こぼれおちるもの 23
数えきれないほど通った道を、いつもと同じくカクゲンと2人並んで帰る。
デパートへの道も、こちらが妥当。
ピンク色の自転車が置いてあればいいのだが…。
それをカクゲンに言おうと口を開き掛けたとき、ちょうど自分たちと交差した1台の赤い車。
思わず振り返ったのは、この道では珍しいほどのスピードで通り抜けて行ったから。
車は風を巻き上げ、タイヤの音を鳴らし、右折した。
サクラとタダシ、2人が消えた方向へ。
アオは何となく、目に入った『40』の看板を見上げる。
その時、
……キキキキイイィィィ――――…ッ!!!
突然の、けたたましい音、
それから、
―――― ドンッ!!!
鈍く響く、重い音。
誰もが足を止め、振り返ってしまうような、そんな音。
「何だー!?」
「………」
2人はどちらからともなく走り出し、横断歩道の手前でその道を覗き込んだ。
それは、数十メートル先。
本来ならばこちらに背を向けていなければおかしい先ほどの赤い車が、道路を大きく使って斜めに停まり、こちらを見ている。
「「………」」
その車は、不自然な位置からまたこちらに向かって勢い良く走り出し、自分たちの目の前を右折して、あっと言う間に去って行った。
2人は訝しく思いながら、その後ろ姿を見送る。
「「………?」」
まだ煩いセミの声が続く、夏の夕暮れ。
辺りには、何かが焼けつく匂いが漂っていた。
「何なんじゃ一体?……まぁええわ。おいカクゲン、行くで」
肩を叩いてそう言ったが、彼は微動だにしない。
「……ちょっとまって……」
カクゲンは小さく唇だけを動かしてそう呟き、目を見開いたまま。
「………?」
そんなカクゲンの様子を不審に思い、彼の視線の先にアオも目を遣る。
道路の先には、大人と子供が手を繋いだ青い看板。
それから視線を下げると、そこには呆と突っ立っているタダシの背中が見えた。
何かを左手に握り、体を左下に引っ張られているような斜めの体勢で。
そこへ、周りの家から出てきた人々が、ぱらぱらと集まり始める。
「……??」
よく見ると、タダシが握っているのは、人の手。
大人たちが騒がしく何かを喋っているが、聞き取れない。
アオは目を凝らして、何が起こったのか見極めようとした。
……そこで、気付いた。
アスファルトの上をサーッと広がって行く、赤い液体。
ホースから出てくる水のようなそれが、タダシの足元までを濡らして行く。
「――――ッ!!??」
……サ、
………サクラ!!?
アオが認識した、それと同時に、
「サクラあッ!!!」
カクゲンが大声を上げた。
それに、集まった人たちが一瞬こちらを振り返り、それから慌ただしく動き始める。
「救急車!!救急車ッ!早く!!」
女性の金切り声。
タダシが後ろから大人に肩を叩かれ、
「おい!お前は大丈夫か!?おい!!」
青い看板のポールにも、赤い色が付着しているのが見えた。
タダシはサクラのものであろう手を握り締めたまま、動かない。
動けないのか…!?
朱色の空でその光景を挟み、アオはじっと動かず、ただ見つめたまま。
しかし目の前で、前のめりのカクゲンが2人に向かって走り出そうとした時、それを反射的に引き留めた。
「え!!」
止められたカクゲンが振り返り、短く叫ぶ。
アオのこの時の言葉は、特に模索したわけではなかった。
「……帰るで、……カクゲン……」
驚いた顔のまま、
「な!!」
カクゲンはそう声を上げたきり、アオの顔を見て息を飲む。
……ワシは今、一体どがいな顔をしとる ――――?
ワシらに残されとる年月は、あとどんだけなんじゃ……?
背中に足跡があるワシらに、あとどんだけの余裕が……
ワシらには、雨が降っても、差す傘がない
……いや、違うの
ワシらには、雨も降ってはくれん
勘違いしちゃぁいけん
何も起こらんのじゃ
……ワシらには
その後、カクゲンは黙ってアオに従い、寝床に帰った。
何か名案があるとでも思ったのだろう。
もちろんアオに、そんなものはない。
それに気付いたのか、何も言い出さないアオをカクゲンが睨み付ける。
「……あれ……あれ、間違いなくサクラだったぞ。血が出てた!」
「……ああ」
「ああじゃねぇ!何で黙って帰ったんだよ!?」
自分でもよくは分からない。
ただあの場所にいても、自分たちに出来ることなど何一つないと思ったから。
「お母ちゃんに連絡しなきゃいけなかっただろ!」
「……タダシがおったじゃろうが」
「でも…ッ!」
カクゲンの言う通りだ。
自分は何の考えもなく、あの場所から逃げた。
でも、本能が自分たちを守ったと理解している。
……あの赤い車は逃げて行った。
自分たちはそれを見ていた。
それが何を意味するのか ――――。
「ハッ!○○ ○○-○○!僕はあの車の番号を覚えてるぞ!」
「………」
ワシだって覚えとる。
今の生活で、車1台1台がそれぞれ違う番号を付けていることは知っていた。
「あの番号を辿ればいいんだ。アオ!サクラにぶつかった奴は、あの番号の車に乗ってる奴だ!」
「そんなことは分かっとるわい!」
「だったら何で何もしないのさ!?」
「………」
カクゲンは本当に分かっていないのか…?
ワシらは人間の偽物なんぞ?
サクラや田村らを見ても、何とも思わんかったんか?
何で分からんのんじゃ。
ワシらが手掛かりになったら……ワシらにはその後があるんじゃ。
それとももう一度、あの場所へ帰るんか?
……そんなこと、できるわけがないじゃろう。
「……もしかして……サクラ、死んじゃったのかな……」
「!!?」
カクゲンの沈んだ声に、ビクッと顔を上げる。
道路を這うように流れる血の量を見た。
動かない、腕。
……死?
サクラが?
……そんなわけない。
「なあ!アオ!!」
「うるさいッ!!」
人は必ず一度は死ぬ。
もちろん自分も。
そんなことは知っているが、今まで自分の前で知っている人間が死んだことなど一度もなかった。
死ぬっていうのは、どういうことなんじゃ…?
「ダメだ!やっぱり僕、お母ちゃんのところに行って来る!!」
そう叫んで走り出そうとするカクゲンの肩を、全力で掴んだ。
「イタッ!やめろ!放せよ!!」
絶対放さない!!
お前を行かせるわけにはいかない。
何故なら、今回自分たちにできることをしてしまうと、
……ワシはお前と、離れ離れになってしまう ――――!
「行かせるか!お前なんかが行っても役に立たん!!」
「うるせェ!!サクラが死んだかもしれねぇんだぞ?!お母ちゃんとタダシが困ってんだ!!」
「困っとらん!!」
「何で分かんだ!!」
「人は簡単には死なん!サクラも生きとる!!」
「……ッ」
アオは本当にそう思っている。
サクラは死んではいない。
死ぬわけがない。
だって、たった一回きりなんじゃ。
死ぬいうんは。
それがまさか、今日の筈がないじゃろう!!
「それに、あいつらの夏休みが終わったら、また移動じゃ」
「何でだよ!?」
「当たり前じゃ!ワシらには家がないんぞ!?学校にも行っとらんのぞ!?それがバレたらどうするんじゃ!!リーダーはワシなんじゃ!言うこと聞け!!」
「リーダーは決めねぇって言っただろ!!適当言うなよ!!また移動って!そんなこと言ってなかっただろ!!」
「前から考えとったわい!!」
「嘘吐け!!」
「ッ!!」
……ほんまなんじゃ、カクゲン……。




