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手に手を重ねて 16

それまで正面を見ていたウマじいが、アオに顔を向けた。

「だけどよぅ、オメェらとあいつは友達なんだろ?」

「……うん、まぁ」

「ツレに金貸すっちゅーのはな、この世で一番難しいことなのかもしれねぇな。返って来ねぇって覚悟がありゃ本当のツレだし、返してほしいと思って行動に出りゃツレの関係も難しくなるしな」

「………」

なるほどと思う。

メガネが今どこで生活しているのか、そういえば聞いていない。

知っていたとしても、返してくれと言いに行けるかと言うと、想像するのも難しい。

視線を下げたアオの隣で、カクゲンもウマじいの話をじっと聞いている様子。

「あのなぁ、デッケェのと小っちェエの、よーく覚えときな。金っていうのはな、人間の一番近くにある、いつでも手の届く魔物なんだ。金額が大きけりゃ大きいほどとんでもねぇバケモンになりやがる」

「「………」」

「オメェらの年齢だと、まだ金の遣い道とか金の価値とか、大人ほどピンと来ねぇだろうな」

「「………」」

これでもお金の価値というのは、同年代よりは分かっているつもりでいたが…。

ウマじいはこのベンチから見える公園の住人たちに向けて、ぐるりと首を回した。

彼らを、円を描くように指差して続けて言う。

「こんな所で暮らしてるあいつらだってな、誰1人として金に執着してねぇ奴なんかいねぇ。どんな過去を踏んで来ようと、どんな未来を背負おうとな」

そしてウマじいは、今目に映る住人たち一人ひとりの説明をし始めた。

「コック、あいつ。あいつは元料理人って言ってんだろ?ありゃ嘘なんだよ」

「ええ!?」

「あいつは元弁当屋で働いてたんだ。弁当屋なんてのはな、できてるものをあっためて詰め込むだけだ。あいつは調理なんてしたこたぁねぇ」

「えー、嘘じゃろ!?ホテルで働いとった言うとったで!?」

「リーマン、あいつは本当に電気店で勤めてたんだ。だけどあいつァ、メカニックをやってたんじゃねぇ。営業やってたんだよ。まぁ、家電のしくみやらの基本中の基本は知ってんだろうけどな。したり顔で物の修理するほどの技術はねぇ」

「「………」」

「サラリーは元美容師って言ってるらしいな。あいつァ美容師の見習い期間がつらくて2週間で辞めてるよ。そして、あいつ。リーダー面のあいつだよ」

ウマじいが尾崎を指差した。

「したり顔でここでデカイ面してやがるが、あいつに至っちゃ、これまでの人生で働いたことなんか一度もねぇ」

「ハア!?」

尾崎の過去について、今まで何かを聞いたことはなかった。

彼は自分たちがここに来たときからリーダーとして行動していたので、何かを疑うこともなかったのだ。

……疑う……?

何を?

「あいつァよ、親が地主だったんだよ。親が転がしてる土地の金で生きてきたんだ。一応高校は出てるみてぇだがな。それ以降も40歳でここに落ちるまで、一度も社会的貢献……まぁ要するにだ、職に就いたことなんかねぇんだよ。親が騙されて、土地を全部他人に持ってかれるまで40年、あいつは何もしてねぇんだ。あいつのあのふてぶてしい面はな、あいつがエライんじゃねぇ。あいつの先祖がエラかっただけなんだよ。親がやってたしかめっ面マネして、今も生きてんだろうな」

カミじいが元刑事。

その話もウマじいから聞いた。

今言っていることも、全て本当のことなんだろう。

「……でも、……ほいじゃが何でみんな、そがいな嘘を吐いとるんじゃ?」

「そりゃオメェ、」

ウマじいはそこで一旦言葉を切り、タバコの煙を綺麗に吹いた。

「金だよ」

「は、金?」

「過去に自分の稼いでた金のことさ。その金が、今全てを奪われたあいつらの中で、見栄に変わってんのさ。過去に稼いだ金の栄光で、あいつらは今、自分の中の位を作り上げてんのさ。俺はあいつよりもたくさん稼いでた、俺はこいつよりも偉い、俺はあいつよりもマシ。例えその過去がデタラメでもな」

「「………」」

「な、金っちゅーのは魔物だろうが」

尾崎のことはともかく、みんなが過去の自分のことを嘘で塗り固めているだなんて思ったこともなかった。

自分は刑事だったと言わないカミじい。

その過去は全て本当のことで、今の彼の状況を見てもきっと立派だったのだろうと思える。

過去の栄光……過去に稼いだ金の栄光。

でも、じゃあ生田さんは?

じゃあ、一級さんが家建てとったっちゅーのは?

じゃあメガネは?

メガネは何でここに落ちてきたんじゃ?

「オメェらは6日間ゴミ拾いして、週に一度それを売り飛ばして生きてってんだよな。朝一番に数時間だけ働いて生きていく、まぁ悪かねぇよな。世間様に、今そうやって生きてってんだよって言えねぇこともねぇな。16やそこらでな。ただよ、オメェらは何でここに落ちてきた?」

「!!」

……あ、

またここの住人たちと自分を分けて考えていた。

通過されるべき我が身ではないことを、いつも小石に躓くように気付かされる。

捲ってもすぐには出て来ない法律のことを考えた。

しかし、ウマじいに嘘を吐いても見透かされるような気がする。

いや、それ以前に、もう知ってるんじゃないのか?

でもどうやって?

……いや、知るはずがない。

ぽこぽことあの場所を思い出し、つらつらとあの河川敷を思い出し、鮮やかにあの家族のことを思い出した。

「……あ、いや、ワシらは……えっと……」

返事に困り、公園へと視線を泳がせた時、目の端に映った見慣れたそれ。

少し離れた場所にメガネが立っている。

「アレ!?」

とても都合が良かった。

アオは即座にそちらに振り向く。

「おーい!お前ら!」

そう声を上げ、メガネは駆け足で近づいてきた。

このタイミングとは。

良い具合に助けられたような気がしたが、さっき返事をしなかったことをウマじいは一週間後も覚えていそうで、少し心配だ。

笑顔で近づいてくるメガネ、その血色は先日よりも少し良くなっているような気がした。

「おいメガネ、何か顔色良くなっとるじゃん」

「おー、そうか?……ありゃ、競馬じいさんもおったんか」

「………」

ウマじいは表情を変えず、じっとメガネを見つめている。

「この前ありがとうな!めちゃめちゃ助かったわ」

「……おう」

横目でウマじいを気にしながら、一言返事をする。

そんな挨拶とも言える言葉を交わしたところで、メガネがアオとカクゲン2人を見て言った。

「あんな、悪いんやけど、また1万円貸してくれへんかな」

「……え?」

先日のメガネは実に青白く、ぼそぼそと自分たちにお金の話をしたものだが。

今日のそれは呆気に取られるほどの滑らかさだ。

ついさっき、メガネの過去についてのことも考えていた。

こいつは自分たちと年が近い。

ひょっとして、自分たちと全く同じ境遇でここに来たんじゃないだろうか。

そんなことを考えようとしていた。

……さっきこいつは、あと1万円貸してくれって言ったか?

それとも、また1万円貸してくれって言ったのか?

何て言ったっけ?

「………」

ウマじいが見ている前では話し難い。

実にスラスラと金を貸してくれと言われたが、それでもアオからすれば、メガネにはまだまだ同情の余地があった。

「おいお前、ちょっと……テント行って話そうや」

ウマじいに背を向け、メガネの肩を押しながら歩き出すと、後からカクゲンもついて来る。

その時、背中からウマじいの一言が聞こえてきた。

辛うじて聞こえるくらいのその音。

「おいおい、そらぁ違うんじゃねぇか?」

「…ッ」

アオはハッと後ろを振り返る。

メガネが体を捩り、

「え~?何て?競馬じいさん、何?」

「………」

それは違う?

それってどれのことじゃ?

今、ワシが考えとったことか?

カクゲンと目が合ったが、一瞬で逸らされた。

何じゃ。

何が違うんじゃ。

ワシか?

メガネのことか?

……それとも全部か。

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