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祝福を 8

「んん――――ッ!! うん――――!!」

ガッカリさせんなや!!

決めたじゃんか!1人になってしもうたら、そん時は1人でやって行くって!!

アオは僅かな隙間を縫って歯を剥き出し、自分の口を押さえる手にガリッと噛み付いた。

「アイタッ!!」

その手が離れたと同時に、前のめりに叫ぶ。

「お前、こっちに来たら絶対許さんぞ!!」

しかしカクゲンは、まるでそれを合図にしたかのようにこちらに向かって走って来た。

「……ッ!!」

その行動に、声も出なかった。

ひたすらに自分を見つめて駆け寄ってくる姿に、全身から力が抜けてしまう。

何とも形容し難い、失望なんだか期待なんだか分からない心持ちがした。

明らかに足手纏いの自分。

許せるはずもない。

2人の決め事を破って、しかも自分のせいで戻ってくるカクゲン。

……自分のせいで。


「……痛いけぇ、放してくれぇや。もう逃げんよ」

アオがそう呟くと、羽交い絞めしていた腕が離れた。

座り込んだ自分の目の前で、息を切らして立つカクゲンを睨み上げるアオ。

しかしカクゲンは動じない。

「…お前、法律破ったのう」

その責めに、カクゲンは飄々と応えた。

「破ってないよ」

「ハア!?逃げろ言うたじゃろう!!」

「違うよ。取引に戻って来たんだよ」

そう言うとカクゲンは視線を上げ、手に持っていた茶色のボールを1人の大人に差し出した。

「これね、買うと高いんだよ。これあげるからさ、見逃してよ。僕ら2人さ、大人になんなきゃいけないんだ。だからまだ捕まるのは早いんだよ。ね、これあげるからさ」

カクゲンが持ちかけた取引に、アオの怒りは一旦姿を消した。

座り込んだまま後ろを振り返り、恐る恐る大人3人の顔色を窺ってみる。


その時の彼らのリアクションは、もちろんアオが思っていたものとも、多分カクゲンが考えていたものとも違うものだった。

3人はお互いに顔を見合わせ、大笑いし始めた。

驚く2人を尻目に、3人はしばらくの間笑っていた。

こういった間とでも言おうか、雰囲気というものはこれまで体験したことがない。

何がどうなっているのかさっぱり分からない。

「何じゃお前ら!!ワシらをどうするつもりなんじゃ!?」

鼓動の治まらないアオは笑っている3人の大人の正面に立ち、声を荒げてそう叫んだ。

しかし3人はアオに視線を向けようとはしない。

自分たちが怪しいのは重々承知している。

だがこいつらも何か怪しい。

やはり逃げるべきか。

そんなことを考えていると、笑いを治めた大人たちは完全にアオを無視し、カクゲンの方へと近づいて行った。

1人が穏やかな声でカクゲンに話しかける。

「君、人の物を盗んじゃいけないって知ってるよね?」

捕まった場合の質疑に対する応答は決めてあった。

しかしこの状況は捕まったと判断するべきなのかどうなのか。

「………」

黙るカクゲンの顔は確実に困惑している。

これが捕まったというのであれば、この隙に自分は逃げるべき。アオはそう考える。

だが状況がうまく把握できず、アオはカクゲンの返事を大人たちと同じようにただ待っていた。

「……まあ、答えにくいかな」

ボールを両手で持ったまま立ち尽くすカクゲンの頭を撫でながら、男はそう言った。

そして続けて、

「まぁ、おじさんたちは警察官じゃないから、君たちを捕まえてどうこうしようなんて気は最初からないんだよ。だけどね、本当なら泥棒した子を見つけたら、その場にいない警察官の代わりにその泥棒を捕まえてもいいっていう法律があるんだよ。君たちは知らないかもしれないけど」

「………」

カクゲンの顔から、途中でもうこの大人が何を言っているのか理解できていない、そんな様子が窺い知れた。

自分に背を向けた3人の大人を見ながら、握り拳を作るアオ。

どういうわけか、この大人たちは自分には説教しない。

『君たち』と言いながらカクゲンにのみ話しかけるこの3人が、とても不審に思えた。

逃げるべきか、それとも後ろから攻撃するべきか。

何か武器になるものはないかと足元を探すが、目ぼしいものは見付からない。

「君たち、警察のお世話になんかなりたくないだろう?」

その問いに、カクゲンが応える。

「お世話って何?僕たちの面倒を見てくれるってこと?」

3人はその言葉にまた笑い声を上げた。

「そうじゃないよ。まぁ、そうだね、簡単に言うと捕まって牢屋に入れられちゃうってことかな」

「え、そんなのヤだよ。もう閉じ込められるのは、嫌だよ」

「そうだろう?」

「うん。……だからおじさんにこのボールあげるから。結構高いボールだよ。これあげるからさ」

アオは4人の後ろでずっと耐えていた。

タイミングを見計らうように。

こいつらは自分たちを捕まえたいわけではなさそうだ。

かと言って大人があんなボールを欲しがるはずはない。それくらいは分かる。

攻撃を加えて2人で逃げるにしても、このまま1人で逃げるにしても、今はそのタイミングではない。

そう考え、後ろから黙って4人の話を聞いている。


カクゲンと話している男が、更にカクゲンへ近づいた。

そしてボールに手を置き、

「もう盗っちゃったもんはしょうがないよな。そのボールは君が貰っておきなさい」

「でも……それじゃ見逃してもらう代わりに僕があげるもんがないよ。やっぱり警察に連れてくの?」

そのカクゲンの言葉に、少し屈み気味だった男が姿勢を戻す。

「君、警察に行くのは嫌だろう?」

「……うん」

「だったら警察に連れて行くのは止めてあげるよ」

「ほんと?」

「うん。ただ1つ、条件があるんだよ」

「1つ?2つじゃないの?」

「ん?」

「僕の分とアオの分。僕らは2人とも見逃してほしいんだよ。だから2つ聞くよ。ねぇ、アオ?」

「………」

アオは何も応えることができなかった。




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