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手に手を重ねて 10

アオは尾崎の話を聞き飛ばし、問うてみる。

「あのな、普通にアパートで暮らそう思うたら、いくらかかるん?」

「は?部屋借りるんか?」

「……いや、分からんけど……」

「立地条件やら部屋の大きさやらでな、まちまちやろ、そんなん」

「……27万3千円あったら、借りれるんかのぅ?」

「う~ん……」

敷金や礼金といった、よく分からない単語がこちらへ飛んでくる。

でも今度のそれはちゃんと聞いていた。

取り合えず、アパートは借りれるのぅ。

そう考えるアオに尾崎が、

「そやけどお前ら、毎月の家賃どないすんねん?」

「!!」

瞬間脳裏に浮かんだのは、メガネの笑顔。

「大体お前ら、敷金とかどないするんや」

「………」

その金は持っとる。

相談している尾崎に対してその言葉が喉まで出掛かったが、何とか押し留めた。

「夢みたいな話しとらんと!何とかならんか考えェや!」

「………」

人が人並みにしていることを夢みたいと言う尾崎を、細い目で見遣った。

……ワシはどの辺りまで消耗したんじゃ。

足から膝まで食われたか?

あるいは……

「!☆■◇?@*!?」

そこから尾崎の言葉は、アオにとって完全な雑音になっていた。



4月22日


あの後みんなで話し合い、市に抗議を申し立てることになった。

この公園で暮らす者15人。

別グループを含めたこの15人のうち、不参加が3人。

自分たち2人とカミじい。

尾崎の中ではメガネも不参加者の中に入れられている。

みんなはメガネが就職を決め、この公園から出て行ったことを知らない。

「カミさん、アンタ、協調性っつーもんがないんか。これまでどうやって生きてきたんや?元々どがいな仕事しとったんか知らんけど、今はここの住人やろ!」

尾崎がカミじいに言った言葉。

そしてチラッと睨みながら、

「チッ!所詮新参やな!」

そうこちらに投げつけた言葉。


この日、デモ行進をして市役所に抗議に行くと言うみんなの姿を、遠巻きに2人で眺めていた。

どこから持ってきたのやら、それぞれが看板のようなものを手に持ち、横断幕には、

『市は市民の敵なのか!?公共の場を市民から取り上げるな!!』

そうデカデカと書かれている。

アオがこのデモに不参加を決めたのは、目立ちたくないから、勿論それもあったが、彼らがこの生活をしながらもどれだけ自己愛に満ちているかを知ったから。

いや、自己愛というよりは自己中心。

寒々とするほどの、自己中心主義。

税金も払うとらんワシらに、何を言う権利がある?

選挙にも行っとらんアンタらに、国の決めたことに文句を言う権利があるんか?

3歩離れた場所から、言葉にはしないそんなことを考えている。

ただ気になっているのはカミじいの不参加。

あの雨の日、カミじいが元刑事だったと聞いたあの時の会話を思い出した。

「……お前ら、2人ともいつまであそこにおるつもりや」

「………」

当然カクゲンは返事をしないので、自分が応えた。

「そうよね……。踏ん切りがつかんのんじゃ。出て行って何をすりゃええんか、よう分からんのじゃ」

雨の音が目立つ中、あの日はカミじいとたくさん世間話をした。

「……お前らは……2人とも16歳言うたか。本来なら、もう義務教育は終わったあるんやなぁ…。高校へ行くか、就職するか、もう人生の岐路に立っとる年齢なんやなぁ……」

年齢を詐称していることは、話をこじらせる以前に今更言える筈もない。

「お前ら2人は、まだまだ若すぎるほどに若い。どがいにでもなるぞ。親は?親はどこにおるんや?」

「……知らん。おるんかおらんのんかも、知らんのじゃ」

「……さよか」

この生活の中、雨はより一層悲壮を際立たせる。

土を何とかかわした、ほぼ地べたに近い底で生活をする者にとって、雨は嫌な匂いを立ち込めさせるものでしかない。

落ち込んでくるこの一粒一粒が2人の声を小さくしていく。

「ワシは……」

「え?何?」

「……ワシは、自己愛が足りんかったんかもしれんなぁ……」

「自己愛?」

「聞かん坊のワシのことをずーっと面倒見てくれたヨメさんのことも、考えてなかった。金より大事や言うて……そう表したモンに全てを奪われた」

「………」

「自分が可愛いてしゃあなかったんやな…。ヨメさんがワシの面倒を見てくれとるなんて、当時はこれっぽっちも思わなんだな……」

「………」

「……金が切れたら縁も切れた。ワシはあの時の決断、ヨメさんのことなんかこれっぽっちも頭になかったんや……」

「………」

「……世の中……」

「ん?何?よう聞こえん」

「……世の中、金が全てなんかのぅ……。ワシは、それが真実やとしたら、今のままで構わん思うとる」

「………」

世の中は金が全てなのか。

その常識に対する賛否について、アオはまだ決めかねている。

カミじいが警察を辞めた、その原因となった事件。

カミじいは心を金で売らなかった。

それに対し、本当は心を金で売るべきだったのか。

と、……そう考えているのだろうか。

この時のカミじいの声の大きさや表情や手の動きを見るに、これについてもどちらが正解なのか判断は付かなかった。

しかしアオは心を金で売らなかったカミじいを、少し格好がいいと思っている。


プレートを掲げ、横断幕を掲げ、公園の住人たちが行進を始めた。

「なぁ、カクゲン」

「………」

「どうなるんか、後からついてってみようか」

「………」

「ワシはどうなるとも思うとらんのじゃが……ワシらの今後も掛かっとるけぇのぅ。気付かれんように後からついてかんか?」

「……ん」

久しぶりにカクゲンの声を聞き、ここ最近の自分の中で処理しきれない悩みや嫉みが少し和らいだ気がした。

そうなるとあのデモ団体も、何か楽しいイベントのように見える。

2人は集団から距離を取り、気づかれないよう後からついて歩き始めた。

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