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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
71/114

23『魔導士殺し』

 死は全ての終わり。

 幸せ、希望、そして夢。

 罪、責任、そして絶望。


 死は優しい、死に逃げよと負が告げる。

 生は素晴らしい、生き続けよと正が告げる。


 人は常にその二択の前に立って生きている。




(ど、どうなってんだ……!?)


 《ぶちかまし》と、壁に背中を打った時の衝撃で、危うく失いかけた意識をどうにか繋ぎ止めながら、リクは誰ともなく心の中で問いかける。

 魔導を行うと激痛が伴う。

 ファトルエルの大会ではジルヴァルトという強敵に魔導を封じられた事はあったが、このような体験は初めてだった。


「不思議に思っているようだが……少し考えれば分かる事ではないのかね?」


 目の前から、ダクレーの声が聞こえた。壁に背を預けて座り込んでいる形のリクを見下ろしているようだ。表情は、おそらく見れば間違いなく不快感を覚えるだろう。

 その目を開き、顔を上げようとしたリクは、思わず咳き込んだ。同時に口の奥から何かが込み上げ、それを吐き出してしまう。

 血だった。

 それだけではない。先ほどまでは魔導を行った時にしか感じなかった激痛が、継続的に彼を襲うようになっている。視界は歪み、体全体が熱を持っているのが感じられる。呼吸も、少しずつ困難になってきていた。

 歪む視界で、先ほどまで座っていた接客用のソファを捕らえる。その上には中身が飲み干されたグラスが置かれているはずだ。


(毒……か)


 その思考を読み取ったかのようなタイミングでダクレーが言った。


「どうやら、分かったようだねぇ。そう、これは毒の一種だよ。さっき君に出した茶に混ぜてあった物だ。この毒は魔法毒の一種で《みちびきのいましめ》、通称は“魔導士殺し”という毒でね、それを飲むと、助かる方法はただ一つ。二度と魔導を行わないことだけだ。

 少しでも魔導を行ったが最後、《導きの戒め》は魔導士の身体をむしばんで行く。魔導を行えば行うほど、毒の回りは早くなり、命が短くなって行くというわけだ。……あの時点でもう、この勝負は決まっていたのだよ、リク=エール君」

(気安く人の名前を呼ぶんじゃねぇ)


 呼吸すら困難な状況で、喋ることの出来ないリクは胸中で毒づいた。

 中々力が入らず、言うことを聞かない身体を誤魔化し、リクは立ち上がろうとする。

 それを見たダクレーが、大仰にあわれむような仕種で言った。


「ああ、まだ立ち上がろうとするとは立派だねぇ。心が強い! しかし如何いかんせん、注意力と経験が足りなかった。君の死に様に、君の師匠も悲しみながら誇りに思うだろうねぇ」

(それを見る前に殺されるぞ、アンタ)


 隙を見ては逃げ出そうとする己の意識を捕まえておくために、リクはえてダクレーの言葉に集中して耳を傾け、いちいち心の中で返事をする。

 何とか腰を浮きあげた。とたんにふらついて倒れそうになったので、リクは慌てて背中を壁に押し付けるようにして身体を支える。

 そしてそのまま少しずつ、身体をずり上げて行った。


「もう助からないが、少しでも長く生きたいと思うなら動かない方がいいと思うんだがねぇ。ああ、この苦しみからとっとと離れたいと言うことかね!?」

(ああ、コイツ、黙らせてぇ)


 ようやく、背中を壁に預けたままだが、ほとんど直立の体勢にまで戻した。そして、リクは大きく、ゆっくりと息を吸い込んで行く。これが、最期の呼吸であるかのように。

 その間に、両脇に下げたままの両手を、軽く握りしめる。

 そして、リクは目を大きく見開くと、その魔導を開始した。


「その翼は如何いかなる嵐にも動じない力強き翼!」


 魔導を始めた途端に、さらなる激痛がリクを襲った。その痛みに、リクは魔導を中断しそうになったが、気力をもって、痛みを押さえ、魔導を続ける。


「その色は何にも汚されぬ純白!」


 呪文の詠唱と共に、リクの足下に光が走り、複雑な魔法陣を描き上げていく。


「その白銀のくちばしは全ての者を貫き通す!」

「何だ、その魔法は!? この期に及んで、まだ悪あがきをする気かね!?」


 目の前に顔を近付けて何かを言っているようだが、リクは気にせずに続けた。

 魔導が完成しないとタカを括っているのか、幸い、邪魔をする気はないようだ。


「その御姿みすがたの神々しさたるや、神獣として相応しき!」

「痛いだろう!? 苦しいだろう!? もう止しておきたまえ!」


 毛穴と言う毛穴から脂汗を垂れ流しながら、魔導を続けるリクを、ダクレーはまだ余裕を持って、面白そうに眺めている。

 リクは、そんなダクレーの顔は視界には入っていなかった。既に彼は何も見えていないからである。ただ、この魔導を完成させることに集中している。

 痛みは既に感じなくなっていた。その代わりに、離れて行こうとする意識を必死で留める事に既に尽きかけている精神力を費やさねばならなかった。


きたれ、天翔あまかけ巡り、司る者よ!」

「止めろと言っているだろうが!」


 リクの足下に魔法陣が完成し、輝きが増したのを見たダクレーが、流石にリクを止めにかかった。魔法はもう間に合わないため、テーブルに置かれていた花瓶を手にとって、リクに向かって振りかぶる。

 彼は、わざと尻餅を付くように体勢を崩し、その一撃をかわした。背後の壁にあたった花瓶は砕け、その破片と、中身がリクに降り注ぐ。

 水浸しになりながらも、リクはその魔法を完成させた。


「その名は“白鳳はくほう”《アトラ》!」


 リクが詠唱を完了させると同時に、その魔法陣はその上に向かって光を放つ。その光はどんどん広がっていき、やがて、この部屋全体を満たした。

 光のまぶしさに反射的に目を瞑っていたダクレーは、目蓋の上からまぶしさが感じられなくなったことを確認すると、恐る恐る目を開けた。

 そして驚愕する。


 ダクレーの目の前には、自ら光を放たんばかりに眩しい純白の羽に身体を覆われた巨鳥が姿を現わしていたのである。白銀の嘴は鋭く、その尾は長い、鳥というよりは鳳凰という方が相応しいだろう。その身に纏う雰囲気には神々しささえ感じられた。

 目の前で、その巨鳥、“白鳳”《アトラ》は長い首をもたげ、自らの大きな翼で庇護するように覆っているリクに顔を向けて話し掛ける。


《大丈夫か? リク=エール》


 その声は空気の振動によるものではない。直接頭の中に響くものだ。

 リクは苦しげな顔で、なんとか苦笑を作ってみせて答える。


「実はあんまり……。下らんことで呼び出して済まねーな」

《れっきとした危機のようだ。遠慮はいらん》



 高度の制御力と知識をもって自らの魔力を具現化させる高等魔法、召喚魔法。そうして“創り出されたもの”である召喚獣は自らの意志を持たない。その召喚獣があたかも独立した存在であるかのようにリクに語りかけ、会話を成立させている。

 リクがそう喋るように操っていれば、あり得ない光景ではないが、余裕のないリクにそこまで出来るわけがない。“魔導士殺し”と呼ばれる魔法毒《導きの戒め》のおかされておきながら、創り出した召喚獣の姿を保たせる事も不可能だ。

 否、そもそも、創り出す対象のものの事を熟知していなければならない生物の召喚魔法で、あのような実在しないようなものを召還することからして、あり得ない。


 奇跡としか説明しようのない状況に、思考の混乱を感じながら、ダクレーは呆然とその光景を見つめていた。

 が、はっとして我に帰る。


(私は、ここで失敗するわけにはいかんのだ……!)


 フィラレスが協力を断った動機そのものであるリク=エールを排除することによって、事態の好転を狙ったダクレーだったが、思わぬ展開となってしまった。

 しかし、まだ終わったわけではない。召喚獣アトラの能力のほどは定かではないが、《導きの戒め》に毒に縛られているリクである。どれだけ気合を入れようと、召喚獣の制御で手一杯のはずだ。

 つまり、《アトラ》は無視し、リクに直接止めを入れれば、それで終わるはずである。

 しかし、《アトラ》の戦闘力が未知数である今、油断は出来ない上、策を錬ることもできない。即ち、自らの最大の攻撃をもって正面から魔法を打ち込むのが最上の策ということだ。


「じゃ、ま、あと頼むわ」

《心得た》


 軽く事情を説明したあとに、頷いて自分の方に向き直った《アトラ》と目があう。ダクレーは構わず攻撃に移った。手を前に突き出し、短く唱える。


「《爆炎》っ!」


 短い呪文に反して、激しい炎がダクレーの掌から放たれた。その炎はリクをかばうようにして立っている《アトラ》ごとリクをその中に取り込むように、その手を広げる。


《“烙印魔法らくいんまほう”か……。強い魔法だが、同時に己自身の弱さを語る魔法だな》


 “烙印魔法”。呪文の代わりに、魔導を補助する魔導紋様を身体に刻み込むことにより、キーワードになる言葉を一言発するだけで魔法を発動できる魔法の事である。

 高い魔導制御力を必要とする高レベルの魔法でも、必要な魔力さえ持っていれば確実に、しかも異常なまでに素早く発動することができるのだ。あまりに安易に高威力の魔法を発動することができるのでこの魔法は“全世界による魔法についての使用制限条約”によって使用を禁止されている。


 《アトラ》は嘆息まじりに言い捨てると、その翼の内にリクを抱いた。

 そして《爆炎》は彼等を包み込んだ。次の瞬間、《アトラ》が翼を勢い良く広げ、それによって起こった風により、あれだけ激しく燃え盛っていた炎が一瞬にしてかき消された。


「なっ……!?」


 一回きりの自分の切り札を、いとも簡単に防がれたダクレーがその目を見張る。

 驚愕きょうがくあらわにするダクレーを見下ろして、《アトラ》が言った。


《やっとの事で見つけた私の“最後の主”だ。簡単に殺されては困る》


 言っている意味が分からず、唖然あぜんとするダクレーに向かって、《アトラ》は嘴を開いた。そこに、高密度のエネルギーが集められていく。

 明らかに自分への攻撃だと見て取った彼は、防御するための魔法を探す。しかし、自分の持っている魔法では、この高威力の魔法には対抗できそうにない。

 自分の魔法でなければ、あるにはあるが、《爆炎》は一言でレベル7並みの魔法を発動できるが、如何せん一発ずつに要する魔力が桁違いに大きい。先ほどの一発で、すでに使えなくなっているはずだ。


 考えている内に、《アトラ》は自らの嘴に構成した魔力の光弾を放った。

 それを見たダクレーは決死の覚悟で、その切り札である烙印魔法のキーワードを唱えた。


「っっ……! 《爆炎》っ!」


 今度こそ根こそぎ魔力を失った感覚と共に、光弾に向かって突き出した手から凄まじい勢いで炎が放射される。

 ところが《アトラ》の光弾と衝突した瞬間、それは呆気無く掻き消えた。


「馬鹿な……、あり得ない!」


 ダクレーは、自分の気持ちを集約するような一言を放ったあと、光弾に吹き飛ばされた。



「うっ……ぐ……」


 打ち所が良かったのか、《爆炎》が少しでも威力を軽減してくれたのかは知らないが、ダクレーはそれでも意識を保っていた。

 腹部に重度の火傷、背中に打ち身を負っているほかはほぼ無傷で済んでいるらしい。腹部の火傷の保証は出来ないが、現段階の感覚としては立って歩くことはまだできるだろう。なんとかこの場から離れることができれば、自分にもまだ生き延びるチャンスはある。

 もうリク=エールは放っておくことにする。無理をして止めを指さなくても、“魔導士殺し”と呼ばれる《魔導の戒め》の毒が発動した今、彼に助かる術はないのだ。


 自分の状況の確認を終えたとき、ダクレーの耳にコツ、コツ、コツ、とゆったりとした足音が聞こえた。

 そして感じる気配。それは、彼の知っている者の気配だった。否、彼にとって、その者存在はその気配が全てだ。


(“幽霊”……!? 何故ここに……!?)


 受けた衝撃で歪んでいた視界を意識的に直すと、ダクレーは足音のするほうに目を向ける。


「“白鳳”ねェ……、意外なところでとんでもねェものを見つけちまったぜ」


 その軽い口調は、確かにダクレーが何度か話したことのある“幽霊”の声だった。その姿はまるで枯れ木のようで、ひょろりとした超長身に、長いリーチ。全身をぴったりと覆っているスーツをみると、細いながらも、質のよさそうな引き締まった筋肉を持っている事が伺える。頭は完全にそり上げ、その上から布を巻いていた。

 身に纏う雰囲気はどこか軽いものがある。隠そうとしていないのか、その裏に何の抵抗もなく人を殺めることのできる、人殺しの狂気があるのが明らかに分かった。

 興味ありげに口元に軽い笑みを浮かべながら、“幽霊”は《アトラ》の足下に倒れているリクを覗き込むようにしゃがむ。


「となると、このガキか……あの鼻持ちならねェジルヴァルトをやったってェのは」

《私の“主”に何か用か?》


 リクを覗き込んでいた“幽霊”の顔を、《アトラ》がさらに覗き込み、警戒心を露にした言葉を吐く。


「そうとんがるなよ、“白鳳”」


 “幽霊”は余裕の笑みを崩さずに、両手を小さく上げてリクから下がって見せる。

 どうやら“幽霊”はあの訳の分からない召喚獣が何なのかを知っているらしい。そしてリク=エールが何者なのかも。


「“白鳳”に選ばれたり、ファトルエルの大会で勝っちまったりする野郎だ。普通なら勝負してみてェところだけどよ、毒にやられて弱ってるこいつには用はねェ。運良く生き残ったら、改めてろうって伝えといてくれや」


 “幽霊”の言葉に、ダクレーは驚きを隠せない。まさか、自分の殺そうとした男が、現在、世界最強と認められている魔導士だったとは。

 結局動けず、成りゆきを見守っていたダクレーに、“幽霊”は不意に視線を投げかけてきた。


「今回はあっちの方に用があるんでな」


 びくりと、目を見開くダクレーに、“幽霊”はコツ、コツ、コツ、とわざと響くような足音を立てながら近付いてくる。

 実際それを狙っているのだろうが、その足音は確実にダクレーの全身から血の気を奪っていった。


「よう、ダクレーちゃんよ。狸寝入りなんてしてねェで起きてくれや」


 その言葉に、ダクレーは誰かに蹴飛ばされでもしたかのように飛び起きた。

 彼の顔には、脂汗が滝のように流れている。呼吸器官がやられているわけではないが、軽い調子の裏にある殺気に息も上手く吸えない状態だった。

 “幽霊”は、そうしたダクレーの反応を楽しむかのように、彼の顔を覗き込み、言った。


「ダクレーちゃんよ、あんた言ったよなァ? 焦ってしくじりたくねェから急かすなってよ。俺ァ、ちゃんと言い付けは守ったぜ? あれからいっぺんも接触してねぇだろ?」


 口答えをした子供を、改めて諭すように、“幽霊”は言った。

 ダクレーは、後ずさろうとして、後ろに壁があったことを思い出す。思わず後ろを振り向くダクレーの顔を、“幽霊”が掴んで自分のほうを向かせた。


「なのに、何だ? このザマは」と、“幽霊”の表情が一変する。見る者を縮こまらせるような、殺気を具現化したような表情だ。「罪悪感を突いて誘えば、“滅びの魔力”の娘には断られる。その原因を排除しようとすれば、返り打ちにされる。どっちも、あんたは確実だと思ってやった事なんだろうが。あ?」

「あ……ひ……」

「俺ァ、こういった工作は苦手だからよ、こういったセコセコしたのが一番得意そうなあんたをわざわざ引き入れたんだぜ? 滅多にほどこせねェ烙印魔法まで与えてよ。平たく言やぁ、期待してたんだ。しっかし見事に裏切ってくれたよなァ、ダクレーちゃんよ?」


 ダクレーは、逃げることも叶わず、目の前で豹変する“幽霊”に素直に恐怖した。この恐怖から解放されるのならば、死んだ方がいいかも知れない。

 そう思いはじめた時、“幽霊”は元のように笑みを浮かべて続けた。


「しかし、だ。“ジュー・ラ”は優しい組織なんだよなァ。こんなふうに、失敗を犯してもよ、許してやる事になってンだよ」


 許す、という言葉にダクレーはぴくりと反応した。

 彼の喉さえ縛り上げていた恐怖が解けていく。呼吸ができるようになり、ダクレーは生きている実感を覚えながら、尋ねる。


「本当……ですか?」

「ああ、本当だぜ? 全く甘ェ組織だよなァ?」


 更に笑みを広げながら、“幽霊”はダクレーに向かって掌を突き出した。


「え……?」


 再び笑みが解けたダクレーが、自分に向けられた“幽霊”の掌に急速に魔力が集まっていくのを見た。

 そして、表情とは裏腹に、凍てつくような冷たさの声が、ダクレーに告げる。


「全ての責任を投げ捨てて死ぬのを許すなんてよ」


 次の瞬間、ダクレーの世界は暗転した。



   *****************************



「早く早く!」


 急かす妻の声に、ミルドは息を弾ませながら自分の“鍵”をダクレーの研究室の扉に差し入れた。

 がちゃりと、ロックが解ける音がすると同時に、ティタがその扉を蹴り開ける。勢い余ってか、扉は蝶番ちょうつがいごとはずれ、内側に向かってぱたりと倒れた。


「……どうせ壊すなら鍵開ける必要なかったんちゃうんかなぁ、アレ」


 ぼそっと、カーエスが自分の心中と同じ突っ込みを入れるのを耳に入れながら、ミルドはティタに続いて研究室の中に入った。

 最初に、ミルドの心を支配した感情は驚きだった。

 きちんと整理していた研究室が、泥棒に入られるより酷く荒らされている。


 次に発生した感情もまた驚きだが、また別の驚きだった。恐怖の混じった驚き、というのだろうか。

 扉を入って右手に赤い物が視界に入り、そちらに目を向けると、その目に入ったのは血の海だった。その中に、小さな人型の固まりが落ちている。明らかに死体だ。血に染まって一瞬分からなかったが、すぐにミルドの知っている人物だと知れた。


(ダクレー主任……いや、ダクレー=バルドー)


 胸中で呼称を改めながら、その死体に目を落とす。

 胸のまん中に大きな穴が飽き、その顔は驚きと恐怖に固まっている。見るからに凄惨せいさんな死体なのに、それでもミルドは目をそらそうとは思わなかった。

 そして、彼の死にほっとしている自分がいることに気が付く

 まさか、自分が人の死を喜ぶ人間だとは思っていなかったが。これが、本当の憎しみというものなのか。


(気に入らない人でしたが、あなたにはいろいろなことを教えていただきましたね)


 まだ見ていなかった部屋の左手に目をやると、ミルドは三たび驚きに支配された。

 ダクレーのそれほど大きくはないが、飛び散っている血、そしてそのまん中に倒れているのは、


「………リク君?」


 気を失いながらも、苦しみにうめき続けているリク=エールだった。

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