こぼれおちるもの 20
誕生日会。
それは中心人物を据えて、周りがそれを祝う時間。
いつもはTシャツにキュロットか半ズボンを穿いているサクラは、今日は珍しく白いブラウスに黄色のスカート姿。
玄関で母・タダシと一緒に出迎えてくれた彼女は、いつもより綺麗に梳かれた髪を掻き上げながら、恥ずかしそうに「ふふふ」と笑ってみせた。
癖なのだろうその仕草も、気づいてみればもう随分と見慣れている。
そのサクラにと、自分たちが選んだプレゼントは、猫の絵が入ったピンクの目覚まし時計。
サクラはとても喜んでくれたが、サクラの母は、
「こんな高価なもの…」
と遠慮がちな反応をした。
それに対し、2人は、
「お小遣いを貯めていたから平気」
と胸を張って応えた。
あの時計は6000円した。
「タダシ、お前にもこれをやるぞ」
カクゲンが自動販売機のような機械で買った○ン○○を、タダシに渡す。
これは2000円分。
「ありがとー」
タダシの返事とサクラのお礼、サクラの母の気遣い。
また8000円もの大金が消えていったが、今回はこれで良いと思う。
台所のテーブルはいつもと違い、レースの模様の入ったピンクのクロスが掛けられていた。
その上には、また見たこともない食べ物ばかり。
特に目を引いたのは、真ん中にでん!と居座っている大きな飾り。
どこかの店で見たことがあったが、あれが食べ物だとは思わなかった。
『ケーキ』という名前らしいそれは、たまにパンの中に入っている白いクリームにまみれた甘いお菓子。
それをサクラの母が切り分けるまでは、いろんなことがあった。
ふわふわの『ケーキ』には、色とりどりの細長い蝋燭が立てられており、サクラの母がそれに火を点けたときには本当に驚いた。
しかしこれも誕生日会の重要なイベント。
蝋燭の数は12本。サクラの年の数。
サクラが吹いて火を消すと、みんなが拍手とともに「お誕生日おめでとう!」と声を掛ける。
アオもカクゲンも真似をして、「おめでとう!」と拍手を贈った。
そんなこんなで切り分けられた『ケーキ』は、とても甘くて美味しかった。
みんなでごはんを食べ、その後はテレビゲームなどをして遊ぶ。
自分はテレビゲームは苦手だったが、カクゲンはこの期間で指先の操作にも慣れ、なかなかの腕前になっていた。
「タロウくん、上手いね」
「……そう」
みんながやっているゲームを後ろから眺めながら、アオはぼーっとした振りをして考える。
あと、何日かいのぅ……
……あと6日か……。
もうすでに、この光景に懐かしさを覚えていた。
……手放さずにいられるのなら、手放したくはない。
「ダイスケ、今日はありがとうね」
田村たち4人から贈られた帽子を被り、サクラが隣から話しかけて来た。
白地に赤や黄やピンクの花が付いたその帽子は、とてもサクラに似合っている。
「おう、時計か。ええよ。気に入ったか?」
「うん。時計もそうだけど、来てくれてありがとう」
「そうか。ワシらもすまんのぅ。いつもごはん食べさせてもろうて、今日はこんなに豪勢にしてもろうて」
ゲームをしながら騒いでいる6人の後ろで、サクラと少し話をした。
「ダイスケは大きくなったら何になりたいの?」
「……え?」
こんな質問は今までされたことがない。
これまで、年を取ることだけが目的だった。
「いや……考えたことがないのぅ…」
せめて、ちゃんと名前の言えるものになりたいとは思っているが…。
「お母さんが言ってた。小学校、中学校、高校、大学って通ってるときは長く感じるけど、思い出してみたら短かったって」
「そうなんか…」
「だから、目標決めるのは早い方がいいって」
「……うん。サクラは大人になったら、どうするつもりなんじゃ?何になりたい?」
そのアオの問いに、サクラは笑って答えた。
「私は教師になるよ。学校の先生になる」
小学校、中学校、高校、大学。
アオにとっては途方もない年数。
自分は決して味わえない年数。
今小学生のサクラは、すでに目標を決めている。
『なりたい』ではなく、『なる』と。
「そうか。立派な先生になるんじゃろ」
「まぁ、それもあるけど。安定した収入かなぁ。…ふふ」
「安定?」
「うん。他の公務員でも良いんだけど、やっぱり学校の先生だ」
「………」
前方から、ゲームで騒いでいる声が耳に入って来た。
「あー!ダメだ!!」
「いやぁ、タロウくんスゲェよ!16面まで行ったじゃん!」
「まぁな」
「ねぇタロウくん、本当に片目が悪いの?」
「おう、まぁな」
「見えないの?」
「おう、そうだよ。でもな、僕の知ってるワタル兄ちゃんなんか、もっとスゲェ傷があるぞ。この手の真ん中の指があるだろ、この指からこ~~~~~~んな感じで、肩まで傷があってな!」
カクゲンには目標があるのだろうか。
将来あれになりたいとか、これになりたいとか。
大人になったらああしたいとか、こうしたいとか。
……聞いたことがない。
そこで、ふと思い出した。
そういえば、週に一度は必ず見ていたあの夢を、最近見ていない。
どこかに向かっているのか、どこかに連れて行かれているのか、現実なのか。
何もかもが分からない、あの夢。
何故か今、そんなことに気が付いた。
「うわ、ほんとかよ!スゲェ!」
「すごい傷だったぞー。ぎぎぎぎぎーって、ここまで!」
カクゲンの目標。
自分の目標。
小学校、中学校、高校、大学を出て、……
『大人になりたい』ではなく、それを前提とした、『大人になってから』の目標。夢。
そもそもサクラとは、スタート地点からして違うのに?
したり顔で、一般社会への順応を果たしたとでも思っているんだろう、……この自分は。
「安定した収入かぁ…ええのぅ…。お前は頭がええけぇ、先生なんか余裕でなれるで」
「そうかなぁ…」
「おう」
サクラは膝を抱えて座り直し、みんなと遊んでいるタダシの後頭部へと視線を投げた。
「私、タダシの面倒をずっと見ようと思ってるんだ」
「………」
「そのためには、安定した仕事と給料が必要じゃん」
「………」
サクラの言った言葉に、アオは急に我に返ったような思いがした。
そうだ。
今まで気付かなかった。
順番なのだ。
まずはサクラの母が、次にサクラが、そして最後はタダシが。
年齢で言えば、その順で死んで行く。
それは到底変えることのできない、自然の摂理。
人の助けを必要とするタダシの面倒は、必ず誰かが見なければならない。
どうしたって最後に残されるのは、1人では生きて行くことのできないタダシ。
自分が死んだ後、タダシがどうなるかなんて知りようがない。
いくら血が繋がって、強い絆があろうとも。
……考えれば考えるほど、自分の限界を知ることになる。
ただサクラもタダシも、いつまでも子供のままではない。
見たことのない時間の先で当然大人になり、いろいろなことが可能になるはず。
それが、大人になるということだ。
「……サクラ」
「ん?」
「お前ならなれるで」
「え?」
「先生よね!」
「うん……」
「ほんでのぅ」
「うん」
「タダシもちゃんと大人になるんじゃ。心配いらん」
「……うん」
「お前がタダシをナメてどうするんじゃ」
「………」
「あいつは頭エエぞ。ワシらとよけぇ変わらんよ」
「……うん」
「じゃけぇ心配すんなや」
「うん」
自分に言い聞かせたつもりでもあった。
タダシが大きくなっても何にもなれないでは、一体自分たちは……
そう思ったから。
「タダシはタダシでちゃんと生きるで。のぅ?」
「……うん。ありがとう」
サクラにもそう信じてほしかったから。
みんな、今のまま、子供のままではないのだ。




