表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/68

こぼれおちるもの 1

12月20日 晴れ 22時頃


帰宅する者

出社する者

それから、目指す場所のない者


向かい、並び、横入りし、そしてまた向かい。

途切れることのない人混みを掻き分けながら、広い肩を竦め、小走りで先を急ぐ青年。


アオ 22歳


そこは、とても大きな駅。

その北側の入口から入ったアオは厚手のジャンパーのポケットに両手を突っ込み、軽快に人をかわしながら目的地へと進んで行く。

重いウエスタンブーツの底が、地を突くたびにゴツンゴツンと音を立てる。

それと同じ速度で、大きく巻いた髪が跳ねるように左右に揺れる。

急ぎ向かう場所はコインロッカー。

列でいうと奥から2番目、そしてその突き当たりの更に一番奥。

入り込んだそこに、人影はない。

アオはスッと片手を伸ばし、蛍光灯の熱で温まったロッカーの上を手探りする。


時期ごとに通うこの場所。

その度に確認する目印。

するすると滑らせる指の腹に、ツッとその目印が引っ掛かった。


……あった。


ロッカーに張り付いたそれをペリッと剥がし、付着した埃を吹き払う。

それは、もう何年も手に取ってきた、○ッ○ー○○○のマグネットシート。

アオは指先でなぞるように形を確かめ、それから無造作にポケットに仕舞い込んだ。


……今回は何日掛かんだろうな。

その呟きと共に。



―――― しがないと、そう感じていた。

一方的な定めは、好きでしたことだから。


蠢いている、そうも感じた。

それは、自分のことだから。


ただの空洞だと思っていた場所に、名のあるものを見つけた。

見たことも触れたこともないそれは、自分も吸引していいものだと一度は思う。


だがその希望の匂いに問うと、返ってくるのは香ばしくもないウラッカワ。

ウラッカワの裏はというと、一週間前に手を突っ込んだものとあまり変わらない。

残りカスを集めては積み重ねた、アレやソレを象ったもの。


―――― 自分は何で在りたい?


許可を求めるように、許してきた。

しかし、この問いはもう最後にする。


消えぬ残像を見つけた。

自分たちが手を伸ばさなければならない、残像を見つけた。

咽ぶほどに明るく、知らないほどに白々しい。

それはきっと、自分たちを誰も知らないほどの最後尾に落ち着かせてくれる。

必ず、そうだと思う。

至高を飲み込む、その際で。

必ず、そう思う。


だから、この問いはもうやめにするのだ。



アオはロッカーの影から抜け出すと、今度は南の出口へ向かってゆっくりと歩いて行く。


寒いなぁ…。

ワシ、寒いのはほんとに苦手だ。


駅を出る前に、目に付いた立ち食い蕎麦屋に寄って体を温めることにした。

程なくして出されたそれをほんの数十秒で平らげ、また次の目的地へと向かう。


行き交う人は止まらない。

時刻は、繰り返す今日がもうじき終わる頃。


ゴツンッ!

力加減を誤り、一層響いた一歩に合わせて視線を上げた。

見えてきた、第二の目的地。

アオは大きなコンパスそのままに、駅の端にある階段の下へ近寄って行く。

その一角を陣取ってブルーシートを敷き、胡坐をかいて座っている男。

「ウマじい、寒くねぇか?」

そうアオに声を掛けられた彼が、ふと顔を上げた。


年は恐らく70過ぎ。

すでに元が何色だったかも分からない、グレーが染みた、服に帽子。

何一つ手入れのされていない、白と黒が混じった髭面の老人がこちらを見上げる。

開き具合の分からない、への字の目をして。


「……おう、デカかぁ」

筋の立った喉元が鳥のように思えた。

「デカじゃねぇって」

「んー?ああ、アカか。赤色だったのう」

それに、アオはふっと笑い、

「色はいらねぇし、アカじゃなくてアオだって」

そう応え、男のシートを踏まないように、正面に屈み込む。

そのシートの上には、たくさんの漫画や雑誌がずらりと並べられていた。

アオはその中の1冊を手に取り、男に掲げて見せる。

「ところでよぅ、この漫画、本当に売れんのかよ?」

「ああー?」

「こっちの漫画なんかコレ、破れてんじゃねぇか」

「ああ、それはアレだ。表紙が汚れとったからの、表紙を千切っとるから30円じゃ。全部今日発売の漫画雑誌だからのぅ、売れるよ」

「……ふーん」

アオは気のない返事をして、手にしていた漫画を元の位置にバサッと置く。

と同時に、すぐ隣に若いサラリーマンが立ち止まった。

じっと見上げるアオの視線の先で、彼は無言のまま1冊の漫画を手に取ると、10円玉を4枚投げ落とし、再び去って行く。

それを見て、アオは小さく呟いた。

「はあ……売れるんだなぁ…」

「そりゃあのぅ」

男はそう言ってニヤリと笑い、そして続けて、

「今度のレースはのぅ…」


アオは屈み込んだまま、寒さに耐えるように両手を擦り合わせる。

ここから30分以上は、この老人の競馬に関する話を聞くことになるのだ。

アオはその体勢を変えず、笑みを浮かべながら、うん、うん、と頷き、この『ウマじい』と呼ぶ男の話が終わるまで聞いていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ