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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第三部:聖地への旅路
97/114

03『線路上の騒乱』

 騒乱を乗せた列車はそれでも走る。

 中に乗せたものは何であろうと列車は運ぶ。


 人も、物も、

 好意も、悪意も、

 そして夢でさえも。


 全てを内に抱いて列車は走る。




 コーダが去り、ジェシカが階下に消えた後、リクとカーエスはフィラレスを後ろに庇って構えた。

 再び大蜂達が一斉に光弾を吐き出すが、カーエスの《試みの魔関》に阻まれて、呆気無く消散する。今のはわざわざ魔法をつかって防がなくても、避けられたが、列車を守るために、敵の攻撃は極力消散させなければならない。

 今度はリクが反撃に移った。


「我は放たん、連なりて射られしものを炎に包む《火炎の連弩》を!」


 胸に構えた両手に炎が弓矢を象り、リクはそれを引き絞って放つ。すると、六本もの矢が立て続けに、大蜂の群れの中に飛び込んで行った。

 だが、大蜂達はそれを事も無げに避け、自分達の腹部の先をリク達に向ける。


「何だァ……?」


 怪訝そうに細められたリク達の目が、そこから何かが迫り出してくるのを捉えた。そして次の瞬間、彼等はその腹部の先から五寸釘大の針をいくつも連射してくる。

 リク達はそれをかわし、針は屋上デッキの床に刺さったが、それを成していた合金製の板が一瞬にして腐食させてしまったのを見て、カーエスは顔を引きつらせた。


「……蜂ごときが持つ毒やないなァ、かするどころか触れるだけでアウトや」

「ああ、それに見た目以上に厄介だ」


 リクが頷いて、やや苦い面持ちで大蜂達を見上げる。


 先ほど、リクは《火炎の連弩》で攻撃を仕掛けたが、あの手応えを見る限り、どうも当たる気がしない。後ろ向きに魔導列車と同じ速度で飛べるほどの飛行能力を持った蜂だ。飛んでくる矢を避けることなど造作もないのだろう。

 近付いて攻撃したいが、ここは列車の上だ。列車のまわりには防風障壁が張られており、風の抵抗を感じることはないが、やはり不安定であるし、狭くはないが、走り回るには決して十分でない屋上デッキ一つ分のスペースしかないのである。


「アイツの動きを止めるか、いや……誘き寄せた方がええか」


 リクの言葉を受けて、なにやら思案していたカーエスだったが、やがて何か思い付いたらしく、それを実行に移すべく呪文を唱える。


「知なき者よ、集え。《誘いの灯》の光の元へ」


 呪文の詠唱と共に差し伸べた手の先に、淡い光を放つ魔力の玉が現れた。すると、その光に引き寄せられるように、大蜂達がふらふらと近寄ってくる。

 リクはそれが十分に寄って来るのを待ち構えていたが、どうやら、引き寄せられている間も攻撃本能は消えないらしく、口の辺りにエネルギー光が凝縮していくのが見えた。カーエスもそれを見つけたらしく、《誘いの灯火》を解除して、障壁を張る。


「弱き魔は、この関を通ること能わず、《試みの魔関》!」


 攻撃はそれで防げたものの、《誘いの灯火》から解き放たれた大蜂達は再び遠距離へと退散して行く。


「させるかッ!」


 離れて行く大蜂達に対し、リクは一歩進みでると、手を伸ばして呪文を唱えた。


「我は召し捕らえん、向かいし全てを絡めて逃さぬ《水流の投網》にて!」


 蜂に向けて広げられた手から、網の形状をした水しぶきが飛び、四匹の大蜂の内、一匹を捕らえる。


「風の中を走れ、疾く鋭く! 《かまいたち》」


 《水流の投網》に絡めとられ、身動きが出来ない大蜂に、カーエスが生み出した風の刃が飛び、大蜂は呆気無く真っ二つに裂かれて墜ちる。



「よっしゃ、先ず一匹っ!」と、仕留めたカーエスが小さく拳を振る。


 今回はたった一匹しか減らせなかったが、この一匹は大きい。三匹に減ることによって、こちらの負担も大きく減るし、何より同じパターンを繰り返せば、程なく敵は全滅するだろう。


「ん?」


 喜ぶのも束の間、リクは大蜂達の様子が変わったことに気が付いた。蜂の中の一匹が白く発光したかと思うと、その光がゆっくりと分裂していく。そしてその光が収まった時、大蜂達は元の四匹に戻っていた。

 どうやら、一匹を倒しても、一匹複製が作られ、常に四匹という数が守られる仕組みらしい。


「冗談じゃねぇぞ。あれだけ攻撃を当てにくいのを四匹まとめて片づけろってのかよ」

「それかコーダが何とかしてくれるまで、粘るかやな」


 二人は、頷きあって改めて身構える。


「フィリーは中に入っていろ。ここじゃ“滅びの魔力”は使え……あれ?」


 リクが後ろに守っていたつもりだったフィラレスを振り返るが、そこに彼女の姿がなかった。一通り見回しても、彼女の姿は見つからなかった。


「一人で中に入ったんかな?」

「それはフィリーらしくないような気もするんだが……ま、いい」


 どのみち、ここからは去らせるつもりだったのだから、ここにいなければそれでいい、とリクとカーエスは気を取り直し、上空で体勢を取り戻しつつある大蜂を睨み付けた。が、その瞬間、二人は揃って目を丸くした。

 彼等の視界の中で、四匹の大蜂は光の奔流に飲み込まれたのだ。いかに回避能力の高い大蜂でもそれだけ圧倒的な魔力の前に晒されれば避けようがなかったらしい。



 リクとカーエスは思わず顔を見合わせて、大蜂を滅ぼした光の発生源を辿ってみる。隣の車両の屋上に一人立って横笛を演奏しているのは、やはりフィラレスだった。先ほどいないと思ったのは車内を経由して隣に移動していたからだったのだ。やはり至近距離に仲間がいる状況で、“滅びの魔力”を発動させるのは危険と判断したのだろう。


 列車の走行音に邪魔されて笛の音は聞こえないが、彼女は目を瞑り、冷静に演奏を続けていた。敵を滅ぼした後もゆらゆらと空中を彷徨う“滅びの魔力”を己の身体の中に集束させていき、以前見た時より格段に速やかにそれを完了する。

 フィラレスはゆっくり目を開き、横笛から小さな唇を離すと、隣の車両から呆然と自分を見ているリクとカーエスに目を向け、どことなく満足そうな表情で手を小さく振ってみせた。



   *****************************



 ―――見つけた。


 右側の崖の上で自らの召喚した大サソリ《シッカーリド》を駆るコーダは、口の中でそう呟いた。猛スピードで走る魔導列車の進行方向の先に小さな影が見える。


 “召喚”で造り出された魔法生物はあたかも普通の生き物のように見えるが、その実召喚主の魔力を凝縮して創られたものである。

 よって召喚主と何らかの繋がりがなくては、形を維持できない。触れているのが一番だが、高度な技術を持っていれば、目の届く範囲にさえいれば繋がりを保っておくことはできる。

 だから、少なくとも列車の近くにいることは分かっていた。問題はどこにいるかだが、線路の両側は切り立った崖であるため、列車の前方か後方のどちらかであると絞ることはできた。そして、来襲した四匹の大蜂の向きから、コーダは召喚主は前方にいるものと判断したのである。


 目標を捕捉したコーダは、探索の為に少し抑えていたスピードを解放し思いきり走らせた。崖の下を走っている魔導列車を圧倒的な速度で引き離し、目標にどんどん近付いていく。

 そして、自分の走っている崖の真下に先ほど来襲した大蜂よりも一回り大きな蜂の背に立った一人の男を捉えると、コーダは《シッカーリド》をそれに向けて跳躍させた。

 そのまま行けば、大蜂ごと《シッカーリド》の腹で押し潰せたはずだが、途中で気付かれたらしく、大蜂に乗った男はひらりと《シッカーリド》をかわす。しかし、コーダは悔やむこともためらうこともなく、自由落下する《シッカーリド》と滞空する大蜂がすれ違った瞬間、コーダは御者席から大蜂の上に飛び移った。

 大蜂に乗った男と、目が合うと同時にコーダは腰に潜ませていた曲がり短刀を抜くと、その首目掛けて振るう。ところが男は大して驚いた風でもなく、自分の短刀を抜いてそれに応じた。


「久しぶりに会った“兄”にいきなり斬り掛かるとは、御挨拶ですね」

「ニード……、やはりお前か」


 短刀で鍔迫り合いをしながら、ニードと呼ばれた男は懐かし気に目を細め、コーダは厳し気に眉を潜めると、触れあったままの短刀を振払って、至近距離のまま対峙する。


「エンペルファータの騒動で貴方を見かけましたのでね、会えるのではないかと期待していましたが、それは裏切られませんでしたね」


 おそらく、エンペルファータのクーデターの中、攫われたフィラレスを追って魔導レーサーと競争した時のことだ。あの時のドライバーは大ムカデ《セディビート》を召喚するための刺青を施されていた。


「あの魔導レーサーのドライバーに刺青を施したのはお前達か?」

「だったら、どうするのです? 私を殺しますか?」


 肯定も否定もせずに、ニードは答える。


「いつから“一族”は訓練もしていない素人に“暗獣”を与えるようになった?」

「知ってどうするのです? 貴方はもう“一族”から抜けた身でしょう?」


 再びはぐらかすような問い返しに、コーダは何も答えず、刃を持って答える。だが、その一撃にもニードはあっさりと反応して、それを受け止めた。

 しかし、今度はそれでは終わらず、ニードは何気無い動作で、空いている方の手にもう一振り短刀を握ると、コーダの胸に向けて突き出す。が、コーダはそれに気付き、後方に飛んで交わす。

 ところが、ここにある足場はニードの大蜂《ジェングスタフ》のみだ。コーダのとんだ先には何もない。そのまま地面に叩き付けられるものかと思いきや、折しもそこに再びコーダの《シッカーリド》が跳躍してきて彼の足場となった。



 足場と距離を得たコーダは右手の親指と人さし指を直角に立てて銃の形をつくると、ニードにそれを向ける。


「光よ集え、指先に! 我が指し示すは小さな点、その先に広がるは大きな未来! 《狙撃》っ!」


 魔法の発動と共に、コーダの指先から発射された光線は真直ぐにニードの心臓に向かい、ニードはそれを少ししゃがむことで、肩の上を通過させて避けた。それを見たコーダは小さな声で呟いた。


「掛かったな」


 ニードを通過し、そのまま真直ぐ地面に突き刺さるか消散するかと思われた光線だったが、なんとニードの肩の上でその軌道を変え、急降下したのである。そして、ニードの足場である召喚獣《ジェングスタフ》の羽に穴を開けた。

 コーダの用いる《狙撃》は低レベルの魔法であるため、放った後にも軌道を調整できるほど使い勝手のよい魔法ではない。

 ただ、熟練すれば放つ前に光線が描く軌道をあらかじめ設定することはできる。つまり、コーダはニードが避けることを計算しており、最初から《ジェングスタフ》を狙っていたのだ。


 空中での体勢を保つために非常に重要な羽に穴を開けられたため、ニードの乗る大蜂はグラリと揺れ、召喚主も落ちないためにはバランスを崩さないわけにはいかなかった。

 一方コーダの駆る《シッカーリド》は滞空能力がないため、一度近くの崖を使って、三角飛びの要領で跳ねると再び《ジェングスタンフ》に肉迫する。


 ニードが体勢を崩している隙を狙って、コーダは再度《シッカーリド》から離れ、《ジェングスタフ》に飛び乗った。

 両手に曲げ短刀を構え、ニードに斬り掛かるコーダに、「くっ……ふっ……!」と、今度はさすがに余裕とは行かず、ニードは必至でコーダの繰り出す攻撃を捌く。


 直に《狙撃》によって、《ジェングスタフ》の羽に開けられた穴が修復され、大蜂が体勢を取り戻しても、コーダが闘いの流れを握っていることは覆らなかった。

 防戦一方のニードにコーダが話し掛ける。


「列車を襲わせている“囮”を消してもらおうか」


 コーダはいくらか《ジェングスタフ》の能力を知っている。“囮蜂”はその一つで、本体とは違うが、外見は同じ四匹の大蜂を出す能力だ。囮蜂は、攻撃は単調だが、飛行能力、回避能力は本体のそれに近く、また召喚主をどうにかするか、四匹同時に倒さない限り、一匹倒してもまた分裂して増えてしまうという非常に厄介な能力が付いている。

 リク達のことだから単調な囮蜂にやられることはないと思うが、攻撃の当てにくい四匹の囮蜂を、周りを巻き込まずに同時に仕留めるのは難しい。だが、自分がここで召喚主であるニードをどうにかすれば、確実にあの囮蜂は始末できる。


「それは、出来ない相談ですね」

「続けても無駄だ。あの囮蜂は俺の仲間が相手をしている。あの実力だったら、退けるのは無理でもフォートアリントンに付くまで守り切ることは造作もない、お前も分かっているはずだが?」


 先ほどの言動と、持ち前の情報集収能力からして、彼等はエンペルファータで起きたクーデターの顛末を全て知っているはずだ。それこそ、エンペルファータの市民も知り得ないレベルで。


「そもそも、俺が乗っていると知っていて、列車にあんな脆弱な存在を寄越して何をしようとした? “一族”を抜けた俺の抹殺か? それとも――」




「嘆かわしいことです」


 コーダの質問を遮って、ニードは漏らす。小さな声だったが、重なる剣戟の中でもその言葉は不思議とコーダの耳に届いた。


「そこまで分析できておきながら、まだ気付かないとは。私達のやり方はよく御存じのはずでしょうに」


 その言葉に、コーダは思わず攻撃する手を止める。攻撃する余裕が生まれたのにも関わらず、ニードはコーダに対して攻撃する素振りはない。


「ちなみに、囮は先ほど消滅しました。貴方の仲間とやらが上手く立ち回ったようですね」


 しかしその言葉に、コーダが安堵することはなかった。ニードが漏らしたその前の台詞が頭の中を駆け巡り、ついでに答えを出していたからである。呆然としたのも束の間、彼は、慌てて目の焦点をニードに合わせて言った。


「陽動……!?」

「そう、闇を深くするには眩しい光を使えばいい。貴方は少し学習した方がいいですよ? エンペルファータでも似たような手にひっかかっていたでしょう?」

「本当の目的は何だ!?」


 再度、探検を構えて詰め寄るが、ニードが動じることはなく答えた。


「言えると思いますか? もうどうにもならないので教えて差し上げても構いませんが、私から聞くより直接見た方がいいと思いますよ?」


 一言目の時点で、コーダは既に踵を返し、空中にその身を投げ出していた。そこに先ほどと同じく《シッカーリド》が飛び上がってきて、コーダを迎える。

 彼はもう一度ニードを振り返った。列車に戻る彼を邪魔立てする気はないらしいが、目が合った時、ニードは不敵な笑みを浮かべた口を動かす。

 高速で移動しているため、至近距離にいない限りその声は届かないが、読唇術の心得もあるコーダは、彼の言葉が読み取れた。


 ――フォートアリントンで、また会いましょう。



   *****************************



 運転室のドアをノックしても、応答はなかった。中で誰かが動く気配もない。


「緊急事態だと言うのに……職務怠慢だな」と、コーダの指示通り事情を話して列車を止めてもらおうとここにきたジェシカは溜息まじりに言うと、もう一度強めにドアを叩く。

「緊急事態だ! 早く出てきてくれ!」


 何の気もなしに、ジェシカはノックをする傍ら、もう片方の手でドアのノブを回した。すると、ノブは引っ掛かることもなく回り、ジェシカ側に呆気無く開いた。


「……鍵が掛かっていなかった?」


 十分あり得る話だ。クリーチャー来襲ともなれば、その対応に追われ、鍵を掛ける暇もなくなる。となると、中には誰もいない可能性も大きい。レールの上を走り、操舵の必要のない乗り物だ。駅への発着以外は自動制御で走行可能だ。


「だとすると厄介だな」


 ジェシカのいる第一車両を始め、この魔導列車は十六両もの車両が連なっている。事件の対応に追われてその中を奔走している運転士を見つけるのは骨だ。

 そんなことを思いながら、一応覗いておこうと運転室の中に足を踏み入れた瞬間、ジェシカは全身が凍り付いたような衝撃を受けた。


「なっ……!?」



 そこに広がっていたのは惨劇だった。至る所に血が飛び散り、部屋の中には血の匂いが立ち篭める。

 そしてその真ん中には運転士達と思われる制服を着た男の死骸が二体転がっていた。一見したところ、直接の死因は喉にある刺し傷だろう。大きな針のようなものを後ろから貫かれたのだ。彼等の死に顔は驚愕に満ち、犯行には数秒もいらなかったことが伺える。


 その場にいた人間は死体だけではなかった。その真ん中には一人の女が立っていたのである。ジェシカには見なれた感のある砂色の衣の下に覗くのは褐色の肌だ。その両手に握られた、血がしたたる大針からして、この惨劇を造り出した本人に間違いないだろう。


「とんだ邪魔が入ったみたいネ」

「暗殺者か……? ともかくそこを動くな。武器を捨てろ」


 流石に修羅場を潜ってきたジェシカは、目の前の紅い情景に身体を強張らせることなく、愛用の槍を女に向ける。



 女はしばらく突き付けられた槍の切っ先を見つめていたが、やがて観念したように凶器を前方に放り出した。が、次の瞬間、女はニマリと口元に笑みを浮かべると、いつのまにか新たに手にした投擲用のナイフをジェシカに投げる。

 ジェシカはそれをとっさに槍で叩き落とした。その隙を突いて、女がジェシカの元に駆け出す。そして先ほどジェシカに槍を向けられて放り投げた針をまだ空中にあるうちに受け止めて逆手に構えた。


「くっ」


 リーチの差で圧倒的に有利だった形勢をあっさりと返されたジェシカは、苦渋に表情を歪める。その上手い闘い方にジェシカはハッキリと感じた。この女は、普通の戦士などとは比べ物にならないくらい闘いに関して熟練している。

 ジェシカとは対照的に女暗殺者は緊張など全く感じさせない、微笑で両手に持った針で右から左から彼女を攻め立てた。


「そうそう、下手に避けない方がいいヨ、それには毒が塗ってあるカラ」と、必至で針を防いでいるジェシカに話し掛けると、女はそれまでの楽し気な笑みに狂暴性を混ぜて続ける。「でも、そうしたくても出来なくなるけどネ」

「何を……!?」

「《蜘蛛糸》よ、粘り絡みて戒めよ」


 僅かな動作と呪文の後に、彼女の掌から放たれたのは白い糸がからみ合った物体だった。それはジェシカの目の前で若干広がりを見せると、彼女の上半身に絡み付く。それほど強い糸ではなさそうだが、粘着質で僅かながら彼女の動きを制限している。


 まずい、と思った。今のままでも精一杯なのに、今動きを制限されたら、毒針の一撃をもらってしまう。そうなると、暗殺者の毒だ。生き残れるかどうか分からない。


 心臓が高鳴る。全身の血が冷え、鳥肌が立つ。


 今まで何度も死ぬような目はしてきた。だが、今ほどハッキリと死を意識したことはない。怪我ならまだ治せるが、毒は厄介だ。列車の中だからろくに医療設備もあるまい、そして医療設備のあるところまではまだ遠い。


(一撃でも擦ったら、死ぬ)


 久しぶりにハッキリと感じた、純粋な恐怖。それは、ジェシカの身体を足下から、足元から凍り付かせていく。その一瞬の硬直を見切ったか、女暗殺者は、ニマリと笑い、逆手に構えた毒針を心臓に向けて突き出した。

 運転室の風防から入ってくる光を受けて、毒針が鈍く輝く。その鋭い突端が自分の心臓を貫く瞬間がジェシカにはありありと見えた。


 もうダメだ。そう思った時、ジェシカはそんな自分に対して激しい怒りを憶えた。恐怖を覚えて動けなくなったところを殺されるなど、ファトルエルで亡くした師に申し訳が立たない。


「なめるなぁっっ!」


 咆哮にも似た叫びと共に、張り付いた氷を割り砕くように思いっきり足を蹴りあげる。その足は丁度女暗殺者の鳩尾あたりに吸い込まれていく。

 だが、敵も去るもの、とっさに反応しジェシカの渾身の蹴りを腕でガードするが、思わぬジェシカの虜力に、身体をよろめかせてしまう。


「まだだっ!」


 彼女は先ほど蹴り上げた足を戻し、もう一度突き出す。それは正確に女暗殺者の針を持つ手に当たり、毒針を弾き飛ばした。

 蹴り飛ばしたお陰で距離が開き、ジェシカは槍を女暗殺者に向けて突き出す。既に《蜘蛛糸》の効果が切れたのか、上半身に絡み付いていた糸は消散している。あとは、もう二度と距離を詰められないようにすればいい。


「意外と根性があるわネ。でもこれで勝ったと思わない方が……」


 ジェシカの度重なる突きを受けながら女が不敵な笑みを浮かべるが、そこにバタバタと複数の人間が運転室に入ってくる気配がする。


「そこにいるのか? ジェシ………ジェシカ!?」


 予想を超えた光景に思わず彼女の名前を呼んだのはリクだ。足音の数からしてあとはカーエスとフィラレスが続いているのだろう。振り返りたい衝動はあるが、今は敵から目が離せないので、女暗殺者を睨んだまま答える。


「リク様、取込み中なので失礼します。ちなみに奴の獲物には毒が塗ってありますので飛び道具に御注意を」


 すると、女暗殺者はすっと後ろに下がって言った。


「分が悪くなったみたいネ。目撃者は消すのが基本だケド、今回は下がることにするワ」そして、後ろの割れている窓に飛びつくと、それに身を潜らせる。最後に、窓から顔を覗かせて付け加えた。「生き残れたラ、また会いまショウ」


 言い終わると同時にウインクすると、彼女は窓の外に飛び下りてしまった。


「……何だったんだ、今の女?」


 彼女が姿を消した窓と、足元に転がっている運転手達の死骸を交互に見ながらリクが尋ねた。そこでジェシカは今までの顛末をリクに話して聞かせる。


「おそらく、上での騒動は陽動で、こちらが本命の作戦だったのではないかと」

「なるほどなぁ、上の蜂はどうも破壊力に欠けとったし」


 リク達三人が、相手をした四匹の大蜂は、攻撃力は余りなかった。しかしその回避能力と、一匹を失うと直ぐに再分裂して補完してしまうという、妙な能力のお陰で倒しにくいだけだったのだ。

 無視はできないが、かといって何のために繰り出されたのか分からなかったが、陽動と言うことならそれで納得はできる。


「でも、運転手を殺してどうするつもりだったんやろ?」

「それは後で考えるとして、取り敢えずコーダの言う通り、列車を止めようぜ」


 止め方は分からないが、こういう大衆的な乗り物には大抵目立つところに緊急停止装置が付いているはずだ。運転手を殺した時点でジェシカに見つかってしまった所為か、制御装置の方は壊された形跡はない。


「不幸中の幸いやな、壊されとったらシャレにならへんし」


 カーエスがそう言って苦笑した時、


 ズガァン


 彼等の目の前で爆発音と共に制御装置が吹き飛んだ。


 どうやら時限式の爆弾が仕掛けられていたらしい。正確に制御装置のみを破壊するために調整されていたのか、爆発地点と同じ部屋にいたのにも関わらず、リク達に被害が及ばない。

 だが、ボタンというボタン、レバーというレバー全てが使い物にならなくなってしまった。


「……こりゃ参ったな」驚きを通して、呆然とした表情でリクが漏らす。「つまり、列車を止められなくすることがあいつらの目的だったわけだな?」

「その通りス」


 リクに応答したのはたった今運転室に駆け込んできたコーダだった。彼は息を切らせながら、壊されたての制御装置を見て大きく溜息を付く。


「奴らの狙いは列車を暴走させること、そして暴走列車の行き先は……」


 言葉を切って、コーダが指差した先には、この列車の終着駅―― “自由都市”フォートアリントンが見えていた。

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