表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/68

祝福を 7

言われた通り先に小屋に戻り、カクゲンの帰りを待っていた。

蹲って背中を丸め、いつ開いてもいいように入口を見つめている。


こんな生活をしているのだから、リスクは小さい方がいいのは当然。

アオはこの自分の思考をどう言葉で表現していいのか分からない。

カクゲンの大雑把な性格は、アオの予想の範疇をいつでも優に越えていく。

「………」

悩んでいると、その内気疲れがやってくる。

アオは一旦考えるのをやめ、その場で逆立ちをしたまま腕立てをし始めた。

息を切らして体を鍛えている間は、無関心でいられるような気がする。


ここへ戻って、1時間ほど経っただろうか。

小屋に向かって走ってくる軽やかな足音、そしてすぐにガラッと大きく引き戸が開く音。

逆立ちのまま視線を遣ると、そこには顔全体を笑顔で満たしたカクゲンが立っていた。

彼のいでたちは、すでに今アオが着ているのと同じ黒のジャージ姿。

手には網に入った何かを持っている。

それを確認すると、アオは脚を下ろしてその場に座り込んだ。

「アオ、成功したよ!コレコレ!」

カクゲンが飛び上がるようにアオの前に着地する。

そうして嬉しそうに差し出したのは、白いネットに入った茶色いボール。

「………」

アオはもう一度立ち上がり、カクゲンが開けっ放しにしていた引き戸をそっと閉めた。

「ねぇ、これでさ、下の広いところでサッカーやろうよ!サッカーのボールなんでしょ、コレ!」

「………」

そもそも、アオは自分の考えをも疑っている。

この微々たるものを遥かに超えるカクゲンの考えは、更に疑っていた。

「あの、……あののぅ、お前、」

カクゲンに何か話さなければならない。

そう思って口を開いた時、突然小屋の戸をコンコンと叩く音がした。

「何だ!?」

「シッ!」

振り返りながら声を上げたカクゲンの口を咄嗟に押さえるアオ。

緊張が走り抜けた。

2人は全ての動きを止め、引き戸を睨み付ける。


誰じゃ!?

この小屋の持ち主なんか!?

どうすりゃええ!?


小屋にはその出入口の他に、少し高い位置にある木の格子の入った四角い穴しかない。

あそこに飛びついて、木を折って逃げるか。

でもこいつが……多分こいつがついて来れん。


息を潜めて思案を巡らせていると、またコンコンと音がした。

2人は知らず体を押し付け合い、まだ動かない引き戸を凝視する。

やがて、3回目のノックと共に外から大人の声がした。

「ごめんくださーい」

カクゲンがアオの耳元で囁く。

「お客さんだよ」

それをまたアオが、

「シッ!」


このままでは戸を開けられてしまう。

アオは引き戸から目を離さないまま、小さく小さくカクゲンに話しかけた。

「ええか、もうこの小屋にはおられん。捨てることにするで。ワシが先にこの小屋から飛び出すけぇ、お前は右に、ワシは左に逃げるんで?」

カクゲンは無言で肯き、そして、

「どこで待ち合わせるの?」

「……さっきの広場でええじゃろ」

この間も、戸をノックする行為は続いている。

「入りますよー、いいですかー?」

その声に一度たじろぎ掛けるが、アオは限界を感じ、自ら戸を開け放って外へ飛び出した。

外へ飛び出すと、すぐ目の前にスーツ姿の腹部が見えた。

人が訪ねてきたのだから、相手が入口にいるのは分かりきっていたこと。

それなのにアオは夢中でそれに突っ込んでしまう。

「おっと!」

額に鈍い衝撃を感じると同時に、ジャージの肩口を掴まれた。

即座に拘束してくる両手と、それに抗う自らの腕。

その4本の腕の隙間から見えたのは、真横をすり抜け右側へと走って行くカクゲンの横顔。

そして、黒い後姿。

アオは闇雲に、見境なく両拳で相手を殴りつける。

「イテッ!暴れるな!」

その声に確信を得た。

自分たちがしてきた泥棒の数々、それが大人にバレたのだと。

「……ッ!!」

体を前後左右に捻じり、大人の腕を必死に振り払いながらも、アオは決して声を出さないよう歯に力を込める。

カクゲンに、自分が捕まったことを知られてはならない。

足を止めさせてはならない。

「落ち着け!」

逃がすまいとする、襟を引っ張る手。

引き寄せようとする、二の腕を掴む手。

その力と大きさに、とてもじゃないが敵わない。

が、諦めるわけにはいかない。

更に渾身の力でもって腕を突っ張り、大人の胸を押し返す。

その時、首元でプチッと音がした。

「ッ!!」

手に入れたばかりの新しいジャージの襟が千切れたのだ。

諦めるわけにはいかないのに、どういうわけかその音に躊躇してしまう。

「痛いな!何て力だ」

逃げなければならない。

分かっているのに、服が破れることを気にして全力で振り払えないでいると、土手の上から更に同じような全身スーツの大人が2人降りてきた。

「ちょっと君、暴れなくていいって。何もしないから」

何を言うのか。

大人に囲まれた状況で、これまでロクな目に遭ったことなどない。

そんな言葉は信用できない。

アオは思わず声を上げてしまった。

「ええけぇ放せや!何もしとらん!ワシャあ知らん!!」

直後に、しまったと気付いた。

カクゲンが遠く、視界に入った。

立ち止まってこちらを見ている。

そして、「アオーッ!!」という声。

自分が捕まったことをカクゲンに知られてしまった。

立ち止まり、その上振り返り、決めておいた『法律』を反故にするカクゲンの態度に、赤面する感覚を覚えた。

「バカかお前!!早う逃げぇ!!法律忘れたんか!早う!早う逃げえ!!」

3人に押さえつけられ、身動きできない。

「早う!!ワシは大丈夫じゃけぇ、早よ逃げえって!!」

しかしカクゲンはそのアオの言葉に対し、じわりじわりとこちらへ近づいて来た。

「バカタレ!!お前…ッ!」

1人の大人に、後ろから口を押さえられた。

その隣で、もう1人が大きな声で叫ぶ。

「君!君もこっちにおいで!」

その呼びかけに、離れたところからカクゲンが自分を指差して確認している。

「そう!君のこと!本当に何もしないからこっちに来てくれないか?そのまま逃げたらこの子がどうなるか分からないよ?」

「………ッ!!」

そんな口車には乗らないと信じていた。

それなのに、カクゲンはこちらに向かって歩いて来る。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ