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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
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28『返り血を浴びる覚悟』

 始まれば、後には引けない。

 始まれば、達成するより他はない。


 自分の命を削る事になろうとも、

 他人の命を奪う事になろうとも、

 前に進むより他に道は無くなる。


 だから、私は始める前に覚悟を決めたのだ。

 何も顧みる事なく、ただひたすら前に進む覚悟を。




「黙って歩くのもつまらない、差し障りのない質問になら答えて差し上げるが?」と、ディオスカスは隣を歩くアルムスに話し掛けた。


 所長室から移動用魔法陣を使って移動した先は、ディオスカスの開発部長室だった。そこからは中央ホールに向かうルートをとって彼等は歩いている。彼等とは言っても、ここに要るのはディオスカスと、アルムス、それから数人の魔導士達だけで、ドミーニクはいない。彼は、ディオスカスの指示でやはり数人の魔導士と共に魔導研究所各所の状況を見回っているようだ。

 通路の各所には、魔導器で武装をした魔導士が配置されており、アルムスから見える範囲には魔導士団か開発部に所属する人間以外は見受けられない。


「……他の研究所員はどうしたんだね? まさか」

「殺してはいないので御安心を」と、ディオスカスはアルムスより先んじて答える。「邪魔にならないように眠らせて一所に固めてあるだけのこと」


 答えた後、ディオスカスは意地悪くからかうような笑みをアルムスに向けて続けた。


「何より先に研究所員の安否を気づかうとは御立派な事だ」


 丁寧ではあるが、明らかに自分を嘲笑あざわらうようなディオスカスの口調と言動に、アルムスは強い憤りを覚えるも、現時点で何の抵抗も出来ない事実に、アルムスは必死で耐えて何とか言葉を返す。


「……当然の事だろう」

「白々しい」と、ディオスカスは、アルムスの返答を切り捨てる。「本当は別の事をお聞きしたいのだろうに。無理をなさる事はない。何が目的なのか単刀直入に聞かれればいい」


 その言葉に、アルムスは怒りに任せてディオスカスを振り返る。彼と知り合ってから十数年になるが、ここまで彼にいきどおりを抱かされた事はない。


「……分かっているなら聞かれる前に答えたまえ」


 アルムスの怒りはハッキリと感じ取れるだろうに、それでもディオスカスは笑みを崩さない。それどころか、その怒りを楽しむかのように一層笑みを深くする。

 そして、少し間をおいて答えた。


「今の私の目的はウォンリルグへの亡命だ」


 ウォンリルグへの亡命。

 その言葉に、アルムスの表情からは怒りが抜け、唖然あぜんとしたものになる。

 そんなアルムスの反応は予想できた事なのか、ディオスカスが言葉を失った彼の気持ちを代弁した。


「不可能だ、とお思いだろう」


 ウォンリルグの別称は“孤高ここうなる国”。何者も出さず、何者も受け入れない、閉鎖的な国政からそう呼ばれるようになった。

 そんなウォンリルグが亡命者を受け付けるわけがない。


 そう考えていたアルムスに、ディオスカスは一通の手紙を広げてみせた。

 その内容にアルムスは再び目を丸くして絶句する。


「亡命を許可する旨を書いた書状だ。別に研究所の魔導器で検査していただいても構わない。確実にウォンリルグ国内で書かれたものである事がお分かりいただけるだけだと思うが」

「……馬鹿な、あり得ん」


 やっとの事で絞り出したようなアルムスの言葉に、ディオスカスは得意げに答える。


「ところがあり得た。その代わりに私達はそれ相応の“誠意”を見せなくてはならない」

「“誠意”……?」


 含みのある単語を思わず聞き返すアルムスだったが、元々それを狙っていたのかディオスカスはちらりとアルムスに目を向けて答えた。


「それは、今私達が向かっているところにあるもの」


 丁度いいタイミングで、到着したのはやはり中央ホールだった。

 どこか圧倒される雰囲気のある大きなホールに植えられた大樹に向かって、ディオスカスはまっすぐ歩いていく。


「“無知なる大樹”……。無知であるが故に、子供のように飽くなき好奇心を持ち、知識にかくも大きく育つ。まさにこの研究所の象徴だ」


 左手で、大樹の幹の表面を撫でるようにして、ディオスカスは大樹の周囲をぐるりと回ると、受付のそばにある扉に向かって歩いていく。

 アルムスはそれを見て、ディオスカスの狙いが自ら予想したものと同じものであるという事を確信し、顔を強張こわばらせた。


 扉の脇には一人の魔導士が配置されており、その魔導士はディオスカスがやってくるのを見ると、その扉を自分の“鍵”を使って開ける。

 この先は研究所の重要施設であるため、特に厳重に管理されているはずだが、既に研究所全体を掌握しているディオスカスに掛かれば、この扉を開ける事など造作もないに違いない。


 扉の先は螺旋階段になっており、薄暗く、細い通路が下に向かって続いている。それを下りていくと、彼等は中央ホールの真下に当たる部屋に辿り着いた。

 その部屋は、異様な気配に包まれた場所だった。至る所におそらく中央ホールの大樹のものであろう根が走っており、中の明かりは何かの制御用の魔導器の光と、部屋の中央から来る明るい光のみだ。

 部屋には壁と同心円でもう一つ仕切りがあり、この部屋にあるおびただしい数の魔導器は全てその仕切りの向こう、部屋の中心にあるものに繋がれている。

 そして、その魔導器の線を辿った向こうにあるもの、それは人頭大の球形魔導器だ。宝石のような美しさをもつ緑色の材質に、肉眼では確認できないほど細かな魔導紋様が施されている。部屋の中央から来る明るい光の光源は、その魔導器が自ら発する光だ。


「やはり貴様の狙いはこれか。……“英知の宝珠ほうじゅ”」と、アルムスは呻くように言った。


 魔導研究所では、自分達の研究が失われないように、その日一日の研究データを記録することが義務付けられている。

 その記録は各研究室に備え付けられている端末から記録するのだが、その端末は全てこの部屋に繋がっており、そのデータが記録されるのは今アルムスが“英知の宝珠”と呼んだ、部屋の中央にある魔導器だ。

 簡単に言うと、その人頭大の球形魔導器には、魔導研究所の全て、ありとあらゆる情報が詰まっているのである。


「宝珠とはよく名付けたものだ。輝きは宝石に劣るが、これは人類が創りだした、いわば魔導文明の至宝。その価値は国一つではまかない切れん」


 ディオスカスは“英知の宝珠”を目の当たりにして感極かんきわまったのか、その笑みは恍惚こうこつとしたものになっている。


「しかし、国一つでは賄い切れんものを、私が貴様などに渡すと思うか?」


 アルムスは、白の刻からいかめしいままだった表情に初めて笑みを浮かべる。

 “英知の宝珠”は、質量はそう大したものではないため、運搬は難しくない。しかし現在“英知の宝珠”は、その制御用の魔導器に接続されており、それを取り外す事は不可能なのである。魔導研究所所長であり、取り外すための合い言葉を知っているアルムス以外には。


「私は“魔導都市”エンペルファータ市長、そして魔導研究所所長だ。いかなる苦痛を与えられようと口を割る気はないぞ」


 確かに、アルムスはディオスカスから見れば、無能で目立たない長だったのかもしれない。しかし、彼はその肩書きに誇りを持ち、彼なりに強い責任感を背負っている。


 ふっ、とディオスカスの顔から笑みが消えた。

 彼はつかつかとアルムスの方に歩いてくる。がっしりと大きな体躯たいくをしたディオスカスが近付いてくるのに対し、アルムスは反射的に身を固くする。

 が、ディオスカスはアルムスの脇を通り過ぎ、その向こうに倒れていた一人の男を掴み上げた。行政部から特別に選出され、ディオスカスが魔導文明の至宝と呼んだ魔導器を管理するために、この部屋で働いている技術者である。おそらく彼等も、事の途中で目を離さないように眠らされたのだろう。

 呆然と、自分の行動を見ているアルムスに対し、ディオスカスは言い放った。


「あまり私を舐められては困る」


 今は封じられているものの、同じく魔導士であるアルムスには感じられた。その技術者の喉元を掴み上げているディオスカスの手に魔力が収束していくのが。

 ディオスカスがしようとしている事を察し、思わず、声を上げる。


「や……止めろぉっ!」


 制止の声も空しく、ディオスカスは手の平に収束させた魔力を放出し、自分の手を握っているもの、男の首を吹き飛ばす。

 大量の血液が、男の肉片があたりに散らされる、ディオスカス自身も大量の血液を浴びたが、本人は眉一つ動かさない。


「なっ、……貴様……!?」


 驚愕きょうがくに目を見開いているアルムスに、ディオスカスは言った。


「こちらとて、命をかけている。事の達成にあらゆる犠牲をいとわないつもりでいる。こうして、返り血を浴びる覚悟もしている」


 なおも、何かを言い返そうと口だけを動かすも、声が出ないアルムスをにらみつけて言った。


「こちらは、“英知の宝珠”が必要と言うわけではないのだ。要するにウォンリルグに対して“誠意”を見せられれば。何も手に入れられないまでも、エンペルファータ一つを滅ぼすだけで、十分それを示す事ができる」


 ディオスカスは、まだ掴んでいた男の死体を離し、足下に落とすと、アルムスに歩み寄り、耳もとに口を寄せてささやくように尋ねた。


 ―――選びたまえ。国一つでは賄い切れないものか、エンペルファータ市民三万の命か。


 その一言は、アルムスから抗う気持ちを奪うには十分な力を持っていた。



   *****************************



 ちゃぷ、と器に満たされた水で手を洗い、ジッタークがふう、と一息ついた。


「なんとか、落ち着いたみたいやな」


 ジッタークの視線の先にあるのは、未だ苦しげな表情は変わらないものの、先ほどまでの、身をよじり、全身でもがいていた様子と比べると、明らかに安らかなリクの顔だ。


「あと僕らにできる事は待つ事だけ、ですね」と、ミルドの顔にも安堵の色が見える。


 先ほどまで、ここはある意味戦場だった。

 白の刻少し前にコーダが帰ってきてから、ジッタークはそれこそ戦場を駆け巡る修羅しゅらのように医務室を駆け回り、リクに処置を施していく。

 ジッタークは、この医務室の主である魔導医師やその助手、医師免許を持っているコーダはともかく、医学では素人のミルドやフィラレスにさえも矢継やつばやに指示をだし、この部屋には忙しくない者などいなかったのだ。

 彼の処置は非常に的確且つ迅速だった。コーダが調達してきた薬を並べると、目盛りも見ずに薬を吸い上げ、三秒と掛からずに注射する。内科的な処置なので、見た目には地味な作業だったが、その元魔導医師の手付きの早さは明らかに熟練したものだった。


「あとは祈る事、やな」と、どっかりと椅子に腰を落としながらジッタークは付け足す。


「しかし、さっきの放送は本当なのでしょうか?」


 忙しかったのでその時は気にしなかったが、ミルドが言っているのは、治療で走り回っている最中に所内放送で聞こえた声明の事だろう。魔導研究所の指揮権は一時開発部長のディオスカス=シクトが握る、確かにそう聞こえた。


「本当スよ」と、短く答えたのはコーダだ。「冗談でこんな声明は出来やせんし、便利屋協同組合の方でも、近くクーデターがあるかも知れないっていう情報がありやしたから」

「じゃあ、コーダ君はこうなることを知ってたの?」


 知らせてくれれば事前に止められたのに、という意味合いも含めてミルドがたずねる。

 それに対し、入り口脇の壁に背をもたれさせているコーダは肩をすくめさせて言った。


「噂レベルの信憑性のない情報でやしたけどね」


 ディオスカスが所長・アルムスに良くない感情を抱いている事は確かで、権力から動かせる武力を考えても、クーデターを実行するには十分なものがあったが、エンペルファータの市長でもある魔導研究所の所長は選挙で決まる。

 エンペルファータ市民にとって今の所長は早く倒れて欲しいと願うほどの悪い所長ではないし、そんな乱暴な方法で所長の椅子を奪っても市民の支持が得られずに困るだけだ。そのため、組合の方も首をかしげるくらいの話だったのだ、とコーダは説明した。


「ただ、そのディオスカスっていう人と、ダクレーさんに繋がりがあったのは分かってたんで、ダクレーさんに気をつけるよう、兄さんに言えたかもしれやせん」


 先ほどから、コーダの雰囲気がどことなく沈んでいるのはその為だったらしい。ここに着いた一日目の夜にコーダが情報収集に出かけたのは何の為か。こういった事態を未然に防ぐ為に他ならない。

 大会の時から、ほとんど無条件でリクに付いている便利屋としては非常に情けなく思っているに違いない。


「でも、状況を考えれば、リク君がその事を知ってても、これは防げなかったんじゃないかな」


 それでなくても、ダクレーは人にあまり信頼のおかれる人物ではなかった。それを自覚していたのか、ダクレーの言動は自分が疑われていることを前提しているようなところがあった。そして、ダクレーがリクの命を狙っている事を知っていても、ミルドに変身して近付かれては防ぐ事は叶わなかっただろう。


「何にしても、今何を言うたってなかった事にはならへん。クーデターとやらは俺らの邪魔をする気はないみたいやし、今は放っておいてもええやろ。今は魔導研究所よりリクを助けるのが優先や」


 そのジッタークの言葉を最後に、重苦しい沈黙が医務室を支配した。先ほどまでの忙しい時間だったから気が紛れていたのだが、カーエス達を待つ他は何もする事がない今は、みんな一様に酷く落ち着かない様子だ。

 所在しょざいなげに視線を彷徨さまよわせては、時計に目をやる。今は白の刻(正午)から六分刻(三十分)過ぎたところだ。“忘却の間”までどれだけ距離があるのか分からないが、往復すれば三分の二刻(二時間)は掛かるだろう。タイムリミットである赤の刻(十五時)ぎりぎりになる可能性も十分にあった。


 そんな面々を見回し、フィラレスはリクの顔に視線を戻した。無防備なリクの寝顔に浮いてくる汗を、彼女は手にしている布で拭き取ってやる。

 フィラレスに今下されている指示は、リクの手を握っていてやる事だった。気を失っていても、触覚は働いている。手を強く握っていてやる事で、患者はそばに誰かがいることを感じ、頑張れるのだ、とジッタークは言った。

 「リクも握られるなら女の子の方がええやろし、何より、嬢ちゃんが一番強くリクに助かって欲しい思てるんちゃうかな」と、ジッタークはからかうような笑いと共に言ったものだ。

 最初は、断わりもなく手を握っていいものかと、フィラレスはためらいを感じたが、そっと握ってみると、リクも弱々しくも彼女の手を握り返してくれた。その手は大きく暖かく、フィラレスの手を包み込んで、それはまるでリクが自分は大丈夫だ、と心配するフィラレスを慰めているようにさえ感じた。

 元気づけるのは自分の役目なのに、まるで逆になっている事実に、フィラレスは自分が情けなくなり。リクの手を両手で包み込むようにしてしっかりと握る。

 あらん限りの力と、それをはるかに上回る祈りを込めて。

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