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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
91/114

43『砕かれた夢の結晶』

 目障めざわりだ。

 ぬるい環境で、不自由なく育った奴。

 お互い弱くある事を許しあうような甘ったるい関係。


 人は強くあるべきなのに。

 そうでなければ生きる資格などないというのに。


 目障りだ。

 自分はそうして生きてきたのに、

 それに従わず、強くなろうともせずへらへらと無意義に生きる奴が。


 そんな奴等が見る夢など、砕けて壊れてしまえばいい。




「リク……? アンタもう動いて大丈夫なのかい?」と、目の前に現れた青年魔導士にティタが声を上げる。

「ああ、みんなのお陰だ。ありがとな」と、リクは毒で苦しんでいたことはまるでなかったことのように力強くうなずいた。そして尋ねる。「……どう言う状況だコレは?」


 リクはクーデター騒ぎの間はずっと生死の境を彷徨さまよっていたので、事情はほとんど飲み込めていないだろう。リクのそばについて残ったジッタークに駅前の広場で最終決戦をやるということは伝えてあったので、それに加勢するつもりで、文字どおり飛んできたのだ。

 とりあえず、今見たのはミルド達を攻撃するグレンで、彼は相手をするべき敵なのだろう、と最低限の判断を下し、攻撃して今に至ると言うわけだ


「詳しい事情は説明している暇はないね」

「よく分からんが、とりあえずアイツを倒せばいいんだよな?」


 確認するようなリクの問いに、ティタは一度、腕の中で朦朧もうろうとリクの姿を見ているミルドに目をやり、頷いた。


「ああ、アイツを倒せば終わりさ」

「了解」


 そう言って、ティタに踵を返して歩き出したリクの背中に再びティタは声を掛けた。。


「リク」


 呼び止められ、リクが振り返ってティタに視線を送ると、ティタは一呼吸置いてから告げた。


「アイツは“知識の宝珠”……アタシ達の“夢”を持っている」


 それが“宝珠”と呼ばれるまでになったのは価値からではない。ティタ達、魔導研究所の研究者、開発者が知り、作る夢を見つづけて、作り上げられたものだからだ。

 一つ一つの夢の輝きが、そこに集まり、美しく眩い輝きに匹敵するものになったからこそ、ただ知識を保存しておくだけの魔導器が“知識の宝珠”と呼ばれるようになったのだ。


「アイツを倒して、それを取り返してくれたら」


 一度力つきても、この青年は戻ってきた。


「“大いなる魔法”について」


 これは、同じように強く夢を見据え、そして夢に散った青年魔導士にはなかった。


「アタシが知っている事を教えてあげるよ」


 ならば賭ける価値はある。


 リクは、その言葉を聞いた時、見て分かるくらいに、その瞳を輝かせた。エスタームトレイル終了直後にティタが見た、夢に輝く瞳、それが適う未来を信じて冒険を求めている目だ。


「それは嬉しいけど、無理はするなよ。闘いを見て納得できなかったら教えなくてもいいからな」


 その瞳の輝きと共に発せられた、その意外な言葉は、ティタにはとてつもなく優しく感じられた。




 突如として戦闘の場に現れ、今は自分に向き合って歩み寄ってくるリクに、弾き飛ばされるようにして後方に退かされた男が舐めるように観察する視線を送った。


「いきなり現れて、誰かと思ったら……“白鳳はくほう”の坊やかい。アンタ死にかけてたんじゃなかったっけ?」


 その声を聞いて、初めてリクはこの人物は知らない人物ではないことに気が付いた。ダクレーの“魔導士殺し”にやられて倒れ伏したものの、意識はあった。よって《アトラ》とこの男が会話しているのも聞いている。


「お前、あの時ダクレーを殺した奴か」


 あの時、意識が遠のくのを必死でこらえながら聞いていた男の声、それは軽薄な口調だったが、その声には聞く者を畏怖させるような殺気が込められていた。


「何だ、あん時まだ起きてたのかい。大した根性じゃねぇか、坊や」と、男はおどけるように片眉を上げてみせる。「間に合って嬉しいぜ。ちょっとここにいたのはイキが悪くてな、退屈してたトコだ。坊やならもうちょっとは楽しませてくれるんだろう? あん時からいっぺんってみたかったんだ」

「そりゃ、急いできた甲斐があったな。でも“坊や”は止めてくれよ、一応成人してるんだから。リク=エールってちゃんとした名前もある」


 名前を名乗り、リクは腰を落として紫電しでんまとう矛を構えた。そんな彼にやる気を見たのか、男も満足そうに笑い、身構えて名乗る。


「そうか、俺の名はグレン=ヴァンター=ウォンリルグ。グレンでいいぜ、“坊や”」

「やな奴だなー、あんた」


 名前を教えたのにも関わらず、明らかに嫌がらせで“坊や”を強調するグレンに、リクは眉をひそめて文句を言う。

 何となくなごやかな会話の流れだったが、それは突如として殺伐とした雰囲気にとって変わり、グレンが高らかに呪文の詠唱を始める。


「距離は縮まりて、踏み出せばそこは望みしところ! 《縮地しゅくち》」


 詠唱完了と同時に一歩踏み出すと、グレンの姿が突然リクの目の前に現れた。

 似たような魔法にジェシカが好んで使う《電光石火》があるが、この《縮地》という魔法はその印象において決定的な違いが会った。《電光石火》は“動きを速くして走ってきた”という感覚が少なからずあるのだが、《縮地》の場合はそれがない。自然な動作で一歩踏み出した続きといった感じで目前にあらわれるのだ。

 リクは心臓が鷲掴みにされたかと思うほど驚き、背中に冷たいものが走る。反射的に立ち退こうとするが、それを追うように続けて魔法を行使する。


「我が剣は《俊速の剣》、その速さ、汝の目に写ること適わず!」

「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」


 刀身が輝き、速度を増したグレンの斬撃を、効果は短いが強い障壁で防ぐと、リクは持っていた《ヴァンジュニル》を振り回した。紫電を散らしながら襲い来る槍に、グレンは舌打ちをして後ろに下がる。


「我は電気用いて縄をらん! この《戒めの雷縄》に捕縛されし者はしびれと共に、自由を奪われん!」


 適度な距離を取り、グレンの剣の攻撃範囲から離れたリクは、《ヴァンジュニル》の槍先からグレンを捕らえんと縄のような形をした電気を放つ。その《戒めの雷縄》は確実にグレンを捉え、その自由を奪う。

 攻撃も防御も適わなくなったところで、リクは《ヴァンジュニル》を構え、グレンを攻撃すべく、離した距離を詰めていく。


「いかなる緊縛も、我をいましめる事あたわず! 《破戒はかい》っ!」


 グレンは自分を縛っていた電気の縄を破ると、自分に向かって距離を詰めてくるリクにてのひらを向け、《連なる射撃》によって光弾を放った。

 すると、リクは反射的に走る方向を変え、グレンの周りを回るように走りながら胸の前に両手を持っていき、魔導を開始する。


「我は放たん、連なりて射られしものを炎に包む《火炎の連弩れんど》を!」


 胸の前に構えた手の中に現れた炎の弓矢を引き絞り、放つと、一つめの矢に続いて五つもの槍が続き、それら全てがグレンを目指して飛んでいく。


「《弾幕》を張りて迎え撃たん、我が敵の魔手!」


 グレンが襲い掛かってくる炎の矢にむけて掌を向けて唱えると、同時に二十発ほどの小さな光弾が発射され、《炎の連弩》と衝突して消える。残りの光弾がリクを襲ったが、リクは危な気なくそれを避けた。


「面白ェ。あまり見ねぇ魔法を使いやがる」と、攻防に区切りがついたところでグレンが言う。


 確かにリクは、一般魔法に属する魔法ではなく、流派固有の魔法を多用する。魔法は知られていればいるほど対策を立て易く、未知の魔法はとっさに防ぐのは難しい。しかし、闘い慣れて来ると見飽きた魔法より、珍しい魔法を使う魔導士と闘う方が新鮮で面白く感じられるのだ。


「だが、これは受け止められるか!?」と、グレンは腰をぐっと落とし、両手をリクに向けて構えると、魔法を唱えはじめる。「破り壊す力よ、ここに満ちよ! 貫き砕く力よ、ここに集え! 我の意に従い、解き放たれよ!」


 グレンの呪文の詠唱に応えるように、グレンの構えた掌の先にはみるみる魔力が集まっていき、リクを畏怖いふさせるには十分な大きさを誇る光の玉になる。グレンは、その詠唱を完結させ、その光の玉を解き放った。


「《波動砲》っ!」


 その光は魔力の奔流ほんりゅうとなり、地面を削りながらリクに襲い掛かる。

 リクは《ヴァンジュニル》を構えると慌てて対抗するための魔法を唱えはじめた。


「電気の流れは磁力の流れ、磁力の流れはこの場を囲い、全ての流れをねじ曲げ《磁場》をなす!」


 リクを中心に強力な磁場が形成され、その磁力が《波動砲》による魔力の奔流を受け止めた。だが、その《波動砲》の威力は大きく、《磁場》の磁力は魔力の奔流の勢いを流し、方向を変えて受け流す事がなかなか出来ない。


「くッ……!」と、リクは力を振り絞り、《磁場》に追加の魔力を注ぎ込んで《波動砲》に対抗する磁力を高めると、その強大な魔力の奔流はやっと明後日の方に飛ばされていく。


 防御には成功したものの、リクは幾らか残った《波動砲》の圧力にふらりとよろめいた。

 それを見逃すグレンではなかった。《縮地》を唱え、リクの正面に移動すると、両手で剣を大きく振りかぶって呪文を詠唱する。


「汝、我が剣の前に退くがいい、両に開きて我が道に続く扉となるがいい……」


 振りかざされた剣から発せられる威圧感にリクは戦慄を覚えた。しかし同等の規模を持っていた《波動砲》を防いだばかりの今はあまり大きな防御行動を取れない。


「《幹竹割からたけわり》っ!」

「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」


 二人の声が同時に重なり、振り降ろされたグレンの剣を、リクの障壁が受け止める。しかしその障壁は少し抵抗したのみであっさり破られた。だが、威力を多少はやわらげられただろう。リクはその上で、《ヴァンジュニル》の柄でもってその剣を防いだ。

 たっぷりと魔力を帯びた剣を《ヴァンジュニル》が受け、バチバチと紫電が散る。数瞬、その状態で停滞したが、リクは遂に後方に飛ばされる。

 何とか転倒を免れ、《ヴァンジュニル》を構えて、グレンを見据えるが、その手の中にあった《ヴァンジュニル》にはヒビが入っていき、パキィン、という音と共に砕けて魔力に還った。



 砕け散った《ヴァンジュニル》を持っていた手を見つめたのち、リクはグレンの方に目を戻した。


(理にかなった強さだな……)


 それがグレンの強さに対するリクの感想だった。

 《連なる射撃》等の遠距離戦用魔法、《俊速の剣》等の近~中距離戦用魔法、自分の使う魔法を単純なもので構成する事によって速さと強さを上手く両立している。属性をもった魔法がない分、得意なタイプはないだろうが、逆に苦手とするタイプの魔導士もいまい。

 一対一でもできるし、他の魔導士と組んでも、グレンは上手く働けるに違いない。

 それだけではなく、魔力や魔導制御力等の魔導士としての基礎能力が高い。そして剣を操る筋力等も申し分なかった。闘いにも慣れ、経験も豊富だろう。


 つまり、グレン=ヴァンター=ウォンリルグは単純に強いのだ。


(とりあえずこっちは丸腰だ。新しいのを召喚しなくちゃな)


 グレンは《縮地》という魔法を持っている。いくら距離を離しても、あっさりと懐まで潜り込まれてしまうので、あっちの剣に対抗するものがないのは少し厳しい。

 先ほどまでで、グレンの強さは十分に分かった。この際、出し惜しみしている場合ではない。こちらも最高の魔法武器を召喚して対抗するのだ。


「そのさやに収まりしはくもり無き直刃すぐは! 鍛え抜かれしその刃に断てぬもの無し! 一度抜きし時、その速さは光も超える! いざ抜き放たん、一太刀にて全てを決す神速の太刀……」


 その呪文を詠唱しながら、リクは刀を抜くように、左腰に両手を構えた。そこに白い光が集まってゆき、棒のようなものを形成する。その形はたちまち具体化し、最終的に鞘に収まった刀の形になる……はずだった。


「……っ!?」


 実際には白い光が集まり、棒のようなものを形成するまでで、その後魔力は霧散むさんしてしまったのである。


(失敗!? 嘘だろ……!?)


 疑問がリクの頭の中に駆け巡る。確かに、魔法武具召喚は普通の魔法と比べると遥かに高い魔導制御力が必要なので、知っていても使える者はあまり存在しない。その点、リクは魔導制御には自信を持っていた。未だかつて、否、たった今まで魔法の発動を失敗させた事等なかったのである。


「どうしたァ? 魔法使うんじゃなかったのかよ? そっちが来ねぇならこっちが行くぜ! 我は望む、質より数を! 《連なる射撃》」


 向けられたグレンの掌から無数の光弾がリクに向かって放たれた。

 リクは何発か妙に狙いの外れた光弾が混じっている事に気がついた。先ほど使った時には、動かなければ全て命中していたほどの精度はあったはずだ。


(わざと外している、ということか)


 リクがよく使う防御魔法《瞬く鎧》はレベルの割に強力だが、障壁をはっている時間が短く、使うタイミングの難しいところがある。外された光弾をどうにかして、《瞬く鎧》の効果時間の短さを突こうというのだろう。

 となれば、とる行動は防御より……


「回避だな。我が足に宿れ《飛躍》の力!」


 今度の魔法はきちんと効果を現わし、リクは上空に離脱する。


「おいおい、それじゃ狙ってくれって懇願こんがんしてるようなモンだぜ。集いりし《貫く光線》よ、我が敵撃ち抜く槍となれ!」


 グレンがさした指から光線が発射され、真直ぐリクに向かって伸びていく。


「「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」


 今度こそ、障壁をはって《貫く光線》を防御すると、リクは放物線に従って着地する。

 が、着地した際、今度は膝に力が入らず思わず膝を付いてしまった。


「あ……れ?」

「おいおい、余所見しちゃイヤだぜ?」


 その声にリクは跳ねるようにその頭を上げる。その前には、その一瞬の隙を付き《縮地》で近距離に近付いて来ていたグレンがいた。


「弾け、ばらけよ、仇なす者に確かな傷を! 《散弾》」


 障壁を張る暇も、回避するも余裕もなく、リクは《散弾》による光弾を腹部に受け、後方に弾き飛ばされた。




「……どうなってるんだい?」


 訳の分からぬ間に劣勢に陥ったティタが、カーエスに解説を求める。

 そのカーエスはディオスカスを倒した時に、ジェシカから返してもらい、掛け直していた眼鏡を外して様子を見る。その瞬間、カーエスの表情が凍り付いた。


「嘘やろ……」

「やはり、魔力が切れかけているのか?」


 呆然と漏らしたカーエスの隣に、どっかりと腰を下ろしたのはジェシカだ。どうやら力を振り絞ってここまでやってきたらしい。他にも、コーダやシューハ、エイス等といった顔ぶれが、この一角に集結しつつあった。


「魔力が切れかけてる?」と、ジェシカの言葉に反応したのはティタだった。「どういうことだい? さっきまでリクはたっぷり寝てたじゃないか」

「しかしそれしか考えられない」


 リクは、魔導制御力・九十九パーセントと言う、常人とは懸け離れた魔導制御力を誇っている。だから、魔導制御の問題で魔法が失敗する事はあり得ない。だとすると先ほどの《きらめき》が失敗した理由はただ一つ。


「魔力が足らなかったからです」

「魔力だけやないよ。体力、筋力もかなりギリギリや。最後、着地した時ちょっとよろけたのも筋肉に疲労が溜まっとったんや」


 “魔導眼”でリクを観察しながらカーエスが付け足す。

 しかし一体何故、リクがそこまで消耗しているのか。その疑問に、揃って首をかしげているところにジッタークが野次馬の住民を割ってカーエス達のもとにやってきた。


「お、カーエス、無事やったか。……戦況の方はどや? さっきリクが起きて飛んでいきよったが」

「あんまし芳しいとはいわれへんなぁ」と、カーエスはとりあえず、リクの力が尽きかけている事を話した。


「そらそうや、あの魔法は“リクの身体の時間を戻す魔法”であって“リクの身体を回復させる魔法”やない。今のリクの状態は戻った先の時間、つまり昨日の今頃の状態と同じ状態なんやな」

「昨日の今頃……」と、カーエスが考えを巡らしはじめ、しばらく経つと、カーエスだけではなく、ティタ、ジェシカ、コーダが揃って声を上げた。


「あっ」


 そして、全員揃って顔を合わせて言った。


「エスタームトレイル……っ!」




「おいおい、アンタさっきまで全然闘ってなかったろうが。何でもう疲れてンだよ」

「……それは俺が聞きたい」


 《散弾》で吹き飛ばされたものの、当たり所がよかったのか、幸いにもリクはまだ動く事が出来た。しかし立ち上がる時、身体が猛烈に重く感じた。これは疲れだ。理由は分からないが、自分の身体からは力という力が枯渇しかかっている。

 なんとか、グレンに向かって身構えるが、正直まともに闘える自信がなかった。


(でも、俺のだけじゃねぇ。ティタ達の夢も掛かってる。負けるわけにはいかねーんだ!)


 ありったけの気迫を込めてグレンを見据みすえるが、グレンはそれを受けてもあざけるような視線を返すだけだ。


「武器もねぇ、魔力もねぇ、おまけに体力もねぇ。そんな奴ちゃ、興味は湧かねぇな。とっとと終わらせるぜ。距離は縮まりて…」

(不味い、《縮地》だ)


 リクは内心で舌打ちをする。先ほどとは違って今は丸腰だ。接近戦に持ち込まれると、グレンの剣を防ぐ手段がない。やるなら遠距離戦に徹しなければいけない。


「我は投げん、その刃に風巻く《風の戦輪せんりん》を!」

「踏み出せばそこは望みしところ! 《縮地》」


 とりあえず速く威力もそれなりにある魔法を唱えて、グレンを牽制しようとするが、グレンは《風の戦輪》が迫ってくるのにも動じず、落ち着いて《縮地》を発動させ、《風の戦輪》をかいくぐるようにしてリクの目前に現れた。


「我が剣は《俊速の剣》、その速さ、汝の目に写ること適わず!」


 剣が閃き、目には捕らえられないくらいの速さでグレンの剣がリクに向けられる。リクはそれを何とか《瞬く鎧》で防いだ。

 とりあえず、この男とは距離をとらなければならない、と考えたリクは近距離用だが効果の高い魔法をぶつけるべく呪文の詠唱を始めた。


「我は叩かん、衝撃が凍結を生む《氷の鎚》にて!」


 頭上に振り上げられたリクの両手の中に鎚の形をした白い光が現れた。リクはそれをグレンに向かって振り降ろす。


「近距離はお好きじゃねぇらしいなぁ?」と、グレンはからかうようにして言うと、リクのすぐ横に移動し、《氷の鎚》を避けた。

 からかいに対して文句の一つも言ってやりたいリクだったが、グレンとは違ってあいにく彼にその余裕はない。文句の代わりに口をつくのは更なる攻撃魔法の呪文である。


「我は刈り取らん、その刃に掛けし全てを薙ぎ払う《疾風の鎌》にて!」


 今度リクの手の中に現れた鎌型の乳白色の光を、リクは自分の左側に移動したグレン目掛けて横にぐ。《疾風の鎌》は近距離用の魔法で、その範囲は広い。先ほどはすぐ横に逃げる事で避けられたが、今度は後ろに下がるしかあるまい。

 迫る刃を見て、グレンは剣を構えて魔法を唱えはじめた。


「剣よ、迫り繰る困難を《切り開き》て、打破せし力を!」


 グレンの剣が光を帯びはじめ、彼がそれを振るうと、《疾風の鎌》が切り裂かれ、彼を傷つける事なく四散する。

 予想外の防御法に、リクが動揺している間に、グレンはもう一度《俊速の剣》を行使し、リクに斬り掛かった。


「くッ……!」と、両腕でできる限り急所をカバーし、その攻撃を受ける。しかしいくら速さ重視で攻撃力のない攻撃だからといって、防御魔法無しに受けたとあらば、その後に隙ができるのも無理はない。

 その目の前でグレンの威圧感がどんどん膨らんでいく。その剣は大きく振りかぶられていた。


「汝、我が剣の前に退くがいい、両に開きて我が道に続く扉となるがいい……」


 リクの頭が発する警告を、身体が受け止めたのか、《俊速の剣》で衝撃を受けて動けないはずの身体がわずかに動いた。リクは目の前に迫る危機を回避しようと必死で後退しつつ、防御魔法を唱える。


「《幹竹割り》っ!」

「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」


 間一髪でリクの防御魔法が発動し、頭上に迫るグレンの剣を受けた。リクは必死で《瞬く鎧》になけなしの魔力を注ぎ込み、少しでも強く《幹竹割り》に抗おうとするが、それも長くは持たず、《瞬く鎧》は破られた。

 しかし、その剣がリクを斬り付ける事はなかった。剣を受けるものはなかったが、《瞬く鎧》で稼いだわずかな時間に後退し、間合いから抜けていたのだ。

 だが、斬撃は防ぎ、回避できても、《幹竹割り》の威力は半端なものではない、その検圧と、地面を打つ時に発生した衝撃波がリクに襲い掛かり、リクはこれ以上抵抗出来ないまま、吹き飛ばされる。

 リクは、後方にあった魔導列車の駅の壁に打ち付けられると、そのまま前のめりに倒れてしまった。




「リクッ!!」「リク様ッ!」「兄さん!」


 カーエス、ジェシカ、コーダが三者三様に彼の名を呼ぶ声が広場に響いた。

 彼等にとっては、もう勝負が決まったようなものだろう。先ほどリクがもともとエスタームトレイル終了直後と同じ、消耗しきった状態であるということを知っているのだから。よしんばここでリクが立ち上がったとしても、それこそもう魔力も体力も残っていないだろう。


 勝負が付いたかと、ざわめく観衆の声の中、グレンはリクに向かって不快そうに顔を歪めて言った。


「つまらねぇな。折角面白くなってきたトコだったのによ。あんまりアッサリくたばってもらわれるとこっちが困るんだがなぁ?」


 それが聞こえたか聞こえなかったかは定かではないが、全員の注目が集まる中で、リクの身体がゆっくりと立ち上がっていく。しかし誰の目にも彼はもはや闘える状態ではないことは明らかだ。

 立ち上がったリクが、腰を落として身構えるのを見て、グレンは目を細めた。


「そんな疲れきった状態でまだやる気かよ?」

「あっさりくたばってもらっちゃ困るんじゃなかったのか?」


 即答で自分の言葉を返すリクに、グレンが舌打ちをする。


「舌はまだよく回りやがるみてェだな」と、とりあえず悪態をつき、グレンは続けた。「でもアンタにゃもう一欠片も力は残っちゃいねェだろうが。ここで立ち上がっても意味ねぇだろ」

「これが、最後のチャンスだと思うんだ」


 リクは答えたが、意味がとれなかったのか、グレンは聞き返す事も言い返す事もせずに先を促した。


「お前に勝って、その魔導器を取り戻せば、俺はティタに“大いなる魔法”の事を教えてもらえるんだ」


 エスタームトレイルでも一杯一杯に闘ったのだが、それでもティタはリクを信用しなかった。そんなティタが先ほどグレンを倒して、“知識の宝珠”を取り返す事ができれば“大いなる魔法”の事について教えてやると言った。


「多分、俺を信じ始めてくれてるんじゃないかって思う。だから、ここでティタの信用を裏切ったら、多分ティタは俺を二度と信じない。俺はそれでもあきらめないつもりだけど、事実上、これが最後のチャンスだと思う」

「で、“大いなる魔法”のことを知ってどうするつもりだ、坊や?」


 そう問うグレンの口調は、まるで変人の言動を面白がっているような、からかいを父君だものだったが、リクはまでも真剣に答えた。


「大災厄をこの世から無くす。それが俺の夢なんだ」


 その答えに対し、グレンはもう耐えられない、とばかりに吹き出した。


「ハーッハッハッハッハッハッハ! 大災厄をこの世から無くす? 本気で言ってンのか、この小僧! ハーッハッハッハッハッハッハ!」

「笑いたきゃいくらでも笑えよ」


 笑われたことに、少しかちんときた様子でリクが言い捨てる。

 グレンはひとしきり笑うと、急に不機嫌そうに顔を歪め、地面に唾を吐き捨てる。


「くだらねぇ、そんな叶わねぇ夢、見るのなんか止めっちまいな」

「叶わねーなんて誰が」


 決めたんだ、と続けて言い返そうとしたのであろうリクの足下に、グレンは光弾を放って、その言葉を遮る。


「目障りなんだよ」


 その言葉は何事かとざわつく観衆の声の中で、冷たく響いた。


「信じあうだの、愛しあうだの、助けあうだの言ってお互いがお互いに甘えて、弱ぇままで認めあう関係でいる奴らも、ぬくぬくした環境でへらへら笑って無駄な時間を過ごす奴らも、現実を顧みねぇで夢見て目ェ輝かしてる奴らも!

 現実をみて、厳しい環境に自分をおいて、強くなるべきだろうが! 血反吐を吐きながら努力して、強くなって、自分の役割を得る! そうでなきゃ生きる価値も資格もねェだろうが! そんなことを欠片も考えねぇで無駄に生きてる奴らは目障りなだけだ!」


 それこそが、グレンの育ってきた環境だったのだろう。正しいと信じて努力してきたからこそ、彼の今の強さがある。だからこそ、ぬるま湯のような環境に甘えて生きる者達が憎らしい存在に思えてくるのだ。


 グレンは、ひとしきりまくしたてると、自分の腰布の中に隠していたあるものを取り出した。リクに突き付けるようにして、差し出されたグレンの掌に乗っているのは“知識の宝珠”だ。

 彼のその行動の意図が読めず、怪訝そうに眉根を寄せるリクに、グレンはにやりと明らかに何らかの悪意を込めた笑みを返す。


「その夢とやらを叶えるには、確かこいつを取り返さなきゃならねぇんだったよなぁ?」

「え?」


 どくん、とリクの心臓が跳ね上がるように大きく一度鼓動する。

 そして、彼の魔導士特有の感覚は、“知識の宝珠”を持つグレンの掌に魔力が集まって行くのを感じる。



 ―――アイツは“知識の宝珠”……アタシ達の“夢”を持っている。



 不意にティタの言葉が脳裏に蘇る。



 つまり今、彼の手の中にあるものは、ティタ達、魔導研究所員全ての夢そのものであり、



「その夢、俺が覚まさせてやるよ、坊や」



 それを取り返せば道が開ける、リクにとっての夢への道標で、



「な、何考えてんだ止めろぉっ!」



 いわば、夢の結晶とも呼べる魔導器。



「これで、もう一度夢は叶うと抜かしてみやがれ!」



 “知識の宝珠”は、グレンの手の中で、リクの制止の声もむなしく砕け散った。

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