先代の蝮なんだってね?」
―――倉橋七生が蝮だということがばれたのだ
正確には若干の誤解と妄想があったものの、ほとんどが当たっていた。
どうしてかは分からない。ただ、蝮出身の誰かが吐いた・・・・・・吐かされたのだろうことは想像がついた。
よく考えれば、これは自然現象だったのかもしれない。
この不可解なクラスメイトの失踪、肉体の一部が宙を舞う。
異常、という言葉通りのそんな現象に普通の人間が我慢できるはずがないのだ。そして、理由を知りたがる。自ら、そう、わたしがそうしたように。
警察も動かない。教師もまた、そう。誰も助けてくれないこの現実で彼らの取る行動は『普通』だった。
「それで、何?何かわたしにしてほしいことでも?」
冷たい目、が黒い前髪から覗く。
「い、いや・・・・・・」
倉橋に噛みついた・・・・・・探偵さんはおののいた。
ここでは実名を明かすことはできないだろう。だから、探偵さん。ポニーテールの眼鏡をかけた優等生だった気がする。
「蝮の祟りは終わった。これ以上、何も起る筈がない。これでいいんじゃないの?もう、誰も死にはしないんだから」
「し、死ぬ?」
「そう、死。みんな死んだ。そんなことも知らなかったの、探偵気取りしていたのに?まぁ、ここまでたどり着いたのは凄いよね。このこと知っているの、蝮のわたしたちと先生だけだしさ。おめでと」
心のこもらない、祝福。
その時だった。
教室にとぐろを巻いた巨大な蝮が現れたのは・・・・・・。
繊細な、白いウロコ。赤い、切れ長の目とその目を縁取る赤い線。口は大きく、二本の鋭い刃が覗いていた。そして、口の上には二本の線。多分、鼻孔だろうそれは、微動していた。
「ま、蝮様・・・・・・」
その大蛇、蝮の上に乗っている少女がいた。倉橋によく似た少女。赤い着物を身につけた、一〇歳ぐらいの少女。
その少女を見た途端、蝮の彼らは一斉に頭を垂れた。
何事か、とあたりを見回す生徒と頭を下げる生徒。その二種類がこの空間には存在していた。
「こ、これは・・・・・・何?」
探偵さんが挙動不審になりながら吐く。しかし、誰も答えを返さない。しかし、彼女も分かったようだった。誰が何を言わなくても・・・・・・答えが。
「ま、蝮様?」
「我、蝮よ」
その声と同時に、赤い着物を身につけた少女が言葉を連ねる。
「ここに参上したり」
と。
そして、
「この世は、この時から蝮の世ぞ」
と、凛として言い放った。
♦
町は炎に包まれる。
あの輝かしい栄光はこの世を去った。
ゆっくりと太陽が傾くように、彼らもまた傾く。
そして、
この世から消え去った。
架空、それは偽だとわたしはその時思った。
町が炎に巻き込まれた時、わたしはたまたま実家に帰省していた。そのことをわたしはテレビのニュースで知った訳だが・・・・・・わたしは、その時なぜかほっとした。
蝮、それがこの世から消えた。
そう感じた瞬間だった。
あたりまえ、だ。