02『線路上の波瀾』
車窓に融けた景色が流れて行く。
心地よい振動に揺られ、
夢現のまま、旅人は運ばれる。
夢方面行きの列車は走る 走る。
終点からは彼自身の足で歩かなければ、
レールを敷いて行かなければならない。
せめてそれまでは夢現のままで。
エンペルファータからフォートアリントンに掛けて南北に展開するエンペルファータ山脈、自然に形成された地形とは信じ難いくらい綺麗に山々が二つに並列しており、その間を走るのがエンペルファータとフォートアリントン間を走る魔導列車の線路である。
その山脈の一角にある小高く切り立った崖の上に、男が一人立っていた。砂色の衣を身に纏っており、肌はほとんど露出していないが、唯一はみ出している手や深々と被ったフードの陰に覗く肌は艶のある褐色をしている。
山脈を通り抜ける風に衣をはためかせながら南側に手を伸ばしていた彼だったが、やがてすっと細く鋭い目を開け、手を伸ばした方向を睨み付けた。
その視線の先には黒い影が見え、それが近付くにつれて、それが羽虫であり、蜂であることがだんだんと分かってくる。耳にもその羽音が聞こえはじめると、まばたき一つする間に、彼の目の前まで迫り、彼の伸ばした右手の指先でぴたりと止まった。
その蜂の大きさは尋常ではなく、体長だけでも人の二倍は軽く超える。人一人くらいなら軽く乗せて運べそうだ。
「相変わらずうるさい召喚獣ネ、ニード」
同じく砂色の衣に身を固め、何の苦もなく崖に登ってきた女がからかいの眼差しをニードと呼ばれた男に向ける。
「その代わりに得られた能力は幅広く、強力です。これくらいの欠点には目をつぶるべきでしょう」
ニードは女にそう答えると、“大蜂”を魔力に分解し、自分の身へと回収する。
“召喚”は文字どおりの実在する生物を自分の元に呼び出す魔法ではない。魔導士が自分の魔力を高い制御力をもって凝縮し、具現化するものである。今、ニードがやったのはその逆である。
もちろんその召喚獣の大きさに比例し、使用する魔力の量も半端ではないが、凝縮した魔力を分解し、回収することで、一度の召喚で消費するのは必要最低限、召喚獣を構成もしくは分解するための魔力だけとなる。
「もうすぐ目標が下を通ります。私が陽動を引き受けますから、貴女は」
「自分のやることくらいは把握してるワ。あたしが心配なのはアンタなんだけどネ」
つり気味の目に妖しい光を発した女の言葉に、ニードは眉を上げて少しばかりの同様を見せるがすぐに納得する。
「そうですね。私も今、彼に会ったらどういった心境変化が起こるか分かりません。精々顔を合わせないようにやりますよ」
「あらま、素直だコト。ここまで聞き分けいいのも男として考えものだわネ」
「別に貴女に色目を使うつもりはありませんから問題ありません」
短く軽口の応酬をして視線をあわせると、女はこくりと一つ頷いて崖から線路のあるふもとへと飛び跳ねるように降りていく。
それを見守りながら、ニードは右手を水平に上げて「来い、《ジェングスタフ》」と、呼び掛ける、すると彼の手の先に先ほどの巨大な蜂が羽音を轟かせながらニードの目の前に現れた。
彼はその背中に乗ると、線路上空に移動し、高度をあげる。広くなっていく視界の先にとうとう目標である魔導列車が線路上をこちらに向かって走ってくるのが見えた。
先のエンペルファータの一件で一部始終をみていた密偵の報告によると、一族を抜けた者が見つかったそうだ。神出鬼没で居場所が掴めなかったが、一族も間接的に手を貸したあの騒動に、彼も巻き込まれていたらしい。
今はあの魔導列車に乗っているということだった。今回の彼等の任務には“本来の目的”とは別にこの裏切り者を捕縛、もしくは抹殺することが付け加えられていた。その抹殺指令を、目標の兄貴分である自分を指名するとはなんとも主らしい判断だと思った。
「果たしてこの胸に沸き上がるのは、恨みか情けか。……どちらにしろ貴方にはそう簡単に死んでほしくないですね、コーダ」
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かたん。
突然耳に入ってきた物音に、リクはパッと目を開いた。眩しく開けた視界の中にいたのは革製の軽甲冑を着込み、愛用のスピアの手入れをしているらしい金髪の女だった。
「……ジェシカ」
「申し訳ありません、リク様。できる限り静かにしていたつもりなのですが、起こしてしまいましたか」
「いや、それはいいんだが」
様子からみて、大分前から続けていたようだ、たまたま意識が覚醒してきたところに物音が耳に入っただけだろう。心持ち寝かせていた椅子の背もたれを元に戻そうと身じろぎをしたとき、ジェシカがリクを止める。
「ああ、動かない方がいいですよ?」
何やら楽し気な目を向けているジェシカの視線の先を辿るまでもなく、リクは彼女が何をいいたいのか分かった。その左半身に重みを感じていたからだ。彼に体重を預けるようにして一人の少女が眠っていた。
安らかに目を閉じている整った顔に長い黒髪が一筋鼻に掛かっており、寝息に合わせて小さく揺れている。いつも不安そうに顔を俯け、表情も頼りな気でどちらかというと保護欲を掻き立てるフィラレスだが、こうして顔を上げているところを見ると、そういった感情抜きにどきりとさせられた。
思わず見とれてしまったが、リクはハッとなってジェシカに視線を写す。何も言わないが、先ほどからたたえている笑みが若干大きくなっていた。
「………今何時だ?」
取り敢えず話題を変えてみるが、ジェシカは時計には目を落としたものの表情は笑ったままだ。
「もうすぐ赤の刻(午後三時)ですね、もう半刻(一時間半)もすればフォートアリントンですよ」
「やっとフォートアリントンかァ、何か長かったなァ」
魔導列車による“魔導都市”エンペルファータから“自由都市”フォートアリントンまでの道程は三泊四日である。とは言ってもこれは寝台列車ではなく夜は宿場駅に停まって、客は鉄道会社が用意した宿に泊まるのだ。もちろん宿場駅の周囲はきちんとした街になっており、そこから途中下車して山脈の外に出ることもできる。
そんなわけで客はずっと窮屈な思いをせずに済むのだが、やはりその四日間の日中ほとんどは車中で過ごすことになり、当然時間を潰すのに苦労するわけだ。一行はめいめい好きなことをして持て余した時間を過ごしている。
リクは専ら読書をしていた。この魔導列車の旅に限らず、時間がある時、リクはいつも本を読んでいる。もちろん荷物になるので、買った本は読み終われば直ぐに売って別の本を買い、常時二、三冊は持ち歩く。フィラレスもそれに付き合って、リクの読んでいない本を借りて過ごしていた。
ジェシカは、専ら軽甲冑や槍の手入れに熱心な様子だ。こうしてまとまった時間があるのは久しぶりらしく、徹底的に掃除をしているらしい。もちろんそれだけではなく、屋上デッキに出て軽くトレーニングも行っていた。
「コーダはサロンか?」
「ええ、先ほど、飲み物を手に入れるために寄りましたが、何やら女性の団体と盛り上がっているようです」
何しろ終点まで四日間の長距離列車であるため、乗客に快適な旅を提供するために列車内には様々な施設が用意されている。サロンもその一つで、軽食と飲み物が用意されており、乗客同士の交流を主な目的とするものだ。夜になれば酒も出す。
コーダは便利屋という職業上、情報収集のためにそういったいろいろな人間が顔を出す場所を好んでおり、また慣れている。さらに存外軟派で女好きであるため、行く先々で女性との交流は欠かさない。
「カーエスは?」
「先程、屋上デッキに行ってくると席を離れました」
「ふうん、アイツが一人でいるのも珍しいな」
カーエスは寂しがり屋というわけではないが、どちらかといえば誰かと一緒にいることを好む印象がある。実際、カーエスが一人でいるのをあまり見たことがない。
「本当にそうでしょうか?」
数瞬の沈黙で、会話が途切れたかと思いきや、ジェシカが聞き返してくる。
「ん? アイツが一人でいるのが珍しいって話か?」
ジェシカは頷き、エンペルファータで一緒にいた時に感じたことを話した。
カーエスは喜怒哀楽が激しいように見えるが、それは人前でだけで、一人でいる時は嘘のように無表情だ。それが彼本来の性格から来るものであるとすると、普段見ているカーエスは偽りということになる。
自分達は信頼のおける仲間同士であるはずなのに、どうして偽るようなことをするのだろうか、とジェシカは言った。
「んー、確かにそれはあるかもな」
ファトルエルでカーエスと闘った時のカーエスも無表情で、いつも丸出しだった隙というものがまるで見えなかった。
「どうして、彼は私達に素顔を見せてくれないのでしょうか?」
「そりゃ、アイツの気遣いだろ」と、少し不安の混じった表情で尋ねるジェシカに、リクは笑いかけて答えた。
「よく考えてみろよ、アイツがいなかったら俺達の旅はどうなってたと思う? そりゃ信頼し合ってるとは言っても、軽口は叩きあったりしねぇだろ?」
リク自身はあまり認めたくないのだが、ジェシカとコーダの二人は仲間というより従者のようなつもりでリクに接している。また、フィラレスもリクに恋心を抱いており、好かれるよりもまず嫌われたくない心構えでいるためか、リクに対していささか遠慮がちな構えだ。
こうして考えてみると、リクを「お前」と呼び、対等に接しているのはカーエスだけなのだ。
同時に彼はジェシカ達リク以外の面々にも全く同じ態度をとるので、リクとジェシカ達はカーエスを中心に冗談を言って盛り上がることができるのだ。
「あいつはきっと分かってやってるんじゃねぇかな。自分が間に入って、あんな風に振る舞えば俺達五人が楽しく旅ができるってことがさ」
そのため、一人の時、自分の事しか考えられない時、などは周りを気遣うことがないので、そういった面が影を潜めるのはないのだろうか、とリクは付け加えた。
「だから、あれは別に俺達のことを騙してるんじゃなくて、俺達のことを楽しませてくれてるんだと俺は思う」
「……それほど思慮深いタイプには見えませんが」
少々疑わし気にジェシカが返すと、リクはくっくっ、と押し殺した笑いを漏らした。
「全くだ。周りを気遣っている、というより、自分が楽しく過ごせる雰囲気、空間を自分で作るにはどうしたらいいか直感的に知ってるんだろうな」
一人の時ならともかく、五人もの仲間が集まって旅をしている状況で、遠慮に満ちた言葉のやり取りが交わされるのはたまったものではないのだろう。
「素の人格なんて、一つとは限らねぇし、別に無理して演じてるわけでもなさそうなんだから、あれもまぁ素のカーエスだろうな」
「……そうですね、そうかもしれません」
納得はしたものの、一応は疑問の余地アリと言った表情で、ジェシカは頷いた。
ふと、左肩が軽くなった。リクが思わず目をやると、目を覚ましたフィラレスが寝ぼけ眼で身を起こしている。
「起きたな、フィリー」
「おはよう」
二人が声を掛けると、フィラレスはだんだんと目を開いていき、自分を注視しているジェシカ、そして今まで自分が密着していたらしいリクに視線を合わせたところで、夕焼けを浴びたように真っ赤になった。
リクは、自由になった左手をフィラレスの頭に乗せて言う。
「気にすんな、俺としては得したような気分だしな。ところで、これからカーエスに会いに屋上デッキに行くんだが、一緒に来るか?」
立ち上がったリクにフィラレスもこくりと頷いて後に続く。リクはジェシカにも視線を送るが、ジェシカはまた意味ありげな微少を浮かべて答えた。
「一応コーダに行き先を告げてから参ります」
明らかに言外で、二人きりの邪魔はいたしませんと告げている。
どんな会話が会ったのかしらないが、エンペルファータにてしばらく女同士で部屋を共有して以来、ジェシカは積極的にフィラレスの恋を応援しているようだ。
考えてみると、以前所属していたエンペルファータ魔導騎士団には女性は少なかっただろうから、フィラレスは貴重な同性の友人なのだろう。妹のように世話を焼くのがどうにも楽しくて仕方がないらしい。
フィラレスのような可憐な少女に好かれているのは、リクとしてはまんざらでもないのだが、意図的にくっつけられるとなるとどうしても反発心が生まれてくる。だが、文句を言ってもとぼけられるだけなので、そういうわけにもいかない。
「……分かった。先に行ってる」
何となく、敗北感を感じつつ、リクはフィラレスと連れ立って席を後にした。
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ジェシカにも分かっていたのだろうが、彼女がリクとフィラレスに提供した“二人きりの時間”は僅か三分程度しかなかった。
各車両の端に行くだけで、上にあがるための階段は見つけられるし、少し運動する不自由はないが、かといって駆け回れるほど広くもない屋上デッキでカーエスを探すのにも十秒も要らない。
車両によっては、テラス風にテーブルと椅子が並べられて、テラス風にしつらえてあるのだろうが、この車両の屋上デッキはちょっとした運動をして、座りっぱなしで強張った身体を伸ばすのに丁度いいように何もない空間となっているが、三百六十度で流れて行く景色を楽しむ客も多く、少しも寂しい空間のようには思えない。
「お、いたいた」
リクが指差した先で、カーエスは腹筋運動をしていた。その周りには魔力で作った光玉がふわふわと宙を泳いでおり、周りには珍しい光景に拍手をしながら見物する客までいた。
そばに行くと、カーエスは身を起こして、彼等を見上げる。
「お、起きたんか、お前ら。昼寝は気持ちよかったか?」
「まあな」と、リクは答え、フィラレスも自分がどんな状態で眠っていたかを思い出したのか少し頬を紅潮させて頷く。
「随分熱心だな、カーエス」
この列車に乗っている間、カーエスはみんなが好きなことをして特に喋る相手がいない時はいつも、こうして屋上デッキに出て簡単な訓練を行っている。
「まあ、これだけ暇を持て余すのも、これからはなかなかあらへんやろうしな。それにこれから誰も無事で帰って来んかったようなトコに行くんや、出来るだけ力つけとかんと」
持ってきていたらしいタオルで汗を拭きながら、カーエスは苦笑しながら言う。だがリクは知っている。
カーエスの目標はそのものずばり、リク自身であるらしい。ファトルエルとエンペルファータで垣間見たリクの底力を到底追いつけるものではないと感じてしまった自分が情けないと思ったらしく、それを払拭するべく最近は努力の鬼と化している。
ジェシカからそれを聞いた時、リクは苦笑するしかなかった。ここで謙遜するつもりはない。確かに今までリクのしたことは常人の理解を超えることばかりだ。だが、リクにはカーエスもいい勝負だと思っている。
若干十八にして、エンペルファータのクーデターの最終局面、駅前広場の闘いにおいて、名高いエンペルファータの魔導研究所の魔導士達の頂点に立つディオスカス=シクトをも下しているのだ。
魔導制御力も数値の上ではリクの方が上だが、“魔導眼”があるぶん魔法の使いどころや魔導の扱いについてはカーエスに軍配があがるだろう。
だが、リクはそれを口にすることはなかった。当人がこう言っている以上、嫌味にしかならないだろうし、何より楽しみでもある。もともと資質の優れたカーエスがこうして極限まで努力することによってどこまで強くなれるか。
機会があったら、強くなったカーエスともう一度闘ってみたい。
「な、何ニヤニヤ見よんねん。お、俺にはそんなケあらへんで?」
渋面で一歩後ずさるカーエスに、リクは悪戯っぽく笑って一歩つめる。
「問題ねぇ。今はなくてもこれから開拓していけばいいんだ」
「何を!?」
いよいよカーエスの顔から血の気が引き始めた時、周囲からざわめきが起こった。それはあっという間に大きくなり、悲鳴まで混ざりはじめる。
「何だァ?」
リク達が周囲の人々に目を走らせると、みんな同じ方向、列車の進行方向上空に向いているのが分かる。視線をそちらに移すと、その騒ぎの原因が一目で掴めた。
「蜂……?」
そう、視線の先には一匹の蜂がいた。それも通常有り得ないくらい大きな蜂で、遠目で見積もっても人間よりも二回りは大きいように感じられる。
有り得ないのは身体の大きさだけではない。列車に乗っているリク達には進行方向とは逆を向いた状態で、その上空に浮いているだけのように見えるが、これは通常の魔導車を遥かに凌ぐ速度で走る魔導列車の上である。
列車に乗っている者達が止まっているように見えるには、大蜂は魔導列車と同じ速度で飛んでいなければならない。しかも、進行方向とは逆を向いているので、後ろ向きに飛んでいることになるのだ。
「クリーチャーの一種か何かかな?」
「分からねぇが、明らかにアイツはこの列車を意識してる。襲って来ねぇ内にみんな車内に避難してくれるといいんだが」
リクの言葉を聞かずとも、半分パニック状態になった乗客達は先を争って車内に潜り始めていた。好奇心に駆られたらしい数人の乗客は屋上デッキに残っていたが、すぐに列車内に逃げられるように階段の近くを確保している。
またそれとは別に少数その場を動かず、安全を確保しようとする気配のない人間がいたが、それらはおそらくリク達と同じ魔導士だろう。リク達と同じように大蜂が襲ってきた場合は攻撃して何とかしようと思っているに違いない。
と、そこにコーダを引き連れてジェシカが屋上デッキに上がってきた。
「何やら乗客達が騒いでいますが、何かあったのですか?」
「ああ。今んトコ被害は出てねェけどな」と、リクは大蜂から目を離さずに答えた。ジェシカもリク達の視線を追って、大蜂の存在に気が付いたらしく、表情に緊張が走った。
だが、もっとも衝撃が走っていたのは、コーダだった。細かった目が今までになかったほど見開かれ、息を飲んでいる。
「……《ジェングスタフ》!?」
「知ってるのか?」
不意にコーダの口を付いて出た固有名詞に、リクが反応して訪ねるが、コーダはいつになく厳しそうな顔をして頷いた。
「“召喚獣”ッスよ。俺の《シッカーリド》と同じ」と答えつつ、コーダは腰に差していた曲げ短刀を抜いて両手に構えた。「……どうやら俺を見つけたみたいスね」
雰囲気どころか口調まで変わってしまったコーダの視線の先で大蜂が動く。けたたましい羽音を響かせながら、リク達の方に向かって飛んできた。
コーダは両手に持っていた短刀二振りを両方とも左手に持ち、空いた右手の親指と人差し指で銃の形を作ると、左手を添えて唱える。
「光よ集え、指先に! 我が指し示すは小さな点、その先に広がるは大きな未来!」呪文と共に指の先に魔力の光が集まって来ると、コーダはそれを真直ぐこちらに向かってくる大蜂に向けた。「《狙撃》!」
細長い光線が大蜂に向かって放たれるが、大蜂はそれをひらりとかわし、なんと今度は四匹に分裂した。
「なっ……!?」
リク達が驚きに声をあげる中、コーダは表情を苦々し気に歪め、迫る四匹の大蜂を睨み付ける。
「あれは幻影じゃありやせん、実体ス。もう俺だけじゃ列車を守り切れない、……申し訳ないんスけど、みんなに手を貸してくれやせんか?」
「当たり前だ。アレは何だ? 何をすればいい?」
リクが尋ねるが、四匹の大蜂はそれを待たずに、攻撃に入った。口の辺りに魔力を集め、倖弾を放つ。
「カーエス君!」
言うが早いか、カーエスが飛んでくる光弾の前に立ちはだかった。
「弱き魔は、この関を通ること能わず、《試みの魔関》」
特定の基準以下の魔法攻撃を防いでしまうカーエスの障壁に次々と大蜂の光弾がぶつかっては消えて行く。
カーエスと目を合わせて、しばらくの防御を彼に任せると、コーダはリク達を見回して指示を始めた。
「まず兄さんとカーエス君、それからフィリーさんはここで闘ってもらいやス。遠距離戦の苦手なジェシカさんは、階下の運転室に行って、列車を止めるように言って下さい。どれだけスピードを上げても魔導列車ではあの蜂は振り切れないス」
「了解。それでお前はどうするつもりだ?」と、コーダの指示に頷いたジェシカが聞き返す。
するとコーダは、誰もいなくなり、スペースのできた屋上デッキに《シッカーリド》を“召喚”し、その上に飛び乗って言った。
「俺はあの蜂の“召喚主”を探して叩きやス」
「……ちゃんと帰ってきて話を聞かせてもらえるんだろうな?」
リクが大きなサソリの上に乗ったコーダに問うと、コーダは陰りのある笑みを漏らす。
「そのつもりス」
そして、列車の進行方向に向き直って睨み付け、「ここを頼みやス!」と、声を掛けると《シッカーリド》を発進させ、列車外に飛び下りて行った。