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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
70/114

22『牙を剥く悪意』

 人の心に、獣が生まれる事がある。

 その身体は漆黒の毛皮に覆われ、鋭い牙と爪を持つ。

 その獣はある者を警戒し、その目を大きく開いて威嚇いかくする。


 そして、その緊張状態に耐えられなくなった時、

 悪意という獣はその者に牙をいて襲い掛かるのだ。




「リク様!?」と、声を上げたのは、カーエスの部屋に寝泊まりしている男三人が食堂に入ってくるのを見たジェシカだった。

 その視線の先にいたリクは、他人の不幸は蜜の味とばかりにニヤニヤ笑いを漏らしているカーエスと、同じような顔をしているコーダに両脇から見守られ、ふらふらと歩いている。

「痛ててて……」と、声を漏らしながらリクはやっとの事で椅子に座る。


 説明を求めるようにジェシカがコーダに視線を送ると、コーダは今にも飛び出してきそうな笑いを必死で噛み殺しながら答えた。


「昨日のエスタームトレイルの筋肉痛が今朝になって出てきたんスよ」

「筋肉痛が次の日になって出てくるなんて、まるで……」と、カーエスがぷっと噴き出しながら楽しそうに続ける。「お・と・し・よ・り♪」

 リクは、カーエスを半眼でにらみ付ける。


「ジェシカ」

「何でしょう?」


 自分を呼ぶ声に応えたジェシカに対し、リクは黙ってカーエスを指差し、短く命令する。


れ」

「かしこまりました」と、ジェシカは即答し、脇に立て掛けてあった槍を掴むとカーエスに突きかかった。

 その余りも素早く実行に移された行動に、カーエスはすんでのところで槍をかわして叫んだ。


「ちょ、ちょっと待てェッ! かしこまるなぁっ!」

「残念ながら、これはリク様の命令だ。逆らう事は出来んな」と、言いつつジェシカは槍をたびたび繰り出して、カーエスを追い掛け回す。


「そーゆーのって、盲信とか狂信とか言うんちゃうんかなぁ、とか思ったりするんですけどいかがでしょうっ!?」


 椅子を持ち上げ、盾の代わりにしながら、カーエスは何故か丁寧な口調で問いかける。


「ああ、私も心の底では貴様を葬る事に辛さを感じているのだが、リク様の命令に身体が勝手に動いてしまって、私にはどうする事もできんのだ」

「絶対嘘やーっ! 何、その爽やかな笑顔っ!?」


 今はまともな朝食時であるので、座席の幾らかは他の従業員や学生などで埋まっており、その騒動に全員が槍を持って追い掛け回す魔導騎士と、追い掛けられる魔導士に注目している。

 そんな中、その男はリク達に近付いてきた。彼は、喧噪けんそうを背後に机に突っ伏しているリクに話し掛ける。


「相変わらず君たちは賑やかだね」


 聞き覚えのある声に、リクが顔をあげる。その視線の先には、彼の想像した通り、体躯たいくのいい、それでいて人当たりのよさそうな優しい雰囲気を持った研究者が立っていた。


「フィリーに何か用でもあるのか? ミルド」

「いや、今日は、フィラレスは自由にしてていい。僕が用があるのは君にだよ」

「俺?」


 意外な言葉に、リクは顔だけ上げていた状態から身体を起こす。

 ミルドは優しく目を細めてうなずいてみせた。


「そう、いろいろ聞きたい事があってね。フィリーの事で」

「それならカーエスに聞いた方がいいんじゃねーの?」


 ここにいる五人の中で、もっともフィラレスという少女をよく知っているのはカーエスだろう。他の自分を含めた四人はここ二週間足らずの付き合いで、カーエスだけはフィラレスと五年以上付き合っているのだ。

 その次にフィラレスを良く知るのは、コーダだろう。彼は便利屋という職業柄、情報の扱いには最も長けている。ファトルエルでリクと離れている間、フィラレスがどう行動していたかも把握しているだろうし、そして様々な行動から、フィラレスがどんな心理を持っているのかを察するのはさほど難しい事ではあるまい。

 そしてその次に彼女を知っているのはジェシカだ。ここ二夜は同じ部屋で過ごしているし、それ以前も女同士という事もあり、湯浴みなど、プライベートな行動を共にする事はあった。

 つまり、今フィラレスを一番良く知らないのはリクなのだ。


「……いや、他の人にももちろん後から聞くよ。折角の機会だから、一人一人丁寧に聞いて行きたいと思ってね。ちょっとプライベートな話もあるんだ」


 答えるまでに置かれた間を、そして言葉の端に付け加えられた真実も、リクは見逃さなかった。

 つまり、フィラレス云々はただの口実、ミルドは自分と二人きりで話をしたいのだ。


「分かった」と、リクは机を支えにして立ち上がる。そして脇に座っていたコーダに言った。「悪いけど、ティタが来たら話が終わるまで待つように言ってくれ。後で研究室まで行くから」

「了解しやした」



   *****************************



「お茶でいいかな?」

「ああ。できれば、冷たいやつがいい」


 リクの注文に、ミルドはふっと微少を浮かべて尋ねた。


「猫舌なのかい?」

「いや、俺の場合は単に冷たいやつの方が好きなだけ」


 猫舌だった師匠を思い出しながら答える。食事をする時、暑いものが平気なリクは大抵ファルガ-ルより先に食べ終わっていた。十分に冷めるまでまってから食べるファルガールをリクは退屈な思いで待っていたものだ。


 ミルドは了解した事を告げると、数分後冷やした茶を持って現れた。

 それを、リクの目の前に起きながら話を切り出す。


「それで、フィラレスはどのくらい前から“滅びの魔力”をあれだけ制御できるようになっていたんだい?」


 先ずは取りあえず、口実とはいえ、聞いておきたい事から始めたらしい。

 彼が言っているのは一昨日、リク達が魔導研究所に到着し、ティタとミルドに出会った直後にあったあの事件の事だろう。リク達は開発・研究室棟の第三実験室で暴走したクリーチャー二十体を撃退した。

 その半分は、最後にフィラレスが能動的に発動させた“滅びの魔力”によって掃討され、フィラレスの制御によって“滅びの魔力”はそれ以上何を傷付けることなく収められた。


「詳しい事は知らねーけど、一週間前、ファトルエルを出た時から毎朝制御をする訓練はしてたらしい」

「何故、訓練を始めたのかは分からないかい?」


 フィラレスは喋る事が出来ないので、確信は出来ない。しかしながら、推測する事はできる。切っ掛けはきっとファトルエルの大会だろう。フィラレスはあの大会で死のうと思っていた。制御できない魔力でこれ以上人を傷つける事を恐れて。

 それが、“滅びの魔力”を制御しようと考えを変えたのは、おそらく自分の所為だろう、とリクは思う。


 初めてフィラレスの“滅びの魔力”を目の当たりにした時、リクは自分で制御するように説いた。だが、その時は聞かず、そのまま自分を殺せるものを求めて、“滅びの魔力”を狙っていた組織に属していたジルヴァルトに挑んでいったのだ。

 そして、望み通り死にかけたが、リクの呼び掛けに答え、彼女は生きる事を選んだ。生きる事を選んだ以上、彼女はリクのいう通り“滅びの魔力”を制御できるようにならなければならない。そう考えたのだろう。

 しかし自分の所為だというのは、何となくおこがましい気がして、あまり話す気にはなれない。


「やっぱりきっかけはファトルエルの大会じゃねーかな。色々あったし」

「色々?」


 リクの誤魔化したい意図に反して、突っ込んで聞いてきたため、リクは仕方なく話した。成るべく、自分のことは話さず、フィラレスの心境の変化だけを話す。


「なるほど。それに、君の影響もあったんじゃないかな?」

「え? 何で?」


 隠していたはずの事を、ミルドがあっさりと言い当ててしまったので、リクは少し驚きを交えた声で聞き返した。


「実は昨夜見てしまったんだよね。アレ」

「アレ?」と、数瞬考えた後、リクはそれが何を示しているか思い当たり、つい大声をあげる。「アレかぁっ!?」

 おそらく、昨夜のフィラレスと一緒に歌っていた時の事だろう。遅い時間だったから誰もこないとタカをくくっていたので人の気配に気が付かなかった。


「フィラレスが君に恋をしているのは一目瞭然だ。おそらくファトルエルで彼女にとって一番大きかったのは君との出会いだと僕は思うよ」


 にんまりと笑ってみせるミルドに、リクは溜め息を付く。


(またこの話かよ……)


 二日前の夜も、カーエスが自分に対し同じような話題をふってきた。その時に答えた通り、リクにはまだ恋心というものを意識した事はなく、これからしばらくは積極的に恋に関心を持つ事もない。

 昨日の昼になって、やっとこの話題が冷めてきたと思ったのだが。まさか今またこの話題が蘇ろうとは。

 リクの半ばうんざりとした心境とは裏腹に、ミルドは話を続けた。


「君は彼女の事はどう思っているんだい?」


 リクは少し間を置き、溜め息を付いて答えた。カーエスに答えたのと、同じ答えを。


「フィリーの事は嫌いと好きとに分けたらハッキリと好きだ。ただ、これは恋愛感情じゃない。それと、俺はしばらく恋愛ってモンに関わろうとは思わない」


 言い切り、リクは茶を飲み干した。

 視界の大部分を覆うグラスの向こうに見えるミルドの顔はいまいち感情が読めない。リクは少し違和感を覚えたが、その正体はつかめなかった。

 彼が空になったグラスをテーブルに戻すのをまって、ミルドは静かに言った。


「それはちょっと困る」

「どういう意味だ?」

「もし、フィラレスを愛していないのなら、あまり彼女に気を持たせるような真似をするべきじゃない、って言ってるんだよ」



* ****************************



「ち、ちくしょう、折角昨日本気で決闘したのに何も変わってへん……」


 テーブルに突っ伏したまま、カーエスはうめくようにつぶやいた。

 先ほどまで、リクの命令に従い、カーエスを追い掛け回していたジェシカだったが、途中、食堂で働いている中年女性に注意され、リクの姿がいつの間にか消えている事もあって、その騒動は収まった。

 カーエスは体力を使い果たしたかのように机に突っ伏しているが、ジェシカは息一つ乱していない。いくら軽甲冑とはいえ、けっして軽くはない格好をして同じ運動をしていながら、全く体力は削られていないようだった。


「そんなことで良くリク様の事を笑えたな」

「……ちょっと不公平ちゃう? リクのあれかて相当情けないと思うんやけど」


 カーエスの反論に、ジェシカはきっぱりと首を振って答える。


「いや、いくら精魂尽き果てていようと、リク様は必要とあれば必ず動く」

「俺かてそうやと思うんやけど」

「機会があったら証明しろ。それまでは信用できん」


 そんな言い合いをしているところに、ティタがやってきた。昨日、エスタームトレイルが終わった後、朝食時に食堂で会おうと約束していたのだ。次の試験を用意してもらうために。

 ティタは一同の顔を見渡し、リクがいない事に気が付いて尋ねる。


「おはようさん。リクはどこだい? 定期便かい? ちゃんと毎朝出るって健康でいいね」

「それはちょっと下品じゃないかな……?」


 いつものようにおずおずと妻に突っ込んだのは、ミルドだ。その顔を見て、コーダが目を丸くして尋ね返す。


「あれ? ミルドさん、どうしてここに? 兄さんとの話はもう終わったんスか?」

「え? 何の話?」


 聞き返したミルドの顔は、とぼけているようには見えない。それに元々、とぼけるようなタイプでもないはずだ。

 思わず顔を見合わせた一同は、リクがミルドに誘われて研究室に行った事を話した。


「昨日の晩からずっと一緒にいたし、寝てる間にすりかわってなきゃ、こっちが本物だと思うけど?」

「ミルドさん、一昨日食べたケーキの味覚えてやスか?」


 ティタの言葉を受け、コーダが確認の為に尋ねる。


「ある意味、忘れられないよ……」と。ミルドは苦笑し、コーダの耳に口をよせてボソボソと何かを呟いた。

 その答えを聞いて、コーダは断定する。

「このミルドさんが本物スね」


 この中で、西洋料理店『オワナ・サカ』に行った時にフィラレスのケーキを食べたのは本物のミルドだけのはずだ。


「と、なると今リクが会っとるのは、誰や?」

「ともかく急ぐぞ」


 頷きあう一同の中で一番先に走り出したのはフィラレスだった。



   *****************************



 説明されても、リクはミルドの言っている事があまり理解できなかった。

 しかし同じ質問を重ねるのも、意味がないので、代わりに顔を訝しげにしかめて見せる。

 それで察したのか、ミルドは更に続けた。


「彼女は今、恋だけに生きている。言い換えると、君の気持ちが欲しいがために生きている。しかし君は彼女を愛していない。つまり、今彼女が過ごしている時間は無駄になってしまうんだ。さっさと諦めさせてしまえば、彼女は他の事の為に生きる事ができると思わないかい?」


 その目はミルドの物とは思えない輝きを発していた。純粋に何かを欲する、そのためには他のものは視界に入れないような瞳のあやしい輝き。

 思わず声を失うリクに、ミルドはもはや、優しさの欠片もない、罠にかかった獲物を見るような嗜虐的しぎゃくてきな笑みを浮かべて付け加えた。


「もし、本気で愛しているにしろ、消えてもらうのには変わらないがね」

「お前……誰だ……!?」


 反射的にソファから飛び下り、身構える。

 ミルド、否ミルドの姿をしている何者かは、彼に不敵に笑いかけながら、身を翻してみせた。

 その瞬間、ミルドの姿をしていた者が別の姿に取って代わる。あそこまで体格の違う者に化けていたところを見ると、何か魔法を使っていたのだろう。

 小さな体躯に、病的な容貌、ぼさぼさの髪や口元の下卑げひた笑みは妖怪じみた印象を与える男。見覚えはあるが、リクにはどうしても名前が思い出せない。元々彼とはほとんど接点はなかったのだから、仕方のないところではある。

 それを察したのか、その男は助け舟を出すように名乗った。


「ダクレー=バルドーだよ、リク=エール君」

「確かミルドの上司だろ。そのあんたが何の真似だ?」


 先ほども述べたが、リクとダクレーの間にはほとんど接点がない。いくら悪意を持っていようと、ミルドに化けて騙す理由が思い付かない。


「君が私に何かをした、というわけではない。君の存在が邪魔なのだよ。別に教えてやる義理はないが、まあ自分が殺される理由は知っていてもいいだろう」


 身構えるリクに対し、何故かダクレーは全く無防備な体勢で、話しはじめた。


「私がここで何を研究していたか、分かるかね?」

「分かるわけねーだろ」

「だろうね、相当機密には気を付けて研究していたから。で、何を研究していたかというとだ。フィラレス君の“滅びの魔力”をある物の代わりに使うための研究だ」


 そこで、ダクレーは一旦話を区切り、リクを見る。

 こいつは質問を待っている、とリクは察した。思惑に乗るのは嫌だが、続きが聞きたい事もあるので、その誘いに乗る事にした。


「ある物って何だ?」


 リクの考えは大当たりだったらしく、ダクレーは心底嬉しそうに頷きながら続けた。


「“セーリア”だよ。知っているかね?」


 確か、カーエスが説明していた。街の中を快適な環境に保ち、且つ、定期的にやってくる大災厄から街を守る絶対的に強力な障壁。


「あれを保つには、莫大ばくだいな魔力が必要だ。ところが、現在この星自体からは使える魔力、魔石が枯渇しつつある。……研究所はひた隠しにしている事実だがね。輝かしい栄光を保っている表面とは違い、今、エンペルファータは確実に滅びの道を歩んでいるのだよ」

「で、魔石の代わりにフィリーを使おうってのか!?」


 説明している間、リクの目の前を行ったり来たりしていたダクレーが足を止めて頷く。


「意外にさといようだね。説明する手間がはぶけて助かる」

「お前、自分が何言ってるのか分かってんのか!?」

「同じ事をミルド君にも言われたよ。だが分からんわけがあるまい」


 こともなげに答え、ダクレーはまた人の心に触るような笑みを浮かべる。そしてまた歩みと説明を再開する。


「セーリアの動力源になれば、眠ったままずっとその場でエネルギーを吸い取られ続ける事になる。君たちの言い方で言うと死んだも同然の状態になるわけだ。ミルド君にした説明をくり返すと、私は彼女に償いの機会を与えてやろうとしているのだよ。人々を傷つけた罪を償いたがっているフィラレス君にね」

「何を勝手な事を言ってやがる。フィリーには何の罪もねぇだろうが」


 叫ぶ事を止め、押さえた低い声で睨み付けながらリクは言う。


「まあ、その通りだ。その理論は今や意味をなさない。彼女には協力を断られたよ」


 ダクレーがリクの正面で歩みを止めた。そしてリクに向き直り、話を続ける。


「私は何故彼女が断るのか分からなかった。彼女に罪はない。しかし彼女の心に罪悪感はあった」


 それを聞いて、リクの中で一つの疑問が解けた。

 昨夜、フィラレスがミルドの研究室に行ったのは、そのダクレーの計画に協力する事を拒否するためだったのだ。つまり、昨夜フィラレスと会ったのは、断った直後という事になる。

 あの時、フィラレスは酷く辛そうな顔をし、そして罪悪感に後ろを引かれながら愛を求める歌姫の戯曲を奏でていた。その時、彼女はまさにシルヴィアナと同じ心境だったのだろう。罪悪感と恋心、フィラレスは恋心をとり、あの時、彼女は罪悪感を振払う事に必死だったのだ。


「それが分かってて、わざわざフィリーに協力を求めたのか?」


 リクの、ダクレーを睨み付ける瞳に更に力が加わる。

 ダクレーはそれを正面から受け止め、睨み返した。ダクレーの瞳に、初めて狂暴性というものが宿る。

 初めて会った時から、人を馬鹿にし、思いやりも何も感じられないような無神経な目はしていたが、攻撃性と言う物はあまり見受けられなかった。しかし今、ダクレーからはハッキリと悪意と敵意、そして殺気を感じる。


「昨日、貴様とあの娘を見た時、全てが分かったよ。つまり、あの娘は人並みに男に惚れてしまったのさ。それで命が惜しくなった」


 ダクレーの話が進む度に、リクの顔が険しくなっていく。彼の拳を握る力が強くなっていく。

 リクはあまり頻繁に負の感情を抱く人間ではないが、今彼の内に沸々と沸き上がってくるのは間違いなく負の感情だ。


「どれだけ大きな魔力を持っていようとも、しょせんは一人の娘、恋などという自分勝手な感情で罪悪感は消え去ってしまう。悲劇のヒロイン面していても、結局は我が侭なのだ」

「てっ……めえぇぇぇぇぇ!!」


 叫んで、リクはダクレーに向かって拳を繰り出した。

 それは予想された事だったのか、ダクレーは意地の悪い笑みを浮かべながらさっと身をかわす。


「ははは、いけないねぇ。怒りに身を任せちゃ、為せる事も為せないよ? 隙だらけになるしねぇ」と、ダクレーは呪文を唱えはじめる。「《鷲掴む炎》よ、その灼熱の炎によりて我が敵を燃やし尽くせ!」


 彼の掌から放たれた激しい炎が、包み込むようにリクを襲う。リクは反射的に後方に飛び退き、《鷲掴む炎》を避けた。

 そしてダクレーを見据え、呪文を唱えはじめる。憎らしい男ながら魔導士ではない者に魔法を使う事に気が引けて殴り掛かったが、魔導士相手ならば遠慮はいらない。ましてや、先に魔法で攻撃を仕掛けてきたのだ。


「我は刈り取らん、その刃に掛け……!?」


 魔導を始めた瞬間、彼は自分の身体に強力な違和感を覚えた。それは急速に膨らんでゆき、本格的に魔導に入った時、その違和感は激痛に変わった。不意の事に、リクは魔導を中断してしまい、片膝を付く。

 そこを狙って、ダクレーが魔法を打ち込んできた。


「我が魔力よ集まれ、敵を見据えよ、そして喰らわせろ、瞬く力を敵にぶつける《ぶちかまし》!」


 そのレベル7の魔法に対し、リクはとっさに障壁を張ろうとしたが、それも激痛に阻まれ、普段から反射的に張れるように訓練している薄い魔法障壁ですら張れなかった。

 純粋に衝撃のみを与える光弾がまともに命中し、リクは部屋の壁まで吹き飛ばされる。


 部屋の壁に背中をしたたかに打ちつけ、視界が暗転しかけるのを気力で防ぎながら、リクはただ、訳の分からない状況を把握しようと、思考を巡らせる事しか出来なかった。

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