08『目的を忘れるな』
砂漠の夜は非常に寒い。丸坊主のこの地形では昼間の熱を保てないからだ。
しかし、門を守る門番達の格好は昼間と変わらない。
だがその服装の果たす役割は昼と夜で全く違う。
昼間は日光の光を遮断してくれるものとして、夜間は体温を保ってくれるものとして。
しかし、その服のおかげで死なずに済んでいるのは確かだが、昼は暑く、夜は寒いのは変わらない。
変わらない物がもう一つ。
訓練されたように一糸乱れぬ敬礼と、見事に声を揃えた歓待の言葉だ。
「「ファトルエルにようこそ!」」
王族だろうと犯罪者だろうと、この挨拶は変わらない。
この挨拶は不変で、平等なのだ。
この夜、新しく、ファトルエルにやってきたのは三人の男だった。
一人が初老の男、一人は中年風の男、最後の一人は若者だ。
「ここで最強になれば世界最強、か。馬鹿馬鹿しい幻想だ。しかしまだその幻想に取り付かれている奴がいる」
中年の男、ハークーン=ネフラが立ち止まり、月に照らされる大決闘場を見上げ、口元に小さく嘲りを含めた笑みを浮かべて言う。
「だが、世界の中でも屈指の強さを持つ奴らが揃っているのは事実だ」と、その横を最年少のジルヴァルト=ベルセイクが追い抜いて通り抜けてゆく。
「あまり期待するなよ、ジルヴァルト。本当に大した奴は、ここに集まっている数百人のうち数名しかいねぇ。しかしその数名も、俺達の足下にも及ばねぇよ」
ジルヴァルトは、立ち止まって振り返り、ハークーンをちらりと見遣る。
「大した数名、と言うのは十五年前のあんたのことだろう? しかし優勝できなかった。決勝にすら出られなかったらしいな。悪いが、あまり信用できん」
そう言ってまた歩き出したジルヴァルトをハークーンが睨み付ける。
「二人とも、そのへんにしておけ」
そんな二人の間にもう一人、初老の男・イナス=カラフが割り込んだ。
「休む前に、もう一度確認をしておこう。
我々の目的は、ファトルエルの“ラスファクト”の回収。
そして、情報が入っている“滅びの魔力”の持ち主の捜索と確保だ。
前者はハークーン、後者はジルヴァルトと私が担当する。
……それからジルヴァルト」
説明が終わると、イナスは改めてジルヴァルトを見据えた。
彼はジルヴァルトが自分の方を向くのを待って言った。
「お前にきつく言っておく。絶対に目的を忘れるな。今度忘れたら、お前もただでは済むまい」
ジルヴァルトは、いわゆる問題児だった。
実力は彼等の誰よりもある。
しかし、一度一つの物事に執着すると、全てを放棄してその物事に取り組むため、しばしば、彼は仕事をすっぽかした前歴がある。
「聞いているのか? ジルヴァルト」
イナスは返事をしない彼にじれて言った。
ジルヴァルトはイナスを振り返り、彼をじろりと見る。
その視線にイナスは少したじろいだ。
それで満足したのか、ジルヴァルトは再び身を翻して彼に背を向ける。
「……仕事より面白いものが出て来ないことを祈るんだな」