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手に手を重ねて 12

自分の中で、ウマじいがホラ吹きから見新しいものへと変貌していく。



4月23日


元刑事のカミじい。

家庭の事情があるとは聞いたが、立派な職業に就いていた。

そんな人がこんな生活をしているのは得体が知れない。

ウマじいもあの時、何故自分たちから焼肉のニオイがするなどと言ったのか。

俗臭のする自分たちから、3~4日前の食事のニオイを嗅ぎ取る…。

カミじいの行動にもウマじいの言動にも、深い意味があるような気がする。


テントの中ではカクゲンが体を丸め、昼寝をしていた。

アオは物音を立てないように立ち上がり、そっと入口を捲って外に出る。

昨日、抗議デモの中にも、その見学者の中にもカミじいはいなかった。

どうやらいつものように空き缶拾いをしていたらしい。

何種類が知っているカミじいの空き缶拾いのルートを辿って姿を探していると、いくらもかからぬうちにその後ろ姿を見つけた。

アオは足音を立てて近づき、偶然を装って話しかける。

「カミじい、今日はどんなじゃ?よけぇあったか?」

「あー…アカンなぁ。今日はいつもより大分少ないわ」

「そうか」

カミじいがデモに参加しなかったのは、自分と同じ見解だからなのか。

それとも他に理由があったのか。

理由もなく、ただ面倒だっただけなのか。

「昨日も空き缶拾うとったんじゃろ?そがいに毎日落ちとりゃせんわのぅ」

「ああ、せやなぁ」

「……カミじいは昨日、何でデモに一緒に行かんかったん?」

空き缶を潰すカミじいの横顔は可もなく不可もなくの風で、何も窺えない。

やがて、

「……ワシらが何の主張をする言うんや。何の主張が出来るんや」

カミじいはそう言って、プシュンとまた一つ缶を潰した。

「税金も払うてへん。この空き缶拾うて集めとるんやってな、一体誰が潤ういうんや。……いや、少しばかりやが、ワシが潤うとるんか……」

「いやぁ……でも買い取る人がおるんじゃけぇ、役には立っとる筈で」

「誰のや」

「ええ?」

「空き缶持ってって、それが何に使われとるかも知らんと、ワシは金を貰うとる。数百円をな。こがいな人間が自分の我儘、お上に怒鳴り付けたらアカンやろ」

卑屈の極みを見ているようだが、概ね自分と同じ意見。

概ねとする理由は、落ちて落ちて今に至る人間と、人が落ちて生活しているところしか知らない自分の違いだろう。

「カミじいはあの公園追い出されたらどうするんじゃ?」

「そらお前……また余所を探すやろ」

「余所の、人の住んどる公園か?」

「せやな。また上手いことやらんとな…。ワシは公園追い出されるのはこれで2回目やからな。慣れたもんや」

「………」

上手いことやらんと…?

アオは以前から、カミじいが何故他の住人と仲良くしないのか気になっていた。

今カミじいは『また上手いことやらんと』と言った。

……あれで上手くやっていたと?

アオはポケットから、カミじいを足止めするため事前に用意していた缶コーヒーを取り出した。

「まぁ、飲んでや」

「おう…」

駐車場の車止めに、2人並んで腰を下ろす。

「……ほいじゃが、上手くやるってどういうことなんかのぅ?」

「んー?」

「いや、ワシらも出て行かにゃいけんけぇ…。カミじいはリーダーとも他の連中とも、仲良うしとるようには見えんのんじゃが」

公園での1年間の生活で、カミじいとどこまで親しくなったのかは分からないが、やはり聞きにくい質問もある。

しかしアオは今、自分たちのことで頭がいっぱいだった。

「あれ、上手くやっとったっていうん?」

カミじいはコーヒーをぐっと飲み干してから、またアオに話してくれた。

「ああいう場所で暮らすにはなぁ、疎外されて、はみごにされた方が楽なんや。仲間になるとな、情けっていう情がわいて、別れがつらいもんや。こんな歪みの生活でもな……」

「………」

「これでもな、メガネがおらんようになったんは寂しいし、心配でしゃあないんや」

心配?

メガネに関しては、こっちが心配される方なんじゃないんか?

「人にはな、いろいろと生きる意味があるんや。死んだ方がマシ……生きてるだけで……仲間っちゅーのはな、集団や。集団っちゅーのはな、個性の集まりなんや。個人も個性なんや。言うてる意味、分かるか?」

「……よう分からん」

「さよか」

カミじいが立ち上がる。

「お前が前にワシに聞いた話あったな。病院の話や」

「ああ、うん」

「ワシは個室がええ。生きてるだけで掛ける迷惑を、ちょっとでも減らせるような気がするのぅ、……個室の方が」

生きてるだけで迷惑を掛ける……。

自分はそれの賜物のような気がする。

「ほいじゃぁ、別れがつらいけぇ、迷惑掛けるけぇ他の人と仲良くせんのん?」

カミじいはまだ残っていた数個の空き缶をプシュンプシュンと潰した。

アオも立ち上がり、カミじいに話し掛ける。

「ほいじゃが、ワシらには良うしてくれるじゃんか」

「……ワシにはな、お前らくらいの息子がおる。何回聞いても理由なんかないぞ」

そう言い残し、カミじいは振り向くことなく、リヤカーを引いて行ってしまった。

カミじいの態度は無碍に人嫌いから来たものではなく、考えた末での行動であった。

自分の主張は人の耳に入った時点でどう形を変えるか分からない。

意図しない、思いも掛けない方向に転がる可能性もある。

「………」

強張り、歪み、はじまりから他とは違う自分を思う。

もっともっと下にいる自分が、やはりあそこの住人のことをナメていたと、そう確信した。

公園にいたところで、世を渡るための武器が具備されるわけでもない。

だが他の選択肢が見当たらない。

話し合うでもなく、アオはぎりぎりまでカクゲンと2人、公園で暮らすことに決めた。



5月24日 曇り


あの抗議デモから1カ月ほどが経っていた。

カミじいは相変わらず毎日空き缶を拾っている。

ウマじいは朝食に参加し、相変わらず浮世離れした話を続けていた。



5月24日 19時すぎ


春はとうに過ぎたというのに、やけに冷える夜。

風がないだけマシのテントの中で、2人蹲っている。

「おーい、ちょっとええか?」

外からカミじいの声がした。

こちらの返事を待たずに入口が開き、そこからカミじいとメガネが顔を覗かせる。

「あ!アンタ!久しぶりじゃんか!」

アオはそう言いながら、メガネの容姿に目を走らせた。

無精髭を蓄え、割れていた眼鏡のレンズが無くなっている。

更に汚れて見える衣服と、そして何より随分と痩せてしまった体。

「……はあ?」

アオの言葉にならない問いは、何故ここに居た時よりも貧相になってしまっているのかということ。

「……ハハッ……久しぶりやな」

メガネの声は随分と乾き、沈んでいた。

神妙な面持ちでテントに入ってくる2人の向こうには、暗い闇が広がり始めている。

「……今日はやけに寒いな」

メガネが的を敢えて外すように口を開いた。

隣のカミじいは黙っていたが、2人とも何かを言いたそうにこちらを見ている。

「就職は?仕事は順調なんか?」

アオの問いに暫く沈黙した後、メガネは下を向いてぼそりと言った。

「……地獄や……」

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