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魔法使い達の夢  作者: 想 詩拓
第二部:エンペルファータの魔導研究所
65/114

17『エスタームトレイル』

 いかにその理論が役に立つものだとしても、

 それを使いこなせなければ、やはり机上の空論に終わってしまう。


 理論を学び、習得する事。

 その理論をもって、訓練を積み、熟達する事。


 それがどんな状況にあっても適切な行動をとれる者とするのだ。




 ランチタイムが終わり、周りに人がいない食堂で、リクはティタを待っていた。

 他の者も、リクに付き合って食堂にいた。しかし一度話題が切れてから、一行の間に会話は無い。

 フィラレスは、黙ってリクを見つめていた。これだけ待たされると、さすがのリクも、不安が隠せないらしく、平静をよそおってジッと座ってはいるが、指で小刻みに机をたたき、水を何杯も飲んでいる。

 ジェシカはただ静かに座っていた。コーダはほがらかな表情でリクの様子を見守っている。そんな一行の中で完全にリクを気に掛けていないのがカーエスだ。待ちくたびれたのかテーブルに突っ伏し、居眠りをしていた。


 皆、試験結果が気にならないのだろうか、それともリクの実力を信じ切っているのか。

 全員の様子をみて、フィラレスはそう思った。本人と自分以外は試験の結果を心配している様子は見られない。しかし本当に他人事だと思っているのなら、元々ここに帰ってくるつもりだったカーエスと自分はともかく、ジェシカとコーダはそもそもリクの旅についてきたりはすまい。そうなると、ジェシカとコーダについては、おそらく後者なのだろう。

 カーエスも、長い間付き合いの中で把握している彼の性格からして、他人事には思っていないはずだ。ただ、今は心配するより、先ほどの闘いの疲れで眠ってしまっているという事だろうか。


 もし、不合格で、ティタの信頼を得られなければ、リクはどうするつもりなのだろうか。

 さっきから、リクを眺めるフィラレスの頭を占めているのは、その疑問だった。

 リクは、あきらめまい。昨日研究室で話した時、ティタが言っていた通り、研究室にある本を、全部読む根性があれば、彼女に聞かなくても場所は分かると言っていた。彼女に聞けなければ、リクはそれをやり遂げるだろう。

 そしてその場所に旅立ってしまう。

 その時、彼は役立たずな自分を連れていってくれるだろうか。

 カーエスはどうするのだろう、この魔導研究所に残るのだろうか。それとも、すでにここで学ぶ事がなくなった今、故郷に帰ったり、他の場所で仕事に就いたりするのだろうか。


 フィラレスは、それを考えると憂鬱ゆううつな気分になる。

 たった一週間ではあったが、リクを中心とする自分達五人のパーティは、自分にとってとても居心地のいい“場所”だった。それがバラバラになるのはフィラレスにとって余り歓迎したくない事だ。

 旅をしている一週間、なるべくそれを考えないようにしてきたが、目指すエンペルファータが近付くにつれて、否が応にもその思いは強くなった。


 また、その事を考えている自分に気付き、フィラレスはぎゅっと目をつむり、軽く頭を振る。その拍子に足音が聞こえてきている事に気がつく。誰もいない食堂には足音がハッキリ響く。其の足音は食堂に向かって近付いてきていた。

 リクが水の入ったグラスをテーブルに置き、視線を食堂の入り口の方に向けた。

 果たしてそこから姿を現わしたのは、彼等の待ちわびていた人物だ。


「お待たせ。採点できたよ」

「ずいぶん遅かったんだな」と、リクが不満気に言った。口に出したのはそれだけだが、その表情でハッキリと、一刻も早い結果発表を求めている。

 しかし気付いているのか、いないのか、ティタは答えを焦らすように、口に出した質問にだけ答えた。


「そりゃ、あの試験は選択問題じゃないからね。簡単には採点できないさ」

「それで?」

「ちゃんと部分点もつけてあるよ。三角ふたつで丸ひとつの計算」


 あからさまに焦らしているティタに対し、リクは焦燥感をあらわにして彼女をにらみ付けた。

 予想外に素直な反応に、気をよくしたのか、ティタは悪戯っぽい笑顔を見せて、さらに続けた。


「それにしても、アンタの字はちょっと汚いね。ところどころ読みにくかったよ。特に最後の方」

「いい加減にしてくれよ、ティタ。早く結果を教えてくれ」


 ついに、リクが懇願こんがんするように言い、ティタに詰め寄った。

 するとティタは吹き出し、その場にうずくまって笑い出した。

 リクは不機嫌そうに眉を寄せるが、これ以上詰問しても仕方が無いと判断したのか、ただ笑っている彼女を見下ろすだけだ。

 ティタはひとしきり笑うと、深呼吸をして苦しくなった息を整える。


「ははは……ふう、ご、ごめん。なんか思ったより、素直でからかいがいがあったもんで、ついね」

「うっ」


 ティタの言葉に、リクは苦い顔をする。つい一週間前までの十年間、師匠のファルガ-ルにさんざんからかい倒されてきた思い出がよみがえったのだろう。

 呼吸を完全に整い終えたティタは、一つ咳払いをすると、改めてリクに向き直る。そしてリクの顔を覗き込み、改まった口調で言った。


「では、上級魔導士試験における、魔導士・リク=エールの試験結果を伝える。汝、リク=エールは、この試験に………」


 次の言葉を、リクは固唾を飲んで待ち受ける。


「………」

 

しかし、ティタは彼の瞳を覗き込んだまま、動かない。


「………」


 まるでにらめっこをしているかのように、彼の目から視線をはずさず、動かない。


「………」

「………ティタ」

「あははは、ごめんごめん、つい」と、ティタは小さく笑った。「合格だよ、合格。ギリギリだけどアンタ合格」


 それを聞いたリクが、ほっと胸をなで下ろす。


「軽いなぁ、さんざん焦らしといて」と、いつの間にか目を覚まし、一連のやり取りを見ていたカーエスがつぶやく。そして続けて言う。「ほんじゃ、次は実技のアレですか? それとも面接?」

「面接はナシ。改めて話す事も無いしね。次は実技試験だよ」


 その会話で出てきた意味深長な言葉に、リクは眉を潜めて尋ねた。


「アレって何だ?」

「“エスタームトレイル”の事でしょうね」と、答えたのはジェシカだ。今は辞めたとは言え、彼女には元々カンファータ魔導騎士団の副団長を勤めていた経歴がある。

 その地位にあったからには必然的に上級魔導士である必要があるであろうことを考えると、彼女も上級魔導士試験を経験し、資格を持っているのだ。


「名前だけ聞いてもわからねーんだけど」

「まあ、見れば分かりやスよ」と、今度答えたのはコーダだ。彼が資格を持っているのかどうかは不明だが、便利屋をやっている物知りの彼の事だ、知っていても不思議では無い。

 そのコーダに答えてティタが言った。


「そういうこと。まあ、ついといで」



*****************************



 ティタがリク達を連れて行ったのは、魔導学校棟の戦闘訓練所の奥にある一室である。外見からして厳重そうなその扉を、ティタは自分の“鍵”を使って開け、リク達に中へ導いた。

 部屋の中は正面の大きなものを含む二、三のモニターや様々な機材が置かれており、その部屋のまん中には移動用と思われる魔法陣が光り輝いている。

 ティタはリク以外の一同を連れて、その魔法陣の向こう側に回り込んで言った。


「その魔法陣がエスタームトレイルの入り口だよ。この試験の基本的なルールはたった一つ。そこから行ける通路、それが“エスタームトレイル”なんだけど、その一本道にそって進み、突き当たりにある魔法陣に乗ってここに帰ってくればいいだけだよ」

「エスタームトレイル内でどう行動するかであんたの合否が決まるって事やな。ただここに戻ってくるだけじゃ、合格は出来へんで」と、カーエスが続けて説明する。

「本当だったら、誰か第三者の上級魔導士に見てもらわなきゃダメなんだ。心当たりが一人いたんだけど、連絡がつかなくてね。ま、上級魔導士はカーエスがいるし、正式な試験じゃ無いからアタシが見た目で判断するよ。何か質問はある?」


 説明を聞いている間、リクは柔軟体操をしていた。その表情はとても楽しそうに見える。

 先ほどのカーエスとジェシカの死闘に触発され、また、筆記試験で得たストレスを発散できるというのが最も大きな部分を占める理由だろう。

 彼は体操を続けながら尋ねた。


「エスタームトレイルってどのくらいの長さなんだ?」

「悪いけどそれには答えられない。他にも、試験の内容については一切公開できない事になってるんだよ。答えられるのは規則面に関する事だけなのさ」と、ティタは小さく首を振って答える。

 リクは屈伸運動をしながら、しばらく考えると、また尋ねた。


「武器は使っても構わないのか?」

「構わないよ。持って無いなら戦闘訓練所にあるヤツを貸すけど?」

「頼む。できれば剣がいい。短かめのやつ。切れ味はどうでもいいから丈夫なものを」


 ティタは頷くと、モニターの前に並ぶ機材についているマイクに向かって、その旨を向こうに伝えた。


「しばらく待ちな。希望に叶いそうな奴をいくつか見繕みつくろって送ってくれるから」

「わりーな」と、今度は前屈運動をしながらリクが答える。

 柔軟体操を見ている限り、リクの体はかなり柔らかい方のようだ。ファトルエルで見せた、様々な動きも納得できる。


「でも、アンタ確か、魔法武器を召還できるんじゃなかったっけ?」


 魔導研究所に就いて早々行った戦闘を見ていたティタが不思議そうに尋ねる。


「魔法を使うのは面倒だからな。使わずに終わらせられれば、それに越した事はねーよ。なあ、もし……え~と」と、腰を左右に捻りながら言い淀むリク。

 何を言おうとしているのか悟ったティタが、助け舟を入れる。


「エスタームトレイル?」

「そう、そん中で借りた武器を無くしたら?」

「心配には及ばないよ。遠隔操作でこの場から動かずに回収可能さ。そうそう、アンタも、もし危なくなって助けを求めたら、すぐに助け出してやれるからね。もちろんそうなったらリタイアで即不合格決定だけど」


 そこまで話したところで、部屋の片隅にあった、ガラス張りにされている円筒型の物品転送装置が光ったかと思うと、ガラスの中に数本の剣があらわれた。

 ティタは装置の扉を開くと、中の剣を取り出してリクに一本一本渡して行く。リクは一つ一つ軽く振り回して、振り心地や握り具合を確かめると、一本の剣を選んだ。


「これにする」

「OK。準備は整ったかい?」


 リクが頷くのを確認すると、ティタはリクを移動用魔法陣に立たせた。

 そして、機材を操作し、移動用魔法陣を起動させていく。移動用魔法陣は彼女がコンソールを操作するのに呼応するように輝きを増して行く。


「それでは、上級魔導士試験実技の部、エスタームトレイル……開始っ!」


 ティタが最後のボタンを押した時、リクの姿がその部屋から消えた。



   *****************************



 移動用魔法陣を使ってリクが移動した先は、一見するとジャングルのような、ツタを絡ませた木がたくさん生えた場所だった。ところが周囲を見渡してみると、両側に壁があり、幅十メートル余りの広い通路である事が分かる。天井も、高さ十メートルくらいのところにあり、全体が電燈として光り輝いてエスタームトレイル内を照らし出していた。


「つくづく思うけど、すげー施設だな」


 感嘆の吐息を尽きながら、彼は通路を見回しながら歩き、ジャングルの中に足を踏み入れた。

 その瞬間、背後の木の上から長い爪を持った二足歩行型クリーチャー《切り裂く者》が飛び下りてきた。

 リクは《切り裂く者》が地面につくかつかないかの際に、持っていた剣を使って振り返りざまに斬りつける。《切り裂く者》はなすすべも無く後ろに吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。


「早速来やがったか」


 続いて、一息つく間も無く、脇の茂みから、口に鋭い牙を持つ四足歩行型のクリーチャー《み千切る者》が飛び出してきた。

 それも難無く切り伏せるが、ほぼ同時にもう一体の《噛み千切る者》が後ろから飛びかかってくる。


「このっ……!」


 リクはそれも剣で振払うように斬ると、前方に向かって走り出す。これほど自分を狙う者が多いと、立ち止まっているのは決して得策では無いからだ。走っていれば背後への警戒を最小限に抑え、前方に集中できる。

 しかし、ジャングルのように木が侵食するこの通路を走るのも難しい。常に足下に気を使っていないと、木の根や草に足を取られてしまうからだ。

 走り出して間もなく、堅い額から鋭い角が伸びている四足歩行クリーチャー《突き刺す者》が前方の茂みから突進してきた。


「うおっと」と、リクは左半身にその突進を交わし、そのすれ違い様に《突き刺す者》の背中に剣を突き立てた。このクリーチャーは正面からはほとんど攻撃が効かないが、背後にさえ回ればもろいのだ。

 その剣を引き抜くか否かのタイミングで今度は左右から無数の触手を生やした円柱という姿の《絡み取る者》がしゅるりとその触手を延ばす。

 リクは《突き刺す者》に突き立てた剣を引き抜いた勢いで、その触手もろとも《絡み取る者》の中心部当たりを斬り付ける。振り向きざま、もう片方の《絡み取る者》の触手を払い、返す刃でとどめをさした。


 が、次の瞬間、また別に現れた《絡み取る者》の触手に剣を持った右手と右足を捕まれた。

「……っ!」

 ふと、前方を見ると、このタイミングを待っていたかのようなタイミングで《突き刺す者》が突進してくる。《絡み取る者》に直接攻撃力は無いが、他の絶大な攻撃力を誇るクリーチャーの攻撃を避けられなくなるのが驚異なのだ。

「おいおい、マジかよ、冗談じゃねーぞ」

 リクの顔が引きつるのにも構わず、《突き刺す者》はスピードを落とす気配は無い。


 彼は渾身こんしんの力で、右手の剣を左手に持ち帰ると、必死で《絡み取る者》の触手を切り落とし、跳び箱の要領で突っ込んできた《突き刺す者》の突進を避ける。その角はさっきまでリクを捕らえていた《絡み取る者》に突き刺さった。

 彼はそのまま《突き刺す者》の背中に乗ると、その剣で後頭部を斬り付け、止めをさすと、その背中から飛び下りた。

 しかし、彼がまだ空中にいる間に、今度は腕の下の膜を使って飛ぶ《滑空する者》がリクの目の前に現れ、リクに向かって口を開く。


「ええい、うっとうしい!」と、リクは吐き捨てると、《滑空する者》を叩き落とすように斬る。

 そして無事に着地したかと思うと、その前方には、《切り裂く者》や《噛み千切る者》などのクリーチャーが総勢七体、姿を現わしたものである。

「……やけに忙しい試験だな」




「なんか俺ン時よりキツいんちゃいます? この試験」


 モニターに映し出された、クリーチャー群のあまりの息をもつかせぬリクへの攻撃を見ていたカーエスが言った。


「そう? でもなんか、昔見た剣士劇の殺陣たてを思い出すね」と、ティタの方は下手をするとお茶とお菓子を口にしていてもおかしくないくらい気楽な返事である。


 この試験に出てくるクリーチャーは、研究の一貫で捕獲したクリーチャーのデータをもとに、闘技場と同じ技術で具現化させたものである。よって、このエスタームトレイルを管理する部屋から、いかようにも環境やクリーチャーの配置などを設定する事ができるのだ。


「エスタームトレイルってクリアした早さも考慮に入れられるんスよね?」と、コーダがティタに尋ねた。

「ああ、確かそうだったね」

「しかし、あのペースでは三刻(九時間)超えますね」


 どう設定しても距離は変わらないので、一度経験のあるものなら、距離とペースから予想時間を割り出す事ができる。継続的にクリーチャーに襲われ続け、なかなか前にすすめないリクの早さからすると、そういう数字が出てきてしまうのだ。

 それを聞いたコーダはどこからかノートを取り出し、手慣れた手付きでページをめくると、目的のページを探し出して言った。


「なら、まだ合格圏内スね。過去の合格者の平均タイムは三刻弱(九時間弱)、一番遅いタイムでも三刻三分強(十時間強)っていうのがありやス」

「ハハハ、誰やねん、そないなタイム出したやつは」


 カーエスの反応に、コーダがにやりと笑って答える。


「笑っていいんスか? カーエス君の師匠のカルク=ジーマン教師ッスよ?」

「ごほっ……ごほっ……!」


 自分の敬愛する師匠を笑ってしまった事実に気付かされたカーエスが思わず咳き込む。しかし守りにてっする彼の戦闘スタイルを考えると、そういうタイムもうなずける話である。

 気まずさを誤魔化そうとしたのか、カーエスが話題を変えた。


「ほ、ほな最短記録は?」


 その質問に答えるために、コーダが自分のノートを覗き込む。


「一刻強(三時間強)という記録が残ってやスね」

「一刻だと?」と、ジェシカが感嘆の声をあげる。平均タイムから考えるとずば抜けた記録であると言える。「誰がそんなタイムを記録した?」

「ファルガ-ルさんスよ。兄さんの師匠の」


 一同は一度顔を見合わせると、モニターに視線を戻した。




 リクを取り囲むクリーチャー達は、攻撃してはリクに斬り伏せられ、倒されては新たなクリーチャーが現れるといった具合に数を増減させていた。

 エスタームトレイル内での行動が評価される、というカーエスの言葉を信じて、ひたすらクリーチャーを倒してきたリクだったが、これでは前にすすめないと判断し、倒せるクリーチャーのみを倒し、スピードを落とさない事に重点を置いていた。


 クリーチャーは大災厄の中にしか発生しないわけでは無い、各地にいくつかクリーチャーが徘徊はいかいしている場所がある。

 ファルガ-ルと共に旅していた時、リクは何度かそのようなクリーチャーの徘徊する地域に放り込まれ、クリーチャーとの戦闘経験を積んだ。さらに、旅をしている間の資金は、主に人間の住む街などに危害を加え、懸賞を掛けられているクリーチャーを倒す事によって得ていた。

 そんな経験から、リクは比較的ポピュラーな下級クリーチャーとの戦闘経験が豊富にあるため、急所などを知り尽くしていた。だから彼は剣一本でここまで進んで来られたのである。

 今日ほど、ファルガ-ルが自分に教え込んだ事が、自分の助けになっていることはない。


(つくづくあんたは凄い師匠だな。……認めたくねーけど)


 そう思い苦笑したその時だった。不意にリクを取り囲み、追い縋っていたクリーチャー達の速度が落ちた。

 そして完全にその動きが止まったと思った瞬間、リクは密林を抜け、広い広場のような場所に出る。


「え?」


 生い茂る木々と、クリーチャー。彼をおびやかす要素が一気に消え去った事が逆に不安を呼んだ。そして不安を抱きながらもそのまま数歩足を進めた時、その悪い予感は当たった。

 リクのいた広場全体が扉のように下方に向かって開き、足場が無くなったのだ。

 接地感が感じられなくなる中で、リクはとっさに唱えた。


「……っ! 我は捕らえん、水流にて紡がれる《水の縄》にて!」


 詠唱が終わると同時に、かかげた彼の手の中から水色の光が縄のように伸びる。

 その先にあった広場の向こう側の木にその光の縄が絡まり、リクが落下するのを防いだ。リクはそのまま振り子のように穴の中から外に脱出する。

 その彼の目の前に現れたのは四条の光線だ。

 完全に不意を突かれながらも、リクはとっさに防御魔法の呪文を口にする。


「《またたく鎧》によりて、この一瞬、我は全てを拒絶するっ!」


 一瞬だけ現れる魔力の障壁に当たり、その光線は全て消散した。

 なんとか着陸したリクに、今度は上から鋭い槍が降ってくる。


「こなくそっ……!」


 それこそ息をつかせない攻撃に、リクは何も考える事が出来ずに防御本能に身を任せてその危険を避ける。

 槍を避けたところで今度はクリーチャーが襲ってきた。反射的にリクが剣を振り、そのクリーチャーを斬り付ける。しかし、その剣撃は全く通用せず、そのクリーチャーの身体に弾き返されてしまう。


「!?」


 改めてそのクリーチャーを眺めてみて納得した。それは《魚鱗の格闘人形》と呼ばれる、堅い鱗に全身を被われた人型のクリーチャーだったのである。

 《魚鱗の格闘人形》は、自分の攻撃が避けられ、攻撃を仕掛けられると、改めてリクを敵と認識したように、その恐ろしい顔をリクに向け、赤い瞳で睨み付けると、拳をくり出して攻撃してきた。

 リクはそれを避けると、慌てて間合いを取り、剣を地面に突き刺して唱える。


「我は放たん、射られしものを炎に包む《炎の矢》を!」


 呪文を唱えながら、リクは両手を胸の前に構え。背を反らせて、まるで弓矢を引き絞るかのように手を広げた。すると、炎でできた弓矢が実際に引き絞られ、呪文の詠唱を終えると共に放たれる。

 《炎の矢》はうなりを上げながら、《魚鱗の格闘人形》に命中した。その次の瞬間、完全にクリーチャーを炎に包む。《魚鱗の格闘人形》は、断末魔の叫びをあげながら倒れた。


「ちゅ、中級クリーチャーまで出てくるのかよ」


 クリーチャーにもある程度強さに差があり、それによって格付けがなされている。

 先ほどまでの、肉体の特徴に武器を持ち、本能のみで攻撃してくるようなクリーチャーは、下級クリーチャーに格付けされ、いまの《魚鱗の格闘人形》のように、己の技に武器を持ち、それなりの知性を持っているクリーチャーは中級に格付けされている。

 もちろん、その上を行く上級クリーチャーというものも存在する。


 先程、地面に突き刺した剣を抜き、再び前進しようとした時、その前方を見たリクの口元から思わず笑みがこぼれた。

 彼の目の前には、中級クリーチャー達がずらりと並んでいたからである。


「こいつで戦えるのはここまで、か」と、リクは観念したように、剣を手放す。そして、腰を落とし、身構えて言った。


「それじゃ、そろそろ本気で行きますか」

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