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一瞬の出逢い

「あなたは、絶命する筈でした」

 目の前には目が冴える程の美少女が座っている。

 少女は体調が悪いのか顔色が青白く、無理矢理に繕う笑みには生気がない。

 彼女は人ではないのだと言う。

 運の化身――ロットだと。

 六月二十五日。

 この日は運河白代にとって忘れられない日となった。


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 運河白代が見たのは自作のネックレスを売ったり、自演ライブを行なったり、似顔絵を描いて生計を立てている者の溜まり場所――歩道橋の上だった。

『運、売ります』

 そう短く書かれた木製の看板と、運を売る(らしい)少女を盗み見る。

 膝を抱え、どこかから拾ってきたのか、ボロ布を着た少女が真上を何をするでもなしに見ていた。

「……」

 白代はその看板の内容に強い興味を抱いていた。

 それと同等に興味を持ったのは少女自身。

 整った顔立ちの少女は薄汚く汚れており、ボロ布を纏っている。

 しかも白代と同じ十五か十六の子供だ。

 おかしい。

 この食料飽和時代の現代日本でこんなホームレス少女が居るだろうか?

 そもそも薄汚く、顔をよく見れば分からないとは言え、可愛い家出少女が多少の危険がある日本の都市の夜で安全に過ごせている筈がない、と思う。

 運がいいのか、それとも白代が思っているよりこの街はいい人が多いのかもしれない。

 もしかしたら、このような格好をするのが趣味なのかもしれないな、と考えを改めた。

 もう一度、看板を見る。

『運、売ります』

 声をかけても、別にリスクはない。

 少し、心臓がドキドキしているのが特に死ぬほどでもない。

 それよりもこの言葉を無視して後悔し、妄想に走るのはゴメンだった。

「なあ、運を売るって何?」

「はい! いらっしゃい!!」

 ぼんやりと空を見ていた少女は突如、快活な表情になり薄汚い汚れまでもが輝いたように見えた。

「三日ぶりのお客さんです!」

 隣に座っているタバコを吹かしていた青年に嬉しそうに声をかける。

 青年は黙って掌をひらひらとやった。

(お客さんって……買わないとあかんって事やんな?)

 白代は心の中で愚痴りながらも催促するように言う。

「で? 運を売るってどうやって?」

「はい。運って言うのはですね――『全ての原因』です」

 白代の心臓が急激に高鳴った。

 女の声は魔力でも帯びているのか、それが真実なのかもしれないと思わされる。

 何よりも、キッパリと言い放つ少女に視線が固定されてしまう。

「人の才能も地位も寿命も運が支配しています」

「運……」

「はい。だから私と貴方が会ったのも運です」

「運命って言った方が正しそうな気もすんなあ」

 ぼんやりと呟く白代の言葉は空気に溶けていく。

 下手なナンパの言葉のようで、一瞬恥ずかしくなるが目の前の少女はあまり気にした様子もない。

 このまま知らぬフリが一番いいだろうと判断する。

「で。運ってナンボすんの?」

「何円からでもいいですけど……百円や二百円じゃあんまり変わらないですよ」

「つーか、買いに来る人とかんの?」

「……女子高生の集団とか物凄く暗ーい顔をしたサラリーマンの人とかよく来ますよ?」

「凄い、落差やな……」

 これが上層と下層の違いか、と白代はまだ見ぬサラリーマンに対して同情を禁じえない。

 運の代金を捻出できる額を考える。

 財布の中身は約三万円。

 口座には一〇万円ほど入っている。

 食費や雑誌の代金。水道光熱費。

 それらを差し引けばいくら残るだろうか?

 考えながら、財布から千円を引き抜く。

「お試しって事で千円」

 はい、と渡すと少女は嬉しそうに笑いながら受け取る。

「これで焼肉弁当が買えます!」

 何となく、いい気分がして微笑み返す。

「それじゃあ、運を手渡しますね」

「うん。おう」

 え? どうやって? 白代は今更の疑問に当惑する。

「私の手を握ってください」

 少女は手には気を遣っているのか右手を差し出した。

 白代の右手を見る視線に気付いたのか少女は得意げに微笑む。

「右手は大丈夫ですよ。一回女子高生に「汚いからいい」って言われたときはショックでしたから……」

 得意げな微笑みは何時しか消え去り、暗い影を頬に落としていた。

 凄くショックだったらしい。

「いや、別に俺は気にせえへんから大丈夫! うん!」

 よく分からないフォローと共に手を握る。

 柔らかく、温かい掌に少しドキッとした。

 仕方がない。

 女子と絡むことなんてあまりないのだ。

 萬歳 詩経まんざいしきょう片桐 紫煙かたぎりしえんの二人は除かせてもらうが。

 唐突に、身体の中から何かが吹き抜けた。

 涼風とも、潮風ともつかない透明な何かだ。

「これが、運……?」

 その感覚が終わる頃、二人はどちらともなく手を離していた。

「……これで運は手渡せました。それじゃあもしよかったらコレからも宜しくお願いします!」

 元気よくこうべを垂れて言う少女に白代は不思議な感覚に戸惑いながらも歩道橋を歩き始めた。

(今のが、運、か)


 お客さんが歩道橋を後にした後、少女は感嘆の吐息を吐いた。

 あのお客さんは運を掴む感覚が上手かった。

 少女は自分に残された運を見つめ直し、驚いたように目を見開いた。

 それから指折り、指折り、数えていく。

 顔色が青くなっている。

「三万円分……」

 三万円分の損失だ。

「運を返して貰わないと!」

 血相を変えて、飛び出した。

 人間に三万円分の運の許容量はない。

 どこかで歪みが生じてしまうのだ。

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