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手に手を重ねて 13

「え?」

人並みの屋根の下、人並みの金を貰って暮らしている、それのどこが地獄なのか。

「…あ!そうか。仕事がキツイんか?重い物とか提げる仕事なんじゃろ!」

「………」

アオの返事は、いっそ呆れるほどに的を外していた。

メガネは震えながら、今にも暴れ出しそうな病んだ目をして大きく口を開く。

「……騙されとった!俺は!俺は10万円で我が身を売ってしもうたんや!!」

ある意味、会社勤めというのは身を売ることだと理解していた。

だがメガネの表情はアオの思う常識の外にあると、同時に気付く。

カミじいの神妙な面持ちと、メガネの老けてしまったとも言える佇まい。

それを見、自分たちに一体何の用事があるのかと疑問に思う。

その時、メガネの隣からカミじいがアオとカクゲン、どちらを見るでもなく問うてきた。

「……あんなぁ、お前ら今、現金……金、いくら持っとる?」

「「………」」

こういう時、2人の法律ではどう対処すべきと謳っていたのか。

忘れてしまったような気がする、そう考えていたのは言い訳で、久しく拘っていなかった。

16歳と16歳で兄弟だと伝えてきたここの住人のことを、何かしらの形でナメていたから。

こういう形で、変化した形で問い質されることがあるとは思っていなかったから。

「金って……、ちょっと待ちんさいや。ワシらが何ぼ持っとるって、何でじゃ」

そう問うたアオに、ようやくメガネが今の自分の状況を説明し始めた。

「……あのな、アオ、聞いてくれ」

「お、おう…」

「あの時、……ほら、一月くらい前、焼肉行ったやろ?」

「うん」

「あの金はな、俺にくれたんやないんや。会社が貸し付けたって言うんや」

「「………」」

「あの金は元々俺に15万を貸し付けたってことでな……ぁあー…あー!もう!!」

メガネは頭を掻きむしりながら続けて言う。

「10日で3割の利息やぞ?!最初の段階で1回目の利息を取られて、手数料やー紹介料やー何やかんやで俺の手元に残ったんが10万円やったんや!」

「………」

メガネの言っていることの中身はおろか、外堀すら見えて来ない。

利息?

その言葉なら知っとる。

貸した金が生む子供のことじゃ。

「そらよぅ、俺も、最初の書類にちゃんと目ェ通さなんだのも悪いで。せやけどお前、10日で4万5千円の利息やぞ!?払えるわけないやんけ!!元金なんか1円も減らへんわ!毎日毎日タダ働きや!!」

メガネは混乱で、話を随分と端折っているのだと思う。

就職というものにはそういう形もあるのか?

騙された?

でも毎日勤めには出ているのだろう?

「10日に1回利息だけ払うて、ジャンプ繰り返しよったが…」

「ジャンプ?」

「利息の4万5千円だけ払うて、元金払わんことよ。……それももう追いつかん」

「……???」

一切さっぱり意味が分からない。

その後、メガネは長々と自分の今置かれている劣悪な労働環境について話し始めた。

真夜中に山に追い立てられ、猟をさせられる。

海に潜らされる。

それらは全て密猟であり、犯罪。

たまに来るまともな仕事といえば、廃材等を延々と運ぶ作業。

瓦礫の山からコンクリートや材木の塊を、ただただ延々と。

食事は各自負担。

しかも寮内で売っているカップラーメンは一つ700円もする。

寮からの外出は禁止。

抜け出す者がいないか、四六時中監視が付いていると言う。

「無茶苦茶やぞ!!あれ全部、組織ぐるみでやっとるんや!俺らが元金を払い終われんことを見込んで、死ぬまで絞り取るつもりなんや!!」

ここまでを聞き、いくら世間に疎いとはいえ、アオにも何となくメガネの状況が理解でき始めてきた。

メガネが選ばれたのは方舟ではなく、何か別のものだったようだ。

恐らくここの住人であるが故に成立してしまっているのだろう、その状況。

ホームレス

公園

住人

集団

自分たちはいまだにメガネの本名を知らない。

そういう人間だから、住所もない、名のあるものにもなっていない、そういう人間だったから、奴隷にするには打ってつけだったということだ。

「警察……警察に相談してみたらどうじゃ?」

アオは寝言に近いものと確信しながら、メガネにそう言ってみた。

「ハア!?警察が俺らのことを……俺みたいな奴のことを聞いてくれるわけないやろ!何かしてくれるわけない!それに見張りがおって警察なんかに駆け込めるかよ!」

「ほいじゃぁ何でここへ来れたんじゃ?見張りが付いとるんじゃろ?」

「……ッ」

……聞くまでもない。

その利息とやらの足らない分をここの住人に貰いに来たのだ、メガネは。

「あ…あー…いや、……利息が払えん言うたら、どっからでもええから持って来い言われて……。俺が行くトコ言うたら、ここしかなくて……」

アオは隣に座るカクゲンの顔をちらりと見てみる。

カクゲンはメガネをじっと見つめたまま、何かを感じている様子はない。

「……なぁ……なぁ、お前ら!」

メガネは立ち上がり、アオとカクゲンの肩をガシッと掴んだ。

「ほんまに金持ってないか!?貸してほしいんや。どないしても2万円足りへんのや。俺、利息払えんかったら、今度こそバラバラにされて売られてまう!!」

「「………」」

半泣きのメガネの顔をじっと見つめているカクゲン。

そんなカクゲンと目が合わせられない自分。

売られる?

『バラバラにされて売られる』の意味がよく分からない。

貸してくれ?

それは返ってくるってことなのか?

見込みを立てるほど知恵のない自分のことは知っていた。

目の端に映る四角い缶に視線を送らないように、注意はしている。

たった今、ここで、カクゲンと法律についての相談がしたかった。

何も言わないカクゲンを見て、

ワシはどう答えたらええんじゃ?どうじゃったっけ?

そう、カクゲンに問いたかった。

「こないだお前らもめっちゃ食うたやろ、焼肉!あの金や!あの金で俺はえらい目に遭うとるんや!なぁ!何ぼか持っとるやろ!?」

2人の肩を強く揺さぶるメガネに、鬼気迫るものを感じる。

……あの焼肉は、お前が奢る言うたんじゃろうが。

奢るっていうのはタダじゃろうが。



《おご・る【驕る】

(金や権力などが有るのをいいことにして)人を人とも思わない、勝手なことをする。》



涙ぐみながら自分たちに訴えるメガネに対し、できる返事を考えながら、だんだんと居た堪れない気分になり始めたとき、カミじいが急に立ち上がった。

3人は何事かと、高いカミじいの顔を見上げ、次の行動を待つ。

彼はポケットをごそごそ探ると、手に握ったものを床にバンッと叩きつけた。

その手の下から出てきたのは、お金。

「……えーっと……1枚、2枚、3枚……ひぃ、ふぅ、みぃ、……ひぃ、ふぅ、みぃ……」

「「「………」」」

3人が一様に黙る中、

「おい、これが今のワシの全財産や。2870円」

くしゃくしゃになったお札が3枚と、小銭がいくらか。

「「「………」」」

アオは無言のまま考える。

ここで自分の全財産を出すカミじいは、

『自分の金はこれだけしかない。だから助けてやれない』

『ここからいくらか持って行って、返す金の足しにしろ』

それとも、……

カミじいはそんなアオを他所に、その金全てをメガネの方へずいっと寄せた。

「全然足りへんけどな。……まぁ、足しにしたらええ」

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