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あやつりの糸  作者: 河野 る宇
◆第一章
4/14

4.師の言葉

 今にして思えば、私と初めて対面したときのハロルドのあの表情は、驚きだけではなかったのか。

 専門家たちのほとんどは、私を見ると驚きに満ちた顔をした。類に漏れず、ハロルドもそうだと思い込んでいた。

 言語の授業だけでなく、持論を展開するハロルドに多少のわずらわしさは感じていたものの、私にとっては刺激のある内容ではあった。

 だからといって、それに賛同するまでには至らない。

 ハロルドの言っている事の全てを否定はしない。けれど、それを実現しなければならない事だとは思わない。

「ハロルド」

 顔をしかめて小さくつぶやく。

 あの襲撃が奴の仕業だったとは考えもしなかった。殺し損ねた代償とでも言うのか。政府の対応が浅はかだったとしか言い様がない。殺すことなく、穏便な処置は出来なかったのか。

 いまさら済んだことに、とやかく言っても仕方がない。いくら思い起こしても結果は同じだ。

 研究所に併設されていた軍の基地が張りぼて(・・・・)であったこと、もとより小さな基地に加えて祭典の警備で兵士が出払っていたことも奴の計画のうちだったのだろう。

 研究所は私が誕生したことで、その成長に合わせて多くの施設を増設していった。しかし、それに伴う基地の増強までは行わなかった。

 私の知る三百人に加え、秘密裏に行われていたクローン研究に関わる十数人以上があそこにはいたというのに、政府は誰にも知られていないとたかをくくり警備を怠っていた。

 ハロルドが思うように私に力があったなら、彼らを一人でも救えただろう。

 武器の扱い、戦術、格闘、それらは十歳から学んだ。襲撃を受けるまでの五年のあいだに、私にそれだけの力が持てるはずもない。

 今だからよく解ることだが、ブルー・ウェルナスは確かに優秀な兵士だった。彼の教えがなければ、私は逃げる事すら敵わなかっただろう。

 三十代後半だったブルーは、色あせた金色の髪に深い海の色をした瞳でベリルを怪訝に見下ろしていた。

 こんな子どもが兵士に何を教わりたいのかと疑問だったに違いない。

 軍の兵士だと聞いていたベリルはブルーを見たとき、想像していたよりも細いと感じていた。階級はさほど高くはなかったが、優秀だと聞いていたためだ。

 ヨーロッパのなかほどに位置するアルカヴァリュシア・ルセタには海がなく、陸軍と空軍のみを有している。

 裕福な国ではないけれど、内戦状態でもなく積極的に国外で戦闘をする訳ではないがその分、軍の国外派遣を重視していた。

 科学産業でのみ成り立っていたアルカヴァリュシア・ルセタにとって、他国の著しい発展は国の存続を脅かすまでとなっていたからだ。

 その焦りとプライドから、生命の作成という神の領域に足を踏み入れてしまったのかもしれない。

 ベリルにしてみれば、施設にあったものが世界の全てだった。箱庭だと言われればそうだろう。

 それでも、そこには愛があった。もし、虐げられていたならば、外に出たいと切望していたかもしれない。

 ブルーは軍人であったにもかかわらず、まとう雰囲気に刺々しさはなかった。けれども、多くの死と血を見続けた者が持つ独特の存在感がにじみ出ていた。

 戦闘では常に最善を尽くせと教えられた。実際に闘うことなど、なかったはずの訓練だった。

 どれほど記憶しても、その知識は高い壁から外に出る事はない。それでも学びは楽しく、ブルーとの訓練には力がこもった。

 私はそれで終わる運命だと、割り切っていた。本来ならば割り切れるはずもないことだろう。なのに、私はおぼろげにでも、それに納得していた。

「──っ」

 強く目を閉じる。

 全てを奪った者を前にして怒りを収められなかった。復讐の相手など見つけられないと諦めていたが、唐突に現れたことで気がはやった。

 心の底に仕舞われていた記憶が一気に溢れ出し、 私にこれほどまでの感情があったのかと感心すら覚えた。

 しかし、

回顧かいこはもう充分だ」

 今は思い出にふけっているときではない。

 軽く見回し、背を預けている透明の壁を指の節で軽く叩く。ガラスではない、強化ポリカーボネイトだろうか。厚みはおそらく、二十センチはある。

 見上げると、上部にもしっかり透明の板が張り付けられている。その天井に、太いパイプがつながれていることにベリルは眉を寄せた。

 扉は縁に白いパッキンが窺える。密閉できるようになっているのか。相当、頑丈に造られている。こいつは腕一本を犠牲にしても破壊出来そうにない。

 逃走防止にと考えられたものだろう。しかしこれでは、さながら公開ガス室だ。わざわざこの形状にしたということは、何か目的があるのかもしれない。

 設置されている複数の機材はこちらを向いていないため、どういうものかは解らないが気に掛かる。

 気に掛かるといえば、天井にはパイプの他に見慣れない機械が取り付けられている。

 ざっと見てこの部屋だけでも、かなりの資金を費やしている。随分と大がかりな施設を造ったものだ。

 ベリルはこれまでを思い起こし、ハロルドには焦りがあるように感じられた。大体において、焦る理由は「老い」によるものがほとんどだ。

 なんにせよ──

「寝るか」

 考えがまとまったのか、横たわり瞼を閉じた。



 ──朝

「おはようベリル。よく眠れたかね」

 ハロルドは、すでに目を覚ましているベリルを笑顔で迎える。

 無言で睨みつけるベリルに、ハロルドはまだ昨日の怒りを引きずっていると思いニヤついた。けれどハロルドの後ろでベリルを見ていたトラッドは、ふと気がつく。

「父さん」

「なんだ」

「彼は、いつまでも引きずる性格じゃないと思うよ」

「なに?」

 それにハロルドはベリルを眺める。

「まさか」

 あれだけの怒りを見せたというのに、一夜にして綺麗さっぱりなかったことにしたというのか。

 驚きつつも、座ったまま無表情に自分を見つめるベリルにトラッドの言葉は間違いないと認めた。

 なんという立ち直りの早さだ。

 だからといって、ここから出られる訳ではない。君だけが、わたしの理想とする世界を実現することが出来るのだから逃がしはしない。

 そのためには──

「ただ話しただけでは、君には伝わらないようだ」

 あの頃とは違う方法を試そうじゃないか。

 言って機械の前にいる青年に手を挙げて合図をすると、ゴボゴボと天井にあるパイプから透明の液体が降り注がれる。

「それは真水だ。君は何度かこの実験を受けているね」

 そんな事まで知っているのかとベリルは呆れつつ、満たされていく水に顔をしかめた。

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