こぼれおちるもの 18
4人で、サクラの母が用意してくれた昼食を済ませ、学校へと出掛ける。
勇み足とでも言うべきか。
4人の謝りたいという伝言は信じてはいない。
「タダシィ、心配すんなよ。学校はもう怖くねぇぞ?あいつらが何かしてきても、僕がまたブッ飛ばしてやるからな」
「んー」
右耳でそれを聞きつつ、カクゲンも何かしらの懸念があるのだと思う。
自分もそう。
不意を突かれ、仕返しをされるかもしれない。
しかし隣を歩くサクラは笑顔で、先日学校に向かったときの顔とは大違い。足取りも軽い。
タダシはまたカクゲンと手を繋いで、ブロックの上をヨタヨタと歩いている。
うるさいほどのセミの声。
……真顔で歩いているのは自分だけ。
やがて校舎が見えてきた。
取り囲むフェンスも見えてきた。
タダシも今日は泣き出さない。
グラウンドへの入口へと向かう、短い坂を上り始めても。
フェンスの間にぽかりと開いたその空間からグラウンドへと入ると、そこではもうすでに4人の男子が待っていた。
先日悶着のあったバスケットゴールの前ではなく、彼らが野球をやっていた場所の大きなネットの前で。
サクラはそれを見て、4人に向かっていったん走り出した。
が、それについて行けない自分たちに気付くと足を止め、合わせるように一緒に歩いてそこへと向かう。
……簡単に言やぁ、これまでのサクラとタダシ、おばちゃんの時間を奪ってきたんじゃろ、あいつらは。
アオは相手を見据え、気を張っていた。
2人を守りながらの4対4。
……実質、何対何なんだろう。
睨みながら近づいた彼ら4人は、しかし呆気なくそのアオの気掛かりを振り払う。
その中の1人が、目の前に立ったアオとカクゲンと地面に視線を彷徨わせつつ、言い難そうに話し掛けてきた。
「あのう……アオキくん……」
「何じゃ」
「……俺……俺たちさ、……気づかなかったって言うか……」
「………」
「この前、アオキくんらに言われてさ、……とにかく塩崎とは、これから仲良くしてくれるようにお願いしたんだよ」
「………」
何に気付かんかったって?
「アオキくんらに許してくれって言うのは、ちょっと違うのかもしれねぇけど……塩崎にはちゃんと謝ったからさ……」
その話は昨日聞いた。
言葉を途切れさせながら、自分たちにそれを言う彼ら。
暴力はダメだと聞いたが、あれは自分たちなりに考えた末での暴力だった。
……やっぱり力が勝ったんか?
その時、返事に悩んでいたアオの横から、カクゲンが入り込んだ。
「なぁサクラ」
「ん?」
「お前は本当にいいのか?」
「え?」
「一回謝られたくらいで、許してやっていいのか?」
サクラはそれに間髪入れず、
「うん、いいよ」
次にカクゲンはタダシに問う。
「タダシはどうだ?あいつら、許してやるか?」
「……んー、……いいよー」
2人の返事を聞き、カクゲンは余裕を持って応えた。
「サクラとタダシがいいんなら、僕たちは文句ねぇぞ?なぁ?」
「………」
カクゲンもサクラもタダシも、あの4人も、アオを見ている。
簡単に答えたくはなかった。
自分なりに随分と考えたから。
『謝って許してあげなかったら、――――』
サクラのあの言葉を思い出した。
そして、それ以外の答えが見つからないのも事実。
しばらく考えた後、アオは黙ったままカクゲンに頷いてみせた。
その答えを見て4人はもじもじの態度を止め、嬉しそうに顔を上げる。
そして、自分たちは野球をやっている。一緒にやろう、と誘ってきた。
「何だー?僕たち、お前らと遊ぶのかよ?」
含みを持つその言葉に4人はまた一度下を向いてしまったが、その間を取り持ったのはサクラ。
彼女が何とか双方を近付けようとするのを見て、カクゲンは、
「……そう。だけどお前らは兄弟分にはしてやんねぇぞ」
結局そう応えた。
カクゲンのそれは自分たちにとってとても重要な言葉だったが、他の者たちは誰一人引っ掛かることなくスル―し、あっと言う間にグラウンドへと散らばって行く。
「「………」」
何とも言い難い気分だった。
自分の意思は…。
『謝って許してあげなかったら、これ以上どうしろって話にならない?』
『サクラとタダシがいいんなら、僕たちは文句ねぇぞ?なぁ?』
大きな人間になりたい。
そう思っていたので、自分の感情は一度押し殺すことにして沈黙を守った。
4人に教わった野球という『スポーツ』
ちゃんと勝負するには18人の人間が必要であるということを知り、驚いた。
サクラから教わったバスケットも、本来なら10人の人間が要る。
今の自分たちにとっては途方もない人数で、多すぎると感じてしまう。
その日、夕方まで一緒に野球をした彼ら4人は、意外といい奴らだった。
今まで小さなボールもバットも持ったことのない自分たちに、手取り足取り丁寧に教えてくれた。
タダシにもできるようにと、簡単なルールも教えてくれた。
本当に意外だった。
今日のところは『田村』という奴の名前だけを覚えて帰ることにしよう。
8月25日。
この日はサクラにとって特別な日だということを知った。
サクラの生まれた日。
8月25日。
サクラの母に、
「サクラが誕生日会をやってほしいって言うから。2人ももちろん来てくれるよね?」
と言われ、二つ返事で「いいよ」と応えたが、毎日来ている自分たちに改まって言うところを見ると、特別な、本当に特別な日なんだろうと感じた。
その日、サクラの母は仕事が休みで、家に居た。
5人でテーブルを囲み、冷たいお茶を飲んでいるその席で振られた話。
「2人は誕生日、いつ?」
母の問いに、アオとカクゲンは揃って「1月1日」と応える。
「あら!1月1日!?2人とも同じ日に生まれたの!?」
「……うん」
サクラの母の驚きように、しまったと思ったがもう遅い。
妊娠から出産、その他諸々の事情などは知らないが、自分たちも含めたあの場所にいる人間全て、誕生日は1月1日だった。
今回サクラの母が話している『特別な日』などという認識はなく、年が明けるとみんな同時に一つ年を取る。
あの場所では例外なく、そう決められていた。
『誕生日会』というものとももちろん無縁で、年を重ねていくことはあの場所では18歳を目指す目印以外の何物でもなかった。
それが『常識』だったので、誕生日など重要視していなかった。思いつきもしなかった。
2人とも同じ誕生日。
しかも1月1日。
それは、とても珍しいこと。
……サクラの母の、あの驚いた顔。
知らなかったことに、そしてそんなことにまで気が回らなかったことに大きな失態を感じた。
その後は、サクラの母と目が合うたびに、何か聞かれるのではないかとドキドキしっぱなしだった。
《たんじょう【誕生】-する
[胎生動物が、また広義では、卵生動物が卵からかえって]生まれること。「-日」》
『誕生日会』という言葉は、残念ながら辞書には載っていなかった。
でも多分、きっとみんなでサクラの誕生日を祝う会なのだろう。
できるだけ笑っておこうと思う。
誕生日会には、田村他3人も招待したらしい。
あれから、あの4人とは2度遊んだ。
この日も学校のグラウンドで、8人で遊んでいる。
サクラは自分たち2人と遊んでいたときよりも明るく、元気に見えた。
学校という一種閉鎖された場所で、常に近くにいる人間たちと仲良くすることができる。
それはきっと、ぽっと出の自分たちと仲良くすることよりもずっと大事なことなのだ。
アオはそう思い、安心を覚えた。
そして同時に、寂しさも感じている。
『寂しい』
自分たちはそんなことを考えてはいけない。
こんな輝かしい日々が、自分たちに続く筈がないのだから ――――…。




