手に手を重ねて 14
《りそく【利息】
「利子」の通称。》
《りし【利子】
お金を貸したり、預けたりすることによって得るお金。元金に対して一定の割合によって支払われる。⇔元金》
アオは正直驚きを隠せなかった。
明日の食事は……明日の食事代はどうする?
明日稼ぐと言うのか?
いくら?
当てはあるのか?
カミじいは明日、いくら要るんじゃ?
所持金が0円になる。カミじいはそれをどう考えとるんじゃ。
メガネは一旦、目の前に寄せられたお金に躊躇を見せた。
「……カミじい、でも、全部貰うてしもうたら……」
「誰がやる言うた。貸すんや。お前、要するにそこの借金全部ツメんと抜け出せんのやろ」
「……うん、そうやねん」
「はっきり言うとくけど、利息を含めた金額、それ全部をやな、返そう思うても、もしもここに住んどるモン全員がカンパしてくれるとしても、返せんぞ」
「「「………」」」
アオはあの四角い缶の方向が気になってしょうがない。
メガネの希望が、あの中に入っている。
「利息払い続けたところで元金が減らんのやったら、どないもならんやないか。どうするんや。逃げられんのか」
「逃げられるんやったら、こがいなことにはなってない。……ほんま、どないしたらええんや……!!」
「今日の段階で、総額でいくら返さなアカンのや」
「……それもよう分からん」
「……そうか」
「「「「………」」」」
その沈黙の間にメガネはゆっくりと、カミじいから寄せられたお金を床の上に押さえ付けた。
缶の中。
2人の27万3千円。
これだけあれば、メガネは助かるのか?
だが、この金は我々の希望でもある。
これだけあれば、アパートを借りることだってできる。
月々の家賃をどうするか、それは部屋を借りた後、1カ月以内に考えればいい。
便所の臭いのするこんな場所ではない、そんな場所で暮らせる希望。
「……せやけどカミじい、ありがとう。あと足りん2万円に、これでも足しになるわ。……ごめんな」
今にも泣き出しそうなメガネに、カミじいが応えた。
「お前ら3人とも、まだまだ若いからなぁ…。お前らはワシとはちゃう。3千円ぽっちでエラッそうなこと言うんちゃうんやけど……お前らはこれからなんや。ワシみたいに、もう終わっとる人間とはちゃう」
ワシらはこれから……
メガネの状況を100%把握できたわけではないが、このメガネのスタートも含め、ワシらはこれから……
「こないだ話したやろ。なぁ、アオ」
「ん?」
「ワシにはお前らくらいの年の息子がおるんや。ワシは、大きいなったらあいつにも刑事になってもらいたかったんやけどな…。あいつは今、店構えて寿司職人やっとる。ワシはあいつがやっとる店の名前も場所も知っとるんやけどな、会いには行かれへんのや……。あいつが握った寿司はどんなモンか……どんな店で働いとるんか……結婚はしとるんか、子供はおるんか……。ワシは今、あいつがどこで何の仕事しとるか知っとるのに、あいつのことを何も知らんのや。お前らのことを自分の子供みたいに思うとる、そがいな綺麗事を言うつもりはないんやけどな。今回も、困っとるメガネに3千円に満たん金しか出されん自分の非力を痛感しとるよ…。せやけどな、ある意味で、お前ら若いモンはワシの希望でもあるんや。……早うここから抜け出さなアカンな、お前らは」
カミじいの言葉にざわつくものを感じた。
カミじいはこんな生活をしていても、やっぱり立派なのだ。
見解に、この先を見越した様子があるような気がする。
一味違うような気がする。
この人の言っていることに、そしてやることに、間違いはないような気がした。
ここのところ、いろんなことを自分なりに考えすぎていたのかもしれないと思った。
ホームレス
公園
住人
集団
カミじいはそれらを全てひっくるめ、自分たちは仲間であると、そう言っているのだと考えるべきなんだろう。
アオは拳に力を込める。
そして隣のカクゲンに、
「……なぁ、ワシらも貸してやってええか?」
それに、カクゲンがこちらを振り向いた。
久しぶりに目が合った気がした。
カクゲンは声を出すでもなく、頷くでもなく、アオと視線を合わせたまま。
そこからは可もなく不可もなく、何も読み取ることはできない。
「「………」」
アオはおもむろに立ち上がり、四角い缶に歩み寄った。
カミじいとメガネに背を向け、2人から見えないように静かに缶を開ける。
27万3千円。
その中から抜き取ったのは、10万円。
取り分であろう半分の13万6千円、それを全部出さなかったのは、カクゲンが返事をしなかったから。
アオはその金をメガネの前に突き出した。
「……10万円あるけぇ。ワシは借金やらのルールはよう分からんが、これでさっき言うとった元金っちゅーのもちょっとは減らせるんじゃろ?」
アオの手先を見て、メガネが零れ落ちそうなほどに目を開く。
「……え…お、…あ……お、おう……10まん……10万もあったら、元金自体半分減るやんけ……お前、マジか…!?」
それまで床に押さえ付けていたカミじいのお金から手を退け、メガネは空中で指先をふるふると震わせた。
彼は、アオの差し出したお金に、まるで後光を見ているかのような目をしている。
カクゲンの様子が気になった。
ちらりと視線を遣ると、カクゲンはじっとカミじいを見つめている。
そのカミじいもひどく驚いた顔をして目を見開き、呆けたように、
「……お前……その金……そんな金、どうしたんや」
揃ったような2人の表情が気になりつつも、アオは応えた。
「前から持っとったんよ。いざっちゅーときのために、ずっと持っとったんじゃ。ワシら…ワシら2人の金じゃ」
「「……ッ」」
やさしさであるとか、粋であるとか、そういうものを体現したつもりはない。
この場の空気はアオに、この行動を正とさせた。
カミじいの、自分たちへの思いを聞いたから。
メガネの、消え入りそうな顔を見たから。
迷いを半分抱えたまま、アオはこの時正しいことをしていると、そう思い、メガネにお金を差し出したのだ。




