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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
90/114

42『待ち望まれし帰還者』

 私達は闘い続けた。

 闘い続けて、疲れ果てた末に、追い詰められた。

 夢を掛けた闘いだった。


 私は夢の終わりを感じた。

 諦めたわけではない。

 ただ、望みが無くなってしまった。


 いよいよ夢が終わりを迎えた時、彼は帰ってきた。

 途絶えかけた夢だった。それを、私達が繋げた。

 その夢が私達の前に再び姿を現わした。


 今度は私達の夢を救うために。




 おおぉ、という感嘆の声が闘いの舞台となっている広場に響く。

 “完壁”カルク=ジーマンや“冷炎の魔女”マーシア=ミスターシャと共に、エンペルファータ魔導士団長として魔導研究所最強の魔導士の一人として名声を欲しいままにしていたディオスカス=シクトが、一人の魔導士養成学校生徒に敗れ去ったのだ。

 クーデター勢は自分達の真ん中に吹き飛ばされた指導者を囲み、騒然としている。


 一方生徒達から起こったのは歓声である。

 大きな声に支配される場の中に、ジェシカのりんとした声が響いた。


「よし、敵が統率を失った今がチャンスだ! “攻の一式”詠唱開始!」

『光よ並びて走れ、我が敵の元に! 向かう方向は皆同じ、決して交わる事はない!』


 詠唱と共に生徒達の前にいくつもの光の玉が並ぶ。


「放てッ!」

『《平行する光線》!』


 生徒達の、一つに揃った声に合わせて、それぞれ光の玉が光線となり、指導者を失い、混乱するクーデター勢に襲い掛かる。今が戦闘中だという事を思い出すも時すでに遅し、前線にでていた者達はあらかたまともに光線を浴び、戦闘不能となる。

 それがクーデター勢の注意を引き戻したか、次の攻撃ではまともに防御魔法を行使され、一人も脱落者は出ない。

 しかし、統率者を失った事は大きかった。先ほど一度引っ掛かったはずの、《赤壁》で水属性魔法を使わせて、《選別する鏡》で跳ね返す作戦に引っ掛かり、さらに水属性魔法以外の魔法を使い、《赤壁》の反撃能力を発動させてしまう愚を犯し、また数人の魔導士が防ぎきれずに戦線離脱する。


 防戦一方のクーデター勢は確実に数を減らしていき、今となっては最初の半分、三十五名ほどしか残っていない。はじめは圧倒的不利かと思われた闘いは生徒側が主導権を握っていた。

 そこで、クーデター勢は一か八かの行動にでた。全員が生徒達に向かって接近してきたのである。


(不味い)と、ジェシカは奥歯を噛み締めた。


 ここに突っ込んで込まれたら、頼みの“集団魔法”が使えなくなり、個々で迎撃する事になる。そうなると、いくら数はほぼ同じでも、詠唱の声に疲れが見え始めた生徒達と、経験の豊富なクーデター勢の魔導士達とでは勝負にならない。

 こちらにはミルドやエイスなど、上級魔導士のなかでも腕の立つ魔導士が揃っている。彼等なら一人で四、五人は相手にできるだろうが、それで戦力の不利を覆せるかどうかは微妙なところだ。


(ここが正念場だな)


 ジェシカは決戦の覚悟を決めると、とりあえず広範囲が狙え、短時間で発動できる《平行する光線》の詠唱を生徒達に命じた。その名が現わす通り、平行に並んで伸びていく光線は、突っ込んでくる魔導士達の内、十人ほどを脱落させたが、二十人以上の魔導士が生徒達の陣に突っ込んでくる。

 彼女は次に各々の裁量で敵を迎撃するようにいい、自らも槍を手にとって構える。


 その時、不意に彼女の上から影が差した。

 その影はすぐに彼女の上を通り過ぎ、突っ込んでくる敵の目の前に降り立った。その大きな影の正体は巨大なサソリのようだ。

 今は背を向けている為、そのサソリには誰かが乗っているのかどうかすらさえ、ジェシカには図りかねるが、サソリという生き物はエンペルファータ周辺には生息はしていない。生息したとしても、サソリと聞けばジェシカは一人の男を連想してしまう。砂漠の民族衣装に身を包んだ褐色かっしょくの肌を持つ、いつも呑気のんきそうな印象を持つ便利屋だ。


「「コーダ!?」」


 名を呼ぶのに、偶然カーエスと声が重なった。どうやら彼も同じ人物を思い描いていたらしい。

 サソリは、その大きなハサミを一振りし、呆気にとられているクーデター勢の魔導士を五人も殴り飛ばす。そのついでにその身を横に向け、御者席に座っていたコーダが笑顔で手を振った。


 一対多の戦闘に長けているコーダの参戦により、情勢は一気に偏り、そこから生徒勢の勝利という形で決着が付くのにさほど時間はかからなかった。

 戦闘が終わると、カーエスとジェシカはコーダに駆け寄り、フィラレスの無事を確認すると、コーダは“運搬モード”になっていた《シッカーリド》の客席に寝かせているフィラレスを見せ、二人を安心させる。



 フィラレスが無事に奪還されたという報告をジェシカから受けたエイスは目の前に倒れているクーデター勢の魔導士達を見渡して言った。


「これで、奪われたものは全て取り返せるわけだな」


 ディオスカスは、ウォンリルグヘの亡命の手みやげとして、クーデターを起こし三つのものを奪っていた。

 その一つがフィラレス、というより彼女が持つ“滅びの魔力”だ。後の二つ“英知の宝珠”に“ラスファクト”もこの倒れている魔導士達の誰かが持っているだろう。


 カーエスはとりあえず、一番可能性のある人物に近寄り、その軍人然とした大きな身体をまさぐる。すると、懐から防魔布で出来た袋を発見した。中身を確認すると、圧倒的な魔力の気配が感じられる、メダルのような形をした宝石である。その輝きは宝石と呼んでも軽々しすぎるほどに神々しい。


「エイスはん、これは……?」と、唯一確認ができそうなエイスにそれを見せる。

「これは“ラスファクト”だな」


 これが、と生まれて初めてみる星の産物をしげしげと眺めるカーエスに、エイスは静かに注意した。


「魔力を触れさせると大災厄を呼ぶらしい。扱いに気を付けてくれ」


 するとカーエスは時限爆弾でも持っているのに気付かされたかのように、慌ててそれを元のように袋に戻す。

 カーエスは、続けてディオスカスの身体を調べるが、“英知の宝珠”と呼ばれるものは持っていない様だった。


「これ以上は何も無いみたいですね」

「では、別の魔導士に持たせたのだろうな」と、エイスは累々と転がる魔導士達の身体を見回して溜息を付く。五十代であるエイスはもうお世辞にも若いとは言えない。闘いで疲れているので、これ以上の労力は避けたいところなのだろう。



「お探しの物ってのは、これかい?」


 不意に声を掛けられ、エイスが振り返った先にいたのはこの場には明らかに異質な男だった。全体的に枯れ木のようなシルエットを持つ男で、ひょろりと伸びた長身に細いが引き締まった筋肉が見える。

 基本的に全身ぴったりのスーツを着けているが、腰回りや頭髪が見えない頭には布が巻かれ、胴体には胸当てなどがつけられている。腰の布には鞘に収まった一本の剣が差さっていた。

 そして、彼の目の高さに掲げられた手には“英知の宝珠”とみられる全体に魔導紋様が施された球形の魔導器が乗せられていた。


「ああ、確かにそれだが……、君は?」と、エイスが応対する。


 先ほどまでは生徒側にも、クーデター勢にも、そして観客の中にもいなかったはずの男だ。そのシルエット故に、いれば相当目立っていただろう。

 とりあえず、“英知の宝珠”を受け取ろうと、エイスが腕を伸ばすと、男はひょい、と小馬鹿にしたようにそれを持った手を上げる。


「……どうやら味方ではないらしいな」


 そう言うエイスの顔はあまり意外そうでもない。男の表情は笑っているが、それは喜びや楽しみからのものではなく、何かを面白がりあざけるようなたぐいのものであって、あまり友好的に感じられなかったからだ。


「そうだねェ、ま、どっちかっつーと、ここにぶっ倒れてる魔導士達の側だわな」と、男は相も変わらず軽薄な口調で答える。「俺はウォンリルグの者だし」


 何気無く付け足された台詞に、その場にいる全員が驚きをあらわにする。この事件ではウォンリルグが深く関わっていたが、まさか「来る者まず許さず、去る者絶対に許さず」と言われるほど自国のものを外に出したがらないウォンリルグ人を、まさかここで見られるとは思わなかったのである。


「死んじまった、っつーか俺が殺したんだが、ダクレーちゃんには“亡霊”って呼ばせてたんだがな、俺の名前はグレン、グレン=ヴァンター=ウォンリルグ」


 彼の名乗りにいち早く反応したのはジェシカだった。


「“ウォンリルグ”と名乗るのを許されているのは“宗家”のみだと聞いたが?」


 ウォンリルグは一つの家族のような国で、国家元首であるマータを母と仰ぎ、国民はその子ら、つまり兄弟としてお互いに愛し合うという形が基本である。

 無論、三大国の一つに数えられるウォンリルグの全ての住民を一つの家族としてまとめるのには無理がある。その為に、ある単位で“分家”として枝別れしているのだ。

 その分家の中心にあるのが、カンファータで言う王家に相当する“宗家”であり、エンペルリースでいうと、大貴族にも相当する高い地位になる。


「ああ、俺は“ラ・ガン”だからな」と、グレンと名乗る男は胸元からウォンリルグの国旗をかたどったペンダントを、得意げにちらつかせてみせる。

「“ラ・ガン”……マータ直属の精鋭部隊か」


 ジェシカの眉が苦々し気に歪められる。家族というと血縁関係を想像し、ウォンリルグは血統を大事にする印象を受けがちだが、それは全くの誤解である。確かに血統もある程度大事にされるが、それ以上に実力が重視されている。

 生まれは末端の分家でも能力があればあるほど高い地位につける。その典型が、ウォンリルグでも最強の十三人のみが所属を許されるマータ直属の精鋭部隊“ラ・ガン”だ。これはマータの手足と考えられ、配属されたその瞬間から地位は“宗家”となって“ウォンリルグ”の名を名乗る事ができるのだ。


(これはまた大物が出てきたものだ……)


 “ラ・ガン”と言えば、世間一般の認識でカンファータ、エンペルリース双方で七人しか認められていない“ヴィリード(守護せし者)”クラスだと言われている。簡単に言えば、ジェシカの師であり、前カンファータ魔導騎士団長・シノン=タークスと同じかそれ以上の実力の持ち主というわけだ。


「返してくれと言っても返さないのだろうな」


 エイスが念のために尋ねると、グレンは手の中の魔導器を眺めながら答えた。


「俺的には、こんなモンどうでもいいンだが……」と、そこでグレンは自分を取り囲むジェシカ達に視線を移して続けた。「返しちまったら、アンタらと闘えねぇンだろ? そいつはつまらねェな」


 そう言って、グレンは“英知の宝珠”を腰に巻いた布の中にしまい、腰を落として身構えた。


「アンタらにこれを取り返すチャンスをやろうじゃねェか。全員まとめて掛かってこいや、俺に勝てたら返してやるよ」


 それは不敵な発言だったが、その軽い口調の裏には、それを冗談とは思わせない迫力が込められており、ジェシカ達は皆一様に緊張を表情に走らせた。

 とりあえず、ここは数で闘っても仕方がないので他の生徒達を、そしてディオスカスとの厳しい闘いを制したばかりのカーエスを下がらせ、ジェシカ、コーダ、ミルド、エイス、シューハの五人がグレンを見据みすえて身構える。



 先に攻撃を仕掛けたのはグレンだった。


「我は望む、質より数を! 《連なる射撃》」


 短い呪文の後に向けられたてのひらからは、魔力で構成された光弾が三つ続けて発射され、それらの光弾はシューハを狙う。


「《瞬く鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶する!」


 シューハは落ち着いて魔導を行い、効果は短いが強い防御障壁を張り、《連なる射撃》の光弾を防ぐ。

 つづけて、シューハは《からみ上げる根》でグレンを捕獲に掛かった。


「地走れ、《絡み上げる根》! 樹木を支える強さで我が敵捕らえんがために!」


 グレンはそんなことはお構い無しにシューハに向かって一直線に駆ける。途中で地中からは《絡み上げる根》が彼を狙ってその根を伸ばすが、それは大きく跳躍する事で避けられてしまった。


「弾け、ばらけよ、仇なす者に確かな傷を! 《散弾さんだん》」


 発射した瞬間からばらけ、広範囲に攻撃が渡る《散弾》だが、グレンはシューハに対しかなりの近距離でそれを放った為に、ばらけた光弾がほとんど彼に命中してしまう。

 とっさに薄い障壁をはって、致命傷を逃れるが、戦闘不能になるには十分な傷を負って、シューハは後方に吹き飛ばされてしまった。



「おいおい、せっかく相手してやってンだ、もうちょいねばれや」


 負傷して生徒達に駆け寄られているシューハに嘲りの言葉を投げかけつつ、観察し、彼がそれ以上闘わないであろうことを確かめると、グレンはその目をエイスに向けた。

 エイスはその視線を受け、その顔を強張こわばらせるが、即座に魔法の詠唱を始め、その攻撃に備える。


「光よ、曲がり通りて、我が身体を《不可視》のものに!」


 その魔法が発動し、エイスの姿がグレンの視界から消える。

 グレンは《連なる射撃》や《散弾》など、射撃系の魔法を得意としているようなので、こうして姿を隠すのは有効な対抗策のはずだ。あとは適当に距離を詰め、隙を見て姿を現わして攻撃を加えればよい。


「ハン、まぁ第一線を離れたオジサンにしちゃ考えたが、世の中にゃ『数撃ちゃ当たる』ってなイイ言葉もあるんだぜ? 我は望む、質より数を! 《連なる射撃》」


 シューハを狙った時は三つだったが、その数は好きなだけ調整できるらしく今回は二十も三十も光弾が掌から発射される。エイスの消えた地点を中心にグレンは前後左右くまなく光弾を掃射し、エイスを探す。

 危険を感じたのか、あるところでエイスは《不可視》を解き、その掃射をとめるべく攻撃魔法を唱える。《不可視》は便利な魔法だが、不可視状態のままでは別の魔法を使えないというデメリットがあるのだ。


「大地を揺るがすは地上の波! そのうねりを持ちて飛ばすは《岩飛沫いわしぶき》!」


 エイスの目の前の地面が海のごとく波打ち、いくつもの石がつぶてとなってグレンを襲う。


「そこにいたのかい」と、グレンは自分に向かってくる石に掌をむけ、今だ連射を続ける《連なる射撃》によってそれらを全て撃ち落とした。「まあ、とりあえず消えても動けねェようにしときますか。つどりし《貫く光線》よ、我が敵撃ち抜く槍となれ!」


 すると、魔法の発動と同時にエイスに向けられた指からは細い光線が発射され、あっさりとエイスの足を撃ち抜いた。


「クッ……!」と、思わず膝を付くエイスに、グレンはゆっくりと歩み寄っていく。



「さーて、動けなくなったところでゆっくりと料理してやるかね」


 そんな彼の歩みの前に立ちはだかったのはジェシカである。


「決まった勝負を続けるのもつまらんだろう。今度は私が相手だ」


 眉間みけんに向けて突き付けられた槍の穂先を前に、グレンはニヤリと笑う。


「美女に凄まれるってぇのもなかなかオツだなァ」


 そう言って、グレンは腰に差していた剣を引き抜いた。その切っ先を槍の穂先にあわせるように構え、空いた方の手で来い、とでも言うようにくいくい動かした。

 それに応えるように、ジェシカはグレンに踏み込んで、取りあえず刺突から入る。グレンが剣でそれを受け流したところを、彼女は振払うように槍をよこぐ。それに抵抗し、その場に留まろうとするグレンだったが、込められた力の強さが予想より大きく、その抵抗は失敗に終わった。


「魔法で肉体を強化してやがったのか……、こいつは失態だな」と、自分の剣を眺めて自嘲気味に言ったグレンは、改めて剣を構えた。「今度はこっちから行くぜ」


 グレンはその剣をもってジェシカの懐に飛び込む勢いで踏み込むと、力強くその剣を振るうジェシカは自らの槍を持って、それに応じ、お互いの武器をあわせること数十合。その立ち回りは、誰が見てもジェシカが押されている事は明らかだった。

 もともと、剣と槍という組み合わせが悪かった。槍は剣よりも小回りの聞かない武器で、剣と闘う場合は距離をとりつつ闘わなくてはならない。


「おいおい、もう息が上がったのかよ? んじゃ、そろそろ決めちまうかぁ? 我が剣は《俊速しゅんそくの剣》、その速さ、汝の目に写ること適わず!」


 射撃系のみの魔導士かと思われていたグレンはジェシカと同じく補助系魔法にも長けているようで、その魔法の発動後、グレンの持つ剣が輝きを放ったと思うと、恐ろしい速度を得てジェシカに襲い掛かる。

 ジェシカはどうにか急所への攻撃だけはさばき、軽い攻撃を受けて体中に浅い切り傷を負う。しかし、一気に傷を負ったことの衝撃は大きく、グレンに対し隙を見せることになってしまう。

 元々それが目的の魔法だったのかグレンはにやりと笑って次の魔法の詠唱に入った。


「汝、我が剣の前に退くがいい、両に開きて我が道に続く扉となるがいい!」


 そこまで唱えると、さらに輝きが増してきた剣をグレンは大きく振りかぶり、詠唱を完了させる。


「《幹竹割からたけわり》ッ!」

「……っ! 《電光石火》によりて我はまたたく速さを得ん!」


 ふ、とその場からジェシカの姿が消え、その一瞬後、グレンの剣が力一杯に振り降ろされる。ジェシカがいたはずの空間を切り裂いたグレンの剣は、地面を打ち、爆音ともとれる轟音と共に、地面に大きな亀裂を残した。

 とっさに《電光石火》を使って目の前から離脱し、距離をとったジェシカだったが、その威力を見てその目を大きく見開く。


 必殺の一撃を躱され、舌打ちをしたグレンは、いち早くジェシカを見つけると、掌を向け《連なる射撃》を発動。幾つもの光弾が彼女を襲う。

 ジェシカはそれを叩き落とそうと、槍を構えるが、その光弾は途中で軌道を変え、足下に着弾する。もうもうと砂埃すなぼこりが彼女の視界を奪い、グレンの姿はそうして出来た死角の中に消えた。


「駆けよ斬撃! 離れし者にその力を見せる為に! 《飛燕ひえんする斬撃》」


 砂埃の向こうから声が聞こえた直後、その砂埃からジェシカの目の前に現れたのは三日月のような形をした魔力の光だった。意外な攻撃に、ジェシカは飛来してきた斬撃をほぼまともに受け、その場にうずくまってしまう。



 自分の連続攻撃が上手く決まったことに、満足そうに頷くグレンは、おもむろに横に振り向き、側面からの攻撃に対応した。

 その視線の先には両手に短刀を握った褐色の肌の男・コーダがいる。


「不意打ちたぁ随分行儀が悪ぃンじゃねぇか?」

「俺は礼儀作法を心得た騎士じゃないスからね」


 受け答えの間にも、彼等の間には剣戟けんげきが続く。先ほどのジェシカとは逆に、短刀を持つコーダの方が小回りが利き、しかも二刀流だ。力が若干足りないものの、そこを上手くさばいて手数で上回っている。


「ふむ、なるほど。ちったぁ速いが、さてコレは受けきれるか?」と、言うと、グレンは鋭く、且つ大きく剣を振り、コーダを少し離れさせると、呪文を詠唱しはじめた。「我が剣は《俊速の剣》、その速さ、汝の目に写ること適わず!」


 グレンの剣が輝くと共に、その剣筋が閃く。ジェシカはかろうじて急所を外したが、コーダはそれを受けられず、全ての斬撃を受けてしまった。

 彼のように見えたが、次の瞬間、血を流して倒れ伏すはずのコーダの身体がぼやけて消えてしまった。


「ち、《残像》かよ」と、驚くこともなくグレンは舌打ちをする。


 《残像》は自分の姿をその場に残したまま移動できる魔法だ。ただしこの魔法の効果は像を残すまでで移動は普通に行わなければならない為、だまし討ちに使うには手品師のような、他人の目を騙す能力に長けている必要がある。


「だけどよ」と、敵の策略に引っ掛かり、舌打ちをしたはずのグレンだったが、次の瞬間にはその口元を釣り上げて言った。「一つ忠告しとくぜ、ウォンリルグの戦士の後ろにゃ立たねぇことだ」


 その言葉に、グレンの背後に忍んだ影が動揺を見せる。


「戦士たる我、何人たりとも我が背後に立つことを許さず! 《背撃はいげき》」


 その動揺の隙をついて唱えられた魔法が生み出した障壁は、背後で攻撃を加えようとしていたコーダを吹き飛ばす。


「ああ、今度はアタリだったなぁ?」と、確実な手ごたえを得たグレンは、うしろを振り返って、すぐさま《連なる射撃》を行使した。

 彼の掌から放たれた光弾が、コーダに命中していく。



 四、五発も命中したところで、後に続く光弾がコーダを護るように巻いた風がそれをかき消した。


「……そういや、もう一匹残ってたっけか」と、グレンが目を向けた先にはがっしりとした体躯たいくであるものの、その身体に羽織っているのは研究者の証である白衣を来ている男、ミルドがいた。


 ミルドは、いつもは人当たりの良い表情を浮かべている顔を厳しくしかめて唱える。


「巻き立ち上がれ、《旋風》!」


 自分の周りに引かれていく緑の円を見て、グレンは素早くその場を立ち退いた。しかし、その動きを読んだのか、立ち退いたグレンを狙って《かまいたち》を放った。

 避けきれない速さで迫る空気の刃を前に、グレンは剣を構え、対抗する為の魔法の呪文を口にする。


「駆けよ斬撃! 離れし者にその力を見せる為に! 《飛燕する斬撃》」


 詠唱が終わると同時に振り抜かれた剣からは、三日月型の魔力の光が放たれ、《かまいたち》と交錯すると、お互い相殺して消える。


「我は望む、質より数を! 《連なる射撃》」

「護りし風よ、我が敵の手を《巻き込み》て掻き消せ!」


 先ほどはコーダを護った風が今度はミルド自身の周りに巻きはじめ、彼に向かって飛んでくる光弾を防いだ。

 五、六発ほど続いたそれを、《巻き込み》の風でかき消し、再び反撃に出る為にそれを解いた時、グレンはその様子ににやりと口元に笑みを浮かべる。


「《跳弾》によりて、軌道よ変われ、我が意のままに」


 ミルドの背中に冷たいものが走り、反射的に背後をみる。すると、先ほどの《連なる光弾》の際、三発ほど外れていた光弾が鋭角に軌道を変えて彼に迫っていた。

 防御魔法も間に合わず、ミルドは必死で身体をひねり、その攻撃を避ける。

 何とか避けられたことにほっとするミルドの耳もとから不意に声を掛けられた。


「闘ってる最中は相手から目を離さねェことだぜ、ニイちゃん」


 目を向けた時には既にミルドの懐にグレンが入り込んでいた。驚きに目を見開くミルドに、グレンは敢えて一呼吸あけて目を合わせ、笑ってみせると、既に構えていた剣を振り抜く。

 もともと、白兵戦の心得がほとんどなく、その上不意も突かれていたミルドにそれを受ける手段も避ける手段もなく、彼は一閃される剣に斬り付けられた。



「ミルドッ!」


 広場を囲み、闘いを見守っていたエンペルファータの住民達の中からティタが飛び出し、倒れたミルドに駆け寄った。ろくに声が出せないミルドが離れていろと掠れた声で必死に伝えるのも聞かず、頭を持ち上げ、その胸に抱き寄せる。

 ティタは弱々しく彼女の腰に回されるミルドの腕を感じながら、グレンをにらみ付けた。


「美しい愛だねぇ。無力ながら身をていして傷付いた男を護るってか」と、グレンはその視線を受けて嘲るような表情を返す。

 が、


「美しすぎて反吐が出る」


 次の瞬間、その顔が不快そうに歪められた。


「ニイちゃん、何だ、その情けねェ姿はよ? 女に護られるなんざみっともねぇとは思わねぇのか? あ? そうか、みっともねぇのも気にならねぇほどアイシあってるってか? なら二人一緒に殺してやらァッ!」


 そう言って、グレンは掌をティタとミルドに向け、《連なる射撃》を詠唱する。来る衝撃に備えて、ティタはミルドを一層堅く抱き締め、身を固まらせた。

 一欠片の慈悲じひも見せることなく、放たれた光弾がティタとミルドには届かなかった。


「火には水となり、風には土となる、斬る者あれば固くなり、殴る者あれば弾力を得ん、その特性は臨機応変、行うは武力の妨げ。我が纏いし《七色の羽衣》は如何なるものも拒絶する!」


 ディオスカスとの死闘の為、いままで休んでいたカーエスが二人の前に飛び出し、障壁を張る。《連なる射撃》は途切れることなく続いているが、障壁もまた消えることはない。


「助け合って、思いあうことがみっともないことがあるかい! それに文句垂れとるおんどれのほうがよほどみにくいわっ!」


 障壁越しにグレンを睨み付け、怒鳴り返すカーエスにグレンは不快そうだった表情を再び愉悦ゆえつに歪める。


「見てられなくなって出てきたか? しかし疲れが見えてるぜ、小僧。その強がりがいつまで持つか見せてみろや」



 グレンの《連なる射撃》の連射をカーエスの《七色の羽衣》が防ぐ、という状態はしばらく続いた。ティタはカーエスの障壁に守られながら、ミルドに応急手当てを施している。無駄かもしれないが、と思いつつも他にすることもないし、何もしないよりはマシだった。

 何とかミルドを担いでここから離れられれば、とも思ったが、障壁の外に出ればグレンに狙われるだろうし、ミルドは雰囲気に反して身体ががっしりしていることもあり、担いで移動することさえ出来ないかもしれない。


 目の前で障壁を張り続けるカーエスの顔には玉の汗がにじんでいた。朝から闘い通しのところに、ディオスカスとの全力を出しての決闘を終えた後だ、魔力に限らず体力、精神力、気力、力と名のつくもの全てが彼の身体から枯渇こかつしかけているに違いない。

 もし、カーエスの《七色の羽衣》が消えたらどうなるのだろう、とティタは思った。とりあえず、自分達やカーエスは無事では済まないことは想像に難くない。問題は、もうグレンを止める人間がいなくなることだ。

 今、彼が持っている“英知の宝珠”、そして“ラスファクト”は持ち去られ、後はどうなるか分からない。ウォンリルグはカンファータとエンペルリースに戦を仕掛けるのだろうか。


 どちらにしろ、“英知の宝珠”が持ち去られるのは口惜しかった。

 あれに詰め込まれているのは、魔導研究所における全ての人間達の成果、いわば研究者、開発者達の夢そのものなのである。それが、それを手に入れるのに汗も涙も流していない者たちに渡るのは嫌だった。


(ここで、終わりなのかね……)と、ティタは心の中でつぶく。


 あきらめという言葉にあまり縁のないティタだったが、今この状況を打開する方法が思い付かない。打開できる要素が見つからない。

 空を仰ぐと、カーエスの張った虹色の障壁が少し色褪せているのが感じられた。ずっと見ているとだんだんと色を失っていくのが分かる。


(ここで、終わりなのかね……)


 もう一度、心の中でその言葉を繰り返した。本心では諦めてなどいない。受け入れる気などさらさらない。ただ、希望がないだけだ。

 ティタはどんどん希薄になっていく虹色の障壁を眺め、ひたすらその疑問をその向こうに見える空に投げかける。



 その空に、一筋の光が見えた。



(流れ星……?)


 まさかこんな昼間に、と否定する間もなく、それは一条の稲妻となってグレンの上に落下した。

 グレンは直前に気付き、魔力で精一杯の障壁を構成し、回避行動を取るが、その威力に数メートル吹き飛ばされた。

 その稲妻が落ちた地点には、もうもうと上がる砂埃の中にはおぼろげに人影のような者が見える。その煙が晴れていくにつれて、その人物を知る者たちの目が見開かれていく。



 そこに飛び込む稲妻を見て、シューハはかつての師を思い出した。


 自分に魔法を教えていたファルガールが突然魔導学校を去った時、シューハは自分達が見捨てられたのだと感じた。後で、その事情を聞き、決して見捨てられたのではないと知ったシューハは本当の意味で見捨てられないように精進した。

 だが、精進すればするほどに、自分の限界を知った。隣で大きく伸びるクリン=クランと比べ、自分の力の小ささを知った。そして、師がいかに大きかったのかを知った。


 ファルガールから直接聞いたことがある。彼の夢は自分の育てた者をファトルエルの大会で優勝させることだと。

 しかし師として、目標にするにはファルガールは大きすぎた。しかし、彼の大きな力を全て受け止め、彼の夢を叶えてやれる者はいるのだろうか。それが一つの憂いだった。


 稲妻が晴れた時、そこにいたのはファルガールではなかった。優し気な印象を与える栗色の髪を揺らす外見はまるで似つかない、少年とも呼べるような幼さを残した顔つきの青年だ。

 しかし、その身体から散るのは紫電、その手に構えているのはかつて師が得意としていた武具召喚魔法の雷槍、グレンを見据えるエメラルドグリーンの眼には意思の強さが宿る。


 そして、その胸に下がるペンダントは。


 ―――先生の夢は、適えられたらしい。



 ティタは、自分達の危機を救い、この場に降り立った男を信じられない眼差しで見つめていた。


 一度は砕け散りかけたはずの夢だった。

 それを、周りの人間が駆け回って繋ぎ止めた。


 彼の夢を繋いだ者たちが力つきようとしている時、彼は戻ってきた。

 今度はティタ達の夢を取り戻す為に。

 そんな、タイミングのいい話があるのだろうか。


 いずれにせよ、彼がここにいることは紛れのない事実だ。

 ここには無くなったはずの希望が、ここに降りてきたことは。


 ―――まだ、終わってないんだ……。



「ったく……」


 《七色の羽衣》を解き、緊張が弛んだのかその場に座り込んでしまったカーエスが悪態をつく。


「またええトコ持っていきよってからに」

「そう言うな、みんな分かってるさ。今回一番よく働いたのはお前だ。そのお陰で俺は今ここにいられる」


 そう言って、その青年、リク=エールは肩ごしに振り向き、カーエスに笑いかけた。


「お疲れさん。後は俺に任せろ」

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