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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
92/114

44『日は沈み、乱は明ける』

 乱れ乱れた騒動もここに終わり、

 和やかな時が再び始まる。


 だが掻き回されすぎた過去はもう戻らない。

 その形でいられた時代は夕日と共に滅びる。


 そして人々は未来を見据え、また新しい形を創り始める。

 新しい時代は次の夜明けともにやってくる。




 それぞれ“英知の宝珠”と呼ばれていた魔導器の欠片が乾いた音を立てて地面に散らばる。事の行方を見守る者達がざわめく声が絶えないのにも関わらず、小さいはずのこの音だけは大きく響いた。


「残念だったなぁ? コレを取り返せれば、あんたの夢が叶ったんだろうに、壊れっちまっちゃあなぁ……。折角気合入れて立ち上がったのによ」


 握り込んだ手の中に残っていた“英知の宝珠”の欠片を足下に落としながら、腹から絞り出すようにわらうグレンの視線の先で、リクは右手を制止の為に伸ばしたままの体勢で固まっていた。

 ほとんど白黒のついた勝負に、なお立ち上がり、夢を語ったリクに動揺が見えるのをみえ、グレンは口上の裏でほくそ笑む。


「これでもまだやるか?」


 その問いに、リクは答えなかった。代わりにゆっくりとした歩調でグレンへと歩き、ささやくように呪文を詠唱する。


「そのさやに収まりしはくもり無き直刃すぐは


 その呪文を聞いた、グレンは拍子抜けをしたような表情で言った。


「おいおい、その魔法はさっき失敗したばっかりじゃねぇか」


 しかしリクは構わずに詠唱を続けていく。


「鍛え抜かれしその刃に断てぬもの無し」

「ありゃ、魔力不足。やり直したところで結果は変わらんぜ」


 リクが唱えようとしている魔法《きらめき》は一度失敗に終わっている。それは魔導の失敗にではなく、魔力の不足によるものだろうことは熟練の戦士たるグレンにも一目瞭然だった。

 故障した魔導車は修理をすれば走るようになるが、魔力切れの魔導車はどこをどういじっても再び魔力を充填させなければ動かないのと同じく、魔導の失敗によるものならばやり直せば発動させられる可能性はあるものの、魔力の不足が失敗の原因ならば休んで失った魔力を回復させない限り何度やっても発動は出来ない。


「一度抜きし時、その速さは光も超える」


 そこまで唱えられた時、長年の戦士としての経験から培われてきた感覚が、リクの手の中にしっかりと魔力が集まっていくのを感じ、にわかに口元に浮かべていた笑いを引っ込めて再び臨戦体勢に入る。


「いざ抜き放たん、一太刀にて全てを決す神速の太刀……」


 リクは手の中に光と共に顕現した鞘入りの刀をゆっくりと構え、腰を落とした。

 己の危機感の告げるままに、グレンは最も強い防御魔法をひたすら急いで練り上げる。


「我が足よ、大地に根付け! 我が身体よ、鋼とせ! 今、我は責めを捨て守りに徹さん! 《堅牢の構え》」


 ほとんど膝をつくまでに重心を低くし、剣を地面に突き立てて、それにもたれ掛かるようにして構えるグレンの身体を魔力の膜が覆う。この魔法は《弾幕》などとは違って反撃が一切出来ない代わりに術者の身体自体を強化し、その上に更に魔力の障壁を張る、絶大な防御力を誇る魔法だ。これなら大概の魔法は弾き返せるだろう。

 準備が整うのを待っていたかのようなタイミングでリクは構えた刀をグレンに向かって一気に抜き放つ。


「《煌》」


 一瞬、何が起こったのか分からなくなった。とにかくリクが目の前から消えた次の瞬間、《堅牢の構え》で受けたにも関わらず、大きな衝撃がグレンを襲い、彼は大きく後ろに押し退けられた。


「な……」


 その威力に驚くグレンが、胸元に目をやると、左肩の辺りが浅く切り裂かれている。つまり、《煌》の刃はグレンの最強防御魔法の壁を越えて、彼を傷つけたのだ。彼にとって、《堅牢の構え》は反撃を前提としない、なりふり構わない防御の切り札であり、今までそれを破られた経験はない。


「真紅の咆哮ほうこうと共に我が手に収まれ! 蒼天そうてんあけに染めし焼尽しょうじんの火吹き《ルーフレイオン》!」


 距離が少し開いたと見るや、リクが抜き身の《煌》を鞘に納めて始めた新たな呪文の詠唱と共に、《煌》は光となって徐々に形を変え、最終的に天に向かって咆哮する龍をかたどった杖頭つえがしらをもつ杖のようなものに成り変わった。


「その身に吸い収めよ、その大気! 満たせば噴き出せ、《炎の息吹》として!」


 続けてリクが杖頭をグレンに向けると、龍を象った口から激しい炎が吐き出された。さらに右手でそれを続けながら、左手を虚空にかざす。


「そのかなめえられるは原初げんしょ! その骨に封ぜられるは十種とくさ! 一度その身に大気を捉えれば、そこに巻き起こるは望みし気流きりゅう!」


 その詠唱の声に伴い、周囲からリクに向かって風が吹き巻いていく。まるで、空気が彼の元に集まって行くかのように。


「ここに開かれよ、風をつかさどりし鋼鉄の扇《如意風天扇にょいふうてんせん》!」


 緑色の光と共に彼の手に収まったのは一つの扇だった。通常よりひとまわり大きく、その光の反射具合からそれが何らかの金属で出来ていることが分かる。リクがそれを人振りして畳まれていたそれを広げると、そこには優雅な紋様が描かれていた。


「《あおり立てる風》よ、燃え盛る炎に荒ぶる力を!」


 短い詠唱と共に《如意風天扇》を一振りすると、とても一つの扇から発せられたとは思えない風が巻き起こった。その風を受けた《炎の息吹》の炎が一層激しく燃え盛った。


「くっ……」


 地面を舐め尽くすような炎の勢いに、グレンはとっさに上空に避難する。

 そして下に見えるリクに向けて両手を構え、魔法の詠唱を始めた。


「破壊の力よ、彼の地に隙間なく降り注げ!」


 魔法が完成すると、構えたグレンの両手の間には魔力が集まって行き、最終的には一抱えもあろうかという光の玉となる。十分に魔力が溜まったことを感じると、グレンは呪文を締めくくり、魔力を解放した。


「《絨毯爆撃じゅうたんばくげき》」


 すると、その光の玉は無数の光弾と分裂し、雨霰あめあられとばかりにリクに降り注いだ。その光弾一つ一つはあまり大した威力はないが、何せその数が違う。雨粒を避けることが困難であるように、リクがこれをさけるには防御魔法を使うしかない。

 しかしグレンはリクの防御魔法といえば《瞬く鎧》しか見ていない。しかしあの強力だが一瞬しか効果のない魔法では、この効果の長い《絨毯爆撃》を防ぎ切ることは難しいだろう。


(さて、どうする……?)


 上空から様子を見守るグレンの視線の先で、リクは自分に降り注いでくる光弾を睨み付け、魔導を開始する。


「その内に抱くは我! その表面に刻まれるは守護の言霊ことだま! それが発する優しき光は内に在る者を如何いかなる攻めからも遠ざける! 我が身を包め、神に祝福されし護法輪《イール・オー・サーク》!」


 詠唱の終了と現れたのは四つの光の玉だった。それらはリクの手から離れると、彼を中心とした円状をぐるぐると周りだし、一つの光の円を描く。そしてその光が収まると、そこにあったのはリクの周りをぐるぐると回る銀の大きな輪だった。


 その直後、光弾は次々と地上に着弾し、小規模の爆発を起こして爆炎を上げて行く。絶えまなく光弾が降り注いでくる為、その煙幕もなかなか晴れることを許されず、地上を取り巻いて行く。

 《絨毯爆撃》が終わり、砂煙が薄まって来るとグレンはその中にたたずむ一つの人影を見た。疑いようもなくリクだろう。


(ほう、しのぎやがったか)


 リクはそこから一歩も動いた様子はなかったが、彼は微塵みじんも傷を負っていない。彼の周りを回る《イール・オー・サーク》が全ての攻撃を完全に防ぎきったのだ。


「訳が分かんねぇが、さっきまでと同じと見るわけにはいかねぇらしいな」


 一端は尽きた魔力がどうして、召喚魔法などの強力な魔法を連発できるまでに回復したのか、という疑問は残るが、それはひとまずおいておくに限る。魔法という存在からして不可思議なのだ。何が起こっても不思議ではない。重要なのは事実を把握し、それに対処することである。


「なら、これはどうだ! 浴びよ、我が仇なす一人の者よ! 力集いて汝を狙う《集中砲火》を!」


 今度放たれたのは五、六発からなる光弾である、先ほどまでの光弾より明るく大きな光弾で、見るからに威力が高い。

 しかし、迫り繰るそれらの光弾を見つめるリクの目は冷静そのものだった。


「我を守りし護法輪よ! そのまわりの力を高め、迫る彼の魔を、その主の元へ!」


 そこで詠唱をとめると、リクは初めの光弾が、彼を取り巻く輪に着弾するタイミングを図り、呪文を完成させて魔法を発動する。


「《折り返し》!」


 すると、着弾した光弾はリクを守る輪《イール・オー・サーク》を、回転にあわせるようにして一周し、その遠心力に身を任せるようにして輪を離れ、術者たるグレンの元に返って行く。それは他の光弾にしても同じことだった。


「距離は縮まりて、踏み出せばそこは望みしところ! 《縮地》」


 完璧に自分に返された《集中砲火》を、グレンは大きく移動することで避けた。しかし、未だ距離は大きく保ったままだ。


「上等じゃねぇか、ならこいつも返してみろや!」と、グレンはぐっと腰を落とし、両手を前に差し出すように構えて呪文の詠唱を始める。「破り壊す力よ、ここに満ちよ! 貫き砕く力よ、ここに集え! 我の意に従い、解き放たれよ!」


 彼の呪文に答えるように、構えた両手の先には魔力がみるみる集って行き、見るものを畏怖させるような大きさの光の玉を形作った。集まった全ての魔力を解放させるべく、グレンは魔法を完成する。


「《波動砲》っ!」


 発動と共に、せきを切ったような魔力の奔流ほんりゅうがリクに殺到した。

 が、リクは全く動かず、《折り返し》のような魔法を唱える様子も見せず、そのまま魔力の奔流の中に飲み込まれて行く。


 ああ、とその勝負を見守る者達から声が漏れた。しかし、その声とは裏腹にその奔流が過ぎた後には何事もなかったかのように、そこに立っているリク=エールの姿があった。




 その青年魔導士の姿を一際驚愕の目で見つめる者がいた。人とは違った“眼”を持つ男、カーエスである。


「で、デタラメや……」

「リク様の魔力は枯渇していたのではなかったのか?」


 そう尋ねたのは隣に腰を下ろしていたジェシカである。

 彼女の疑問ももっともで、先ほど《煌》が発動出来なかったのはカーエスが確かめた通り、魔力の不足である。しかし先ほどリクは失敗した《煌》に加え、《ルーフレイオン》、《如意風天扇》、《イール・オー・サーク》の三つの魔法武器を同時に召喚しているのである。

 おまけに《如意風天扇》を召喚した際にはもう片方の手に持った《ルーフレイオン》で攻撃を続けながらの魔導だったのだ。超高等、とも言える召喚魔法は片手間に完成できるほど生易しいものではない。


 後者は、リクの強みの一つである魔導制御力の高さの賜物たまものと言っていいが、前者はどうやっても説明がつかない。

 その点、魔力が肉眼で確認できるカーエスは何かが分かるはずである。


「……魔力が湧き出しとる」


 ぼそり、とカーエスが答えた。


「どういう意味だ?」


 流石にそれだけでは理解出来ず、ジェシカが聞き返した。


「だから、リクの身体の中から、魔力が、どんどん、湧き出しとるっちゅーとるの。今はもうほとんど満タンに近い状態ちゃうか」

「……どういう事だ?」


 カーエスは一言ずつ区切って、答えたのに対し、ジェシカがさらに突っ込んで聞くと、カーエスは半ば自棄になった様子でジェシカに怒鳴り返す。


「俺が知ったこっちゃあるかい! 俺が見られるのは事象じしょうで、事実やないわい! 何やねん、アレは!? 一旦無くなった魔力が湧き出して元に戻る!? セコいとしか言い様がないわい! 普段俺らが魔力節約すんのどんだけ苦労しとると思ってるねん! あんなんデタラメや! 詐欺やー!」


 カーエスのいきどおりももっともなものがある。人外の力を持つ魔導士達も所詮人の枠は超えられない。持てる魔力にも限界があり、それを使い切れば、栄養をとり、しばらく休んで魔力を取り戻さない限り魔法は使えない。

 今、リクが彼に見せている事象は、その原則ともいっていい自然の法則を完全に無視した形に見える。

 そして、現在グレンを圧倒しているあの強さは、ファトルエルでカーエスが相手をした時のリクを遥かに超える強さを持っている。密かに彼に対抗意識を燃やしているカーエスとしては憤りを覚えない理由がなかった。


「……多分、魔力の性質じゃないかな」


 そう口を挟んだのはジッタークの治療を受けている最中のミルドである。


「フィリーの“滅びの魔力”も、彼女の感情に合わせて質量が増える時がある。今のリク君はかなり感情が高ぶっているようだし、彼の魔力が“感情に敏感に反応する性質”を持っていたとしたら、わずかに残った魔力があそこまで増大することもあり得ると思う」


 魔導士であり、同時に研究者でもあるミルドの意見は流石さすがに納得できるものがある。

 魔力、と一言にいっても個々が持つ筋肉の性質がそれぞれ違うように、魔導士達がもつ魔力にも個性がある。フィラレスの“滅びの魔力”はその顕著けんちょな例で、膨大ぼうだいな質量をもったそれはフィラレスの意識が赴くままにその手を伸ばすという獰猛どうもうとしか表現出来ない性質を持っているのだ。

 リクの感情が高ぶっている、という点ももっともだった。彼は“夢”という言葉、概念に敏感に反応する。先にグレンが行った“夢の結晶”とも呼べる“英知の宝珠”の破壊は、彼の精神に大きな衝撃を与えただろう。


「何にしても、普通じゃないけどね」と、ミルドは付け足す。

「それはそやな。アイツの場合、魔導士としての成り立ちからして人とは違うとるし」と、ミルドの説明に、一応の得心を見せたカーエスがうなずく。


 これはリクからの伝聞でしかないのだが、今リクが保持している魔導士としての能力は元々自分のものではない。十年前、リクの村を襲った大災厄の中で、リクが出会った“白鳳”《アトラ》が彼の大災厄を滅ぼしたい、という想いに応え、その為の力を与えたのだ。

 その《アトラ》からして、リク自身もほとんど知らないという謎の存在であるのだから、《アトラ》から彼に与えられた能力が理解の範疇はんちゅうで収まるものである事自体おかしいのかもしれない。


「流石に“シルオグスタ”の持ち主だな。あれは間違いなく世界最強クラスだ」

「“シルオグスタ”?」


 不意にシューハが漏らした台詞に、聞き返したのはティタだった。


「“シルオグスタ”っていうのは、ファトルエルの決闘大会の優勝者に与えられて…」

「公式に世界最強だと認められている証。それは一応知識として知ってるよ、学者だからね。今リクが掛けているペンダントがそうだっていうのかい?」


 そういって、ティタはリクの首に下がっている意味ありげな紋章を象った首飾りに眼をやる。


「ええ、間違いないですよ。昔、実際にファルガール先生に見せてもらったこともありますし」

「……じゃあ、上級魔導士どころじゃない、リクは既に“特級魔導士”の資格を持ってたんじゃないか」


 シューハの保証に、ティタが驚きの声をあげる。特級魔導士は上級魔導士の上に位置する法認魔導士資格で、試験などはないが、魔導士として働き、目覚ましい功績をあげたと認められた時に与えられる称号である。

 公式に世界最強を決めるファトルエルの決闘大会の優勝者には自動的にその特級魔導士としての資格が与えられるのだが、リクはそれを知らなかったのだろう。おまけに“シルオグスタ”の持ち主は“世界の守護者”とも言われる“ヴィリード”の一席に数えられるのである。


「しかし、あの大会の決勝戦は大災厄で中止になったと聞いたが」と、そこに口を挟んだのは同じく彼の下げる首飾りの意味に気がついていなかったエイスである。行政部長という立場上、そういった情報はいち早く耳に入ってくるのだろう。


 全員の視線があの日ファトルエルにいた者達、カーエス、ジェシカ、コーダに向けられるが、三人は答えるのを躊躇ちゅうちょして、一度顔を見合わせた。

 ティタによる上級魔導士試験の直後、リクは世界最強の証である“シルオグスタ”をちらつかせるような真似はしたくない、と言っていた。その彼の意思に反して喋ってしまうことに躊躇ためらいを覚えたのだ。

 しかし、話の流れでそうなってしまったのだから、話す時だろう、という事でコーダが答えはじめた。


「実は、あの時の大災厄騒ぎの中なんスけど、決勝戦の相手だったジルヴァルトという人と非公式で対戦してるんス」

「それで勝ったとしても所詮非公式だろう。“シルオグスタ”が与えられた、ということはカンファータ王家がそれを認めたことになる」


 エイスの疑問は仕方のないことだった。非公式の私闘でそれを認めれば大会の意味が無くなってしまうからだ。一つの国としては民を収めるために、ある程度の体裁を保たなければならない。人はそれをお堅い、と言うだろうがそれを守らずに全てを認めていると、不公平だと騒ぎ出すものが出てくるからだ。

 彼に応えたのはジェシカである。


「もちろん、非公式に行われた決勝戦だけではカンファータ王家は動かなかったでしょう。しかし、リク様はその私闘の後、“それ以上の偉業”を成し遂げました。それが王家にリク様を世界最強だと認めるに相応ふさわしいと判断させたのです」


 ジェシカは遠回しな表現をしたが、全員がその裏に隠された意味を理解し、顔を見合わせる。


「つまり、あのファトルエルの大災厄を退けた魔導士って……」


 そこまで言ったティタの視線が、駅前広場の一角に佇む一人の青年魔導士に移った。




「遠距離戦はどうも分が悪ィみてぇだな」


 遠距離魔法で最大の攻撃力を誇る《波動砲》を持ってしても傷一つつかなかった《イール・オー・サーク》を見据え、グレンは改めて剣を抜いて構えた。特に接近戦に勝機を見出したわけではない。遠距離戦では歯が立たなかったため消去法の結論として接近戦を選んだだけだ。

 《縮地》を使って、リクの目の前に移動すると、とりあえずその剣を彼を守るように囲っている《イール・オー・サーク》に叩き付けた。すると、《波動砲》でも傷がつかなかった防御魔法がガラスが割れるような音を立て、呆気無く砕け散って消散した。


(なるほど、物理攻撃には弱かったってわけかい)


 何にしても、邪魔な護法輪が無くなり、リクに《ルーフレイオン》や《如意風天扇》を振るわれる前に更にリクに接近した。

 それに対し、リクは《如意風天扇》を魔力に還し、《ルーフレイオン》を刀の居合い切りのように構える。


「いざ抜き放たん、一太刀にて全てを決す神速の太刀《煌》!」


 構えた《ルーフレイオン》が眩い光を放ち、その姿を鞘入りの刀に変える。迫るグレンに向かってそれを抜いた。キィン、という金属音が響き、グレンの剣とリクの刀が刃をあわせる。《煌》の居合いは絶大な威力を誇るが、今回は溜める間がなかったために、速さのみが現れた形になったのだ。

 遠距離からの魔法戦は突如として接近した大立ち回りになり、二人は絶えまなく金属音を鳴らして、お互いに持つ武器をあわせる。


「我が剣は《俊速の剣》、その速さ、汝の目に写ること適わず!」

「汝が刈り取る力、我は《柳のごとく》受け流さん!」


 不意にグレンの剣が光を発して速さを増し、それに応じてリクの刀も光を発し、その見えない斬撃を何事もなく流す。そして再び剣戟けんげきが続く。


「何度でも言ってやるさ」


 剣を打ち合わせた瞬間、リクは刃と刃の接点を支点に、巧妙に位置を移動し、グレンの側面に回る。


「夢は、叶う!」


 その言葉と共に繰り出された斬撃を、グレンはなんとか防いだものの勢いを殺しきれず、バランスを崩して後退する。

 リクはそれを見逃さず、後退した分距離を詰めてさらに攻撃を加える。


「意味の無い夢かもしれない! 努力するだけ無駄かもしれない! それでも俺は夢を見ている限り“生きて”いることができるんだ!」


 鋭く横薙ぎに振るわれた《煌》がグレンの胸を横一文字に浅く切り裂いた。


「くっ……」と、思わぬ初ダメージにグレンが舌打ちしたが、リクは全く構わない様子で続ける。


「夢があるから、俺は生きてる! 生きる限りは夢は続いてる!」


 鋭く、力強い斬撃が、息をつく間もなく繰り出され、さしものグレンもさばききれずにその身に浅い傷を受けて行く。


「今日は危うく終わるところだったけれど、みんなが夢を繋いでくれた!」と、グレンがバランスを崩したのを見計みはからい、リクは大きく《煌》を振りかぶった。「俺の夢は、まだまだ終わらねぇ!」


 そう言って、リクは力任せに叩き付けるようにして、グレンに《煌》を振り下ろしたがグレンはその前に、《縮地》を使ってリクの正面から脱出し、少し離れたところに移動した。

 避けられるのを予期していたかのように、リクは外したことへの動揺を全く見せず、離れた場所にいるグレンに向かって《煌》の切っ先を向けた。


「夢は、お前なんかが壊して砕けるような“カタチ”じゃないんだ」

「なるほど、ならここでお前を殺せば、その夢とやらは終わるんだな?」


 そう言ってグレンは自分の剣を天にかかげた。掲げた剣の刀身は集まってくる魔力に輝きはじめた。そのうちに、グレンの全身から魔力と見られる蒸気のような光が立ち上りはじめ、剣に巻き付くようにしてグレンの剣の輝きが増して行く。


「ここまでやって引かねぇってんなら、力ずくで排除するまでだ」

「そうか……なら」と、溜息まじりに答えて、リクも《煌》を鞘に戻し居合いの構えをとる。「俺も、目の前に立ち塞がる壁は突破するまでだ」


 明らかに次の一手で決めるつもりでいる二人の雰囲気に、観衆も静まり返って固唾を飲み、瞬きを惜しんで見守った。



 一瞬にも、永遠にも思える間の後、先に動いたのはグレンだった。おそらく彼の残りの魔力全てを注ぎ込み、眩しく光り輝く剣を大きく振りかぶり、彼の知りうる限り最大の威力を持つ魔法の呪文を口にしながら、リクとの距離を詰めて行く。


「汝、我が剣の前に退くがいい、両に開きて我が道に続く扉となるがいい……」


 防御をまるで無視したように、大きく剣を振りかぶって伸び上がったグレンが眼前に迫っても、リクは居合いに構えたまま動かない。


「《幹竹割からたけわり》っ!」


 魔法の完成と共に、遂にグレンの剣が振り下ろされた。それがうなりを上げ、今までのものと数段威力が違うことを告げているにも関わらず、リクはその恐れのない目を真直ぐグレンに向け、わずかに腰を落とした。


「研ぎ澄まされよ、おぼえと刃。解き放たれよ、心と力。我は全てを込めん、この一太刀に!」


 そして、リクは構えた刀を抜き放つ。


「《ひらめき初太刀しょだち》っ!」


 その動作はまさに一瞬で、同時に閃光が場を包んだために、観衆からは何が起こっているのかは分からなかった。しかしその光の中では雷が落ちた時のような轟音がなり、衝撃の余波らしき、突風がリク達を中心とする波紋状に広がる。


 閃光の白い闇の中で、リクの《煌》はグレンの剣を跳ね飛ばした。

 驚きに見開かれたグレンの目を真っ向から見据え、リクは居合いで出来た回転の勢いをそのまま利用し左手に持っている鞘を振り上げる。


「《つむじ弐ノ太刀にのたち》っ!」


 リクが逆手に握られた《煌》の鞘は、剣と共に跳ね上げられたグレンの腕に邪魔されることもなく、まともにグレンの胴体を打つ。


「か……はっ!」


 鞘とはいえ、人間の限界をこえる速さで叩き付けられた為、グレンはひとたまりもなく身体を九の字に折り、後方に吹き飛ばされた。

 リクはそれを追うようにグレンに向かって跳躍し、左手に持っていた鞘を離して両手で《煌》を逆手に持つ。続いて地面に仰向あおむけに転がったグレンに向かって、《煌》を勢いよく振り上げた。


「《くびき終太刀しゅうだち》っ!」


 そしてその《煌》が倒れたグレンの顔面に向かって突き降ろされる。



 閃光の白い闇に視界を奪われていた観衆を、突然巻き起こった風が襲う。

 そろそろ視力が回復してきた目を薄く開いてみた時、彼等が見たのはグレンの頭のすぐ傍に刀を突き立てたリクの姿と、その地点を中心に地面に広がった大きな亀裂だった。先ほどの風はその最後の一撃の衝撃の余波だったのだろう。


 リクは、《煌》を突き立てた姿勢のまま、信じ難いといった風でリクを呆然と見つめているグレンを覗き込んだ。


「俺がここまで強くなれたのも、夢を叶えるためだ」


 リクがそう言うと共に、彼が《閃の初太刀》で跳ね飛ばしたグレンの剣が落ちてきて、地面に突き刺さった。



 それがこの大勝負の決着の合図だったかのように、クーデターの集結に沸き上がる観衆の声の中、リクはそれをまるで気に掛けた様子も見せず、《煌》を魔力に還すと駅前広場のある一角に向かって歩いて行った。

 そして立ち止まったかと思うと、リクはそこで何かを拾い上げる。グレンの手の中で砕け散った“英知の宝珠”の欠片の一つだ。


 ―――アイツは“知識の宝珠”……アタシ達の“夢”を持っている。


 ティタの言葉がリクの脳裏を横切った。グレンを倒し、クーデターを終わらせたのはいいものの、彼は結局彼女が“夢”と呼んだ魔導器を守ることが出来なかったのだ。


 不意に悔しさが込み上げてくる。

 それを押し込めるように、右手に持った魔導器の欠片を握りしめると、リクはティタの元に歩いて行った。

 リクは、魔導器の欠片をティタに差し出しながら言った。


「ごめん……、ティタ達の“夢”、俺……守りきれなかった」


 うつむくように頭を下げたリクだったが、ティタは何も言わず、リクの肩を掴んで頭を上げさせた。


「何馬鹿言ってんだい! アンタはアタシ達の夢を立派に守ったじゃないか!」


 突然大声を出された事と、意外な言葉に目を丸くしたリクの視線の先で、ティタは微笑んでみせる。


「『夢は、壊して砕けるような“カタチ”じゃない』。“英知の宝珠”が砕かれても、アタシ達の夢が壊されたわけじゃないんだろ? 夢を見るアタシ達はここにいる。その事実が変わらない限りはアタシ達の夢は終わらないさ!」


 それはグレンとの戦闘の中でリク自身が言った台詞だ。


「“英知の宝珠”が無くなったのは痛いけどね、あれは元々アタシ達が創ったものさ。壊されたなら、もう一度創る! 少しくらい足留めされても、後ろに下がらなくちゃいけなくても、前を向いて足を進め続ける! それが夢を見ることで一番楽しい事なんだって言ったのはアンタじゃないか」


 そう言ってティタは胸を張ってみせる。


「魔導研究所の一つや二つ、すぐによみがえらせてみせるさ! ここにはエンペルファータ三万の市民の夢が詰まってるんだからね!」


 わあああぁぁぁ、とそれを聞いていたエンペルファータの民衆が沸き上がった。


 彼等も少し不安だったのだろう。薄々悟っていたのだ。詳しいことは分からないものの、魔導研究所が取り返しのつかない事態に陥っていることに。それが街の全て、と言えるほどにエンペルファータにとって魔導研究所の影響は大きい。

 ティタがリクに言った言葉は、そんな彼等の不安をも同時に取り去ったのだ。


 思わぬ市民の反応に戸惑っているティタを呆然と見つめていたリクの顔がほころんだ。


「ああ、その通りだな」


 駅前広場の決戦を赤く照らしていた夕日が落ちて行く。

 あたかもエンペルファータ魔導研究所初のクーデターの幕を下ろし、古い時代に名残惜しく別れを告げているかのように。


 明日の朝日が昇る時、エンペルファータは新しい歴史を歩みはじめるのだろう。

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