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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
98/114

04『線路上の暴走』

 もう、止まる手段を失ってしまった。

 もう、下がることも忘れてしまった。


 残されているのは、力の限り進むことだけ。

 がむしゃらに、ひたすら前へ走ることだけ。


 ただ止まればいいだけのことと知りながらも、

 止まらなければならないことを感じながらも、

 実は止まりたいのではないかと思いながらも。




「奴らの狙いはこの列車じゃありやせん。フォートアリントンなんス」


 専門の技師でもさじを投げたくなるくらい、爆薬で徹底的に破壊された運転室でコーダが告げた。襲撃者達の目的はこの列車への山賊行為、もしくは破壊工作ではなくこの列車を暴走させることにあった。

 そして暴走した列車が走るレールの先にあるのは、“自由都市”フォートアリントン。そこに列車を突っ込ませ、惨劇を展開するのが彼等の目的だという。コーダの推測によると、この列車のどこかに先ほど制御装置を破壊したものとは比べ物にならない破壊力の爆発物が仕掛けられているだろう。


 地図上、世界の中心にあるフォートアリントンに付与されている意味は大きい。どの国のものでもないその都市は、同時に三大国及びその属国を繋げる絆の象徴でもあるのだ。そこに甚大なダメージが与えられれば、その影響はどこにでるか漠然としか分からない。


「ただ、確実なことは、その影響は間違いなく世界を揺るがすということでやしょうね」


 コーダの分析に、その場にいたリク達が静まり返った。


「一つだけ聞いても構わないか?」数秒の間の後、ジェシカがコーダに問う。コーダは何も答えなかったが、そのジェシカに向けられた視線は暗に肯定を示しているととったのか、彼女は尋ねた。「奴らは、お前の“何”だ?」


 色は違うが、砂漠の民を連想させるゆったりとした衣、そして褐色の肌に白髪。それにジェシカが確認していたわけではないが、あの列車を襲った大蜂は何者かに“召喚”されたものらしい。

 外見に召喚という能力。コーダと襲撃者達にはあまりにも共通点がある。それに、初めにあの大蜂ジェングスタフを目にした時の反応からすると、コーダは襲撃者達の事を知っていたようだ。


「端的にいうと同族ス。……俺は縁を切ったつもりスけどね。詳しいことは長い話になるのであとにしやしょう。今はこの列車を止めなければなりやせん」


 列車は標準から、比較せずともはっきりと分かるほど速度を上げていた。もうフォートアリントンまで六分刻(三十分)も掛かるまい。

 ただ、直前で止めても余波で被害が出る可能性が高い。実質的に全てを無事に終わらせるには十二分刻(十五分)以内にこの暴走を収束させる必要があった。


「でもどうやって止めるん?」


 この時、五人が共通に抱いていたであろう疑問をカーエスが声にする。


「……列車を破壊するしかないだろうな」と、ジェシカが提案する。「乗客をどうにかして避難させて、列車を横から魔法で攻撃するんだ。少なくともフォートアリントンは無傷でいられる」


 ここまで切迫した事態になってしまった以上、全てを無事に済ませるわけにはいかないだろう。だが、列車を放棄すれば、少なくとも人命が失われることはない。


「乗客をどうにかするってったって、あと六分刻だろ? コーダの《シッカーリド》やら俺の《アトラ》を使うにしても、少しずつしか下ろせないから時間が足りないんじゃないのか?」


 これだけ早く走る乗り物から無事におりるためには、それと同等に近い速度の出せる乗り物に一度移らせる必要がある。

 その乗り物でリクの心当たりはコーダの《シッカーリド》か自分の召喚できる“白鳳”《アトラ》しかないわけだが、この方法だと、一度に人を載せられるのは両方合わせて十人いくか行かないかである。それらを乗せては減速し、降ろしては追い付くという繰り返しは考えるだけで効率が悪い。


「車両を切り離しやしょう」


 ジェシカの提案に修正を加えたのはコーダだった。


「乗客を出来るだけ後ろに詰め込んで、そこだけ切り離すんス。おそらく三、四両あれば事足りるでやしょう。それだけなら《シッカーリド》で後ろから引っ張ってブレーキを掛けられやス」

「そんで前の車両は破壊するんやな?」


 カーエスの問い返しに、コーダが頷いた。


「前の車両に兄さん、カーエス君、フィリーさんの三人が残って、どうにかして下さい。爆薬が仕掛けられている可能性を考えると、できれば《アトラ》さんに乗って外から攻撃する方がいいスね」

「私はどうするのだ?」と、挙げられた名前から漏れていたジェシカがコーダに聞く。

「ジェシカさんには客車への魔力の供給を断ってもらいやス」


 コーダの話によると、主な推進力を保有しているのは先頭の機関車両なのだが、あまり負担を掛けないように、引っ張られる方の客車にも幾らかの推進力があるのだという。

 その推進力を賄う魔力は線路から供給されているのだが、車両に備わっている、その魔力供給装置の破壊がジェシカの役目らしい。


「了解した」

「じゃあ、早速行動だな。とにかく乗客には後ろに行ってもらわねぇと」


 リクの言葉に、四人は頷き返し、今立てたばかりの作戦の実行に移った。



   *****************************



「乗客の皆さん、静粛に! 今から私の言うことをよく聞いて下さい!」と、ジェシカの声が客室に響いた。カンファータ魔導騎士団の副団長として号令に慣らしただけあって、その声はよく通り、客室で談話に興じていた客達は揃って彼女に視線を向けた。


「不測の事態が発生しました! この車両は危険ですので、どうかできるだけ後方の車両に移動して下さい!」


 彼女の指示に、乗客達がざわめく。


「不測の事態ってどういうことだ?」「何故、乗務員が出て来ないんだ!?」「後方の車両に移動するだけで助かるのか!?」「どうせ、何かのアトラクションじゃないのかぁ?」「美人のねーちゃんだしなぁ」


 どうやら、指示を出したジェシカが乗務員ではないことが信用に欠けるらしく、乗客達は疑問を口にするだけで、動こうとしない。

「くっ……」と、彼女は密かに歯噛みした。この後に方が大変な行動が待っているのにこんなところでつまずくとは。


 その時、後ろでカッと、何かが光ったかと思うと、小さな爆発音がした。


「オラァッ、命ァ惜しかったら早よ行かんかい、ボケェッ!」


 後ろを振り向くと、カーエスが光弾を掌に発現させて振り回していた。いつもの眼鏡は黒色眼鏡に変えている。はっきり言って似合っていないが。運転室の爆発跡からすすを失敬したのか顔中を真っ黒にしており、一見すれば山賊に見えなくもなかった。


「………カーエス?」


 いつもは柔らかい、というかふやけている西方訛りが異様に迫力を帯びており、乗客達からはざわめきが静まり、動きが凍り付いた。


「それとも今いてこましたろか、アァ!?」


 その凍結を砕くように、カーエスがもう二、三発光弾を天上に向かって打った。その怒声に押されるように、乗客達は蜘蛛の子を散らすように後ろの車両へと殺到する。


「……何をやっとるんだ、貴様は……」


 呆気にとられた表情でジェシカが呟くと、カーエスは密かに色眼鏡を上にずらし、いたずらっぽい笑顔を見せた。


「いやぁ、『無力な者を御するには脅すが一番』ってホンマやな」

「だからってノリ過ぎだろ、お前」


 苦笑しながらリクが乗客を追って客車の後方へと駆け出す。


「お陰で結構スムーズに乗客を移動できそうスけどね」と、コーダが一応誰も隠れていないか車内を《熱源探知》で確認する。どうやら、今のカーエスの脅しでだれも隠れるという発想は湧かなかったらしい。


「盗賊だ!」「山賊だ!」「列車強盗だ!」「早く逃げるのよ! もうすぐこっちにやってくるわ!」「どこに逃げるんだよ、走ってる列車だぞ!?」「車掌はどこ!?」「だれかこの列車を止めろぉ!」


「……これのどこがスムーズにいきそうなのだ。不必要に話が拡大しているではないか」


 次の車両に移動した時目にした、混乱を絵に書いて立派な額縁に収めたような光景に、ジェシカが思わず眉をしかめて漏らした。

 目の前では怒号が飛び交い、バタバタと人間が走り回っている。荷物をまとめて右往左往している者もいれば、少しでも脅威から離れるために車両後方で詰めている者達もおり、この様子ではかなり遅れそうだ。


「落ち着いて下さい! あまり急がないで! 荷物は必要最低限に留めて下さい!」


 ジェシカの張り上げた声に、乗客達はリク達がこの車両にやってきたことに気付き、一層騒ぎ始めた。


「うわあぁっ! アイツらだ!」「盗賊だ!」「山賊だ!」「列車強盗だ!」「あの黒眼鏡は魔法を使うぞ!」「早く行ってよ! 後ろが詰まってンのよ!?」


「違います! とにかく落ち着いて話を……!」


「後ろの黒眼鏡が鉄砲玉ってやつか!」「で、へらっとしたのはきっと暗殺者だな!? あの笑顔のまま人を殺すんだ」「ひぃいぃ、助けてェェ!?」


「だから信じて下さい! 我々は盗賊などではありません!」


「ああ言っとるがあの女騎士がおそらく首領じゃないか」「確かに風格あるしなぁ」「あのきれーな顔で何人ものオトコを騙してきたのね!」


「だ、誰が首領だ!? 無駄口叩かず、私の言うことを聞かんかぁっ!」


 首領呼ばわりされたジェシカは槍を振り回して声を張り上げた。その際、槍は椅子に叩き付けられ、魔力が込めてあったのか、その椅子を粉々に吹き飛ばす。

 その威力をみた乗客達は顔を青くし、身を縮こませた。


「気を付けっ! 整列っ!」と、続けてジェシカが号令をかけると、動きが恐怖でぎくしゃくしながらも乗客達は言う通りに通路に並ぶ。


「よし、やや早足で行進開始ッ!」


 彼女の号令に、返事をする者はいなかったが、全員が揃ってぞろぞろと車両後方に歩いていく。先ほどの混乱振りはすっかりなくなり、移動は見るからにスムーズになった。この分では先ほどまでの遅れをしっかりと取り戻せそうだ。


「言っておくが、後ろの車両に行っても余計なことは言わないように。後ろの者にも私からきちんと指示を出す! 従わなければ車両から放り出してやるからな」


 最後の付け足しに、乗客達はびくりと身体を震わせ、理解したことを示した。


「……結局自分かて脅してるんやん」


 自分の出番を奪われたのが残念だったらしく、不満そうに口を尖らせたカーエスに、ジェシカはしれっと答えた。


「失礼な。私は脅してなどいない。威圧したのだ」



   *****************************



 その後の乗客の移動はそれこそスムーズに済ませることが出来た。結局のところ、ギリギリまで押し込めても後ろ四両を要し、畏怖されるジェシカが簡潔に「何者かによって先頭車両に爆弾を仕掛けられ、ブレーキを壊された。これから車両を切り離して破壊処理をする」という説明によって乗客は一応の納得を見たようだ。


 車両屋上に乗客達を誘致すれば、三両までに減らすことは出来ただろうが、如何に安全対策が施されているとは言え、ブレーキを掛けた衝撃で車外に乗客が放り出されないという保証はないため、乗客には絶対に屋上に出る、もしくは窓をあける等の行為は絶対にしないように注意しておいた。

 ちなみに、車掌などの関係者は一人残らず殺され、遺体は用具室等に隠されていた。非常時の対処法を持っている従業員達がいないほうが成功率が高まるからだろう。


「じゃ、切り離しやスよ」と、コーダは連結部にある制御盤を操作した。それを行うのに暗証番号が必要なようだったが、コーダはそれをさも当然のように入力し、連結を分離する命令を出力する。

 切り離した後も慣性の法則で、車両はしばらく離れなかったが、その後ゆっくりと離れていく。それまでコーダは、前方側の車両に乗っているリクとしばらく目を合わせたままで、やがて頷きあうと各々の車両の中に入っていった。


「いわれた通りのところを壊してきたぞ」

「お疲れ様ッス。次は俺の番スね」


 最後尾車両の屋上に上がってきたジェシカの報告に、コーダは召喚した《シッカーリド》の身体にロープを結わえながら答える。そのロープの一端は列車に繋げられているのだろう、屋上から列車の後ろへと垂らされていた。

 ジェシカの報告を受けずとも、彼女がしっかりと役目をこなしてくれたことは分かっていた。先ほどまで微かに残っていた魔導器の作動音が消えたからだ。


「自信はあるのか?」

「初めはありやしたけど、今は微妙スね。思ってたより一両増えたのが痛いス」


 内容に反してあっけらかんとコーダが答える。便利屋として列車に乗っている人数は正確に把握していたが、詰め込むとどのくらいの広さになるかの計算まではしていなかった。車両は一両だけでも酷く重く、先ほどまででも成功確率は八割、今となっては三割もないと思っている。


「ま、ここでのブレーキに失敗しても、大分スピードは落ちるでしょうからフォートアリントンに付くまでには自然に止まっているでやしょう」

「それで……逃げ出すという選択肢は思い付かないのか?」


 この車両を見捨てて、《シッカーリド》で車外に出ればそれでコーダだけは確実に助かる。だが、たった三割の成功確率に賭けて失敗した時、一番に危険が及ぶのはブレーキ役のコーダなのだ。


「俺は」と、コーダはジェシカを見据えて答えた。「“奴ら”とは違う。……兄さんに顔向けできない事をしてまで生き延びようとは思いやせんよ」


 その毅然きぜんとした態度に、ジェシカは頼もしそうに頷く。


「その分なら失敗は無さそうだな」


 ジェシカの言葉に、コーダは嬉しげに目を細めると、意気揚々と《シッカーリド》の御者席に跨がった。


「行こう、《シッカーリド》」


 その声に応えて、《シッカーリド》は軽く節足を曲げ、跳躍する。ふわりと音のない離陸、そのまま空も駆けて行けそうな優雅なジャンプだったが、列車と結び付けられたロープが真直ぐに張り、それに導かれて、《シッカーリド》は柔らかく着陸する。


 そして、《シッカーリド》は乗客を満載した四両の車両のすべての慣性の力を受け止めた。その衝撃は予想以上に大きく、その揺れにコーダは《シッカーリド》の上から振り落とされるどころか維持できずに召喚獣シッカーリドが魔力に還ってしまうところだった。

 もしそうなれば、このスピードのまま地面に叩き付けられ、コーダがいくら運がよくても死ぬのとそう変わらない目にあっただろう。

 しかしこれから《シッカーリド》に足を踏ん張らせなければならない。そうなればこの継続する衝撃は数倍に上がる。《シッカーリド》の装甲がいくら強くとも踏ん張る脚も無事ではいられまい。


(だが、それから逃げるわけには行かない)


 コーダは大きく深呼吸すると、歯を食いしばり、《シッカーリド》と意識を同調させて脚を踏ん張らせた。

 尖った節足が地面に突き刺さり、深い爪痕を付け始める。同時に、地面から跳ね飛ばされそうな衝撃が襲ってきたが、コーダは《シッカーリド》をなんとか大地にしがみつかせた。

 地面を引っ掻く脚も無事ではいられない。少しでも強い制御力を得るために同調させた意識は同時に《シッカーリド》の足が感じている堪え難い痛みも拾っていた。

 凄まじいスピードが生み出す摩擦力に、《シッカーリド》の脚は声なき悲鳴をあげる。その体中に巻き付けられたロープも酷く大サソリの身体に食い込み、締め付けた。


「ふうっ……!」


 食いしばった歯の間から、叫びにできない息が漏れる。だが、その行為は僅かながらに感じていた痛みを緩和させた。



(見守るだけ、というのも中々辛いものだな……)


 最後尾車両の上からコーダと《シッカーリド》が身をはってブレーキを掛けているのを見下ろしていたジェシカは口中で歯噛みする。

 傍目から見ていても、《シッカーリド》の踏ん張りだけでは制動力が足りない。自分もどうにかしてその足しになってやりたいと思うが、その手段を持ち合わせていない。


(いっそ、前方で槍を突き立ててみようか)


 しかしそれでは車体がつんのめってしまい、列車転覆の危険が大きいし、槍を突き立てることで、線路を破損させてしまっては、それこそ確実に列車を横転させてしまう。


(何とかできないものか、何とか……ッ!)


 手がかり、せめてヒント、閃きを求めて、ジェシカは辺りに視線を巡らせる。何か使えるものはないか、何かできることはないか。

 そして、彼女は望み通りに閃いた。


 屋上から階段を駆け降り、人込みをかき分けて、車両を切り離した地点まで戻った。そして、閉じていた扉を開き、そこから飛び込んでくる風を一身に受けつつ、外に首を出して、辺りを見回し、ドア周りを点検したりする。


(………見たところ行けそうだが、確信は持てないな……)


 自分の中の冷静な部分がそう判定したが、深い部分ですでに彼女は既に決断していた。というより、やらなければ気が済まない、やらなければ後々後悔する、と直感は彼女に訴えかけていた。

 本能的な判断に、疑念を抱くことなくジェシカは行動に移った。愛用の槍をもち、それを扉から外に突き出して、水平に構え、呪文を唱えた。


「届かざる手よ、我が意に沿い《伸び》て、我が敵捕らえよ」


 すると、槍が淡い光を発し始め、光のシルエットがそのまま伸びていく。そして、伸びた槍の両端が線路の両側に切り立った崖に突き立った。槍は、車体に押し付けられるが、しっかりと設えられ、魔法で処理もされた頑丈な壁はびくともせず、槍を押しはじめる。槍の方は、僅かに軋み、しなったが、折れる心配は無さそうだった。

 ガガガガ、という音と共に壁に突き立った槍が崖を引っ掻き、強大な摩擦力を発生させる。だが、あまりの衝撃にすぐに外れそうになり、支えているだけでよかったつもりのジェシカは槍の振動に耐えながら、槍の位置の補正に全力を注ぐことになった。素のままの筋力では耐え切れず、支えるために更に魔法で筋力を高めなければならなかった。


(……思ったより数段厄介だな)


 だが、まだ制御力が足りない。そこでジェシカは意を決して槍に魔力を送り込み、槍の長さを更に伸ばす。

 崖に突き刺さっていた槍が更に深く潜り込み、槍が大きくしなった。このままでは折れてしまいかねないので、ジェシカは槍を魔力で強化する。


 筋力の強化、槍の高度の強化のために同時に魔力を制御し、格段に強くなった振動を抑えて槍を水平に保つ。

 これらのことを同時に行うには卓越した集中力と魔導制御力が必要となる。実際、ジェシカは魔力のバランスがいつ崩れるか、集中が途切れて、槍を衝撃に跳ね飛ばされるか、気が気でなかった。

 だが、彼女がその危うい状態を保っていられたのは、ある事実が見えたからだ。



 痛みを通り越すと何も感じなくなる、というのは絶対に嘘だ、とコーダは思った。制御力を高めるために、精神を同調させ、共有した痛覚が上げる悲鳴は際限なく大きくなっていく。

 《シッカーリド》の足先は削れてだんだんと短くなっていっている。魔力をその先に集中させて、自然治癒力とつま先の甲殻の硬度を上げているのだが、それでも気休め程度の効果しかない。とにかく地面にしがみついていることを考え、跳ね飛ばされず、ただ地面に爪をたてることだけに集中した。


 ――フォートアリントンで、また会いましょう。


 かつて兄と呼んでいた男は言った。その言葉の中に、コーダがこの列車爆破の中で死ぬという可能性は含まれていない。だが、乗客を全員助けた上で生き残るという可能性も差ほど高くは見ていまい。


 今は、とにかく彼等の言動にことごとく反発心が生まれる。生きるとあちらが決めつけるなら死んでも構わないくらいに思えるほどにそれは強い。

 だが、それ以上に負けたくない。死ぬことに意味は無い。あえて敵の言葉にのってでも自分に、そして周囲に意味のある行動をしてこそ、彼等に勝つことになるのだ。この場合、皆に意味があることといえば、今の自分の任務、乗客を全員救って生き残ること。


(そして、堂々と奴らの前に立ちはだかってやるさ)


 訓練によって、焦りや動揺は極力抑えられている彼等だ。目論見通りに事が運ばなくても小憎たらしい余裕は消え去ることは無いだろう。それでも自分の意思を見せつけることにはなる。

 すでに決別したつもりだったが、彼等がまだ追ってくるというのなら、改めて突き放してやろう。


(そのためにはこの程度の苦痛なんかでめげるわけには行かない)


 そう考えると、今感じている苦痛もそれほどのものではないように思えてくる。

 否、実際に苦痛は減っていた。


(スピードが、落ち始めた……!?)


 一度、速度が落ちはじめると、目に見えて制御力の効果が現れ始め、完全に停車するまでにそれほど時間は掛からなかった。


 わっ、と完成を上げて乗客達が狭い車内から外に出てくる中、張り詰めた糸がほつれるように、《シッカーリド》の魔導制御が解けて魔力に還っていく。相棒の支えを失ったコーダは、そのまま地面に落下し、その場に仰向けに転がった。

 谷を出たところで止まったので、空は谷に切り取られること無く視界一杯に広がっている。彼に降り注ぐ、少し強めの太陽光は、力を使い尽くして些か熱をも奪われたコーダを暖めた。

 その視界の中に、知った顔が覗き込んで来た。


「……ジェシカさん」

「よくやり遂げてくれたな」と、彼女はコーダを労いつつ隣に腰を降ろす。

「はは、意外と何とかなるもんスね」


 あれから何の仕事も無かったはずだが、ジェシカの声はどこか疲れが混じっていた。どう計算しても、《シッカーリド》のブレーキのみであそこから速度が落ち始めたのに納得がいかなかったのだが、おそらく見えないところで彼女が手伝ってくれていたのだろう。


「俺達の仕事はこれで終わりス。後は兄さん達を待ちやしょう」


 そう言って、コーダは疲れの導くままに目を閉じ、寝息を立て始めた。



   *****************************



 滑るように線路を疾走していく魔導列車と並んで、三人の若者を乗せた大きな鳥が滑空していた。その身体は嘴からつま先まで、全くの純白でそろそろ赤く染まり始めて来た太陽の光でもその白さは染まらない。リクが召喚した神獣、“白鳳”《アトラ》である。

 《アトラ》は非常に特殊な存在であるため、またこの召喚獣に頼ってしまわないように自分への戒めという意味で、滅多な事ではこの鳳を召喚しないことにしているのだが、この抜き差しなら無い事態でそんなこだわりを貫いている場合では無い。


「もう少しスピード上げられるか? 先頭車の真横に着けたいんだが」

《心得た》


 リクの要請に返事を返すと、《アトラ》は大きな翼を二、三度羽ばたかせた。すると、嘘のように速度が増し、あっというまに先頭車両に追い付いてしまった。


「相変わらず物理法則から外れまくっとる奴やな……」と、その飛行能力に呆れたようにカーエスが言う。

《物理法則をねじ曲げる魔導士がいう台詞ではないな。そんなことを言っている間に役目を果たせ》

「ああ、そうだな」


 リクは真剣に頷くと、並走する魔導列車を一瞥し、それから線路の先、フォートアリントンへと移した。もう街の輪郭がはっきりと見えるまで近くなっている。破壊する機会は何度もあるものではないだろう。


 リクは深呼吸をして集中すると、魔力を紡ぎはじめた。


「その槍穂貫くは天地、その光が意味するは天の裁き、その先からは轟く光がほとばしり、全ての罪を討ち滅ぼす。稲光と共に現れよ、稲妻纏いし紫電の矛《ヴァンジュニル》!」


 最後に手を空にかざすと、どこからか雷が掲げたリクの手に落ち、一本の紫電を纏う長槍となった。


「天を覆い隠すは積乱雲! その雲が抱くは神鳴る電気! この矛も持ちし我の呼び掛けに応えて降りよ!」


 リクは続いて詠唱すると共に、召喚した《ヴァンジュニル》を向けた、魔導列車の真上に暗い雲が立ち篭める。そして、彼はかざした《ヴァンジュニル》を列車に向かって振り降ろした。


「《召雷》ッ!」


 彼の声に答えるように生み出された雷雲は稲妻を魔導列車に向かって落とす。列車が走っていることも考え、列車の先を狙ったこともあり、それはしっかり狙った通りの目標に命中した。

 が、列車に当たる直前、稲妻は障壁のようなものに阻まれて四散してしまう。魔導列車は無傷且つ車体を揺らすこともなく走り抜けてしまった。


「おいおい、今ので防がれちまうのかよ!?」


 レベル7の大技のつもりだったのだが、全く傷一つつけられなかったことにリクが目を見張る横で、今度はカーエスが魔導を開始する。


「破り壊す力よ、ここに満ちよ! 貫き砕く力よ、ここに集え! 我の意に従い、解き放たれよ!」


 腰を落として構えられた両手の先に魔力が集まり、一つの大きな光の玉を形作る。そして、カーエスは集めた魔力を開放して魔導を完成させた。


「《波動砲》ッ!」


 魔法の発動と同時に光の玉は魔力の奔流となって、魔導列車に側面から飲み込んだ。

 この魔法《波動砲》は、膨大な魔力を集め、一方向に向かって放つ、それだけの魔法である。

 シンプルであるため、掛けた魔力の量がそのまま魔法の威力となり、同じレベル7ではあるが、攻撃に雷の性質を付与するのに魔力を消費しているリクの《召雷》より威力は高い計算になる。

 しかし、それでも魔導列車に傷をつけるには至らない。《波動砲》の光に飲み込まれた魔導列車はそれを何事もなかったかのように突っ切って現れたのだ。


 その結果にカーエスは舌打ちをすると、眼鏡を外す。眼鏡を掛けていた時は黒に思えた彼の瞳だが、裸眼だと彼の目は蒼い。

 それだけではない。彼の目は“魔導眼”と呼ばれる特殊なもので、基本的に常時魔力の動きが視認できるという能力を持っている。

 だが、その状態だと少しずつカーエスの魔力は眼に吸い取られてしまうため、普段は眼鏡で能力を封じ、魔力が減るのを防いでいるのである。


「どうだ?」

「……普通に魔導列車に張られとる障壁を強化した上、御丁寧にもう一枚分厚いのが張られとる。アイツら、かなり魔導の扱いは上手いで。二枚の障壁がええ具合に重なりおうて相乗的に効果が増しとるわ」


 リクの問いに、カーエスが眉根を寄せて答える。彼の見立てでは、まともに魔法を使ったところで破れるものではないらしい。おそらく、魔導列車の襲撃者達は邪魔が入ることを見越して、念を入れて障壁を張っておいたに違いない。


「解除する方法はあるか?」

「魔法攻撃に極端に強くするのに、物理攻撃は素通しにするように設定されとる」

「つまり殴ったり蹴ったりするのはいい、と?」

「それであの列車が壊れるならここまで苦労せえへんねんけどな」


 この速度で耐える車両だ。魔法障壁無しでもかなりの強度をもっているらしいことは明らかだ。だからこそ物理攻撃はあえて眼中に入れず、魔法攻撃のみに防御対象を絞ったのだろう。


「あと、追加された方の障壁は車両の中に“核”があるはずや。それを壊せば、列車がもともと持っとる障壁しか残らん」

「でもそんな時間はねぇよな」


 カーエスの追加説明に、リクが間近に迫るフォートアリントンに視線を遣りながら言う。それが分かっているからカーエスは真っ先にこれを言わなかったのだろう。

 二人して頭を抱え、内心かなり焦り始めて来た時、ちょいちょい、と誰かがリクの裾を引っ張った。一緒に《アトラ》に乗ってきてはいたが、出番なしに見物していたフィラレスである。


「どうかしたのか、フィリー?」


 リクが、フィラレスに向き直ると、彼女はリクの目の前で人さし指を一本たてると、その指先であるものを指差し、リクとカーエスの視線をそちらに導いた。彼らは一瞬は考えたものの、すぐにフィラレスが何を言わんとしているのかを理解し、顔を見合わせる。


「せや、あそこや!」

「ナイスだな、フィリー!」


 彼らは頷きあうと、早速魔導を開始しはじめる。


「この玉は内に炎を秘めし《爆発の玉》! その炎、我が敵に当たりし時、解き放たれん!」


 カーエスは手の中に構成された夕日に似た色をした魔力の玉を“それ”に向かって投げる。《爆発の玉》は狙い通りの軌道を描いて飛んでいき、無事、列車の先の“線路”に着弾して爆発を起こす。

 線路も妨害行為の防止のために若干の魔力障壁を施していたが、さすがに襲撃者達はその障壁まで強化しておらず、レベル6の《爆発の玉》でも問題なく突き破り、目標を破壊する。


「突き上がれ! 怒りに震える《大地の拳》ッ!」


 続けてカーエスが唱えた魔法によって、線路が破壊された地点の地面が隆起しレールを凸型に曲げる。

 そこに魔導列車がやってきて、さながらジャンプ台のようになった線路を踏んだ。当然、暴走してスピード過多の傾向にあった魔導列車は、その大質量の車両を勢い良く空中に投げ出した。

 そこに止めを刺すべく、リクが呪文を詠唱する。


「ここに開かれよ、風を司りし鋼鉄の扇《如意風天扇にょいふうてんせん》!」


 手にしていた《ヴァンジュニル》が一度魔力に還り、緑の光となってそのまま大きな鉄扇である。優雅な紋様が掘られたそれを広げると、リクはそれを左右上下に振りながら続けて唱えた。


「地に流れる風よ、集え! 互いにその身をぶつけあい、やがて一つの風に紡がれよ! 其に宿るは空へ翔け抜ける力、周りのもの皆天へと連れ行く力!」


 リクは最後に下から上へ、突き上げるように《如意風天扇》を煽ぐ。


「《昇天》ッ!」


 すると、爆発的な風が縦横無尽に駆け巡り、遂には一つの巨大な竜巻となった。

 それは自らに取り込んだもの全てをその驚異的な風圧でもって、天高く放り出していた。

 無論、そこに突っ込んで来た魔導列車とて例外ではない。ましてや、その車両は空中に投げ出され、浮き足立った状態である。直ぐに風に底をすくわれ、無事に着地することは許されなかった。


 本来なら、その時点で一緒に巻き込まれた石等で傷付いたり、前から後ろからの風圧のすれ違いによって挟み切られたりしていていてもおかしくないのだが、そこは例の魔法障壁が働いているらしく、傷一つ付かない。

 また、その重量は相当なものらしく、その暴風を持ってしても、中々持ち上がらず、しばらくその場に浮かせたままになっていたが、それでも徐々にその車体が持ち上がっていく。


「行っ……けえぇぇぇッ!」と、リクが、《如意風天扇》をもう一煽ぎするとその声に応えるように、魔導列車はくるくると独楽のように回転しながら車体が空高く持ち上げられ、たちまち見えなくなってしまった。


「よしッ!」「よっしゃッ!」と、思い描いた通りに上手く事を運んだことに、リクとカーエスは一度顔を合わせ、お互いガッツポーズをすると、再び空に目を移す。


 竜巻が収まり、そのまま放物線の頂点を過ぎた後、巻き込まれていたものを待つのは、自由落下だ。

 あの大きな車体なので、見逃すこともなくリクとカーエスは落下してくる魔導列車を視界の中に捉えた。その視線の先で、魔導列車は意外にゆっくりと落ちてくるように見える。


 しかし、地面に近付くにつれ、見た目の速度は大きくなり、魔導列車の細部を確認できるようになってからはあっという間に、魔導列車は先頭車両から激しく地面に墜落した。

 “物理的に”地面と衝突した事によって車両は大破し、その際仕掛けられていた爆弾が発動したらしく、まばゆい閃光が走ったかと思うと、轟音と共に木っ端微塵に吹き飛ぶ。


 魔導列車をフォートアリントンに突っ込ませ世界の混乱を図るという襲撃者達の目論見を破ったことを確信し、リク達三人は顔を見合わせ、黙って笑顔で持ち上げた手を合わせた。

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