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手に手を重ねて 11

勿論デモ行進というものを目の当たりにするのは初めてのことだ。

この行動が、他の心をどれだけ動かすことができるのだろうか。

ましてや我々の立場で国に物を言うなどと…。


横断幕を横に広げるため列はなるべく幅を取り、縦には短い。

そんな行進。

離れて見ている2人の位置からは、大声を張り上げる尾崎の声のみが聞こえてくる。

他の連中も何かを叫んでいるのだろうが、この距離ですら聞こえては来ない。

『奴はここのボスであることに固執しとる。この捨て場でや』

行進する連中と擦れ違う他人の表情に目を遣ってみた。

足を止め、じっと見つめる者。

足を止めずに一度振り返る者。

全く視界に入れない者。

存在する権利を主張するのであれば、せめて蕾くらいにはなっておかなければならない。

そう考える。

見るからに、の公園の住人。

……ワシも外から見りゃ、あの色に染まっとるんじゃろうの……。

デモというにはあまりにも声が小さい。

もっと声を上げて目立たんでどうするんじゃ。

しかも役所に着く前に、横断幕は真ん中から真っ二つに千切れてしまった。

何で紙なんかで作っとるんじゃ。

キレくらい用意できたじゃろうに。

デモに慣れている人間などどうかとも思うが、アンタらもワシらもあまりに非力なんじゃ。

心配している間に、2人はデモの行進に随分と近づいてしまった。

リーダーは目を閉じるほどに顔を力ませ、何かを叫んでいる。

恥ずかしそうにプレートを掲げているだけの者。

無表情の者。

「………」

のっぺらぼうの人面とは、甲乙つけない剥き身のような表面。

近くで見ようが遠くで見ようが、何もない表面。

いや、表面のみがある。

印でも付けておかないと、忘れてしまいそうな表面。

記憶力とは才能だ。

他を記憶する意識がなければ、全て凸凹のない人面でしかない。

笑い、泣き、怒り……無であっても本来は存在する甲乙。

他の人面を気にしているのは自分だけか?

……そんな筈はない。

自分だって、他から見ればのっぺらぼうの人面であるに違いない。


やがてデモ団体が役所に着く頃には、アオはもうその見物に飽きていた。

カクゲンも足元の小石を蹴飛ばし、退屈そうにしている。

ここで見物している自分はウマじいの、カミじいの話を聞く前の自分とは、まるで違うように思えた。

リーダーはみんなの面倒を見て、大した人間じゃ。

リーマンさんは機械のしくみをよう知っとって、大したもんじゃ。

生田さんはちょっとの材料で料理が作れて、大したもんじゃ。

カクゲンとの会話がないのも原因ではあるだろうが、ここへ来て、あそこの住人と化した段階で、2人の法律のことは忘れていたような気がする。

兄弟なのに2人ともが16歳であることの理由も、誰にも聞かれなかった。

身を救ってくれたのは、あそこの適当さと不信。

その環境があるから、だからカクゲンも自分も、あそこから逃げ出さないという確信があったのかもしれない。

「ホホッ!遂に最終段階が来たみてぇだな」

「「!!」」

2人は揃ってビクッと体を震わせた。

いつの間に来ていたのか、ガードレールに腰を掛けたアオの後ろにウマじいが立っている。

「う…わ!もう、毎回びっくりさせんでくれや!」

ウマじいはいつもこういうタイミングで、何故か自分の前に姿を現すのだ。

「ホホッ!面白そうな行進がいるなーと思ってよ。オメェらもそのクチだろ?」

「………」

意地でもある。

ウマじいの前で、あのデモ行進を面白そうと表する訳にはいかなかった。

できれば安否、それらが気になると……。

しかしアオが口を開くまでもなく、ウマじいはいつも通りこちらの返事などにはお構いなし。

アオの肩辺りに鼻を近付け、すんすんと匂いを嗅ぐと、

「オメェら2人から良いニオイがするなぁ。……にんにく?焼肉のニオイか」

「え」

焼肉を食べたのはもう3~4日前。

更に今日はあの時着ていた服とは違う。

風呂にも、あれから2回入った。

「そのニオイを嗅ぐと、アイスクリームが食べたくなんだよなー…」

ウマじいは辺りをキョロキョロと見渡し、一軒のたこ焼き屋に目を留めて、

「おい」

とアオにではなく、カクゲンに話しかけた。

「オメェもアイスクリーム食いたくねぇか?俺が奢ってやるからよ、3つ買って来てくんねぇか?」

カクゲンは即座にこくりと一つ頷き、ウマじいから1000円を受け取る。

「あのたこ焼き屋の看板見えるか?あそこに売ってる筈だ。悪ィな」

それに首を横に振って応え、カクゲンはタッタッと走って行った。

以前はハトにエサをやっているという印象でしかなかったウマじい。

アオは得体の知れないこの老人と、2人で過ごす間というものが苦手になりつつあった。

全ての言葉が自分に対する説教に聞こえるのだ。

「…あ、えーっと……ウマじいちゃんよぅ」

「ん?」

「あのデモな、途中で紙破れるし、声小さいし、あんなレベルでも意味があるんかのぅ?」

「……あんなもんじゃねぇか?」

「え?デモってあんなもんでええん?」

「いや、あいつらの限界の話してんだよ」

「……そうか」

やはり見た目の通り、何の意味もなさないということなのか。

「オメェらは何でデモに出なかったんだ?」

「………」

総じて表するなら馬鹿馬鹿しいから、とは言えなかった。

「何だ?馬鹿馬鹿しいか?」

「!!」

「俺たちゃオメェらとは違うぜって思ったか?」

「………」

そこへタイミング良く、カクゲンが戻ってきた。

無言で3つのソフトクリームをウマじいに突き出す。

「おー、ありがとよ」

ウマじいがその一つをアオに向け、カクゲンはポケットを探って200円ほどのお釣りをウマじいの空いた片手に落とした。

ワシらはアンタらとは違う、か…。

ウマじいにつつかれると、服を剥ぎ取られたような気がする。

実際、ウマじいに丸裸にされて外に放り出される夢を何度か見た。

3人はガードレールに腰を掛け、並んでソフトクリームを舐めながら、自分たちと同じ公園の住人たちがする抗議を後ろから眺めている。

そのうち役所の人間が何人か玄関に出てきて、みんなに説得を始めた。

声高らかに叫んでいるのは尾崎のみ。

千切れた横断幕は丸められ、プレートは既に下ろされている。

俯いたままの住人と、それから尾崎。

のっぺらぼうの、公園の住人。

「面白いことは高見の見物に限るじゃねぇか。甘いものを食べながら見る絶景は格別だろ。そう思わねぇか?」

「「………」」

アオは最後まで、自分の正直な話をウマじいにすることはできなかった。

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