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あやつりの糸  作者: 河野 る宇
◆第四章
10/14

10.成せるものと成されぬもの

 ──メキシコから二日ほどが経ち、トラッドは戻ってきた。

 ぶっ通しで演説したのか、ベリルを除くほぼ全員が疲れた顔をしている。一週間以上も出たときのままのベリルは、トラッドの目から見ればあまり変化がないようにも思えた。

「父さん。ベリルの様子はどう?」

「うむ」

 短く答えたハロルドの表情は硬い。効果があるという確証が得られていないのだろう。

 これまで何人もの青年たちを変えてきたハロルドは、少しの変化でも敏感に嗅ぎ取ることが出来る。

 顔の半分が隠れているとはいえ、その変化は肌から伝わってくるはず。しかし、それがまるで感じられない。

「そろそろ、次の方法を試そう」

 父さんの焦りはきっと、今のベリルでも感知している。だったら、このまま続けてもこちらが有利にはならない。

「そうだな。お前が言っていた、痛みによる説得を試みよう」

「了解。あとは任せて。父さんはそれまで休んでて」

「頼む」

 溜息を吐いて遠ざかるハロルドの背中を見送る。

「じゃあ水を抜いて」

 指示のあと排水溝が開き、徐々に水が抜かれていく。

 そうしてベリルの頭が水から出たとき、肺が呼吸を始めるために水を吐き出す。少しずつ重力を感じるようになった頃に、水槽内に催眠ガスが送り込まれる。

 ようやく水から解放されたベリルはひと言も発することなく意識を遠ざけた──



「──っう」

 体が重い。いや、眠っているあいだも体はその環境に適応するよう変化していたのだから、これは精神的な感覚なのだろう。

「おはよう。水から上がった人魚姫」

 笑えない冗談だとトラッドに顔をしかめる。

「ずっと同じ服っていうのも君の容姿からして勿体ないから、寝ているあいだに着替えさせてもらったよ」

 それに自分の服装を確認した。

 武器を隠し持てるよう考慮した服装とは違い、かなりラフなものに変えられている。着慣れない服に違和感はあるものの、この場で気にするような服装でもない。

「本当に無駄なことはあんまり喋らないんだね。お喋りなのに、変なの」

 無言のままのベリルに肩をすくめる。

「明日から、もっと辛くなるよ」

 今日、一日だけ君はその中では自由だ。

「ただ時間を浪費しているだけだという事を理解した方が良い」

「そうかな?」

 父は生涯を掛けて、君を導く者にする決意を固めているよ。父にとっては、幸福な時間かもしれない。

「ならば続ければ良い」

根比こんくらべだね」

 笑って部屋をあとにした。

 自室に向かうなか、トラッドは小さく唸る。

「苦痛を与える試みは間違ってないとは思うけど、助けてくれと懇願されたらどうしよう」

 本心ではなく意図的にだとしても、情けない姿を見せることでこちらの意志を弱める効果はある。

「彼が、そこまで演技派だとは思えないけど、やりかねない」

 ベリルには、嫌なことでも楽しむ傾向がある。

 さすがに苦痛に対しては楽しむ余裕なんて無くなるだろうけど、そのほかに関しては解らない。彼の行動は予測不可能だ。

 もっと、彼を知るべきだろう。

「よし」

 トラッドは足早に自室に戻ると、あるものを手にして再びベリルがいる部屋に向かった。



 ──水中にいるあいだ、ベリルはくだらない演説を聴きながら戦闘シミュレーションを脳内で繰り返していた。

 いかに手早く円滑に人々を救出できるか。常に予想外の出来事を考慮して動かなければならない。

 受けていた依頼は仲介屋が上手くさばいてくれているだろう。自分が何かあったときのために、ネットワークを築いてきたのだから。

 静かな室内に残った監視の一人を見やる。

 随分、長いあいだ水中にいたとは思うが水を抜いたということは、他の方法を試すつもりだろうか。彼らの雰囲気からして、あまりたちの良いものではなさそうだ。

 方法はそれほど多くはない。そのなかで、より強いものを選択するだろう。

「やあ」

 ほどなく戻ってきたトラッドにベリルはいぶかしげな表情を浮かべる。

「ちょっと付き合ってよ」

 言うと、床から何かがせり上がってきた。

「君はブランデーが好きなんだっけ?」

 ベリルは琥珀色の液体が入った瓶とショットグラスに身を乗り出す。確かにブランデーを好んで飲むが、酒は全般にたしなんでいる。

「それ、僕のお気に入り」

 瓶を手に取り、トラッドを見やった。

「ああ、君の師匠も好きなんだよね。スモールバッチバーボン」

 厳選された少数の樽から瓶詰めされる、造り手の個性を楽しむ酒を好むとは皮肉なのかとベリルの口角が上がる。

「あー。いま笑ったね? 好きなんだから仕方ないでしょ」

 飲み干したグラスに二杯目のバーボンをみ、遠慮なく飲んでと促す。

 ベリルは揺れる液体をゆっくりグラスに半分ほど注ぐと、その色を楽しんだ。深い香りに目を細めて口に含む。

 鼻腔に広がる甘い香りと樽の風味に顔をほころばせ、師と共に酌み交わした酒とはまた違った味わいを見下ろす。

「お酒を飲む姿も絵になるねえ」

 片膝を立てて飲んでいるベリルの様子をグラスで差した。

「君は、あのときの経験から、誰かを救う仕事を選んだの?」

 出し抜けな問いかけにベリルは動きを止める。

「傭兵だけど君は他の傭兵のように、戦場では戦わない」

 お金が目的なら、功績を得られる戦場を求める。殺しを楽しみたいなら、さらに激しい戦場を望むだろう。

「でも君は──」

 戦う力のない者を戦場から救出する傭兵になった。

「望んでもいない戦いに巻き込まれる人たちを、自分の境遇と重ねているんでしょう?」

「私はそれほど自惚うぬぼれてはいないよ」

 私にはただ、戦う能力ちからではなく、誰かを救う能力ちからがあると考えただけだ。

「そうかな?」

 君ならきっと、戦場で英雄になれるだけの能力があると思うけど。

「望まないものになる気はない」

「その戦いを終わらせることが出来ても?」

 冷戦が終わりを告げ、あちこちで内戦が勃発している。そんな、利権争いから多くの命が救えるんだよ。

「私がそれをしたとして、そのあとはどうなる」

「どうなるって──」

「正しい政府が作られるのか」

 秩序は保たれるのか。人々は幸福になれるのか。

 一つのテロを壊滅させたのち、新たなテロが生まれた事例をお前は知っているだろう。

「だったら、君が教えればいい」

 組織のまとめ方を、君が先頭に立ってやればいい。

「私がそれらまでしてしまえば、それは誰の国なのか」

 少なくとも、私の国ではない。

「ときには、自らが立ち上がらなければならないこともある」

「そうやって、多くの命を見捨てるの?」

 君はこれまで、沢山の人を救ってきただろう。

 けど、それは根本的な解決にならないことを君は充分に理解しているよね。それで何度、悔しい思いをしてきたか、僕は知っている。

 けれど君は、全てを救える力を持っているんだ。

「いまさら恐れるものなんてないでしょう?」

 君は、とっくに全てを無くしているんだから。

「その方法が支配者だと言うのか」

「違う。導く者だよ」

 強烈なカリスマ性は、世界を変える力になる。君は、人類を救う神だ。

「馬鹿げている」

 私にお前たちの理想を押しつけるな。

「社会主義も資本主義も終わりに近づきつつある。すでに終わったと考えている者もいる。必要なのは新たなシステムだ」

 支配者ではない。

「そんなもの、君が導き手になりさえすれば──」

「人はときに、一つになる事が出来る」

 何かを目指し、何かを助け、何かと闘い──しかし、人類は一つにはなれない。

 それこそが、

「感情を持つということだ」

 自由を求めた私に、お前たちの言う導く者になれると、どうして思えるのか。

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