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あやつりの糸  作者: 河野 る宇
◆第五章
12/14

12.結び直し

 ──部屋に戻ったトラッドは考えあぐねていた。

 痛みによる方法は強烈なぶん、こちらにも大きなリスクが伴う。下手をすれば仲間が減っていくだろう。

 離れた人間は当然だが、消すしかない。

 人を殺すことに躊躇いはないけれど楽しい訳じゃない。むしろ面倒だ。

「薬っていうてもある。けど」

 不死であるベリルにはどうなんだろう。効果はあると思うんだよね。

 でも、薬漬けは洗脳してから役に立たなくなる危険性がある。痛みによる方法よりは効き目は早いが僕たちの目的を考えると、この方法は安易に実行するものじゃない。

 とにかく、少しでもいい。糸口を掴まなければ──

 トラッドの脳裏には、これまでのベリルとのやり取りが何度も繰り返さていた。隙のない言動を、どう崩せばいいのか解らない。

 もし、こちらの言葉に返答を返せなくとも、返せないというだけで心が折れる訳でもない。彼の信念は、そんな事では揺るがない。

 彼の存在自体が僕らをおびやかしている。

 父さんの理想を実現したい。それにはベリルが必要不可欠だ。けれど、彼がいると僕たちの結束が乱れる。

 彼を逃がせば、理想を実現させる活動を続けられるだろう。導く者なくして、活動を続ける意味などあるのだろうか。

 まとまりを戻し、新たな適正者を選ぶことが最善なのかもしれない。

 されど、父さんの言うようにベリルが最も相応しい。彼、以上の人物を探し出せる自信が僕にはない。

 先が見えない状態に肩をすくめ、ベリルのいる部屋に向かった。



 ──しばらく誰も近づけさせないでと言った通り、室内にはベリル以外の姿はない。

「やあ」

 いつものように挨拶をするトラッドにベリルは怪訝な表情を浮かべた。

「君は何をしてもまったく動じないからね。しばらく様子を見ることにしたんだよ」

「そうか」

 とりあえずの納得をしたベリルに笑顔を返し腰を落とす。すると、ベリルの前に今度はブランデーがせり上がってきた。

「今日は君の好きな酒を持ってきたよ」

 手に馴染むボトルを見下ろし、どこで調べたのかと呆れてグラスに注ぐ。特に好んで飲んでいる銘柄に懐かしさを感じ、鼻腔に広がる芳醇な香りに目を細めた。

「ブランデーグラスじゃなくて悪いね」

「構わない」

 抑揚のない声で応えロックグラスを傾ける。そもそもベリルは普段からロックグラスにストレートで飲むタイプだ。

「君ならリキュールグラスが似合いそうだけどね」

 ベリルはそれが理解出来ないのか複雑な顔をした。自分の容姿に自覚があまりないことを充分に知っているトラッドはいたずらっぽく肩をすくめる。

「上の人間はさぞ驚いただろうね。絶対に口外出来ない存在に対して、世界の指導者に相応しいだなんて話をしたんだから」

 ふいに口を開いたトラッドに眉を寄せる。

「父さんは死にかけたこともあってしばらく精神的に伏せっていたけど、僕が生まれて持ち直した」

 実現のために、ベリルを手に入れなくては──おぼろげな記憶を頼りに施設を捜し出し、傭兵たちを雇った。

「金次第でなんでもする人間を選び、子ども以外はみんな殺せと命令した」

 改めて聞かされた言葉にベリルは表情を苦くした。復讐というには、あまりにも残酷だ。

「あ、そうだ。お酒だけだとつまらないよね」

 そう言って監視カメラに向かって手を上げる。

 モッツァレアチーズの生ハム巻きにベリルは、やや身を乗り出す。オリーブオイルがほどよくかけられ、みじん切りにしたスイートバジルにブラックペッパー、彩りにパプリカパウダーがまぶされている。

「お腹は空かないだろうけど、食べるのは好きだよね」

 料理もプロ級だし。

「専門家の教えが上手かったというより、君の受け止め方が素晴らしかったんだろうね」

 得てして専門家というものは、解りやすく話すことが下手な場合がある。

 相手が理解してくれないという煩わしさから解放された専門家たちは、さぞ楽しかっただろう。

「シェフの教えは解りやすかった」

 多くの弟子がいたと聞いた。

「じゃあ、君がそのシェフの、最後の弟子だったんだね」

「弟子だと認めてくれていれば良いのだが」

 僕は、傷をえぐるつもりで言った。けれど、彼にはそうではなかった。

 死を嘆くことよりも、生きていた間の記憶を大切にと考えている。愁いを帯びた笑みに、何故だか僕は胸が苦しかった。



 ──次の日

 トラッドは青年たちを集めた。

「僕らはハロルドの言葉に共感し、実現するためここに集まったんだ。君たちはハロルドに信頼されているから、ここにいる」

 ベリルの言動に惑わされないで。僕たちの結束を彼に見せつけてやろうじゃないか。

「まるで耳を貸さないベリルに苛立ちを感じているだろう。麗しい容姿に魅了されているだろう。でも、だからこそ。彼は導く者のうつわなんだよ」

 それでも納得出来ない者が何人か窺えた。トラッドは笑顔を見せて声量を上げる。

「彼が導く者になれば、きっと僕たちは幸せな気持ちで働くことが出来るよ。彼と共に仕事をしている傭兵たちは、まったく不満を漏らしたことがないからね。それが証明だ」

 それに、一同の顔がほころんだ。

「さあ、頑張ろう」

 手を叩き、それぞれの持ち場に促した。青年たちの背中を見送り、トラッドは溜息を吐く。

 さすがに同志たちの心の乱れが目立ってきたため気を引き締めたが──このままだと崩壊するのは目に見えている。

 まさか、ここまでベリルの存在が影響を及ぼすとは考えていなかった。父さんの目は確かだったということだろう。

 これからどうすればいい。

「痛みか、薬か──」

 それとも、また水を使う?

 どちらが効果的なのかを見極めなければならない。

 こうまで思い通りにならない相手は初めてだ。歯がゆいけれど、どこか楽しいとも感じている。何故だろう、彼といると心が躍る。

 父さんに言われたからとはいえ、ベリルのために生きてきたからだろうか──

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