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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
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36『風の悪魔』

 その魔導士は強かった。

 並の魔導士が束になって掛かっても、歯が立たないくらい強かった。

 やがてその強さと闘いぶりから、彼は“悪魔”と呼ばれた。


 しばらくして“悪魔”はふと気が付いた。

 自分は何のために闘っているのだろう。

 何故自分は強くなろうとしていたのだろう。


 自分が魔導士である意義。

 “悪魔”にはそれがどうしても思い付けなかったのだ。




「人の妻に随分と気安く触ってくれていたみたいですけど、何か弁解はありますか?」


 ひとしきり抱き締め、愛する人の無事を噛み締めた後、彼は彼女を背にかばうように、ドミーニクの前に立ちはだかって言った。

 吹き飛ばされたことに少なからず驚きを感じていたドミーニクだったが、状況をすぐに理解し、余裕を取り戻して答える。


「ミルド=バトレアス……君も魔導士だったとは知らなかったぞ」


 彼の名前を思い出すのにさほど時間は掛からなかった。“滅びの魔力”奪取における計画の中では頻繁に出てきた名前である。


「いや、僕はしがない研究者ですよ。魔法が少々使えるだけの、ね」


 自嘲めいた笑みと共に帰ってきたミルドの答えに、ドミーニクは眉をひそめる。

 気弱そうだが、筋は通す。しかしながら好戦的な性格では決してない、というのがミルドの性格に関して報告書が語っていたことだったが、今目の前にいるミルドは少々印象が違っている。

 口調は丁寧だが、明らかにドミーニクを挑発している。


「君はこの状況が分かっているのかね?」

「ええ、一応は。一対四……ちょっと足りないですかね」と、ミルドがわざとらしく困惑した顔をしてみせる。

 ミルドが魔導士だと分かったところで、所詮相手は一人。こちらには自分を除いても上級魔導士が三人も付き従っているのだ。

 自分の優位を確信したドミーニクは、再び胸を逸らせるように立ち、三人の魔導士にミルドを攻撃するように指示した。

 その命令に従って、三人の魔導士達は一斉に魔法を唱えはじめる。素早く、強い魔法として定石にもなっている《火柱》だ。魔法の詠唱から発動までタイムラグがあるために、避け易い魔法だが、三人もいれば時間差をつけて使用することで、その欠点を補うことができるのである。


 三人の詠唱に合わせて、三つの赤い円がミルドの周囲に描かれて行くのを見回して、ミルドは眉根まゆねを寄せた。


「まあ、《火柱》は順当だと思いますけどね……」


 溜息にも似た吐息をつくと、大きく息を吸い呪文の詠唱を開始する。


「我が前に形成したるは《火避けの風》、その息吹は愚者の放ちし炎を払う」


 呪文の終了と同時に、ミルドとティタを包み込むように風が吹きはじめた。同時に魔導士達の放った《火柱》が発動し、二人を包み込む。

 が、次の瞬間、ドミーニクを含めた魔導士達は驚愕きょうがくに目を見開いた。敵を焼き尽くし、しとめるはずの《火柱》の炎が、ミルドを離れ、あろうことか自分達の方に返ってきたのである。

 魔導士達は慌てて《炎の陣》を形成し、それを打ち消す。

 思わぬ反撃をなんとかやり過ごし、顔をあげた先には、ミルドが無傷で立っている。


「“風上に火を置くべからず”。……魔導学校でそう教えてませんでした?」


 火は風に逆らえない。風は火を流し、あおって強くすることさえできる。水は火を消すのみだが、風は火を制することができるのだ。炎属性の魔法が、本当の意味で相性が悪いのは風属性の魔法なのである。


「馬鹿な……!」


 理論上はそうでも、炎が風と相性のよくないことをあまり知られていないのは、ただ単に風が炎を御することが可能であるだけで、炎は風に弱いわけではないからだ。水属性の魔法はレベルが低くても相当高レベルの炎属性魔法を圧倒できるが、風属性魔法で炎属性の魔法を御するには、対象となる炎属性魔法より風属性魔法のレベルは高くなければならない。

 よって風で火を防ぎ、あまつさえ弾き返しさえするのは相当術者の力量が違わないとかなわないことだ。ドミーニクがここに連れてきているのはいずれも上級魔導士。それにも関わらず、ミルドはそれらの実力を遥かに上回る計算になる。


「そっちが何もしないなら、今度はこっちから行きますよ。我に付き従いし《追い風》よ、駆けし者の背を押し、向かいし者を押し戻せ」


 魔法は即時に発動し、ミルドの後方からドミーニク達の方に向かって強い風が吹き付けた。しかしこの魔法には攻撃力は備わっていないので、魔導士たちは妨害も防御も行わない。

 構わずにミルドは詠唱を続けた。


「我に歯向かいし《向い風》よ、向かいし者を助け、駆けし者をさまたげよ」


 今度はドミーニクの方からミルドの方へと向かう強力な風が発生する。そして《向い風》は《追い風》とぶつかり、ドミーニク達がいるあたりに複雑な気流が生まれる。

 見たことも聞いたこともない魔法の使い方に、ドミーニク達はどう対処していいか分からず、刮目かつもくしたまま成りゆきを見守るだけだ。


「巻き立ち上がれ、《旋風》」


 ミルドの詠唱の完了と同時に、ドミーニク達の丁度中央あたりに白色の円が引かれて行く。呪文と、この効果から《火柱》と同系統の風属性魔法と判断したドミーニクと魔導士達は巻き込まれるのを恐れてその円から離れる。

 しかし、魔法が発動して巻き起こった《旋風》は、予想に反してレベル6の《竜巻》と比べてもそん色ないほどの規模の大きさを見せ、退避したドミーニクと魔導士達を巻き込んだ。

 吹き飛ばされ、壁に打ち付けられたドミーニクは悟った。先の《追い風》と《向い風》はこの《旋風》の為だったということを。強風がぶつかり合って生まれた気流が、たかがレベル2でしかない《旋風》をレベル6と遜色そんしょくない威力にまで強化したのだ。


 《旋風》は魔導士全員を吹き飛ばしたわけではなかった。吹き飛ばされたのはドミーニクともう一人の魔導士だけで、後の二人はとっさに《土の陣》を唱えてこの攻撃をなんとかしのいだらしい。

 風は土の前に呆気無あっけなく弾かれる。いま攻撃を防いだ二人は、とっさにそのことを思い出すことが出来たらしい。

 が、何とか防ぎきった程度で隙の出来ている二人を、ミルドは見逃さない。


「風の中を走れ、く鋭く! 《かまいたち》」


 呪文と唱えると共に一閃させたミルドの手から生まれたのは三日月型の風の刃だ。呪文の通りに、《かまいたち》は素早く駆け抜け、残った二人のうち一人の胸元を鋭く斬り付ける。


「わ、我が敵の前に立ち塞がれ! 地の力によりて、堅く強い《守り石》よ」


 残った一人はこの隙を付いて風属性用の魔法を唱え、目の前に見るからに厚い石盤を造り出す。ミルドが他の属性の魔法を唱えない保証はないが、これだけ風を扱うことに特化している魔導士だ。他の魔法を唱えられても何とか耐えられるだろう。


「いい判断ですね。基本がしっかりと出来ている。しかし」と、ミルドは残った一人に駆け寄りはじめる。「何事も例外というものは存在するんですよ」


 《追い風》を背に受けて疾走しながらミルドはその呪文を詠唱した。


「右手に渦巻く《風玉》、左手に逆巻く《風玉》、刃と刃が噛み合わせ、堅い石をも削る牙となれ」


 そこまで唱えた時、ミルドは右手と左手に生まれた回転の違う二つの《風玉》を一つに合わせた。すると、その《風玉》を二つ分合わせただけとは思えない大きさになる。

 ミルドは、それを向かう魔導士の《守り石》に押し付けるように放ちながら詠唱を終わらせる。


「《風牙ふうが》!」


 《守り石》の影にいた魔導士は思わず目を見開いた。目の前の分厚い石盤にヒビが入って行ったのだ。やがて、それが砕け、その向こうにミルドの姿を見た瞬間、身体と共に彼の意識は吹き飛んだ。

 ミルドは、それを見届けた後、構えを解いて呟く。


「やっぱり四人じゃ足りませんよ」



 鬼神のような闘いを終え、自分の方に近付いてくるミルドの姿に、ドミーニクは思わずその名を漏らした。


「“風魔ふうま”……“風魔”ミルド=エーヴィスか」

「懐かしい呼ばれ方ですね、今呼ばれても全然嬉しくないですけど」


 “風魔”ミルド=エーヴィス。十年から九年ほど前にエンペルリース各地に出没していた凄腕の魔導士の名前だ。

 魔導士養成学校は生徒の実践訓練の為、各地の要請に応じ、魔導士達を派遣している。大抵はどこかから迷い込むように発生したクリーチャーの討伐が殆どで、後は徒党を組んだ悪党の討伐などの任務があった。

 ところが、時々派遣された魔導士達が現場に着いた時には事件が解決されているということがあった。現場に残った闘いの後や、関係者の証言などから、名前と主に風の魔法を使う凄腕の魔導士であること、その闘い方がかなり容赦のないものであることなどが分かった。

 実際に派遣した魔導士達と遭遇したこともあったが、生徒達はもちろん、付き添っていた教師でさえも全く歯が立たなかった。死なない程度に痛めつけてもてあそばれ、その後、自然にささやかれることになったのが風の悪魔の意であろう“風魔”の二つ名である。


「あの頃は随分無茶をしていましたからね」と、言ってミルドが苦笑する。「でも僕はもう“風魔”ではありません。そのために名前も、魔導士としての人生も捨てたんです」


 結婚をすると、普通妻が夫側の姓を名乗るものなのだが、ミルドは逆にティタのバトレアス姓を貰ったのである。


「何故、魔導士を辞めた」


 そう尋ねるドミーニクはいかにも理解し難いといった様子で眉根を寄せている。

 魔導士は、稀少価値のある人種であり、同時に利用価値の高い人種でもある。魔法を少し使えるというだけで、いい職にいくらでもありつけるのだ。ミルドほど腕の立つ魔導士となると、相当重要な役にもつけるだろう。

 魔導士であることを辞めるメリットなんて一つもないはずだ。


 しかしミルドはその質問を無視し、かがみ込んで、壁にもたれて座り込んでいる姿勢のドミーニクに視線を合わせて言った。


「僕は確かに“風魔”と呼ばれる魔導士であることを辞めました……ですが」と、逆接の接続詞をつけると、ミルドは柔和で人当たりの良さそうな表情を崩し、怒気どきあらわにドミーニクをにらみ付けた。「“風魔”としてではない、今の研究者・ミルド=バトレアスとして何かに怒りを抱けば、持てる力を行使することは躊躇ためらわない」


 すぐ後ろは壁なのにも関わらず、ミルドの迫力に、ドミーニクは思わずけ反り、後頭部を壁に打ち付けてしまう。

 慌てて身体を横にずらすようにして、とにかくミルドから離れようとするが、それを見逃すミルドではなかった。


「我、《風責め》によりて汝の自由を奪い、苦を与えん」


 すばやく魔法の呪文が詠唱されると、ドミーニクの足下から風が巻きはじめると、あっという間に小さな竜巻きとなり、ドミーニクはその中に捕らえられ、身体を浮かされた。手足に強力な風が絡み付き、縄に縛り付けられたように身体を動かすこともままならない。


「な、何を……うああっ!」


 風に捕われて、身動きの出来ないドミーニクの体のあちこちに浅く切り傷が走り、出血を始める。


「知っていることを全て教えて下さい。今やって見せたように少し僕が念じれば容易たやすくあなたを傷つけることが出来ます。今のは軽い切り傷ですが、その気になればもっと深い切り傷、それどころか、手足を切断し、耳鼻をそぎ落とすことさえも出来ます。逃れるのは不可能でしょう。僕とあなたでは実力が違い過ぎますから」


 その言葉が真実であることは疑い様もない。たった今、彼は上級魔導士の中でもそれなりの実力を持った精鋭三人をまたたく間に倒してみせたのだから。

 ドミーニクは人としての器は小さかったが、馬鹿ではなかった。いくら心酔しているとは言え、自分の命と忠誠心をはかりに掛けて、忠誠心を取るほど馬鹿ではなかったのである。



 どさっ、という音と共に、ドミーニクが床に崩れ落ち、ミルドはしばらく彼を見下ろして、彼から得た情報を頭の中で整理する。

 やがて、一つ大きな息をつくと、ミルドはきびすを返し、ずっと黙って状況を見守っていたティタに向き直って言った。


「……カーエス君達と合流しよう。僕達で何としてでも計画を止めなくちゃいけない」

「ミルド、大丈夫? あれほど、嫌がっていた魔法を使ってさ」


 “風魔”であることを辞めてから、ミルドは魔法を使うことを極度に避けるようになった。どんなに魔法を使った方がいい状況でも、使おうとしなかった。再び使えばまた悪魔に戻ってしまうのが怖かったのだ。

 向かうところ敵がいなかったミルドは、ある時に気が付いたのだ。自分のやっていることが何の意味もないことに。闘って、相手を負かすだけ、それだけの行為は何も生まないことに。魔導士として、自分は何の目的も持っていなかったことに。


「あはは、つい使っちゃったね。でも、今回だけは大丈夫だと思う」


 全世界を揺るがしかねないディオスカスの計画を止めるという目標の元に力を振るうのだから。


「それに何より……」と、言ってミルドはティタの肩を抱き寄せた。「今は君が付いてくれてる。君に軽蔑されるようなことは出来ないよ」



   *****************************



「な、何だお前は!?」

「奴を止めろぉ!」

「うあああぁぁぁっっ!」


 魔導研究所のある場所、ある廊下では、そんな絶叫が響き渡っていた。その騒動の真ん中を一般の魔導車など問題にならないほど驚異的なスピードで走り抜けていくのは一体の巨大なサソリである。騎乗用なのか、そのサソリの上には一人の青年が乗っていた。

 褐色の肌に白髪、布をそのまま巻き付けたような、砂漠特有の装束という印象的な外見を持つ男、コーダはそんな騒動をまるで気にしていないように、真直ぐ前を見据みすえ、彼の召喚獣であるサソリ《シッカーリド》を“全速走行モード”で走らせる。通常の“運搬モード”とは違い、基本的に御者であるコーダ一人しか乗ることが出来ないぶん、足の速さと身軽さに長けた形態だ。


 フィラレスを誘拐した者達はコーダ達がそれを見つけた瞬間には姿を消していたので、本来行き先はしれない。

 しかしコーダは便利屋協同組合において、噂レベルの情報ではあったものの、ディオスカスの計画に付いて多少の心当たりがあった。ディオスカスの一味の中に、魔導レーサー開発班の助手でありテストドライバーの役を負っている男が入っていたのである。

 それから考えると、“滅びの魔力”を持つフィラレスを奪取した後は、魔導レーサーを使ってエンペルファータを脱出するつもりなのだ。

 目的地はおそらく北だろう。情報によるとディオスカス達は魔導鉄道にも手を回しているようだ。それからすると、目的のものを全て手に入れた後、ディオスカス達一同は魔導列車を奪取してエンペルファータを脱出するつもりなのだろう。ディオスカスの一派は大所帯だ。効率的に脱出するなら魔導列車は理想的な手段であるといえる。

 そして、ディオスカスが手配した魔導列車の動きからして、彼等が向かうのは北。合流することを考えると、魔導レーサーの方も北に向かって走るとみて間違いはない。

 そういった理由から、コーダは魔導研究所北入り口に向けて《シッカーリド》を走らせていた。


 北という彼等が向かっている方角から、コーダはある推測を立てていた。

 三大国のなかでも、エンペルリースとカンファータは仲が良く、違う国であって、同じ国のようなもの。

 魔導研究所でクーデターを起こすなどという大掛かりな反逆行為を犯した今、この二国、あるいはその属国のどこに行っても、ディオスカス達の平穏はあり得まい。しかし三大国協商の中で、ただ一つ相互不可侵のみを主張し、特に他国からの干渉を嫌う国がある。

 そこへ逃げ込まれれば、二大国といえども簡単には手が出せない。


(ウォンリルグ……か)


 便利屋協同組合で仕入れた情報の中に、先日フォートアリントンにて開かれた定例国際会議を、ウォンリルグ代表が無断欠席した上、フォートアリントンとウォンリルグを繋ぐ移動用魔法陣があちらから封印されたという大事件のことがあった。

 今のところ表面に混乱は現れていないが、政治の世界では国際的にかなりの緊張状態が続いているらしい。一応、戦に備えてエンペルファータとカンファータから魔導兵器の開発を急がせる通達が魔導研究所に届いたらしいことは便利屋の間でささやかれていた。

 その事件と、このクーデター、時期的に繋がっているような気がしてならない。


(最後の戦争が終わって百年だ……、これから、その反動が来るのかもしれない)


 もう、ウォンリルグとの戦争は避けられないのかもしれない。

 しかし、事はできるだけ小さく収まるに越したことはない。ここでフィラレスを取り戻せるか否かで、これから起こる事の被害者は圧倒的に違って来るだろう。

 否、それ以前にフィラレスは大事な仲間だ。それを取り戻し損ねたときにはもうコーダはリク達の元には戻れないだろう。あそこに帰る時は、フィラレスを取り戻した時だけ。


 不思議なことに、世界のこれからの被害を考えるよりも、仲間の元に戻れないことを考えると、心に一層緊張感が増してくる。

 コーダにとっても、リク達の元は今まで生きてきた中で一番居心地のいい場所だった。目的のない旅ではない。どんな結果になっても何年も一緒にいられるわけではないだろう。それでも夢の一時は長いに限る。

 それが納得の行く形で終わるまで、夢は見続けていたいものだ。そのためなら、どんな労力も惜しまない。



 研究・開発室棟の奥にある魔導研究所の北入り口は、いわば裏口で大きな機材などの搬入出を行うための入り口であるため、車両がそのまま入っていける造りになっている。

 コーダは度々邪魔に入る連中を蹴散らしながら、その広く開けた入り口を抜けた。その瞬間、夕暮れに入る直前の柔らかな太陽の光がコーダを照らす。

 研究所内は十分に明るかったが、やはり本物の太陽の光は違う。砂漠という環境に育ったコーダにとって、太陽は特に付き合いの深い存在だった。ジリジリと自分を照らし熱を与えるその光は、彼の気持ちを鼓舞こぶさせるに十分な影響力を持っている。


「《シッカーリド》が足に宿れ《飛躍》の力!」


 外に出て天井が無くなったところで、コーダは魔法を使って《シッカーリド》を空高く飛ばせる。眼下に広がる都会の景色の中で、コーダは情報にあった魔導レーサーの外見特徴が一致している車を見つけた。

 随分遠く、確かに飛ばしてはいるが、流石に他の車も通っている市街地で全開にするわけにも行かないのだろう。普通の魔導車でも出せるレベルのスピードだ。


(今の内に距離を少しでも縮めておいた方がいいな)


 速さで負けるわけではないが、市外に出て全速で走られると流石に追い付くのが困難になる。

 コーダは《飛躍》で飛ばした《シッカーリド》を手近な建物の屋根に着地させ、跳ねるように次の屋根目掛けて飛ぶ。屋根を飛ぶことによって、下の人間を巻き込むことなく走ることが出来るため、かなりのスピードが出せた。コーダの視界に捕らえられたままの魔導レーサーがどんどん近くなってくる。

 しかし如何いかんせん距離がありすぎたか、もう二飛びしたらエンペルファータの壁をこえるというところで、魔導レーサーは街の外に出てしまった。


 一足遅れて街の外に出た時には魔導レーサーは既にその性能を如何なく発揮し、結局最初に開いていたのと同じくらいの差が出来てしまっていた。

 その速さを見てコーダの顔には、初めは驚きを覗かせたものの、そしてその次の瞬間には歓喜にも近い笑みが広がる。


「速さだけなら、誰にも負けやせんよ」


 今日は後ろで泣き叫ぶ同乗者もいない。

 そして何より、彼の前には張り合う相手がいる。


 コーダは久々に正真正銘の全開走行に入った。

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